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ヒトリゴチ  作者: 衣笠翁
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葉月・参

くすんだガラス障子に手をかけて初めて鍵が閉まっていたことに気が付く、中には誰もいやしないのだから当然と言えば当然である。この家を管理してくれているニシカワ氏(彼の父親の知人である)が鍵を持っていると考えるのが道理である。どのみちニシカワ氏のところへはお礼もしなくてはいけないからして挨拶に行くつもりであったので先ずはそちらへ向かうことにした。


 まず玄関先の呼び鈴を鳴らすと、待ってましたとばかりにガラス障子戸が勢い良く開かれ家の主人が迎えてくれた。予めアポイントメントは取ってあったのでニシカワ宅ではすっかりお客を迎える用意がなされて、実に丁寧な饗応を受けることになったのだ。彼としては夫妻に一通りのお礼の言葉と土産の品の儀を済まし宿の鍵を受け取ってお暇したいと考えていたのだがその後も夕食の招待を受け、挙句の果てにその晩はここにお世話になることにまでなった。後者に関してはほとんど不可抗力があったともいえる。宿には長い間人が住んでいなかったので勿論家財道具が不揃いであって滞在中の寝具などはニシカワ氏からお借りすることになっていたのだが、流石に持ち帰るわけにもいかず自動車で運んでもらうことになったのだ。そしてご馳走になっているうちに夜も深くなり且つ主人にもアルコールが入ってしまったので遠慮がちな彼といえどもそのご厚意に甘えざるを得なくなったのだった。

(主人の勧めで)呑み慣れていない酒が入ったということもあって晩餐はそれなりに愉快なものになったのであったが、彼はその「懸案」について口にすることは決してなかった。


 次の日の朝は早かった。朝食を済ますやいなや、ニシカワ氏は自動車を以ってして寝具やらを宿に運んでくれた。その足で仕事に向かうというので彼は「是川」家までの道程を尋ねた。さほど距離の隔たりはないから送ってくれるということなので、荷物を運び入れることだけして再び車に乗り込んだ。

 車酔いしてしまわないよう開け放たれた窓から木々の生い茂る山の表面から立ち上る霧を眺めているうちにこぢんまりとした一軒の家の前に至った。主人は是川さんに挨拶ができず残念そうであったが実のところ余りない時間を割いてくれていたのだろう、彼を下ろしたならそのまま直ぐに仕事場に向かった。この間、主人は彼がここまでの道程を知らないということを不思議に思っていた。彼とこの家との間には、特に彼がために家ぐるみで長い付き合いがあったはずだったからである。この件に関して彼はニシカワ氏からの問いを誤魔化し続けたのだった。


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