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キラメク七つ星  作者: 青星明良
巻ノ一 九尾の狐
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玉藻前の呪い(三)

 少し落ち着いた後、晴英が美恵に言った。

「お前に会ってもらいたい男がいるのじゃが、この部屋に入れてよいか?」

「え? 誰?」

三重(みえ)(そう)十郎(じゅうろう)じゃ」

 晴英がそう言うと、美恵は、土御門家(つちみかどけ)と敵対している宗十郎がなぜ家にいるのだろうと不審に思い、「どういうこと?」と目で問うた。

「父親の道鬼(どうき)が玉藻前にビビッて、宗十郎を置き去りにして逃げたのはお前も知っておるじゃろう? あの後、行き場のない宗十郎に、しばらく土御門家にいたらどうだと(わし)が言ったのじゃよ」

「あんな奴、放っておけばよかったのに……」

 美恵の命を奪おうとした宗十郎のことが気に入らない晴久は、面白くなさそうに言った。

 あの男、こちらから話しかけなかったらいっさいしゃべらず、一日中、ずっと目をつぶってじっとしているのだ。何を考えているのか分からなくて不気味だ。

「私は別に構わないよ」

 晴久の気持ちなど知るよしもない美恵がそう答えた。

「おじいちゃんがこの家の大黒柱なんだから、私にわざわざ許可を取る必要ないわ」

「土御門家の当主はお前だ。この家の大黒柱は儂ではなく、美恵なのだ。家族が家のことで相談をするのは当然だが、我が家の全ての最終的な決定権はお前にある。そのことは、よく覚えておいきなさい。……もしも、美恵がこの場で宗十郎を追い出せと言えば、儂は当主であるお前の意思に従う」

「そんなひどいこと、言わないよ。私はおじいちゃんの考えと同じ。行き場のない人を放ってはおけないもの」

 美恵の意思を確認した晴英は、露の葉に目配せをした。露の葉はこくりと頷く。

「では、お連れしましょう」

 露の葉が部屋を下がり、離れ座敷の客間にいる宗十郎を呼びに行った。

「あっ、布団! ハル、布団をしまうのを手伝って。布団を敷きっぱなしじゃさすがに見っともないわ」

 美恵が急にそう言い出して慌てると、晴久は「姉ちゃん、布団よりも……」と美恵を指差した。なぜか顔が赤い。

「そのかっこうを何とかしたほうがいいと思うけれど」

 そう指摘されて、美恵は、自分が寝間着の白い襦袢(じゅばん)のままであったことに今さら気がついた。寝乱れて、襦袢が少しはだけている。晴久が赤面していたのは、姉の柔らかそうな胸の谷間が目に入ってしまったからだった。

「土御門くんのえっち~」

「晴久さまのえっち~」

 横から女性陣の非難の声が晴久を襲う。紗枝子はニヤニヤと笑って晴久をからかっているようだが、夢の葉はジト目になって真剣に怒っている様子である。

「ち……違うよ! ぼ、僕はただ……!」

「晴久のえっち~」

「じいちゃんには言われたくないよっ! 押し入れにエロ本隠しているくせに!」

「ちょ、おま……! 普通、若い娘たちがいる場所で暴露するか⁉」

 晴久と晴英の取っ組み合いの喧嘩が始まった。その様子をクスクスと微笑みながら見ていた美恵は、(何のことか分からないまま)みんなのまねをして笑顔で言うのだった。

「ハルのえっち~」

 晴英に頭をチョップされた晴久は、ガクリと美恵の足元に崩れ落ちた。


 数分後、宗十郎は露の葉に連れられて部屋に現れた。しかし、露の葉に「中へどうぞ」と言われても、「ここで結構です」と部屋の入口前の廊下に正座して、部屋に入ろうとはしなかった。

「遠慮しないで、部屋に入ってください」

 千鳥柄が涼やかな水色の着物を着て(曽祖父の教育で着物に慣れている美恵は五分もかからずに着付けした)、姿勢美しく正座している美恵がそう言うと、宗十郎は首を左右に振った。

「俺は、父の命令とはいえ、君の命を奪おうとした人間だ」

「でも、人を廊下に座らせて話なんてできません」

 先ほど土御門家当主としての自覚について晴英に諭されたばかりの美恵は、柔らかな言葉の中にわずかに威厳を込め、客人にそう告げた。家長として、我が家に迎え入れた客に粗略なあつかいはできないと考えたのである。

