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キラメク七つ星  作者: 青星明良
巻ノ一 九尾の狐
17/27

魔方陣(二)

 その日の夜、晴久と夢の葉は美恵に頼まれて、土御門家(つちみかどけ)の庭内の土倉で探し物をしていた。

「うーんと、どこだ? 暗いし、色んな物があって分からないなぁ。……あいたぁ! 何かに足をぶつけた……。何だ、これ?」

「儀式に使う祭壇みたいですね。あっ、晴久さま、そっちに行ったら儀式用のお皿を割っちゃいます」

 白狐(びゃっこ)である夢の葉は夜目が利くので、真っ暗な倉庫で右往左往している晴久を「そっちへ行ったら危ないです。あっちに何々があります」とフォローしている。狭い土倉で晴久と二人きりだというのにドキドキしている暇もなかった。

「お? 姉ちゃんが言っていたのはこれじゃないか?」

 美恵に持ってきてくれと頼まれた物をようやく発見した晴久と夢の葉は、美恵がいる結界が張られた部屋に戻った。

「姉ちゃん、持ってきたよ。この七本の剣、形や大きさも七星(しちせい)(けん)に似ているけれど、こいつらも七星剣?」

「ありがとう。これは七星剣の失敗作よ。私たちの先祖は、安倍晴明がつくった七星剣と同じ力を持った破邪の剣を何度もつくろうとしたんだけれど、どれも失敗しっちゃったのよ。その失敗作がうちの土倉で眠っているって、ひいおじいちゃんから聞いていたの」

「え? 失敗作? そんなのが役に立つの?」

「七星剣ほどではないけれど、強い霊力がちゃんとこもっているわ。言ってみたら、この剣たちは七星剣の兄弟。明日、七本の剣を平将門の魔方陣の七つの地点に埋めてほしいの。そうすることで、魔方陣のパワーが増し、そのパワーを七本の剣が七星剣に送ってくれるはずよ」

「分かった。じゃあ、明日、僕とユメ、露の葉、平野さん、宗十郎で手分けして埋めてくるよ。姉ちゃんは明日の夜までここで体力を温存しておいて」

「うん……。ごめんね。玉藻前(たまものまえ)の呪いのせいで、身動きがとれなくて」

「姉ちゃんが謝ることじゃないだろ? もうちょっと弟を頼ってくれよ」

「十分、頼りに思っているよ。私、ハルが自分の弟で良かったって思っているもん」

 美恵は、慈愛に満ちた微笑みを晴久に向け、心を込めてそう言った。

「そ、そう……。じゃあ、明日は決戦だし、僕はもう寝るよ。……おやすみ!」

 照れくさくなった晴久は、逃げるようにして部屋を出て行った。部屋には美恵と夢の葉だけが残された。

「ユメ。ハルのことをよろしくお願いね。あの子、一人で無理しちゃうところがあるから」

「はい! ユメにお任せください! ……でも、一人で無理をするのは美恵さまも同じです。美恵さまと晴久さまはごきょうだいでそっくりです。ユメ、美恵さまの心配をしなくちゃいけないし、晴久さまの心配もしなくちゃだから、忙しくて大変です。美恵さまも、絶対に一人で無理はしないでくださいね?」

