破軍七星(一)
「見てください! 夜空に玉藻前の妖気が満ち満ちて、邪悪な炎の玉が地上に近づいています!」
夢の葉が空を指差して叫ぶと、露の葉が「あれは玉藻前に違いありません」と言った。
「北斗七星の力によって、玉藻前は体からあふれるほどのエネルギーを放出しているのです。その放出しているエネルギーが、あの炎のかたまりなのです」
霊力が強い者ほど、北斗七星を味方につけてしまったら、恐ろしい力を発揮するという。平将門の魔方陣に力を与えられた美恵は、果たして玉藻前に打ち勝つことができるのだろうか。
「……姉ちゃん、大丈夫かな……」
晴久は夜空を不安そうに見上げながらそう呟いた。すると、紗枝子が「大丈夫だよ!」と自分のことでもないのに自信満々に言った。
「美恵先輩なら、きっと大丈夫! 自分のお姉ちゃんを信じなきゃ!」
「……うん。そうだな。弟の僕が姉ちゃんを信じなかったらダメだもんな」
(ユメが晴久さまを励まそうと思ったのに~!)
夢の葉はこっそりいじけていた。晴久が他の女の子と話していると、どうしてこんなモヤモヤした気持ちになるのか自分でもよく分からない。
「私たちはここで祈りましょう。美恵さまの無事と東京に八月二日の朝が来ることを……」
露の葉がそう言うと、晴久たちは「うん」と頷いた。
宗十郎も、晴久たちと少し離れた場所から、同じようにじっと空を睨んでいる。
(土御門美恵。君は俺に言った。俺を絶望させる未来を変えてくれると……。もしもそんなことを君ができたとしたら、君は安倍晴明を越える偉大な陰陽師になるかもしれない)
そんなこと、ありえない。そう思いながらも、宗十郎は心の片隅で期待しているのだった。美恵が宗十郎に明るい未来を指し示してくれることを。
午後九時、東京の空、二人は激突した。
「安倍晴明の子孫よ! 貴様の一族との因縁を終わらせる時が来たぞ!」
黒夢に乗って接近して来る美恵を視界にとらえた玉藻前は、右手の全ての爪を一メートルほど伸ばし、美恵めがけて突きつけた。玉藻前の強烈な妖力が込められた妖狐の爪は、一裂きで人間をバラバラの肉片に変えてしまうのである。
「そのセリフ、そっくりそのまま返させてもらうわ! こっちもあなたとの数百年に渡る悪縁を終わらせたいのよ!」
夜空の北斗七星を背にして隕石のごとく降ってくる玉藻前に対してそう言うと、美恵は黒夢の背中の上で立ちあがり、七星剣を下段に構えた。
鳥越神社、兜神社、将門の首塚、神田明神、筑土八幡神社、水稲荷神社、鎧神社からは光の柱が立ちのぼり、上空から見たら、地上に北斗七星が現れたかのようである。平将門の魔方陣は、美恵にみなぎらんばかりの強力な霊力を与え、七星剣に刻まれた北斗七星の黄金の輝きもギラギラと強さを増していた。
「我、煌めく七つ星を背負いて魔を払う! 解き放て! 破軍七星ーーーっ‼」
美恵は叫び、全身全霊の霊力を込めて七星剣を振り上げた。迎え撃つ玉藻前も妖狐の爪を美恵の喉元めがけて振り下ろす。
「八つ裂きになれーーーっ‼」
美恵の七星剣と玉藻前の妖狐の爪がぶつかり合う!
二人の激突によって天が張り裂けたかのような爆発が生じ、その衝撃によって東京全域が大いに揺れ、全ての電気と機械がストップした。一瞬にして、東京の全区域が停電になり、街全体に黒の帷が下りたかのごとく暗闇の世界となった。地上でまぶしいほどの輝きを放っているのは、今は平将門の魔方陣を構成している七つの神社だけである。
(なっ……! お、おのれ……。私がこんな小娘に押されているだと⁉)
玉藻前は本物の北斗七星の力を借りているというのに、人間ごときがつくりだした北斗七星の魔方陣の守護を得ている美恵になぜか力負けしようとしていた。おかしい、こんなことはありえないと玉藻前は焦った。
「九尾の狐の私にいいように利用されて自滅し、国を滅ぼしてしまう愚かな人間が、な、なぜ……?」
「人間の力を甘くみないで! たしかに、人間は愚かな過ちを犯すし、一人でできることなんて小さなことばかりだけれど、仲間と力を合わせたらどんな苦難にだって立ち向かうことができるんだから!」
「ふ、ふん! 調子に乗るな。貴様はまだ私の呪詛から解放はされておらんのだ。我が呪いで貴様の心臓を破裂させてやる!」
玉藻前の目が赤く光り、美恵は急激に胸が痛みだした。
「うう……! い、痛い……!」
激痛のあまり、美恵は七星剣を手から落としそうになる。
くわぁ! くわぁ! くわぁ!
