第七話~兄妹~
第七話~兄妹~
俺とミリアは、ルデア国と隣国のアラル王国との国境へ向けて移動している。より正確にいえば、国境を目指しているのではなく国境近くにある遺跡に向かっているのだ。この遺跡は元々神殿であり、数千年前に栄えたとされている古代王国の遺跡とではない。それゆえに、その様な遺跡が国境近くにあることはあまり知られていなかった。
ギルドでは当然把握していたが、元神殿の遺跡という以外は国境に近い以上の価値はない場所でもある。そんな理由から、ギルドからもそして国からも半ば放置されていた。
しかし魔物などが棲みつく可能性があるので、間隔は不定期だが調査の人員をギルドからの依頼という形で派遣して確認している。ただ今回の場合、「どこの誰とも分からない者達が出入りしているのではないか?」というかなり曖昧な未確認情報もあるらしい。その確認も含めて、久方ぶりに調査の依頼を出したというのが正直なところのようであった。
「この場合、行くだけ行って報告すればいいのか?」
「はい。それで、既定の報酬は払います。また魔物などが棲んでいた場合、駆逐したらボーナスも出します」
念の為にギルドスタッフに尋ねると、ただ遺跡へ行って報告するだけでも報酬は貰えるらしい。ならば遺跡探索も悪くないかと考えながら、俺は依頼内容を見直した。
「堕ちた神の神殿? 堕ちた神って確か……邪神とかいわれている存在だっけ?」
「なぜ疑問形なのか分からないけど、その通りよ」
俺がミリアへ尋ねる様に聞いた理由は、勿論ある。俺は神話の類など、よく知らないのだ!
「えっと、ミリア」
「何?」
「実は俺、神話とか詳しくないのだよ」
「……それって、私に神話を説明しろという要望かしら」
「図書館で伝承とか調べていたミリアなら、分かるかなーと思って」
俺の言葉にミリアは、驚いた表情を浮かべる。だがミリアは、その後で納得した様な表情をした。
「神話って割とメジャーだと思っていたのだけれど……あ、そっか。エムシンは、子供の頃から森に住んでいたと言っていたわね」
「ああ。爺ちゃんから「邪神や悪魔は忌み嫌われた存在だ」ぐらいには聞いているが……」
「神話自体は聞いていない、と」
こっくりと頷くと、ミリアは一つ溜め息をついた。
「そういうことなら、しょうがないわね。ただ、私も神官や僧侶じゃないから詳しいところまでは分からないけど、それでいいなら説明するわ」
「お願いします」
この世界には、嘗て神が居た。
そして世界を創造した神は、アクラウと言う。アクラウは世界を、そして一柱の神と一柱の魔神と精霊たちを創造する。だがいかなる理由かは知らないが、アクラウはその後に永き眠りへと付いた。
すると残された神と魔神と精霊の内で、神と魔神が中心となりアクラウの代わりに世界へ関与を始めた。
因みに精霊は、世界の維持などには全く興味を示さなかったとされている。
兎にも角にも創造神アクラウが生み出した一柱の神アクリアと一柱の魔神アデイルは、協力して世界への関与を始める。また彼らは眷族も生み出し、自らの手伝いをさせた。
しかし何時の頃からか、アクリアの生み出した眷族である神族とアデイルの生み出した眷族である魔神族は戦いを始める。長きに渡る戦のあと、彼ら両陣営は漸く手打ちを行う。その後、両陣営はそれぞれが住む異界を作り、そこに移住した。
ミリアの話を要約すると、こんな感じであった。
「それで堕ちた神……いわゆる邪神は、神としての役目を放棄して好き勝手を始めた一部の神だと言われているわ。あとついでに、魔神の場合は悪魔と呼ばれているわね」
「そうなのか?」
「ええ。それに厳密にいえば、邪神は神だし悪魔も魔神よ。ただエムシンが認識していた、邪神や悪魔は忌み嫌われているということに間違いはないけどね」
「その理由は?」
「彼らは享楽的で、自分達が楽しめると思ったことを行うからとされているかららしいわ。 実際、この大陸だけじゃなくて他の大陸でも彼らが原因で滅びていたり大混乱に陥った国や町が歴史上幾つ(・)も(・)あるそうよ」
「それって直接的に?」
「さぁ。そこまでは、知らないわ」
そういうとミリアは、肩を竦めた。
