11:擬式
■擬式
以下は、ある女性記者のインタヴュー録音を、一部書き起こしたものである。
※女性記者(記者)取材対象(男性)と記載する。
記者)では、今回の事件には宗教的な意味合いが強いとお考えですか?
男性)どうかな。 でも実行した本人は、ある種自分の信仰に基づいて行動したと言える。 それを宗教的と表現していいのかはわからない。 強烈な自己陶酔かもしれないからね。
記者)狂信ともいえる信仰心があったなら、宗教的と言えるのでは?
男性)除夜の鐘を聞きながら、初詣に行くのは宗教的かい?
記者)習慣ですかね。 年末年始のお約束のようなものですから。
男性)誰と交わした約束かな。 信じているのはご利益? それともそれをもたらす神仏?
記者)うーん、私自身は信心の薄いほうなので。
男性)信じているのは自分だよ。 大げさな言い方をすれば、だけどね。 自分を形作ってきた習慣や、選び取ってきた価値基準を信仰しているのさ。 自分のつくりだした神のような何かを崇拝していると言ってもいいか。 この場合おそろしいのは「正しさ」を自分の中に創ってしまうことだ。 本来宗教とは「正しさ」を自分の外に求めるものだからね。
記者)それが行き過ぎたのが、今回の犯人だと?
男性)手口が実に計画的で、単に猟奇的なだけでなく明確な目的があったことはわかるだろう?
常人には理解しがたいが、これは儀式だ。
記者)儀式、ですか。
男性)祭りについては?
記者)あまり。
男性)日常のことを「ケの日」といい、非日常のことを「ハレの日」という。 日常のエネルギーが失われることを「気枯れ(ケガレ)」といい、祭りはある土地や民に恵みをもたらした「ハレ」の出来事を再現することで、失われた気を復活させようとする儀式だ。
記者)今回の事件も、ハレの日を作り出すための祭りだったと。
男性)被害者の姿かたちは、それに相応しいものだったはずだ。
記者)ちょっと、見た目でこじつけすぎじゃないですかね。
男性)それだけじゃない。 被害者の口から見つかったもの。
記者)「言」と書いた布ですか。
男性)言とは誓いの捧げものを表すコトバだ。 それに対して神からの応答である「音」を待つ。 罪なきものが捧げられ、天の気である救済のハレが地上にもたらされる。 世界一有名な書物に象徴的な出来事が書かれているじゃないか。
記者)そのエピソードより、言という字の成立の方が古いんじゃないですか?
男性)その出来事はさらに昔、旧い約束の書ですでに予言されていたものだ。 御子きたるときまでその代わりとして、民には契約の箱と贖いの法が与えられた。 神からの応答を表す「音」に含まれる「日」は、「言」の「口」のなかに神からの応答が記された板が入れられた状態を象ったものだ。 かつて人に十の戒めを記した板と、生贄の儀式が与えられたことがあったな。
記者)個人的には大変興味のあるお話ですが、事件と結び付けるのは飛躍しすぎでは?
男性)勿論。 キミの読者は喜びそうな与太話だが、所詮は邪学。 宗教や学問を侮辱するような妄想のお遊びだよ。 しかし、そんな妄言を本気で信じ込んで、自分の手で現実に起こそうと考えた人間がいるとしたら?
記者)異常者というよりないですね。
男性)いや、もっと恐ろしい。 ソイツにとって一番必要になるのは何だと思う? そんなものを用意してまでソイツはいったい、「何を」「何に」願うんだろうな。
8月某日 男性宅 応接間にて録音