黒夢が美恵を叱るように鳴き、危うく意識を失いそうになっていた美恵は戦意を取り戻した。
(こ、こんなところで負けられない! 私は、玉藻前の呪いを私たちの世代で終わらせるってハルと約束したんだ。宗十郎さんに未来を変えてあなたを絶望から救うって約束したんだ。ユメ、おじいちゃん、露の葉、紗枝ちゃんとも玉藻前をやっつけるって約束した。……私はみんなとの約束を守るんだ!)
土御門家当主を守る「千年守護」の加護と父の不呪詛符のおかげで、玉藻前が全力で呪ったというのに、美恵の心臓は破裂しなかった。普通の人間ならばのたうち回って口から泡を噴き出すような痛みが美恵を襲い続けるが、美恵は必死に耐えて七星剣を手放さない。
「なかなかやるな、土御門の娘よ。だが、胸の激痛に耐えながらでは、私を倒せないぞ!」
最初は優勢だった美恵の勢いが弱まり、玉藻前の「破軍七星」のほうが押し始めた。たしかに、今にも気を失ってしまいそうな美恵では、東京を一瞬で火の海にしてしまう禁断の術を支えきることはできないだろう……。
(北斗七星……。玉藻前に力を与えている北斗七星さえ、消えてしまったら……)
朦朧とし始めた意識の中、美恵は心の中で呟いた。その時……。
夜空に点々とあった雲が、まるで意思を持っているかのごとく動きだし、群がるようにたくさん集まり始めたのだ。
「な、何だ……? 何が起きている?」
玉藻前は困惑した。あれだけ晴れていたというのに、ほんのわずかな時間で大きな雨雲が現れ、星々を隠してしまったのである。
「し、しまった。北斗七星が……!」
これにはさすがの玉藻前も慌てた。北斗七星が雲に隠れてしまったら、宇宙のエネルギーを吸収できず、玉藻前の「破軍七星」の威力は大きく弱まってしまう。
(おじいちゃんの雨乞いの儀式が成功したんだ! 今こそ決着をつける時よ!)
動揺している玉藻前は、美恵への呪いをうっかり解いてしまっていた。美恵は、にわかに降り出した激しい雨の中、七星剣にありったけの霊力を込め、
「いっけぇぇぇーーーっ‼」
玉藻前へ剣を突き出した。七星剣は妖狐の爪を粉々に破壊し、玉藻前の胸元に迫った。
「うっ、ぐっ……! よ、よけられない! ぎゃぁぁぁーーーっ‼」
「破軍七星」によって何十倍にも増幅した、美恵の霊力が込められた七星剣を食らうと、玉藻前の体からいくつもの石の欠片が飛び散った。
「せ、殺生石の欠片が! ち、力が……私の力が弱まっていく……!」
いっきに四、五歳ぐらいの少女の姿になってしまった玉藻前は、これでは美恵には勝てないと悟った。
(こうなったら、逃げるしかないか。…………いや)
玉藻前の遥か彼方までも見通す千里眼が、水稲荷神社の夢の葉をとらえる。
(そうだ。露の葉から霊力を奪ったように、あの白狐の子どもから死ぬほど霊力を吸収してやろう)
玉藻前は本来の九尾の狐の姿に戻ると、美恵から逃げ出した。そして、地上めがけて物凄いスピードで空を駆けて行く。
玉藻前のまさかの敵前逃亡に驚いた美恵は、
「えっ? ちょっと! 妖怪の親玉のくせして最終決戦で逃げるとかありなの⁉ 待ちなさい!」
慌ててそう叫び、黒夢に玉藻前を追わせた。しかし、玉藻前のスピードは、鳥である黒夢よりもずっと速く、まったく追いつけない。このままでは逃げ切られてしまう。
「……やっぱり、十二天将を呼び出すしかないみたいね」
美恵は、青龍が封印されている式札をかかげた。青龍は十二天将の中でも活発的な性格でスピードに自信がある式神である。騰蛇よりはあつかいやすくて協力的な神霊ではあるが、「破軍七星」を発動させてほとんど体力が残っていない美恵では長時間の融合は難しいかも知れない。しかし、逃げ足が異常に早い玉藻前を追跡するためには青龍の力が必要だ。玉藻前を確実に仕留めるためにも、後先など考えてはいられない。
「慶賀を司る吉将にして木神――十二天将・青龍よ、安倍晴明の末裔たる我を守護せよ!」
美恵がそう叫ぶと、式札から虹色の雲が吹き出し、青い龍が飛び出てきた。
「黒夢! ありがとね! 先に行っているよ!」
美恵は上空で黒夢から飛び降りる。青龍が美恵の体に巻きつき、青白い光が周囲に飛び散った。次の瞬間には、美恵は金の刺繍で龍が描かれた青い狩衣の姿に変わっていた。頭は青い布でハチマキをしていて、長い布はバタバタと風にはためいている。
「よっしゃぁーーーっ! ちょっくら化け狐退治といくかぁ!」
青龍の影響でやんちゃな性格に変わり、べらんめえ口調になっていた美恵は、人差し指で鼻をこすってニヤリと笑い、ジェット機も顔負けのスピードで玉藻前を追うのであった。




