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月のふる街  作者: 楠羽毛
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8

「……そういうわけで、僕たちは、あなたがたのことを知りました」

 草薙は、二人の──ウナとカラスの目を、じっと見つめて、そう続けた。

「そして、ちょうど今日の昼間、物見塔のなかを調べることになり──ウナさんの不在を知ったのです。食事の跡や何かから、直前まであなたがいたことが分かりましたから、魔力の痕跡をたどれば、この場所を知るのは簡単でした」

 そう言うと、草薙はすいと両腕を広げた。

「話はこれで終わりです。──協力して頂けますか?」

 ウナはこくりと頷いた。

「……いいだろうさ」

 カラスも、小さく鼻を鳴らして言った。

「俺たちに何ができるか知らんがね──ただ、その前に、ひとつ言っておくことがある。今度のことがどういう結果になろうと、ウナはもう街には戻さない」

 草薙は頷いた。

「判りました。そうできる方法を探しましょう」

 そう言って、草薙は立ち上がった。

「さっそく来て下さい。研究所に案内します」

「──夜は危険なんじゃないのか? 月の光は体に毒なんだろう」

「時間がないんですよ」

 草薙は力ない笑みを口元に浮かべて、言った。

「昨日になって、さらに規模の大きい異変が起きました。街全体がパニックを起こす寸前なんです。このままでは……」

「分かったわ。早く行きましょう」

 草薙の言葉を途中で遮って、ウナは言った。

「それで、方法はあるの?」

「それは、いろいろと……いえ」

 言いかけた言葉を、草薙は途中で止めた。

「向こうについてからにしましょう。時間がありません」

 そういうことになった。


                    *


 魔法研究所は街の中心にある。

 正確には、街の真ん中にあるのは物見塔で、研究所はその隣だから、少しずれているのだが、まあ、おおむね中心といっても間違いではないだろう。

 西門横の通用口から街に入り、中央街をまっすぐ歩く。

「……ところどころ、空き地や瓦礫の山があるでしょう」

 草薙が、静かな声でそう言う。

「『異変』の跡です。すでに街全体に広がっているんです」

 ──遠くから、狼の声が聞こえる。

 それに呼応するように、街の中から、ひとつ、またひとつと、遠吠えが始まる。

「獣化病か」

「ええ。──ほとんどの患者は病院に収容されましたが、まだ街のなかをうろついているものもいます。気をつけないと危険ですね」

「そうだな」

 繁華街──今はひっそりと静まりかえっているが──をぬけて、中央の住宅街へと進む。

 かすかに獣の鳴き声が聞こえるほかは、物音ひとつしない。

「静かね」

 ウナがそう呟く。

「──このくらいは普通ですよ。この街には家畜以外の動物はいませんし、いつもはもっと静かです」

「そうなの?」

「ええ」

 ウナは首をかしげた。

 塔にいたときは別として、彼女にとって真夜中とは、一日のうちで最もにぎやかな時間帯であった。狂樹のうめき声も、月獣の叫びも聞こえない月夜など、ウナには、なんだかうさんくさく思えて仕方がない。

