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キラメク七つ星  作者: 青星明良
巻ノ一 九尾の狐
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初陣(三)

 平野首相からの電話で紗枝子の危機を知った晴久と夢の葉は、このことを美恵に一刻も早く知らせるべく、土御門家(つちみかどけ)に戻ろうと猛ダッシュで走っていた。

 その頃、美恵は玉藻前の居場所を見つけるため、占術をしていた。

 玉藻前(たまものまえ)が官房長官の須永(すなが)(しょう)()に接近して彼に巫蠱(ふこ)の術を教えていたことは、正吾が消える前に発した「助けてくれ! 玉藻前!」という言葉で察しがつく。おそらく、玉藻前が死にかけていた正吾を妖術で救出したのだ。ならば、正吾のいる場所に玉藻前もいるはず……と考えたのだが、さっきやっていたテレビのニュースによると、正吾は現在行方不明になっていて、マスコミは、

「『影の最高権力者』、突然の失踪! 選挙前に何が⁉」

 などと、センセーショナルな報道を行なっていた。

「……何度占っても、分からないわ。玉藻前も、官房長官も、どこにいるのかしら」

 美恵がやっている占いは、安倍晴明が記した『占事略決(せんじりゃっけつ)』に載っている六壬神課(りくじんしんか)というもので、地盤(じばん)と呼ばれる四角い盤に天盤(てんばん)と呼ばれる円形の盤をはめこんだ天地盤という占い道具を使う。天地盤には、天文や干支などに関する文字が書かれていて、それらの文字を読み解き、様々なことを占うのだ。

「おそらく、お前に占術で居場所をつきとめられないように、玉藻前がつくった結界内に二人とも隠れているのだろう。官房長官も、総理大臣の命を狙っていたことがばれたのだ。身を隠すしかあるまい」

 美恵の部屋に入ってきた晴英がそう言った。

「つまり、向こうがアクションを起こすまで、こっちは東京のあちこちをあてどもなく捜し回るしかない……ということか。私、ちょっと方向音痴だから困るなぁ……」

「……ちょっと?」

 美恵が迷子になった数々の伝説を夢の葉から聞かされていた晴英が、あきれ気味に美恵を見た。美恵本人は、自分の超がつくほどの方向音痴を過小評価しているようだ……。

「姉ちゃん! 大変だ!」

 ドタバタと慌ただしい足音がしたかと思うと、晴久と夢の葉が美恵の部屋に血相を変えて入って来た。

「二人とも慌ててどうしたの? もしかして、玉藻前が見つかった?」

「ち、違うんだ! 平野さんが三重(みえ)(どう)()に誘拐されたんだ!」

 晴久は、乱れた呼吸を落ち着かせる暇もなく、総理大臣からの電話の内容を話した。

「日付が変わるまでに十億円を指定の場所までに持って来ないと紗枝子さんを殺すですって……?」

「相変わらず無茶苦茶な奴じゃ! その指定の場所とはどこなんだ」

「世田谷区内にある建設工事中のビルの敷地で待っているって。今日、首相公邸に向かう時に三軒茶屋駅で電車に乗り換えただろ? あの駅から南に歩いて十分ぐらいの場所だよ」

「分かった。今すぐ助けに行くわ」

 そう言うやいなや、美恵は部屋を飛び出そうとした。それを「ちょっと待て」と止めたのは晴英だった。

「これは、もしかしたら、お前をおびき出すための罠かもしれんぞ」

「どういうこと?」

「道鬼は安倍晴明の子孫である我らを敵視している。人質をとって、呪術の罠が張り巡らされた場所にお前を誘いこみ、土御門家の当主の命を奪おうという魂胆だと(わし)は思う」

「でも、ハルのお友だちが危ないんだよ。助けに行かないと」

「うむ……。ならば、儂が行こう。六十七歳でも儂はまだまだ現役じゃ。インチキ陰陽師なんぞ儂がやっつけて……あいたーーーっ⁉」

 美恵に腰をグッと突かれた晴英は、悲鳴をあげて転げ回った。

「な、何をする!」

「おじいちゃん、やっぱり腰がまだ痛いんでしょ? 無理しちゃダメだよ。私が行ってくるから、おじいちゃんは先に晩ご飯を食べていて? 大丈夫、孫娘を信じてよ」

「ぐぬぬ……。やむをえん。だったら、これを持って行け」

 晴英は服の胸ポケットにつけていた剣の形をしたバッジを取り外すと、手のひらにのせた。そして、晴英が手のひらに自分の霊力を集中させると、バッジがまばゆい黄金の光を発し、長さ六十センチほどの剣に姿を変えたのである。

「安倍晴明がつくり、土御門家に代々伝わってきた七星(しちせい)(けん)じゃ。この剣には晴明の霊力が込められていて、お前の力を増幅させてくれるだろう。隠居した儂ではなく、現当主の美恵が持っておくべきじゃ。受け取れ」