恐らく、神官などに聞けばより詳しく分かるのだろう。もっとも大まかな内容さえ知ることができればそれでいいので、教会などに行って態々聞く気にはなれないが。
「大体把握したよ、ミリア」
「そう。良かったわ」
「で、この依頼の神殿はその堕ちた神の神殿の現状調査という訳か」
「堕ちた神の神殿なのか、その神が堕ちる前の神殿なのかは分からないけどね」
言われてみればその通りだ。
ミリアの語った神話通りだとすると、神や魔神は始めから堕ちた存在ではないということとなる。理由は知らないが、あくまで途中で堕ちた存在となったのだ。それ以前は神、若しくは魔神として存在していたのならば、神として存在していた頃の神殿かも知れないのだ。
もっとも、こちらには関係はない。あくまで、古い神殿の調査なのだから。
「ま、どちらの神殿であったとしても、気を付けて確認及び調査をすればいいだけだな」
「それはそうね。で、どうするの?」
「受ける」
「問題がある可能性が示唆されているけど、その場合は?」
「その時考える!」
意味無く胸を張って答えた俺に、ミリアは溜息を一つ吐いた。
「そういうと思ったわ」
「ミリアは反対か?」
「正直にいうと、賛成・反対のどちらでもないわ」
「じゃ、受けていいか?」
「いいわよ」
その後、旅支度を済ませるとガアルの町を出て件の遺跡へと出発した。
神殿に向かう道すがらゴブリンやコボルトなどの襲撃など有ったが、俺とミリアは悉く追い散らす。やがて、元神殿が見え始める距離まで到着した。その時になって、そんなに離れていない場所から気配を感じる。すぐに辺りを警戒すると、遺跡と俺達が居る場所との中間辺りに障害物を利用しながら身を隠しつつ遺跡を窺っているかのような動きをしている二人が目視出来た。
そんな二人に対して不信感を持ちながらも、慎重に元神殿へ近づく。程なくして近づく俺達に二人も気付いたらしく、一人がこちらを振り向いた。
どうやら、男らしい。
彼は、すぐに隣の人物に声を掛けたように見える。すると、隣の人物も俺らの方を向く。そちらは、どうやら女らしいのは分かった。
「どう思う? ミリア」
「いきなりそんな風に聞かれても、答えられないわよ」
「……それもそうか」
対峙という訳ではないが、俺達と男女二人の間に緊張感が増していく。だがこのまま見合っていてもしょうがないので俺は、ゆっくりと彼らに近付いた。やがて声を張り上げなくても肉声が届く距離まで二人に近づくと、俺はギルドの依頼でここに来たことを彼らに告げる。すると二人は、目に見えて安堵の表情を浮かべたのが分かった。
「ところでお二人さん。何でこんなところにいるのか、聞かせてもらえないか? あ、俺はエムシン。そして彼女がミリアだ」
「宜しくね」
「俺はウォルス=ローナン、それでこっちが妹のアローナ=ローナンだ」
そう言って自己紹介をした二人の頭には、耳が付いていた。
顔の横では無く頭に耳を持つのは、獣人ぐらいしか居ない。しかし彼らは耳以外、どこをどう見ても普通の男女にしか見えなかった。内心で不思議に思っていると、やはりミリアも不思議に思ったらしく兄妹に尋ねている。すると兄妹は小さく苦笑してから、兄のウォルスが口を開いた。
「良く聞かれるんだよな、それ。 俺達兄妹は、人と獣人のクォーターだ。 耳以外の容姿は、殆ど人と変わらない」
ハーフではなく、クォーターなのか。
ということは、人の血がより強く出たのだろう。それで耳以外、人と殆ど変わらない容姿となったことに納得できた。
「……それで改めて尋ねるんだけど、あんたら兄妹がここにいる理由は何だ?」
「ある情報を元に辿り着いた。確定した情報じゃなかったが、可能性としては一番高い情報だった」
「その情報とは?」
俺が続けてウォルスに尋ねると、答えたのは兄のウォルスではなく妹のアローナだった。
「あそこには、兄貴とあたしの幼馴染がいる……かも知れないの」
「幼馴染? あそこは朽ちた神殿だぞ、何でそんなところに」
「知らないわよ、そんなことまでは。あたしたちが知っているのは、幼馴染を……ディアナを攫った奴がそこにいるという情報、それだけだもの」
何と、人攫いときたか。
どうやら曖昧だった人が出入りしているという未確認情報が、これで真実味を帯びて来たわけだ。
