小夜―私の道―
「友達が少ないのって悲しい証拠なのかな……?」
自室からベランダへ出て手すりにもたれかかる。薄暗い空を見てはため息が出でしまう。いつからこうなってしまったんだろう? いつからつまらない自分になってしまったんだろう? いつから……?
薄暗い空を鳥が飛んでいく。鳥は空が自分の友達だ。そして、友達の中で生きている。自分はどうだろうか? 私は友達の中で生きていけるだろうか? ベランダに出ると、いつもこんなことばかりを考えてしまう。
「だから…、だから嫌なんだ。もっと、強くなりたいのに……こんなこと考えて、自分で答えを出さなくても自信が持てるように…自分に自信が持てるようになりたいのに…。いつもここに戻って来てしまう……いつも、いつも…」
葵の目から一粒の涙がこぼれた。
こんな時、「小夜」だったらどうするだろう? 私にたくさんのことを教えてくれて、たくさんの言葉をかけてくれた「小夜」だったらどんなことを自分自身に言ってあげるのだろう?
『強くなりたいって葵は言うけど、違うと思う。何か、もっと…葵は自分を知りたいんだよ』
『自分を知りたい?』
『そう。強くなるってことは、自分を知らないと出来ないことなんだよ。自分の事を知らないと、どんな事に弱くて、どんな事に悲しんで、どんな事に怒るとか分からないもの。後ね、強いとか、弱いとかに基準はないんだよ。みんな、自分の経験から判断しているんだから…。だから、無理なんてしないで。私、今の葵が一番好きだよ』
昔、「小夜」が言ってくれた言葉だ。もう、三年以上前のこんな些細な会話を覚えていたなんて、自分でも驚いてしまう。
「小夜」の声が聞きたい。あの、美しい声を…。無駄な物が一つも入ってない「小夜」だけのあの声が…あの声が聞きたい。あの声でもう一度、もう一度だけ「葵」と呼ばれたい。
葵は自室へ駆け込みまっ白な携帯電話を手に取ると、「小夜」の携帯番号を押した。ツッツッツッと相手を探している音がする。
「この番号は、現在使われておりません。番号をお確かめのうえ、もう一度おかけ直しください」
女の人の声が流れてきた。「小夜」とは全く違うつくられた声だ。
「違う。小夜じゃない。小夜は、小夜は…」
体全体の力が抜け、携帯電話が手から滑り落ちる。葵はその場に崩れ落ちるようにして座った。目の前に見えている窓がぼやける。目にいっぱいの涙がたまり、一つの雫となって一つ、また一つと次から次に頬に線を残して流れ落ちる。
『泣いたらダメよ、葵。私が死んでも、ちゃんと生きて……。私は…葵のそばにずっといるから…だから、泣かないで』
「小夜」が葵に言った最後の一言が頭の中によみがえる。
「小夜。小夜…私、怖いよ。小夜がいたから一人じゃなかった。でも、もう一人になっちゃったよ。みんな…みんな変わっちゃって…私一人だけになっちゃったよ……。みんな、自分を知ろうとしなくなった。人に好かれていれば、自分が安全なら人なんて関係ないって…そんなふうになっていった…。不安だったり、苦しかったりしたらみんな逃げていく…。小夜と違って、友達が多ければ多いほど幸せで、勝ちっていうようになった。一人の友達からたくさんのことを教わって、教えて…それで幸せだ、って思う人が減っていった…。私もそうなっていった。いつからこうなったんだろう…いつからこんなにつまらない自分になっちゃったんだろうって…。自分を閉じこめちゃってたのかな…? 何か、さびしいよ…私は、小夜にこんなこと教えてもらったんじゃないのに…。なのに……」
葵は顔を手で覆いながら静かに泣いた。
四年前、の「小夜」の死は、葵にとって忘れられない悲しみだ。塾の帰りだった「小夜」は信号無視の車により、あっけなく殺されてしまった。病室で葵に向けられた「生きて」というメッセージの悲しみと深さは、今になって葵の心の奥に深く入り込んできた。
正しく生きるということや、私の分まで生きてということを「小夜」は言いたかったのではない。――葵が感じるままに、一つ一つを大切に、いつまでも葵らしく……――
正しく生きることや、自分らしく生きるということはとても難しい。でも、今という時間を悔いのないように生きなければ、将来もっと悔やむことになる。今、生きてるということだけでも奇跡なのだから…。
「小夜、私、生きるよ。小夜みたいには出来ないかもしれないけど、自分らしく、感じるままに……」
葵はベランダに出ると手すりにもたれかかった。目じりに残った涙が、夜空に光る星のように光った。
今を歩む道が必要なら、過去を振り返る道も必要だ。不必要な道なんて、選べない道なんてないのだから。
――小夜、私はあなたの中で上手に生きていますか?