 夢の葉本人は真剣な表情をしているつもりみたいだが、ぷくーっと頬をふくらませている顔は可愛らしく、美恵は思わずクスッと笑ってしまった。

「ゆ、ユメが真面目にお話しているのに、なんで笑うんですか~!」

「ご、ごめん、ごめん。……ユメがそばにいてくれると、心が落ち着くよ。これからも、私とハルのサポート、よろしくね」

「言われなくても、ユメはお二人のそばを離れたりなんかしません!」

 笑っているのは自分を子どもあつかいしているのだと思った夢の葉は、プンスカ怒りながらそう言うのであった。


 翌日。ついに決戦の時である。

 美恵は、父の結界が守ってくれている部屋で、正座をして手を合わせ、気力を取り戻すための言霊(ことだま)を繰り返し唱えていた。

福寿(ふくじゅ)(かい)無量(むりょう)、福寿海無量、福寿海無量、福寿海無量、福寿海無量、福寿海無量……」

 「福寿海無量」とは、「福の集まること海のごとく限りなし」という意味である。『観音経(かんのんきょう)』の一節にあるこの秘言を「我に霊気を与えたまえ」と念じながらひたすら唱え続けることにより、玉藻前の呪いで弱っていた美恵の肉体が少しずつ、少しずつ、活力を取り戻していき、霊力を回復させていくのであった。


 晴英は、玉藻前の「破軍(はぐん)七星(しちせい)」を妨害するための儀式を行なおうと、屋敷の広々とした庭に祭壇を運び、儀式の準備をしていた。

「あっ、晴久の奴。昨晩、土倉で足を打ったと言っていたが、祭壇を蹴りおったな。大切な祭壇がへこんでおるではないか。まったく……」

 晴英がぶつぶつ言っている同時刻、将門の首塚の敷地内に剣を埋めていた晴久が「へくしょん!」とくしゃみをしていた。

「晴久さま、大丈夫ですか! だ、誰かに呪われているとか⁉」

 一緒に作業をしていた夢の葉が心配して晴久に言う。

「平気だよ。鼻がムズムズしただけさ。くしゃみぐらいで大げさだなぁ」

「くしゃみだって馬鹿にはできませんよ。昔の人は、くしゃみをしたら、何者かに呪われているのだと信じていたんですから。今でも、くしゃみは誰かに噂されているからするって言うじゃないですか」

「へぇ、そうなのか。……もしかして、平将門が怒っているのかな? 首塚の前に変な剣を埋めるなって」

「東京を守るためですから、平将門さまもきっと許してくれると思います。……でも、ご迷惑はかけてしまうので、あいさつはちゃんとしておきましょう」

 晴久と夢の葉は、首塚の前で手を合わせ、

(どうか東京の全ての人をお守りください)

 と、お祈りをするのであった。

「土御門くーん! 鳥越(とりごえ)神社と(かぶと)神社に剣を埋めてきたよー!」

 手を泥だらけにした紗枝子が元気いっぱいに走ってきた。母親の綾子に先月買い与えられたばかりの、腰のあたりに大きなピンクのリボンがついている花柄ワンピースまでもが、土でどろどろである。ファッションに興味ない紗枝子本人はそんなこと全く気にしていないが、この光景を子煩悩である綾子が見たら卒倒するだろう。すっかり美恵のファンになった紗枝子は、美恵の役に立とうと朝から大はりきりなのだ。

「晴久さま。水稲荷神社と鎧神社に剣を埋めてまいりました」

「俺も神田明神と筑土八幡神社に埋めてきた」

 露の葉と宗十郎も合流し、平将門の魔方陣を構成している七つの地点全てに剣が埋められ、「破軍七星」を発動するための準備は整った。

「もうすぐ日が暮れます。いったん家に戻って、美恵さまに報告いたしましょう」

 露の葉がそう言うと、紗枝子が「あっ、ちょっと待ってください」と言った。

「近くに美味しいケーキ屋さんがあるから、寄ってもいいですか?」

「えっ。こんな時にケーキ……?」

 今夜、生きるか死ぬかの瀬戸際に立たされているというのに、何という図太い神経だろうと露の葉はあきれてしまった。さすがは総理大臣の娘……と言っていいのだろうか。

「平野さん、ケーキなんて食べている場合じゃないって」

 晴久がそう注意すると、「私が食べるんじゃないよ」と紗枝子は唇を尖らせて言った。紗枝子は仕草がいちいち子どもっぽい。

「美恵先輩に食べてもらうんだもん。甘い物を食べたら、女の子は元気百倍になるんだよ」

「そ、そうなんですか⁉ 甘い食べ物にはそんな不思議な力があるんですね……! しかも、女の子にしか通用しないなんて、ケーキにはいったいどんな呪術が込められているんでしょうか……。もしや、パティシエとやらは陰陽師の仲間なのでは?」

