炎
彼女と一緒に歩いていたら、後ろから歩きスマホの女に追突され。
背の低い生垣に躓いて、思いっきり転倒した。
中途半端に避けようとしたので、後ろから倒れて後頭部を強打した。
「あ、ごめんなさい」
それだけ言って、ぶつかった女は何事もないように歩いて行った。
「ちょっと待ちなさいよ!」
「いいよ、ほっとけ。あの女はどうせ歩きスマホしててホームから落ちてくたばってしまうから」
俺は彼女を諫めて、ゆっくり身体を起こした。
倒れた場所が土で良かった、コンクリートだったら死んでたかも。
ひどい目にあった。
彼女の提案で直ぐ近くのカフェで休むことにした。
なんか頭がクラクラする、左手で頭を撫でていると頭のてっぺんに何か付いているのに気が付いた。
「アチっ」
驚いて、手を離したがその付いてるものは棒状で、先端が熱い。
「頭、まだ痛いの?」
彼女が心配そうにおれの顔を見てる、が、彼女の頭にもそれがある。
それは、見た目はまんまロウソク、それ以外のものには見えない。
俺は眉間を指でつまんてから、もう一度じっくりと彼女を見た。
どう見ても見間違えではないようだ。
「ちょっとごめん」
そう言ってからテーブルに身を乗り出して彼女のロウソクに触って見た。
これも引っ張っても何してもとれない。
「なんで頭グリグリするの」
「ごめん、頭に何か付いてるから」
彼女は自分の頭に手をやって撫でて確認した。
「何か付いてる?」
このローソク普通のロウソクでは無いようだ。
彼女が頭に手をやった時、ロウソクは彼女の手を素通りしていたのだ。
それに、彼女が頭を幾ら動かしても炎はロウソクから真っ直ぐ伸びたまま全く傾かない。
「いや、とれたみたいだ」
俺はもう一度自分の頭のロウソクに触ってみた。
やはりどうしても取れない。
「ごめん、やっぱりどうも気分良くないから、今日はこのまま帰るわ」
「送って行こうか?」
俺は彼女の申し出を断わって一人先に店を出た。
店を出て回りを見渡すと、街行く人すべての頭の上にロウソクが立っている。
なんだろうこれは、なんか本当に気分が悪くなってきたので家へ急いだ。
途中で気の弱そうなサラリーマン風の男が、いかにも柄の悪そうな二人組に絡まれていた。
「……だから、誠意を見せろってるだろうが」
「いや、謝ったじゃないですか」
「大人の謝罪ったら、これだろ」
片方の男が右手の親指と人差し指で丸を作ってひらひらさせている。
「あんな人間の屑なんてとっとと死ねばいいのに」
俺はボソッと呟いた。
すると、柄の悪い男達の頭のロウソクの炎がふっと消えた。
その途端、二人組は糸が切れた人形のようにバタンとその場に倒れた。
「キャー」
「救急車、いや警察だ警察……」
その場が急に騒然となって人だかりが出来始めた。
俺はゾッとして、その場をそそくさと離れた。
あれは、俺が死ねばいいって言ったからか。
そればかりが気になって、どうやって家に帰ったかも覚えていない。
その夜、彼女から電話があった。
「大丈夫なの、なんか顔色悪かったけど」
「ああ…今はもう大丈夫、かな」
「それならいいけど、病院へ行った?」
「いや、其処まではしてない」
「頭は怖いから明日行った方がいいよ、ところでニュース見た」
急に彼女の声のテンションが少し上がった。
「今日、歩きスマホでホームから転落して女の人が死んだって、その事故があった駅って、あなたがぶつかられた公園の直ぐそばで、時間からしてもあの時ぶつかった女じゃないかな」
「……そんなのはただの偶然だよ、歩きスマホしてる奴なんて今は幾らでもいるし」
「やっぱりそうかな、あの女ならスッキリするのにって思って」
彼女も結構頭にきてたようだ。
「いいよ、あんな女どうだって……」
その後少し世間話をして切った。
スマホでニュースを確認すると、確かにあそこの最寄駅で、あの直ぐ後くらいの時間に、同じような歳の女性がホームから転落して死んでいた。
「ははは、まじかよ」
思わず口から出た。