「……分かった。君が気に病むというのならば、君の言葉に従おう」

 宗十郎は膝を進めて、部屋の中にようやく入った。しかし、美恵とはまだだいぶ離れている。

「彼は、美恵に知らせたいことがあるらしい。かなり深刻な内容だそうだから、話を聞いてやりなさい」

 晴英が言うと、美恵は「うん」と頷いた。

「宗十郎さん。話を聞かせてください」

 美恵にうながされると、宗十郎は「分かった」と顔を伏せながら答えた。そんな宗十郎の態度を見て、晴久は嫌な顔をした。

 宗十郎は人と話す時、絶対に相手の顔を見ない。いつも下を向いていて、話している相手と顔を向き合わせることを避けているようだ。

(姉ちゃんはどうしてこんな失礼な人間に対して優しく接するんだ)

 と、晴久は不満だった。

「俺がずっと鬼の面をしていたのには、理由があるんだ。あの面には呪力がこもっていて、俺の生まれつき持った能力を封印する力があったんだよ」

「生まれつき持った能力……。どんな能力ですか?」

「未来予知だ」

 宗十郎が暗い表情で答えると、紗枝子が「未来予知? すごい!」と驚いた。

「未来予知なんて……別に便利な能力でも何でもない。俺はこの能力をコントロールできないんだ。自分が知りたい未来を知ることはなかなかできないし、知りたくもない未来を勝手に知ってしまうこともある。すごく気まぐれな能力なんだ」

 たしかに、もしも宗十郎が未来予知を完全にコントロールできていたら、美恵との戦いで、美恵が十二天将(じゅうにてんしょう)騰蛇(とうだ)を召喚する前に決着をつけようと宗十郎はしただろう。

「しかし……。一つだけ、確実に予知できてしまうことがある。それは……人間の死だ」

「に、人間の死?」

 美恵は、ゴクリと唾を呑み込んだ。

「俺は、死が近い人間の顔を見たら、その人がどうやって死ぬのかが分かってしまうんだ。詳しく分かる場合は、死ぬ正確な時刻や、死ぬ瞬間の光景まで()えてしまう」

「そ、それは……」

 とても恐ろしい能力だと、美恵だけでなく晴久たちも思った。

 美恵は想像してみた。朝起きて、晴久、晴英、夢の葉、露の葉と朝食を食べる。その時、四人が死ぬ光景を未来予知で視てしまう。今はまだ夏休みで美恵は新しい学校に友だちがいないが、もしできたとして、学校に登校すると、仲のいい友人たちがどんなふうに死ぬのか分かってしまう。……そして、自分に恋人ができたら、その好きな人と死別する日を知ってしまうのだ。

(そんなの、恐い。私がそんな能力を持っていたら、気がおかしくなっちゃうよ)

 美恵は悲しげな表情で宗十郎を見つめた。彼がずっと虚ろな目をしているのは、たくさんの親しい人たちの死を未来予知の能力によって強制的に視てきたからなのだ。

「俺は自分の未来予知を封印するために、あの鬼の面をかぶっていた。しかし、君との戦いで面を破壊され、視てしまったんだ。土御門美恵……君の死を」

「宗十郎! お前!」

 玉藻前の呪いで弱っている姉ちゃんに何てことを言うんだと怒った晴久が立ちあがり、宗十郎につかみかかろうとした。しかし、美恵が晴久の腕をつかんで止めた。

「続きを聞かせてください」

 美恵を脅すために言っているのではない。そのことは宗十郎の深刻そうな顔を見たら分かる。

「……君は、八月一日……つまり、明日の夜九時、天から降ってきた九本の尻尾を持つ狐の化け物によって殺される」

 九本の尻尾を持つ狐の化け物。どう考えても(きゅう)()の狐・玉藻前(たまものまえ)だ。

「君だけではない。俺を含めた、この部屋にいる全員が、同じ日の同じ時間に死ぬ」

 宗十郎は、ここで初めて顔を上げ、晴久、夢の葉、露の葉、晴英、紗枝子をゆっくりと見回して言った。

「あ、あわわ……。ユメたち、みんな死んじゃうんですか……?」

「陰陽師に関係する人間を皆殺しにする気なのか⁉ ……あれ? でも、平野さんは関係ないんじゃ……。それに、全員が夜九時ピッタリに死ぬってどういうことなんだ?」

 晴久が首を傾げた。

「たしかに、七人が同じタイミングで死ぬのはおかしいと俺も思った。だから、この家で世話になっている間に、一度だけ家を出て街を歩いてみたんだ。……すると、大変なことが分かってしまった。死ぬ運命にあるのは、俺たちだけではなかったのだ」

 宗十郎は立ち上がり、窓のカーテンをさっと開けた。二階の窓からは、世田谷区の住宅街が見渡せる。

「東京の全ての人間が――明日、死ぬ」

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