 紗枝子の言葉を真に受けた夢の葉が、大真面目にそんなことを言って興奮している。

「ユメ。平野さんの言葉をいちいち真剣に聞いていたらダメだって……」

 幼い夢の葉が間違った知識を身につけないよう、晴久はすかさずそうツッコミを入れるのであった。


「……というわけで、ケーキを買ってきました! これ、ぜーんぶ美恵先輩のですから、遠慮せずに食べてください!」

 紗枝子が得意げに言い、美恵の前にたくさんのケーキを並べた。ざっと数えて七、八十個ぐらいある。紗枝子は、有名な高級ケーキ屋を五軒も廻り、美恵のためにケーキを買い占めてきたのだ。

「見ただけで胸焼けしそうだよ……」

「ユメも晴久さまと同じです……。うぷっ……。でも、食いしん坊の美恵さまなら、ぺろりと食べちゃうかもしれません」

 夢の葉はそう予想したが、美恵は意外にも、

「ありがとう。でも、今は一個だけいただいて、残りは玉藻前を無事に退治した後にみんなで食べましょ? 私、京都で修行をしていた頃から、辛い修行が終わったらその日の自分へのご褒美に甘い物を食べるって決めていたの。だから、このケーキたちは玉藻前を倒した後のご褒美にとっておくわ」

 と言って、ショートケーキ一個だけを食べたのである。

(東京を滅亡から救うご褒美がケーキ……。う~ん……)

 割に合っているのか合っていないのか、どっちだろうと考える晴久だった。

「着替えるから、ちょっと外にいてくれる?」

 出陣を前に、美恵は部屋着のシャツとスカートからセーラー服に着替えようと立ち上がった。京都の中学校で着ていたセーラー服は、新しい学校では着用することはないため、美恵によって「汚れてもいい仕事着」に分類されているらしい。

「分かりました、美恵先輩」

 紗枝子、夢の葉、露の葉、宗十郎たちが部屋の外に出て、晴久もみんなに続こうとした時、「あ、ハル。ちょっと待って」と美恵に呼び止められた。

 「何?」と何気なく晴久は振り返る。後ろでドアがバタンと閉まった。

「さらしを巻くの手伝って」

 上半身は裸、下はミニスカートというかっこうの美恵が、畳にぽいっとピンクのブラジャーを放り投げていた。

「ぶっ!」

 姉の白くきめ細やかな肌を唐突に見てしまった晴久は、思わず噴き出し、周章狼狽した。

「な、な、な、な……」

 「何やっているのさ」という一言すら口に出せずに晴久は顔を紅潮させ、姉のたおやかで美しい体から目をそらした。この状況は中学一年生の晴久には刺激が強すぎる。

 幸い、美恵は晴久に背中を向けているため、中学二年生にしては豊かな胸を晴久は見ていない。たぶん、直視していたら卒倒していた。

「ねえ、ハル。さらしを巻くの手伝って」

 弟の気持ちなんてちっとも理解していない美恵が、再度そうお願いした。ようやく落ち着いて口がきけるようになった晴久が、美恵に素朴な疑問をぶつける。

「ふ、普段からさらしを巻いているの……?」

「日常生活では、そんなの巻かないよ。でも、修行で山を走ったりして激しく動き回る時は、さらしのほうがいいのよ。胸が邪魔だから」

「な、なるほど……。でも、それならユメに手伝ってもらったほうが……」

「ユメは力が弱いのよ。だから、いつもは自分でやっていたのだけれど、今日はハルに手伝ってもらおうかなって。ハルは力の強い男の子なんだし」

 美人な姉の裸を見ながらさらしを巻くなんて恥ずかしすぎると気後れしていた晴久だが、美恵が自分のことを「力の強い男の子」だと頼ってくれたのがとても嬉しく、自分でも知らない内に「分かった」と頷いていた。