「ほう? 人攫い、ね。それが事実なら、放ってもおけないか」
「そうね。相手の規模にもよるけど……その辺りの情報はないのかしら」
ミリアが兄妹に尋ねると、二人は揃って首を振る。どうやら二人は、その幼馴染をさらった者の居場所だけの情報しか持っていないようだった。
「となると、急襲か潜入となるが……あんたら、それとミリアもだが気配を抑えられるか?」
「それは無理だ」
そうウォルスがいうと、ミリアとアローナも頷いていた。
「それに俺の場合、どうしても音が出る。それでは気配を隠せたとしても、無意味だろう」
そう言ったウォルスは、ラメラー・アーマーを着込んでいる。この鎧は、小さな小札状の物を連結して作成される鎧だ。この鎧の素材としては皮や木などを使う場合もあるが、ウォルスの着込んでいるラメラー・アーマーは金属片を素地としていた。金属製であるが故に防御力はそれなりとなるが、金属片を紐などで繋いである以上はどうしても音が出てしまうのは間違いなかった。
「それもそうだな。だが、脱げば音は出ないだろう」
「それはそうだけれども……」
どうやらウォルスは、鎧を脱ぎたくないようだ。
まぁ、気持ちは分からないでもない。身のこなしからの推察だが、彼が戦士であるのは想像に難くない。そして戦士である彼は、鎧を着けないということに対して、今一つ心もとないのだろう。
「だが、ここは敢えて飲んで貰う。でなければ、外で待機してもらうしかない」
それでなくても纏まって行動すれば、見付かる可能性は高くなる。少しでも、見付かるリスクは軽減しなければならないのだ。
「……わーった。分かりました。鎧は脱ぐ、それでいいんだろう?」
「それならばな。ミリアもいいよな」
「ええ。それでいいわ。できれば、証拠を確認してからその「誘拐犯?」とやらに会いたいわね」
いきなり襲いかかって、実は間違いでしたでは洒落にならない。出来うるならば、確認をしておきたいという思いは、俺も同じだった。
「何でだ! あそこにいる奴がディアナを攫ったのは、間違いないんだぞ!!」
「それは、貴方たち兄妹の得た情報でしかないわ。私たちは、ここへ調査・確認をしにきたの。そうである以上、確認を取らない訳にはいかないわよ」
「ぐっ……」
ミリアの言葉に、言葉を詰まらせるウォルス。感情的にはなっているみたいだが、何が何でも急襲という訳でもないようだ。
「そうだね。仕方無いか。兄貴、気持ちは分かる。あたしも早く助けたい。けど、焦りも禁物だよ」
「分かったよ! くそっ!!」
妹の説得が功を奏したのか、悪態をつきながらもウォルスはミリアの言葉に同意した。 そこで俺は、ギルドから渡されていた神殿の見取り図を取り出す。仕事の内容が遺跡の確認である以上、見取り図は欠かせない。そこでギルドの所有。保管している見取り図を、仕事から帰って来たらギルドに渡すという条件で写させてもらったのだ。
「流石に昼から侵入って訳にもいかないから、日暮れを待って行動を開始しよう。それと、この見取り図を頭の中に叩き込んでおいてくれ」
「何でだ?」
「明かりを点けて行動って訳にはいかないだろう? 一応、潜入っていう形だし。何より、神殿内で何があるか分からない。緊急時に対応する為にも、構造は分かっていた方がいいんじゃないかと思う」
「なるほど、確かにそうだな」
俺の言葉にウォルスが頷く。その隣では、妹のアローナが食い入る様に見取り図を見ていた。
「出来ればその攫われたっていう幼馴染を先に見付けたいが、そこは臨機応変だろう」
「それもそうね。だけどこういう時って、大抵敵のボスは奥まったところにいるのよねなぜか」
「そういう物なのか?」
俺がミリアに尋ねると、答えをくれたのはアローナだった。
「そうそう。お話じゃ、そういうことが多いよね兄貴」
「え? 何が?」
ウォルスは全く聞いていなかったらしく、随分と間抜けな返事をする。どうやら彼は、見取り図を覚えるのに集中していたらしい。そんなウォルスの返事に、アローナは一つ溜め息を付いた。
「何でもない。邪魔して御免」
「そうか?」
一つ首を傾げると、ウォルスは見取り図に再度集中し始める。俺たちは何とはなしに見合うと、揃って肩を竦めたのであった。
ご一読いただき、ありがとうございました。