三
《白の都》の周囲は草原で囲まれていて、通称《風の国》と呼ばれているくらい、爽やかな風が吹いている。
私とキサラはチュートリアルの《草原兎の角を十本集める》を受けて、北の草原に来ていた。同じ草原でも、方角によって出現するモンスターは変わってくる。
一番楽なのがこの北の草原で、一番手強いのは東の草原だ。西と南は同じくらい。どちらかと言えば南の方が強いかな。
「まずはスキルの確認をしてみるね」
草原に吹く爽やかな風を感じながら、私はスキルと称号一覧を表示してみた。
『 《パッシブスキル》
【かくれんぼ】【夜目】【誘き寄せ】【見習い毒使い】【直感】【投擲】【急所狙い】【忍び足】
《アクティブスキル》
【鑑定】【調合】【鍵開け】【狙い撃ち】
短剣スキル《二連撃》《ダンシング・ブレード》
《獲得称号》
【牙を持つ小動物】【シルト村の友人】【街のお助け人】【巨人殺し】』
うん、ちゃんと引き継がれているね。でも、あんなに頑張ってスキルレベルを上げたのに、また一からかあ。まあ、引き継げただけでも助かるけど……あれ?
「んん?」
「どうしたの? お姉ちゃん」
「……スキルと、称号が増えてる」
知らないうちに、スキルと称号が増えていた。えっと、なになに?
『 スキル【忍び足】
取得条件:クラス【暗殺者】になった際に取得。
効果:足音が聞こえにくくなり、気付かれにくい。
称号【巨人殺し】
巨人を仕留めた者に贈られる称号。巨人族に対するクリティカル率アップ』
……あー、なるほど。
「お姉ちゃん、どうだったの?」
「あ、うん。スキルはクラス特典みたいで、称号は最終日にゲットしていたみたい」
「そうなんだー。どんなスキルと称号を持っているの?」
「えっとね」
キサラに私が持っているスキルと称号を教えると、なんだか凄く納得された。「さすが首狩り暗殺者」って……それ、誉め言葉じゃないよね?
「そういえば、キサラはどうやって攻撃するの? 都に戻って、魔法買ってくる?」
取り敢えずスキルも確認したし、チュートリアルを終わらせようとナイフを手に取ったところで、私はキサラの攻撃方法がわからない事に気付いた。
キサラはうーん、と首を傾げると、笑顔で手に持った長い杖を掲げる。
「魔法使っていると魔法使いになっちゃいそうだから、いいよ。これで殴る」
「え」
「大丈夫! 魔法使いやってた時もMP切れたらよく殴ってたし、慣れてるよ!」
「ええー……」
そんないい笑顔で言われても、と私は微妙な顔をした。キサラは可愛いんだけど、意外と豪快だ。
一度言いだしたら聞かない性格でもあるので、キサラがそれでいいならいいか、と私は無理やり納得すると、改めて周囲を見渡した。
あちこちでプレイヤー達が角の生えた兎型モンスターと戦っている。皆、チュートリアルを受けたプレイヤーなのかな?