 美恵は晴英から七星剣を手渡されると、剣をじっと見つめた。剣には北斗七星と龍の頭が描かれていて、これが人を傷つけるためにつくられた血なまぐさい剣ではなく、魔を払うためにつくられた破邪(はじゃ)の剣だということが分かる。

 北斗七星は、宇宙の力を授けてくれると人々に大昔から信仰されていた。また、北斗七星は龍神だとも考えられている。北極星を中心に巡る北斗七星が、玉(北極星)を手にして空を飛ぶ龍(北斗七星)に似ているからである。

「ありがとう、おじいちゃん」

「でも、剣なんて持ち歩いていて警察に見つかったら捕まっちゃうんじゃ……」

 晴久がそう言うと、晴英は「その心配はいらん」と答えた。

「この剣は、儂がバッジにしていたように、持ち主の意思に従って姿や大きさを変えることができるのじゃ。美恵、やってみろ。こんなふうになれと念じてやるだけでよい」

「うん」

 晴英に言われた通り、美恵が「ペンダントになって」と七星剣に念じると、剣は再び光り、ペンダントに早変わりした。

「綺麗……」

 美恵はそう呟くと、ペンダントを首にかけた。胸元ではペンダントトップの北斗七星が美しい金の輝きを放っている。

「くれぐれも油断するなよ。……そして、よほど追いつめられた時にしか十二天将(じゅうにてんしょう)は呼び出してはならんぞ」

 美恵はコクリと頷いた。晴久は(十二天将って何だろう?)と疑問に思ったが、そんなことを聞いていられるようなのんびりとした状況ではない。

「ハル。それじゃあ、行ってくるね」

「待ってくれ、姉ちゃん。僕も行く。ていうか、方向音痴の姉ちゃんでは目的地に自力でたどりつけないだろ?」

「え? でも……」

 昼間の晴久の様子では、陰陽師の世界に再び首を突っ込むことを恐れていたはずなのに、夢の葉と外に行っていた間にどういう心境の変化があったのだろうか。今の晴久には迷いが見えない。

「僕は弱い。見鬼(けんき)の力はあっても呪術は使えないし、姉ちゃんの力にどれぐらいなれるかも分からない。でも、何もやらない内からビビッて逃げるのはダメだと思うんだ」

 もう逃げないという決意に満ちた晴久の顔を見て、美恵は微笑んで「なら、一緒に紗枝子さんを助けましょ」と言った。

「ユメも一生懸命、お二人をサポートします!」

 こうして、美恵たちは紗枝子救出に向かったのである。


「ここが、紗枝子さんが捕えられているビル?」

 三人が建設工事中のビルの敷地前に立ったのは、建設の作業員たちがみんないなくなった、午後八時過ぎの頃であった。ビルといっても、まだ建設中なので鉄筋がむき出しになっている。

「人が潜んでいる気配とか感じないけれどな」

「とりあえず、敷地内に入ってみましょ」

「姉ちゃん、僕が先に行くよ。罠に気をつけろってじいちゃんも言っていたし」

「いいえ、ここはユメが! 晴久さまに危険なことはさせられません!」

 晴久と夢の葉が、どっちが先に行くかでもめ始めた。そんな二人の様子を見て、美恵は(散歩をしている間に、ずいぶんと仲良くなったのね)と思っていた。

「た、助けて! い、嫌だ! カラスなんかに食べられたくないよぉ!」

「あっ! 平野さんの声だ!」

 突然、紗枝子の悲鳴が聞こえてきた。まだ日付が変わっていないというのに、道鬼は紗枝子の命を奪おうとしているのか。紗枝子が危ないと慌てた美恵たちは、三人そろって建設工事の敷地内に入ってしまった。

「ふはははは! 馬鹿め、引っかかったな!」

 この怒鳴るようなしゃべりかたは道鬼だ。「しまった!」と晴久が思った時には、時すでに遅しだった。建設工事の敷地内に足を踏み入れたと同時に、晴久たちは金縛りにあったように身動きがとれなくなったのである。

 何とかして動こうと必死にジタバタもがいていると、鬼の面をかぶった宗十郎が美恵たちの前に現れた。彼が体の自由を奪って動けなくする呪術の罠をしかけたのだろう。

 道鬼はどこに……と思ったら、建設中のビルの三階あたりの鉄筋にあぐらをかいて座り、酒をがぶ飲みしていた。その横では、口に猿ぐつわをされて、縄でぐるぐる巻きにされた紗枝子が鉄筋からぶら下げられている。猿ぐつわをされているのだから、紗枝子は声をあげられないはずだ。さっきの悲鳴はいったい……?

