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キラメク七つ星  作者: 青星明良
巻ノ一 九尾の狐
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再会(一)

ノロイとマジナイ。どちらも「呪い」と書く。

人に不幸あれ。

人に幸福あれ。

善悪問わず、それは神への祈り。未来への願い。

その願いで他者を苦しめるか、幸せな未来を分かち合うかは祈る人間次第。

この巻は、その後者を選択するために戦う陰陽師の少女と弟の始まりの物語である。

「うわ、すごい人だなぁ……」

 (はる)(ひさ)は渋谷駅のハチ公前に集まったたくさんの人だかりを見て、そう呟いていた。七年ぶりに再会する姉の美恵(みえ)との待ち合わせ場所と約束の時間に、内閣総理大臣が街頭演説を始めるとはタイミングが悪い。美恵は京都の山奥の田舎でひいじいちゃんとずっと生活していたから、一万人以上はいるハチ公前の群衆を見たら驚くかも知れない。

「そういえば、この間、教室で平野さんが言っていたな。『私のパパが今度、渋谷駅で街頭演説するから、みんな聞きに来てね』って。今日だったんだ……」

 晴久のクラスメイトである平野紗(ひらのさ)枝子(えこ)は、内閣総理大臣・平野道隆(みちたか)の娘なのだ。一国の首相の娘だからといって偉ぶったりせず、明るくて気さくな性格のため、クラスの人気者である。そんな紗枝子がお願いしたのだから、この人だかりの中に、絶対にクラスメイトの八割以上は最低でも来ているだろうと晴久は思った。

 でも、今はクラスメイトたちのことを気にしている場合ではない。姉の美恵とは七年前に別れて以来、一度も会っていないから、お互いに小さい時の顔しか知らないのである。これだけたくさんいる中で、顔も知らない姉をどうやって見つけ出そうかと晴久は困り果てていた。

「あっ! はっけーん!」

「え?」

土御門(つちみかど)くん、見に来てくれていたんだ。パパの街頭演説」

 いきなり肩を叩かれて、もしかして美恵のほうから自分を見つけてくれたのかなと思い、振り返ったが、ニコニコ顔でそこにいたのは紗枝子だった。

 紗枝子は、胸元にフリルのレースとリボンをつけた白のシャツ、これまたフリルがたくさんついたピンクのミニスカートという、いかにも少女趣味な服装である。紗枝子本人はさばさばとした性格で、自分の着る服になど頓着しないのだが、首相夫人である母親の綾子(あやこ)が好きこのんで娘にこういう可愛らしい服装をさせているらしい。紗枝子がクラスメイトの女子にそう話しているのを晴久は聞いたことがある。

「土御門くんは、選挙とか政治に興味なさそうだったから来てくれないかもって思っていたけれど、来てくれて嬉しいなぁ。やっぱり、私たち選挙権のない子どもでも、日本の将来のために早くから政治には関心を持っておくべきだよね!」

「いや、僕は……」

「たくさん人がいるねぇ! パパ、人気者だもんね! これで今回の選挙も安心! 良かった、良かった。あはは」

「ここで待ち合わせを……」

「パパ、すっごく演説が上手でしょ? 私ね、パパが部屋で四苦八苦して演説の練習をしているのを見ちゃったんだ。私のパパは努力家なの。でも、あんまり無理はしてほしくないなぁ。体調を崩して選挙前に風を引いたら大変!」

「あ、うん、そう……」

 紗枝子はお人よしで誰に対しても優しい子なのだが、物凄いおしゃべりだ。一度口を開くとマシンガンのようにペラペラ話す。だから、言葉数があまり多くない晴久は、彼女の早口トークについていけず、最終的には頷くことしかできなくなってしまうのだ。

『国民の皆様、私たち与党はこれまで国民の幸福を第一に考えた政策を行なってまいりました。これからも、そうしていくつもりです。どうか、今度の選挙では何とぞ温かい一票を……』