「……ここです」

 三人は、魔法研究所、と大書きされた看板の前で足を止めた。

 中庭をぬけ、玄関の大扉をあけて中に入る。明かりのない廊下をゆっくりと歩き、月光ランプの光で満たされたオフィスへと向かう。

「今、所長はいませんので、まず稗田さんに会ってもらいます」

 草薙はそう言いながら、事務室の扉をあけた。

「稗田さん。──いますか」

 中央の席で椅子に座っていた若い女が、立ち上がってこちらを見る。

「草薙くん。……その二人が?」

「ウナさんとカラスさんです」

「……よろしく。稗田です」

 稗田は、しっかりした足取りで二人に歩みよると、そう言って笑った。

「お二人のことは、水上さんのお書きになったもので読みました」

「──遺書のことか」

 カラスは少しだけ表情を曇らせて、そう言った。

「遺書?」

「ああ。──あれは衛史の遺書なんだよ」

 そう呟くと、カラスは急に話題をかえた。

「それより、どうするつもりなんだ? 何か方策があるんだろう」

「それは……」

 稗田は、なぜか不安そうにちらりと後ろの扉を見てから、言った。

「……これから考えるんです」

「おい、そんなことで──」

「カラス。黙って」

 ウナが冷静に口をはさんだ。

「稗田さん。それじゃ、私たちを呼んだのは、どういうつもりなの?」

「……お二人に聞きたいことがあるんです」

 一瞬、ウナに気押されたように口ごもってから、稗田は答えた。

「『滅びを封じる』という技術がどんなものなのか、詳しく教えて頂けますか? もしかすると、うまく破局を逃れる方法が見つかるかもしれません」

「無駄だと思うがね」

 カラスはあざけるようにそう言った。

「だがまあ、約束したことだ。協力はするさ」

「私は?」

 ウナが声をあげる。

「ウナさんは、ひととおり検査を受けてもらって──魔力濃度の測定とか──、それから、とりあえず待機していてください。方針が決まるまですることはありませんから」

「こちらへ来てください。魔力測定します」

 草薙は、さっき通った通路のほうにウナを招いた。

「すぐ?」

「ええ。早いほうがいいでしょう」

 草薙に連れられて部屋を出ていこうとする彼女の背中に、カラスが鋭い声をぶつける。

「ウナ。──油断するなよ」

 かすかに頷いてから、ウナは草薙のあとを追った。


                    *


「──特に異常ありませんね」

 小型の天深盤の目盛りをじっと見ていた草薙が、そう呟いた。

「魔力異常もみられませんし……普通の人間とまったく変わらないように思えます」

「そうね」

 ウナは頷いた。天深盤が読めるわけではないが、草薙のいうことはわかった。

「百年間も、街全体に影響を与え続けるような魔法の媒体なら、それ自体、強力な魔力をもっていなければおかしいんですが──」

「……私はその媒体じゃない、ってこと?」

「いえ、それは──」

 草薙が首を横に振ったとき、彼の手元で、ぱあん、と破裂音がした。

 ──天深盤が、こなごなに砕けていた。

 はっと息を呑む草薙に、ウナは静かな声で言った。

「滅びが漏れだしているのよ」


                    *


「そういうわけで、ウナの体は、強力な魔力発生源になってる。──しかし検出はできないだろうな。今はその力のほとんどが、滅びを封じるために使われているはずだから」

 事務室の椅子に、稗田と向かい合って座りながら、カラスはそう言った。

「魔力を他のエネルギーに変換するにはどうしているんですか? 魔法言語?」

「ああ」

「彼女の体のどこかに、魔力文字が描かれているんですか?」

「体内に埋め込んであるのさ。──命名の儀式というんだ。人形に生命を吹き込む前に、下腹部に、魔力文字で名前を記した札をいれておく。それが月の魔力と呼応するのさ」

 稗田は神経質そうに目をしばたかせて、さらに訊いた。

「その──さっきも聞いたと思いますが、魔力の供給はどうやって?」

「月光症と同じ原理だよ。月の光に長くさらされたものは変質する。ただの人形が生命をもつこともある。時には、それ自体、魔力を生み出すようにもなるだろうよ」

「それでは……いわば偶然の産物ということに?」

「何もかも計算づくで造ったわけじゃない、という意味ならそうだろうさ。だが──こいつは別にはっきりした根拠があるわけじゃないが、ウナの場合は、十中八九まで、成功することが決まっていたんだと思うね」

「なぜ?」

「──彼女が人形だったからさ」

 言いながら、カラスは、彼女が本当に人形だったのかどうか、確信できなくなっていた。

「人形というのは──それも、腕のいい職人が、思いをこめて造った人形なら必ず、その中に、人間と同じような魂をもっているものなんだとさ。──こいつは衛史が言ってたことだよ。だから、月の光を浴びれば動きだすこともあるだろうし、他の、たとえばそのあたりの石ころなんかよりは、魔力供給源になる可能性も高いだろうさ」