「まんまとだまされたな。儂の声まねに」

 道鬼は愉快そうに笑うと、「た、助けて! い、嫌だ! カラスなんかに食べられたくないよぉ!」と紗枝子そっくりな声で言った。

「息子に全部やらせて、自分は大した呪術を使えないインチキ陰陽師のくせして、物まね芸人みたいな特技はあるんだな!」

「おっさんが女の子の声まねするなんて、キモイですぅ!」

 晴久と夢の葉が悔しまぎれにそう罵ると、道鬼は「な、何だと⁉」と怒り、

「宗十郎、さっさとこいつらを殺してしまえ!」

 と命令した。「分かりました」と静かに返事した宗十郎は、腰に差していた太刀を鞘から抜き放ち、美恵に突きつけた。

「君に恨みはないが、父の命令だ。許してくれ。なるべく、痛みを感じずに死なせてあげるから」

「…………」

 美恵は無言で宗十郎を睨み、怯えたり命乞いをしたりもしない。

「ふん、さすがは安倍晴明の子孫だな。なかなか度胸のすわった娘だ。だが、陰陽師としての経験不足が命取りとなったようだ。宗十郎、()らさずに早く殺してやれ」

「や、やめろ! やるのなら、僕を先にやれ!」

「み、美恵さま! 美恵さまーーーっ!」

 晴久と夢の葉が必死になって叫んだが、身動きがとれないのだからどうすることもできない。呪術で拘束されているせいか体中が痺れてきて、晴久はせっかく持って来た木刀を手からこぼれ落としてしまった。木刀は、からん、からんと虚しい音を立てて晴久から転がり離れていく。

「さらばだ、陰陽師の少女」

 いっさいの感情もこもらぬ、冷酷な死刑宣告。

 美恵の心臓めがけて、宗十郎は刀を突き――。

 貫いた。………………何もない(くう)を。

「な、何だと⁉」

 ビルの三階の鉄筋で高みの見物をしていた道鬼は、驚きのあまり、酒が入った瓢箪(ひょうたん)を下に落としてしまった。地面に落下した瓢箪は割れ、まだ半分くらいあった酒は土に染みこむ。

「な、なぜ動けるんだ⁉」

 宗十郎の突きを紙一重でかわした美恵は、胸のペンダントに手をかざす。すると、黄金の(きら)めきとともにペンダントは七星剣へと変化した。

(すき)あり!」

 美恵は宗十郎の間合いへと大胆に踏み込み、七星剣を横に払って鬼の面を割った。

「ぐっ……!」

 面を割られた宗十郎は、後ろに飛びさがり、美恵たちと距離をとった。その隙に、美恵は七星剣を地面に突き刺し、晴久には聞き取れないような高速の早口で呪文を唱えた。

 すると、地面に埋められていた呪いの道具が地中から飛び出てきたのである。それは、土器の皿二枚を黄色の紙縒(こより)(和紙を細長く切って寄り合わせたヒモ)で十文字に縛ったもので、皿の底に呪いの文字が書かれているのだった。これが晴久と夢の葉の身動きをとれなくしていたのである。

「千年前、私の先祖に見破られた呪詛(じゅそ)をまた使うなんて、芸がないのね!」

 そう言うと、美恵は七星剣を振り落とし、宙に浮いているその呪いの道具を粉々に破壊した。直後、晴久と夢の葉は動けるようになったのである。

「二人とも大丈夫?」

「だ、大丈夫だけれど、姉ちゃんはなんで動けたんだ?」

「こういう時のために不呪詛(ふじゅそ)()を持って来ていたのよ」

 ウフフと笑った美恵は、セーラー服の胸ポケットから不呪詛符を取り出して、お札をひらひらさせた。不呪詛符には、敵の呪いから持ち主を守る力がある。平野首相を須永正吾の呪詛から救っただけでなく、トラップ式の呪詛を防ぐこういう使いかたもあるのだ。

(最初から動けたのに、動けないふりをして敵を油断させたのか。姉ちゃん、けっこう策士だな)

 目を離したらすぐに迷子になり、電車の切符を自分で買おうと挑戦したら半泣きになる美恵だが、いざ陰陽師として戦うとなると、意外としたたかな戦い方をするようである。これまで知らなかった姉の新しい一面を見て、晴久は少し驚いた。

「お面が……。君は、とんでもないことをしてくれたな……」

 これまで感情をあらわにすることがなかった宗十郎が、手で顔をおおいながら、恨めしげにそう言い、亡霊のような足取りで美恵たちに近づいてきた。

「鬼のお面なんかしていても、ぜんぜん恐くなかったです! さっさと素顔を見せてください! 卑怯者!」

 夢の葉があっかんべーをすると、宗十郎は「面が壊れてしまったのだ。仕方がない……」と呟きながら、顔を隠していた手をゆっくりとどけた。

 月明かりの下、美恵たちは宗十郎の素顔を見た。

 色白く、哀愁を帯びた切れ長の目、美しく整った鼻と唇。年齢は美恵よりも二、三歳年上の高校生ぐらいだろうか。晴久よりもずっと大人びた雰囲気だった。

(こいつ、男の僕から見てもすごく美形なのに、どうしてあんなお面なんかして顔を隠していたんだ?)

 そう疑問に思った晴久は、自分もこの宗十郎のように大人びた見た目だったら、美恵が今よりも少しは自分のことを頼ってくれるのだろうかと考えてしまうのであった。

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