「あ、居たよ。お姉ちゃん、あれだよね?」
キサラが斜め前を指で差しながら小声で尋ねてきた。見ると、草の間に蹲るようにして茶色の兎が土を掘っている。
【鑑定】を持っている私が目を凝らすと、兎の頭上にあるHPバーの上部分に名前が表示された。
【草原兎】、うん、目的のモンスターだね。
「どっちから先にいく?」
「あたしからでいい?」
「うん、いいよ」
「ありがと、お姉ちゃん」
キサラは小声でお礼を言うと杖を両手で持ち、じりじりと草原兎に近づいていく。草原兎はこちらに背を向けていて、まだ気付いていないようだ。
「……ていっ」
十分に近寄ると、キサラは大きく杖を振りかぶった。そのまま振り下ろされた杖は、草原兎に避けられて地面にぶつかる。気付いていないと思ったけど、実は気付かれていたらしい。
キサラは二度、三度と杖を振るけれど、全て躱されてしまった。
草原兎はちらりとキサラを見ると、ふんっと鼻を鳴らした。
「お姉ちゃん、今の見た? この兎、あたしを馬鹿にしたよ!?」
「あー……、えっと、頑張って」
「うん、負けない!」
キサラは拳を握り締めて闘志を燃やすと、再び草原兎を追い掛けて走りだした。
追い掛けて逃げられて殴りかかって避けられて、なんとか攻撃を当てても大したダメージを与えられず、再び繰り返して……結局、キサラが草原兎の角を十個集め終わったのは、優に三十分が過ぎた頃だった。
でも、武器が杖で新規プレイヤーだということを考えたら、早い方じゃないかな。
「お疲れ、キサラ」
「うう……ごめんね、お姉ちゃん。チュートリアルなのに結構時間かかっちゃった」
へにょん、と眉を下げて謝るキサラに、私は笑って首を振った。
「気にしないでいいよ。ゲームなんだから、楽しめたならそれでいいんじゃないかな。それじゃ、次は私の番だね」
「うん、ありがとうお姉ちゃん。頑張ってね」
「うん」
私は周囲を見回し、のんびり草を食べている草原兎に目を留めた。息を殺してゆっくりと背後から忍び寄ると、片手に持ったナイフを草原兎の頭上に掲げる。
スキル【かくれんぼ】と【忍び足】のおかげか、草原兎は気付いていない。首筋を狙ってナイフを突き立てると、声も無く草原兎は光となって消えていった。
ドロップアイテムは【草原兎の角】と10C。うん、一本めゲットだ。
「一本ゲット出来たよー」
笑顔で振り返ると、キサラは複雑そうな顔をしていた。
「……お姉ちゃん、本当に暗殺者なんだね」
……それってどういう意味なのかな?
私の方はそれほど時間はかからずに角を集め終わったので、報告のため再び神殿へと向かう。
「お姉ちゃんはあっという間に角を集めたね」
「うーん。まあ、βテストの時のステータスが三分の一だけど引き継がれているしね。キサラはスタートダッシュキャンペーンで、アクセサリーを貰えたんだよね?」
「うん、新規プレイヤー全員にね」
首に下げているネックレスを指でつまみながらキサラは続ける。
「経験値上昇(小)と、ステータス伸び率上昇(小)だけど、現実時間で一ヶ月限定アクセサリーだからね。お姉ちゃんみたいなβテスターにはそう簡単には追い付けないかも」
「そうかな?」
「そうだよ」
確かに、ランカー達に追い付くのは厳しいかもしれないけど、私程度なら直ぐに追い抜かされそうだけどなあ。
そんな事を考えながら歩いていると、誰かが目の前に来たのに気付いた。おっとと、またぶつかりかけるところだった。
私はさりげなく横に寄り通りすぎようとしたけど、何故か相手も横に寄ってきたので足を止めた。
「……あの」
相手は二人組の男性プレイヤーで、新規プレイヤーらしく初心者冒険者の格好をしている。
そのうちの一人が、にやにやと笑いながら近寄ってきて、私は一歩後ろに下がった。
「君、βテスター? 変わった格好してるね。話聞かせてくれない?」
「え、と。いえ、あの」
「いいじゃん。そっちの子は俺達と一緒で新規だよね? パーティー組もうよ」
馴れ馴れしい態度で近づいて来る二人組に戸惑っていると、キサラが私を庇うように前に出た。
「すみません、あたし達先を急ぎますから。行こ、お姉ちゃん」
「おっと。そんなにつんけんしないでよ」
「ちょっと、離してください!」
歩き出そうとしたキサラの腕を、男性プレイヤーの一人が掴んだ。
「奈……き、キサラを離してください!」
「あの子キサラって言うの? 可愛いねー。でも俺は君の方がタイプかなー」
慌ててキサラを助けようとしたけど、もう一人の男性が私の前に立ちふさがり、手を伸ばしてきた。