 カラスは少し息をついて、稗田を目をじっと見つめた。

「俺を見ろよ。俺は鳥だがね、こうして人の姿でいる。これだって一種の魔力だよ。月の光のもとに長くいれば、それ自体魔力をもつものになるってことさ」

「それなら……」

 稗田は、しばし迷うように言葉を止めてから、思い切って切り出した。

「──たとえば、腕のいい職人が造った木彫りの人形よりも、もっとよく人間の姿を模したものがあって、それが月光よりも濃度の高い魔力を長いあいだ浴び続けたら、彼女のようになる、ということですか?」

「可能性としては、そうだな──おい、何を考えてる?」

 カラスは鋭い目で稗田を睨みつけた。

「何か、企んでいるんじゃないだろうな? 分かっているんだろうが、明日の夜中には時空竜巻がやってくるぜ。この街は直撃コースだ。余計なことを考えている暇はないんじゃないのか?」

「分かってます。……最善を尽くそうとしているだけです」

 稗田が、かすかに声を震わせてそう言ったとき、部屋の入り口のドアが音をたてて開いた。

「……稗田くん。こんなところにいたのか」

「──所長」

 入ってきた初老の男を、稗田は静かな声でそう呼んだ。

「もう、よろしいんですか」

「もう済んだよ。所長じゃない。……明日のことで話があるんだが、彼は?」

「彼は……カラスです。ご存じでしょう」

「そうか」

 男は、つかつかとカラスに歩みよって、右手を差し出した。

「私は、ここの所長──いや、元所長の川原です。よろしくお願いします」

 あまり愛想のいい男ではないようだったが、精一杯といったふうに口元を上げて、彼はそう言った。

「ああ……カラスだ」

 カラスは、面倒臭そうに席を立って握手をすると、ひとことそう言った。

「稗田くんに話があって来たんですが……あなたも聞いてください。──稗田くん。明日の朝一番で、時空竜巻の接近を告知し、避難命令を出す。竜巻はこの街を直撃するが、小型だから周辺地域への被害は大きくないはずだ。急げばほとんどの住民は助かる」