「う~ん。でも、ここからだとパパの声が聞き取りにくいなぁ。姿もあまり見えないし。土御門くん、もうちょっと前へ行ってみようよ」

「い、いや、僕はここにいなきゃ……」

 紗枝子は晴久の腕を引っ張り、人混みをかきわけて、平野首相が演説している選挙カーに近づいた。政治家の演説なんて興味ないし、姉との待ち合わせのほうが大事だと思っている晴久は、(迷惑だなぁ……)と眉をひそめながらズルスルと引っ張られて歩いていく。

「きゃっ!」

「うわ、ごめん。大丈夫?」

 晴久は小柄な女の子とぶつかってしまった。その十歳ぐらいの女の子はぶつかった衝撃で尻もちをつき、「い、いたた……」と泣きそうになっている。こんなにもたくさん人がいる場所で座りこんでいたら、誰かにうっかり蹴られる可能性が高いと考えた晴久は、慌てて女の子を助け起こした。紗枝子も女の子に気づき、「怪我はない?」と優しく言いながら女の子についたお尻のほこりを手で払ってあげている。女の子は真っ白な和服を着ているため、少しでも汚れると目立ってしまうのだ。

「あ、ありがとうございます。ユメは大丈夫です。でも、一緒にいた人とはぐれてしまって……。ミエさまはどこにいるのかなぁ……」

「え? 今、ミエって……」

 ミエとは自分の姉の美恵のことだろうかと思った晴久は、「ミエって、土御門(つちみかど)美恵のこと? 僕の姉と知り合いなの?」と聞こうとして女の子の顔を正面から見た。すると――。

(金色の瞳…………)

 長い黒髪に着物姿という、いかにも純和風な女の子なのに、その瞳は宝石のように美しい金色だったのである。晴久の両目がその金色の瞳をとらえた時、

(この子は人間ではない)

 直感で晴久はそう思った。

 晴久は、生まれつき、人と人ならざる者を見分ける「(けん)()の眼」を持っている。つまり、霊視能力で普通の人間が見ることのできない鬼や妖怪、怪奇現象を()ることができるのだ。

 ただし、そんな不思議な力を持つ晴久には大きな悩みがあった。妖怪などを見ることはできても、それらをお払いして鎮める能力がないのである。だから、こうやって人ならざる者とばったり遭遇して、もしも凶暴な妖怪や悪霊だった場合は身を守ることができないのだ。

(悪い妖怪ではないみたいだけれど……。そもそもこの子は妖怪なのか? 何というか、もっと高レベルの存在のような気が……)

 晴久が女の子と見つめ合ってまんじりとも動かないため、紗枝子が「どうしたの?」と聞いた。

 渋谷駅のあちこちで悲鳴が起きたのは、その時だった。

「きゃーーーっ!」

「た、大変だ! 総理が倒れたぞ!」

 さっきまで総理大臣の演説を聴いていた群衆が大パニックに陥った。

 「パパ!」と紗枝子が悲痛な声をあげて、選挙カーへと走る。しかし、選挙カーの周りには大混乱の人々が右往左往していて、近寄れるような状況ではなかったのである。前方の大柄な男のひじが紗枝子の額にあたり、くらくらと目まいがした紗枝子は倒れそうになった。それを支えたのは紗枝子を追いかけてすぐ後ろにいた晴久だった。

 紗枝子の華奢な体は、あまり力持ちとは言えない晴久でも十分に軽く、姉の美恵と離ればなれになってからずっと女の子に触れたことがなかった晴久は、まるで壊れ物を扱うかのように慎重な手つきで彼女の体を支えた。

「平野さん。だ、大丈夫?」

 女子に対する免疫がない晴久が、気恥ずかしさを隠しながら聞いた。しかし、男子に身体を預けている紗枝子は、そんな恥ずかしいシチュエーションよりも父親のほうが心配でそれどころではない。

「私は平気だけれど、ぱ、パパが!」

 選挙カーの屋根の上では、真っ青になった平野首相が息苦しそうにハァハァと荒い呼吸をしていた。そばにいる与党の政治家二人に肩を貸してもらってようやく立っていられる状態だ。

「あの人、呪われています」

 晴久のすぐ横にいた金色の瞳の少女が、ポツリとそう言った。「え?」と驚き、晴久が息もたえだえな平野首相をよく観察すると、視えたのである。

 首相の首に巻きついている蛇の姿が――。

(やばい! 首相は誰かに呪詛(じゅそ)をかけられている!)

