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キラメク七つ星  作者: 青星明良
巻ノ一 九尾の狐
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再会(二)

『みなさん、ご心配をおかけいたしました。もう大丈夫です。私、若い頃から悪い癖がありまして、あまりにも緊張しすぎると息をするのを忘れてしゃべってしまうんです。だから、たまにさっきのような呼吸困難になる時がありまして。いやぁ、お恥ずかしい。人間、酸素は必要ですからちゃんと呼吸をしないとダメですな。すーはー! すーはー!』

 ワハハハ! という笑い声があちこちで起きる。選挙カーの屋根に再び平野首相がのぼり、ケロリとした表情で演説を再開すると、人々の混乱はすっかりおさまった。

「パパ、あんなことを言っているけれど、本当に大丈夫なのかしら?」

 娘の紗枝子はさすがに心配していて、さっきから不安そうに父親の演説を聞いていた。晴久も何がどうなっているのか分からず、しきりに首を傾げている。

(総理大臣の首には、たしかに憎悪の念がこもった蛇が巻きついていた。それが消えている……。選挙カーの中で、いったい何が起きたんだ?)

「あっ! ミエさま! ミエさまだぁ!」

 突然、金色の目をした女の子がピョンピョンとはしゃいでそう言った。「ミエさま」に反応して、晴久も女の子が視線を向けている方向を見る。

「ハチ公は、ほら、あれだ。すぐ近くにあるのにどうして分からなかったんだ」

「わぁ、本当だ。すみません。私、田舎で育ったから、こういう人がうじゃうじゃいる場所が苦手なんです。それに、ほんのちょっと方向音痴なもので」

「選挙カーの中に迷いこむ奴がほんのちょっとなわけあるか。……まあ、いい。私は総理の護衛があるから戻るぞ」

「ありがとうございました」

 旅行バッグを肩にかけたセーラー服の少女が、なぜか首相のSPに連れられてハチ公の銅像の近くにいた。そして、SPが少女から離れると、彼女は首を忙しなく動かして誰かを捜している様子だった。もしかして……。

 少し離れた場所からじっと見ていた晴久と目が合うと、彼女は嬉しそうに両手を振って走って来たのである。

「姉ちゃん……。美恵姉ちゃんだ」

 七年も会っていないのだから顔を合わせてもお互いのことが分からないのではと考えていたが、そんな心配は不要だった。二人とも身長が伸び、男らしく、女らしく成長してしまっても、幼い頃の面影を姉も弟も失っていなかったのだ。

 陽だまりのように温かくて、亡き母の面影を残す美恵の微笑みを晴久はずっと覚えていた。忘れるはずがなかった。

「ハル! 七年ぶり!」

 走って来る美恵が笑顔でそう言うと、晴久は何だかホッとしたような、懐かしいような気分になった。まだ姉弟が土御門の家で一緒に暮らしていた時、美恵は晴久のことを「ハル」と呼んで一歳年下の弟を可愛がり、あちこち連れ回して遊んでいたのである。

 美恵が六歳、晴久が五歳の時に二人の母親・麻衣(まい)は病死した。家出して行方不明になる前だった父の(はる)(かつ)は、祖父・晴英(はるひで)の陰陽師の仕事を手伝うのが忙しくて、姉と弟は寂しい毎日を送っていた。そんな二人だからこそ、お互いを思い合うきょうだいの絆は強く、引き離されていた七年の歳月によって薄れることもなかったのである。

「姉ちゃん、ひさしぶ」

 「り」と晴久が言いかけたところで、そばにいた金色の瞳の少女が「美恵さまぁ!」と大泣きしながら走り出し、美恵に飛びついた。美恵は思わずよろけてしまう。

「うわっ、ととと……。ユメ、どこにいたの? 迷子になったらダメじゃないの」

「うわーん! うわーん! 迷子になったのは美恵さまのほうです~! ユメが、ハチ公がいるのはこっちですよって言っているのに、ふらふらとどこかへ行っちゃうんですもん!」

「そ、それは、何だか美味しそうな匂いがしたから……」

 美恵と女の子がそんなやりとりをしているのを晴久と紗枝子はぼう然と見ていた。

 女の子はわんわん泣き出すと、頭から白い獣の耳、お尻からこれまた真っ白なふさふさの尻尾を生やしたのである。

(不思議な子だとは思っていたけれど、土御門家に代々仕える白狐(びゃっこ)の一族の娘だったのか)

 幸い、ハチ公前の人々は総理大臣の演説に集中していて、狐の耳と尻尾を生やした女の子に気づいていない。口をあんぐり開けて狐の少女を凝視している紗枝子をのぞいては。

(さて、困ったな。どうやって誤魔化そう……)