「──仕方ありませんね」

 稗田は深い溜息をついた。

「なんとかして防ぎたかったんですが」

「我々はぎりぎりまで残る。──カラスさん。あなたがた二人も、我々と一緒に残っていただけないでしょうか」

「構わんが、どうするんだ?」

「……最善を尽くすんですよ。ぎりぎりまで」

 川原は、曖昧な笑みを浮かべて、そう言った。

「稗田くん。話はもう終わったのか?」

「──ひととおりは。あとは明日でもいいでしょう」

「そうか。それなら、こちらも疲れているだろうから、仮眠室に──」

「いらんよ」

 川原の言葉を遮って、カラスは言った。

「適当に外で寝るさ。お上品な人間とは違うからな」

「外で? しかし──」

「いらんと言ってるんだ。ウナを置いて逃げたりはしないから安心しろよ」

 そう言うが早いか、カラスはくるりと身をひるがえして部屋を出ていってしまった。

「……あの人、ほんとうに鴉なんですかね」

「さあね」

 呆然とつぶやく稗田に、川原は軽く肩をすくめた。

「どちらせよ、必要な人材だ」

「そうですね──」

「──君と同じようにな」

 照れたように川原がそう言った。稗田は驚いて目を丸くした。

「意外そうだな。私が君を評価していないと思っていたか?」

「……面と向かって褒めて頂けるとは、思っていませんでした」

「今後は褒める機会もないだろうからな。たとえ滅びを免れても、時空竜巻を防ぐことはできない。いずれにしても街は一からたてなおしだ」

「避難さえうまくいけば、いくらでもやり直せますよ」

 稗田は、川原を励ますことに奇妙な違和感を覚えながら、そう言った。

「弱気にならないでください。所長がそんなことじゃ──」

「もう所長ではないよ」

 川原は首を振った。

「研究所も残らないかもしれないしな……こと、こうなってみると、稗田さんの気持ちがよく分かるよ」

「稗田さん?」

「君の父親……私の前の所長のことさ。今思うと、彼はわかっていたんだな。こういうことになる可能性を。もう少し前に、私も気づいていればよかったんだが」

「──分かっていたなら、どうして警告してくれなかったんでしょうか」

「さあね。彼が戻ってくればわかるのかもしれんさ。──それとも、君なら分かるのかもしれないよ。君は宗関さんによく似ているからな」

「……親子ですから、ね」

 稗田は、かすかに笑みを浮かべながら、そう呟いた。

「もう寝ますよ。所長も、明日は大変でしょう」

「……君ほどじゃないがね」

 ──二人は、声をたてて笑った。


                    *


 ──それから、しばらく後。

 稗田は、所内にいくつかある仮眠室の一つで、ぼんやりと天井を見つめていた。

 どうせ眠れないのだから、と、月光ランプはつけたままにしてある。

 明日以降はほとんど寝られないはずだから、今のうちにできるだけ睡眠をとっておかなくてはならないのだが、どうしても寝つけない。

 どうにも、釈然としないのだ。

 カラスという男に、この街を守っていたシステムについて説明をうけたが、納得のいかない部分があった。

 魔力発生源についての話である。

 カラスのいうとおり、月光の力によって、自ら魔力を生み出すシステムを造りあげることは可能なはずなのだが、しかし彼女らがいくら試してみても、それは成功しなかった。

 ──いや、正確には、そうではない。

 魔力を生み出すことはできたのだ。だが、それを魔力文字に供給する前に、なぜか消えてしまうのである。

 原因はわからない。それが分かれば、あるいは、この街を救うこともできるかもしれないのだが──。

(……父さんは何を考えてたんだろう)

 ふいにそんなことを思って、稗田は、枕元に手をのばした。

 稗田宗関の『暗号総論』。それを手にとって、開いてみる。

 父がこの街を出る前に書いたものだ。

 この十余年、何度も何度も読み返したが、ついに、父の真の意図はわからなかった。

 ──この街の危機を知っていたなら、どうして、何もいわずに出ていってしまったのか?

(……それを読み解いたものは、必ずや大いなる力を得るであろう)

 どうにも気になるのは、その序文だった。

(だが忘れるな。大きすぎる力は、災いをもたらす)

 いかにも、この本には隠された裏の意味がある、というふうに読める。

(さあ、月のもとへゆけ。これを読み解き、力を手にするがいい──)

 稗田は、本を閉じた。

「さあ月のもとへ──か」

 ひょとして──。

 ふと思いついて、本を開き、月光ランプを近づけてみる。

 魔力が薄められているとはいえ、月光ランプの光は、月のそれにかなり近いはずだ。

 ──しかし、何も起こらない。

「……だめか」

 もう寝よう。寝つけないにしろ、明りを消して横になっていれば、少しはましかもしれない。

 稗田は、眼鏡をはずして、本を閉じようとした。

 ──そのとき。

 今まで何もなかった行間に、新たな文字が浮かびあがってきた!

(……!)

 非常に薄く書かれているようだが、輝くようにはっきりと見えた。

(どうして……?)

 幻病のため、稗田は眼鏡がないとほとんど何も見えない。本を閉じ、ランプを消すくらいは手さぐりでもできるが、文字を見分けることなど、とうてい不可能なはずだ。

 だが、いま浮かんできた文字は、はっきりと見えた。暗闇の中で輝くように。

(もしかして……)