 何者かが平野首相を呪い殺そうとしているのだ。早く呪詛を解かないと、首相はさんざんもがき苦しんだ挙句、今日か明日には死んでしまうだろう。晴久は、ガタガタと身を震わせながら父親の苦しむ姿を見守っている紗枝子の恐怖に満ちた横顔をチラリと見た。

(でも、僕にはどうすることもできない。僕は……陰陽師(おんみょうじ)じゃないから)

 クラスメイトの父親が死にそうなのに、見鬼の眼を持っているというのに、何もできない自分が情けなく、晴久は唇を噛んだ。


「総理、しっかりしてください。さあ、車の中に戻りましょう」

 平野首相は警護のSPに背負われて、選挙カーの中に入った。こうなったら街頭演説どころではない。一刻も早く病院に行かなければと首相の側近たちは焦っていた。側近の一人が座席の背もたれを倒して首相を寝かせようとしたが、彼は座席の前まで来るとビクッと驚いて叫んでいた。

「君は誰だ? いったい、どうやって選挙カーに入った!」

 一人の美しい少女が座席に座っていて、車窓に顔をべたりとはりつけながら、人々がパニックになっている渋谷駅前をきょろきょろと何かを探すように見回していたのである。都内の学校の制服ではないが、セーラー服を着ていて高校生にしては身長が低いので、おそらく中学生だろう……と思ったが、中学生のわりには胸のふくらみが大きいような気もする。

 少女は怒鳴られると、振り向いて平然とこう言った。

「道に迷ったんです。ハチ公の銅像って、どこにありますか?」

 道に迷ってなぜ総理大臣の選挙カーに迷いこむのか。ふざけているのだと思った首相の側近は「ここから出て行け!」と唾を飛ばして叱った。

「お、おい……。何をやっているんだ。はぁ、はぁ……。私は、は、早く横になりたいんだ」

「も、申しわけありません、総理。ですが、怪しげな子どもが……」

 一瞬だけ少女から視線を外して平野首相に謝った側近が再び座席を見ると、少女はすでにそこにはいなかった。

「あなた、具合が悪そうですね」

 なんと、少女は平野首相の目の前に移動していて、近所のおっさんに話しかけるような気安さで首相に声をかけていたのである。首相は、突然現れた謎の中学生に戸惑っていたが、呼吸困難に陥っているので「無礼者!」と怒鳴る元気もない。

「これ、どうぞ」

 少女は肩にかけていた旅行バッグから一枚のお札を取り出し、首相に手渡した。札に書かれている文字は、黒い墨で「風」と左右に書いてあるのは読めたが、下に朱墨でくねくねと記された呪文のようなものは首相には全く解読できない。

 今死にかけているのにこんな怪しげな札を……と首相はその札を少女に突っ返そうとしたが、

「うん? あ、あれ……? あらら?」

 不思議なことに、札を手にした途端、死を覚悟するほど苦しかった胸の痛みや呼吸困難が嘘のように消えてしまったのである。

「この札は、私の霊力がこもった不呪詛(ふじゅそ)()です。肌身離さず持っていてください」

「き、君はいったい何者なんだ……?」

「私ですか? 中学生ですけれど。あと、陰陽師やってます」

 少女はそう言うと、スタスタと選挙カーのドアまで歩いて車を降りようとした。しかし、降りる途中でピタリと止まり、

「一つだけ、あなたに聞きたいことがあります」

と、首相に言った。首相は何事だろうと唾をごくりと飲み込み、その不思議な少女の問いを待った。

「ハチ公の銅像って、どこですか?」

 緑なす美しい黒髪を揺らしながら、少女は穏やかな笑顔で小首を傾げるのであった。

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