「だれないように、ちゃんと巻きつけてね」

「う、うん……」

「そうそう、上手、上手。さらにきつく、縛るように巻きつけて」

「え? こんなにきつくやっちゃってもいいの?」

「平気だって」

 晴久が言われた通りにぎゅっと縛ると、美恵は小声で「痛っ」と呟いた。

(やっぱり、姉ちゃんは見た目によらず強がりなところがあるんだよな。ほんの少しでも、僕が姉ちゃんの背負うものを軽くしてやらないと……)

 そう思った晴久は、さらしを巻き終えてセーラー服を着こんでいる美恵を見つめながら、小さく静かだが決意に満ちた声で呟いた。

「姉ちゃん。何があっても、僕がそばにいるからな」

 弟の言葉が聞こえていたのかどうかは分からならいが、セーラー服の胸のリボンをきゅっと結んだ美恵は、晴久にニコリと微笑むのであった。


「さて、そろそろ玉藻前退治に行きますか」

 晴久とともに部屋から出て来た美恵が頬をペチペチ両手で叩きながら言うと、夢の葉が不安そうな顔をした。

「美恵さま。でも、呪いが……」

 夢の葉は、結界で守られた部屋を出た美恵が玉藻前の呪いに苦しみださないか心配しているのである。

「今日、お父さんの部屋を調べてみたら、お父さんがつくった不呪詛(ふじゅそ)()が何枚か見つかったの。たぶん、お母さんが外出する時に玉藻前の呪いを防ぐためにつくった特別なお札だと思うわ。これなら、長時間は無理でも少しの間だけなら私を呪いから守ってくれるはずよ」

 美恵がそう言うと、晴英が廊下の向こうからやって来て「あいつはそんなものまでつくっていたのか」と呟いた。

「晴勝も陰陽師として少なからず努力をしていたのだな……。(わし)も、奴の話をもう少し聞いてやれば良かった」

「……おじいちゃん」

「おっと、すまん。湿っぽい話はここまでじゃ。儂が、玉藻前(たまものまえ)の『破軍七星』の威力を必ず弱らせてみせるから、お前は安心して行ってこい」

「晴英さま。吉凶を占わなくてもよろしいのですか?」

 露の葉がそうたずねた。

 戦におもむく時、武士たちは陰陽師にこの戦いは吉か凶かを占わせた。今回は玉藻前との一大決戦である。戦の作法として吉凶を占ったほうがいいと露の葉は思ったのだ。

「占いなどせんでも、今日は吉日じゃ。今日、八月一日は江戸の都市をつくった徳川家康が、初めて江戸に入った日なのだからな。必ずや徳川家康の魂が東京を見守っているであろう」

「死んだ人に、そんなことができるの?」

 晴久が言うと、「できるさ」と晴英はキッパリと答えた。

「現代の儂たちは、自分一人で生きているわけではない。昔の人々がこの土地を守り、後世の儂たちに未来を託してくれたからこそ、今の儂たちがあるのじゃ。徳川家康だけでなく、江戸・東京で生きてきた儂たちの先祖の思いは、死んだ後も儂たちのそばにあって守っていてくれるはずじゃ。それは東京だけでなく、他の街でも言えることだがな」

「おじいちゃんの言う通りだよ。今日は私たちにとって吉日だわ。玉藻前になんて、絶対に負けない」

「その意気じゃ、美恵。さあ、お前たちの未来を玉藻前から取り戻してこい!」

「うん! おじいちゃん、行ってきます!」

 こうして、美恵、晴久、夢の葉、露の葉、宗十郎、紗枝子は土御門家を出発し、玉藻前との決戦に出向いたのである。

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