 月光ランプをさらに近づけてみる。

 ──文字が、かすかに輝きを増したようだった。はっきりと読めるほどではないが──。

「……やっぱり」

 ぱたん。

 本を閉じる。

 稗田は眼鏡をかけ、部屋の外に飛び出していった。


                    *


 私が、滅びの時までに街に戻れなかったときのために、これを記す。

 月光の下で、幻病に冒された者が見たときにだけ、この文字を読むことができるだろう。

 私は魔法研究所の所長をつとめていたが、あるとき、奇妙な事実に気づいた。

 この街では、魔法言語がほとんど力を持たないのだ。

 魔法言語、たとえば魔力文字に、ある程度以上の魔力を注ぎこもうとすると、まるで何かに吸い取られたように、魔力の流れが消えてしまう。

 興味深い現象だった。詳しく調べていくうち、消えたエネルギーに相当する魔力上昇が、わずかの時間ながら物見塔の上に起こっていることが分かった。

 私は物見塔について調査を始めた。そして見つけたのが、あの本である。

 魔力研究所の記録庫、奥から三番目の棚を調べてみるといい。背板が二重になっていて、暗号で書かれた本が隠してあるはずだ。

 水上衛史という男が記した本である。

 彼は物見塔の建設当時にこの街に住んでいた魔法技師だ。

 その本によると、この街は、彼が行った魔法の儀式により、滅びから逃れることができているらしい。

 そして、いずれはその魔法が破綻し、この街は滅びてしまう。

 私は街を救う方法を模索した。この事実を公表することはできなかった。対策が見つかる前に公にしても、パニックを引き起こすだけだ。

 古いシステムに限界があるなら、新たなシステムをつくりあげて代替とすればよい。魔法言語によって動くシステムだから、旧来のものが動作しているうちは効果を発揮しないだろうが、それが破綻すると同時に働きはじめるはずだ。

 だが、それは非常に危険なことでもあった。滅びを封じるシステムが、他の魔法言語の発動を妨げているのは、決してゆえのないことではない。この街の百年近い歴史のなかで発見された魔力文字のなかには、それこそ街を滅ぼしかねないようなものが、いくつも含まれているのだ。

 システムの構築には、多くの困難がともなう。ことに、人造の生物に魔法文字をどのように刻み、機能させるか、ということについては、実際に試してみなくては、何とも言えない。

 その実験のため、私はいったん街を出るが、あえて今、このことを公表はしない。さきほども書いたように、魔法言語が機能しない理由について知らせることは、本当に危険な魔力文字の扱いについて公表するのと同じことだからだ。

 私は必ず戻ってくる。だが、万一、間に合わなかったときのために、これを記している。

 以下に、システム構築の方法と、魔法言語について私の知っている限りのことを記す。

 決して、悪用はしないように──


                    *


 稗田は震える手で、その本を閉じた。

 涙が溢れてくるのは、月の光のせいだろう。

(そうだったんだ──)

 それなら──そういうことならば、私はシステムを構築することができる。

 魔法言語についての知識も、魔力文字を埋め込む方法も、すでに持っているのだから。

 街を救うことができる!

 稗田はもう一度それを開いて、ざっと目を通すと、すぐに立ち上がった。

 最後まで読んでいる時間はない。早く始めなければ。

 彼女は、眼鏡をかけ直し、研究所の中へと戻っていった。


                    *


「ウナ。──ウナ」

 耳元で囁く声に、ウナは目を覚ました。

 顔をあげて見回すと、カラスが、鴉の姿で、枕元にとまっていた。

「カラス。どうしたの?」

「ちょっと話があるんだ」

 カラスは、軽く羽ばたいて、ベッドの支柱の上へと移動した。

 ──人の姿にならないのは、この部屋が少し狭いからだろうか。

 ウナはそんなことを考えながら、ベッドの上に足をたたんで座りこんだ。

「あいつら──この研究所のやつら、どうも何かを隠しているみたいだ」

「何かを?」

「そうだよ。特に、あの女──稗田だったか、さっき外で見かけたんだが、様子がおかしかった」

「外で? だって……」

 ウナは驚いて聞き返した。

「そう。今夜は月が出ているのに……傘もささずに、本を読んでいたんだよ」

「どうして……?」

「分からないね」

 カラスは、ちょっと肩をすくめるような動作をした。

「とにかく気をつけることだよ。さっき話していたときも、不審なところがあったし。ことによると、また、あんたを使って何か企んでいるのかもしれない」

「でも」

 ウナは反駁した。

「草薙さんが嘘をついているとは思えないわ」

「そういうふうに信用しすぎるのは危険だと思うよ」

 カラスは心配そうに言った。

「でもまあ、そう思うんならそれでもいいさ。とにかく油断しないことだ。俺はいざとなったら飛んででも逃げられるが、あんたはそうはいかないからね」

 ウナは、真剣な顔で頷いた。

「それだけだよ。──おやすみ」

「おやすみ」

 ウナはまた横になった。

 今夜はカラスもここで眠るつもりのようだった。二人は互いの寝息を聞きながら、おだやかな眠りに落ちていった。


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