 口下手な晴久は頭を抱えるのであった。


 晴久が口ごもりながら何とかして紗枝子を誤魔化そうとしたのに、

「この子は、(ゆめ)()。私の陰陽師の仕事をサポートしてくれる狐の女の子なの。さっきは驚かしてごめんね。ユメはまだ子どもだから、ビックリしたり泣いたりすると、変身が半分解けちゃうのよ」

 美恵がペラペラとしゃべり、紗枝子はさらに口をあんぐりとさせて驚いていた。

「ね、姉ちゃん。いいのかよ、うちの家の秘密を簡単に話しちゃって」

 晴久が美恵の耳に口を寄せてひそひそと言うと、美恵は「いいのよ」と笑った。

「さっき、ハルが紹介してくれたじゃない。平野紗枝子さんは、今、街頭演説をしている総理大臣の娘さんだって。私、ついさっき、総理大臣とは知らずに紗枝子さんのお父さんを助けたの。何者かに蛇の呪いをかけられていたから、呪詛(じゅそ)から身を守る不呪詛(ふじゅそ)()を渡しておいたけれど、総理大臣に呪いをかけている人間に凄腕の陰陽師や呪詛で商売をしている人間が味方についていたら、あんな気休めは簡単に破られちゃうからね。だから、また呪詛で総理が苦しむことになった時のために、紗枝子さんに私のことを知っておいてもらったほうがいいと考えたのよ」

 そう説明すると、美恵は紗枝子に一枚の名刺を渡した。白い狐の可愛らしいイラストがプリントされていて、

  陰陽師 土御門美恵

  占い・祟り・妖怪の悪事・怪奇現象、何でも相談に乗ります。

  ただし、人を呪う仕事は受け付けていません。

 そう書いてあった。

「陰陽師って、悪霊払いとかしてくれる人ですか?」

「陰陽師は、大昔は陰陽寮(おんみょうりょう)っていう役所で働く役人だったの。星を見て占いをしたり、暦をつくったり、呪術を使ったり、神様を祀る儀式をしたり……。色々と仕事があったんだけれど、現代の一般的なイメージは紗枝子さんの言う通りかもね。今は陰陽寮なんてないし」

 紗枝子はその名刺をしばらくじっと見つめていたが、

「私のパパ、誰かに呪われているんですか?」

 と、声を震わせて美恵に聞いた。いつも元気いっぱいの彼女が、すごく怯えて心配そうな表情をしている。よほど父である平野首相のことを尊敬し、家族として愛しているのだろう。

「蛇の怨念が総理大臣を祟り殺そうとしていたの。これは()()の術といって、生き物の命を犠牲にして、その生き物の怨念を祟りたい相手にぶつけるというタチの悪い邪法なのよ。だから、呪いをかけた人間は総理大臣の命を絶対に狙っている。何かお父さんに異変があった時は、ハル……弟のケータイに連絡して?」

「あ、あの……。できたら、美恵さんの連絡先を教えていただけたら嬉しいんですが。美恵さんは京都にお住まいなんですよね?」

「ごめん。私、ケータイを持っていないの。でも、今日からは弟と一緒に東京で暮らすことになるから、ハルに連絡してくれたら私にも伝わるわ」

 美恵が紗枝子を安心させるために優しい口調でそう言うと、紗枝子は「はい。必ず連絡します」とすがるような目で返事をした。世間知らずで人の言うことを何でも信じてしまう紗枝子は、いきなり現れた陰陽師を名乗る少女の言葉を神様のお告げのようにすっかり信用しているのだ。

(相手が僕の姉ちゃんだからいいけれど、平野さんはいつか悪い人間に手痛くだまされそうで危なっかしいなぁ……。お嬢さまって、みんなこうなのかな?)

 内心、クラスメイトの将来を心配する晴久であった。

「美恵さま。もうすぐ夕方になりますよ。日が暮れるまでに土御門の家に行かないと、晴英さまがきっと心配しちゃいます」

 夢の葉が美恵の腕を揺すりながら言った。耳と尻尾はすでにちゃんと隠してある。まだまだ未熟な白狐の子どもである夢の葉だが、超がつくほど方向音痴で電車の切符を買うのにも一苦労する世間知らずな(あるじ)の美恵を無事に京都から東京まで連れて来るため、必死になって路線図、時刻表などをノートにメモって勉強していたのである。そこまで努力したのに、渋谷駅まで来て世田谷の家にたどりつけなかったらと思うと、夢の葉はすごく焦ってしまうのだ。美恵ときたら、ほんのちょっと目を離したすきに迷子になってしまうのだから……。

「うん、そうだね。おじいちゃんが待っていることだし、そろそろ帰ろうか。私たちの家に」

 美恵が晴久にそう言うと、晴久は「うん」と頷いた。たった一言の短い返事だが、その一言には何万もの言葉を使っても言い表せない晴久の喜びの気持ちが込められていた。

 そう。美恵は帰ってきたのだ。七年の歳月を経て、晴久がいる我が家に。

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