こうなると本当にそんな力があるのか試してみたくなってきた。
「さて、誰を殺してみるかな」
色々考えて、俺が生まれた頃に化学兵器テロをやらかした新興宗教の教祖と、十数年前に一家五人を惨殺した殺人鬼と、保険金目当てに自分の実の子二人を殺した女を殺してみることにした。
全員、裁判で死刑が確定していて拘置所に入っている。
ネットで調べたら直ぐに色々な情報が出てくる。
名前と苦しんで死ぬようにって、口に出して唱えるように言ってみた。
これで、明日のニュースになっていれば、俺の力は本物だ。
なんか、ちょっと吹っ切れたら腹が減ったので、ラーメンを作って食った。
翌朝、ニュースを見ると昨日死ぬように念じた三人が急死したと速報が入っていた。
死因は三人とも脳溢血、苦しんだかどうかはわからないが、とにかく死んだ。
「ふふふ、はははは、本当に死んじまいやかった」
俺は急いで着替えて大学へ向かった。
目的の男は上手い具合に研究室にいた。
「先生」
「なんだいきなり入って来て、単位の事ならもう話が付いてるだろう」
「納得いかないんですよね、私はきちんとレポートも提出してるし、試験もパスしてるのに落とされるのが」
「だから、レポートの出来が悪いからだと言っただろ」
「先生に恥をかかせたからじゃないんですか、あの講義のときに」
「恥?、講義で君が的外れな質問をした時のことかね、そんなものは恥でも何でもない。それに実際恥をかかされたとしてもそんなことで単位をどうこうはしない」
「死んでも、単位はくれないんですか」
教授は一瞬顔色が変わったが、直ぐに開き直ったように言った。
「私を殺す気か、まあ君にはそんな根性はあるまい、用事が済んだら帰ってくれ」
「先生を殺すことって、今の俺には簡単なんですよ、最後に聞きますが本当に単位をくれる気は無いんですね」
「無い」
「先生、じゃあ死んで下さい、直ぐに」
俺がそう言うと教授のそんなに長くないロウソクはフッと消えた。
そしてデスクに突っ伏して動かなくなった。
「さよなら、先生。アカハラはダメですよ」
研究室の扉を後ろ手に締めて、俺はほくそ笑んだ。
俺をバカにした奴、今まで何の力もなかったので我慢してたが、忘れたことはない。
次は去年俺に大恥をかかせてくれたあの女だ。
あいつの予定は今は把握してないが、この大学内にいるはずだ。
どうやって呼び出してやろうか。
そんな事を考えながら玄関ドアまで来た時俺の足は止まった。
扉のガラスに映っている自分の姿に、愕然とした。
急いで、手洗いに行って鏡で自分の姿をみた。
俺のロウソクが短くなっている、それももう芯だけでかろうじて燃えて、今にでも消えそうなのだ。
なぜだ、昨日はあんなに長かったのに……
「それはお前が殺しすぎたからだ」
低く掠れた声がいきなり後ろから聞こえた。
驚いて振り返ると、薄ぼんやりとした影みたいなものがあった。
「何者だ……」
「俺の姿が見えるか?」
「良く見えない」
「だろうな、お前の命の火が消えたら俺の姿が見える時だからな、まあ命の火が見えてるから俺の姿も見えるのかもな」
「俺は死ぬのか」
「そうだな、もう長くない。お前は見えてるだろう命の火が」
「あれが命の火だなんて、知らなかった。何で俺にこんな力があるんだ?」
「さてな、誰か他の死神にでもぶつかったんじゃないのか」
「そんな事で……」
「そんなものだ」
「どうして、人を殺すと俺の命の火が短くなるんだ?」
「因果応報って奴だな」
「こんな事になるのが分かってたら、殺さなかったのに……」
「普通の人間は人を殺そうなんて考えないだろう。まあ、せいぜい余生を楽しむんだな、命の火が消える時またくるから」
「お前は、何者なんだ」
「もう、分かってるだろ。死神だよ」
そう言うと影は暗がりの方に消えていった。
後どのくらい俺に時間が残ってるんだ、何をすればいいんだ。
呆然として外に出た、太陽が眩しい。
俺の影はいつもよりも暗く感じた……