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第六話~完了~


第六話~完了~



 森の中をゆっくりと進む先では、まるで睥睨するかの様に俺を見る甲猪の姿があった。だが俺は、全く気にせずに近付いていく。目の前の甲猪より、本気になった爺ちゃんの方が怖かったからだ。

 より怖い存在を知っている俺としては、迫力自体感じてもその迫力に居竦むことなどない。しかし甲猪は、そんな俺のそんな態度が気に入らなかったらしい。一瞬身構えたかと思うと、手近の木々をなぎ倒しながら突進してきたのだ。

 俺はジャンプすると、太い枝に捕まり体を引きあげる。その直後、俺がいた場所を甲猪が通過していった。少し進んだところで止まった甲猪は、木の上にいる俺を睨みつけてくる。そんな甲猪の視線を、俺は真っ向から受け止めた。それが合図であったか、甲猪が再び突進してくる。甲猪が狙ったのは、俺が登っている木の幹だった。甲猪が木に激突する直前に飛び降りると、木にぶつかった甲猪の体の上を走り抜けて地上に降りた。

 やがて立ち止まった甲猪は、ゆっくりと俺の方を向く。その目には怒りが込められている、俺はそんな気がした。


「やれやれ、気の短いことだ。とはいえ、このままでは埒が明かないな。ミリアに任せろと言ったのだ、せめて格好はつけなきゃ」


 ゆっくりと身構えると、俺は片手の指を動かして挑発するような仕草をしてみる。すると意味が分かったのか、甲猪は後ろ足に力を込めたかと思うと突進して来た。俺は拳に気を集めながらギリギリまで待ってから飛び上がると、甲猪の首に跨る。と同時に、甲猪の頭へ拳を叩き込んだ。


徹振撃てっしんげき!」


 気の力を伴った俺の一撃を甲猪に与えると、俺は飛び降りた。すると甲猪は、そのまま少し走っていたが、やがてその勢いのまま地面へと倒れ込んでいた。


「……何をやったの?」

「何って、拳を叩き込んだんだが?」

「そんなことは、見ていれば分かるわよ。そうじゃなくて、どうやって甲猪を倒したのかと聞いているの」


 その言葉に聞きたいことを認識した俺は、ミリアへ説明をした。

 俺がやったこと、それは気の力と拳の一撃が生み出したダメージを波として甲猪に叩き込んだのである。波となった俺の一撃は、甲猪の堅い外皮を伝播する。そして外皮と頭骨を抜けた先の内臓器官、この場合は脳みそに多大なダメージを与えたのだ。


「ということだが……」

「……それってつまり、エムシンと相対した場合は重武装をしていても意味がないということなのかしら」

「そうだな……内臓を鍛えられるような存在が居れば別だけど」

「そんな存在、聞いたことないわよ」


 ミリアの答えは予想できたし、俺もそんな存在がいるなどとは思わない。少なくとも俺は知らないし、ミリアも返事から予測するに知らないようだ。


「ま、そうだろうな。俺も知らんし」

「でしょうね……」

「ああ」


 俺の答えを聞いたミリアは、疲れたような声を出す。それでもミリアは、相槌は打っていた。だが、そんなミリアの目が半ば遠くを見るような目であったのは印象的だった。


「もういいわ、聞いても分からなそうだし」

「そうか?」

「そうよ……って、そろそろ剥ぎ取りしないと」

「だな。このままじゃ、血の匂いに誘われた肉食獣とか来るかも知れないし。ミリア、周りの警戒を頼む」

「りょーかい」


 ミリアは気分を切り替えたらしく、幾らかおどけたような表情を浮かべながら返事をしてくる。そんなミリアに警戒を任せると、俺は剥ぎ取りに取り掛かった。かなりの時間が掛かったが、何とか甲猪二頭の剥ぎ取りを終える。使い道のない部分に関しては、放置した。どうせ俺達がいなくなれば、野生生物や魔獣が処分してくれる。そして何れは、全て土に帰るのだ。


「はー、疲れたー」

「お疲れ様」

「マジ疲れた。二頭もいて、その内の一頭が標準より大きいサイズ何だもんな」

「でもお陰で、かなりの量が取れたわね」

「まぁな」


 俺はミリアに答えながら、辺りに転がっている木などを集める。それは、剥ぎ取った素材を運ぶ為の道具を作る為だ。この量となると、流石に手で持っていくには少々多すぎる。持っていけないこともないのだが、そうなると敵と出会った時に攻撃しづらくなってしまう。そこで、人の手で引けるそりを作って運ぶ。こうすれば、戦闘となったとしてもすぐに反応できるからだ。


「エムシン。何をしているの?」

「運搬用のそりを作る。その為の道具集め」


 幸いといっていいのかは分からないが、甲猪が折ったから材料となる材木がそこらに転がっている。そのお陰で、材料には事欠かないのはありさまだった。


「私も手伝うわ」

「いいよ。ミリアには無理な力仕事だ、それより素材を見張っていてくれ」


 体力や力が少ないエルフが、重量物を無理に運んで体を壊されては困る。それならば、そりができるまで剥ぎ取った材料を見張っていてくれる方が、よっぽどあり難いのだ。

 

「そう? 分かったわ」


 俺の考えが分かったのか、それともそうでないのかは分からない。何はともあれ、ミリアは素直に従ってくれる。そんなミリアを見た後、俺は材料集めとそり作成を始めた。 

 俺としては別に難しい作業では無い、旅立つまで住んでいた森でも、作っているからだ。ゆえに、大した時間を掛けずに素材を運ぶそりを完成させる。作りは雑だが、使用に問題はない。時間を掛けずに作った物としては、まずまずの出来だろうと自負できた。

 完成したそりに剥ぎ取った素材を乗せると、俺達は夜営地に戻った。やがて到着した夜営地で、早速焚火を起こす。その火で、甲猪の肉を焼き始めた。


「やっきにく、焼き肉」


 珍味と言われている甲猪の肉だ、折角のチャンスを不意にする気はない。喜色満面きしょくまんめんの表情で肉を焼いていると、こちらを生温かい目で見ているミリアが目に入った。途端に、恥ずかしくなる。一つ咳払いをすると、少し顔を赤くしながら今度は静かに肉を焼き続けた。


「あら、残念」


 明らかに笑みを含んだミリアの言葉だが、言葉とは裏腹に残念そうには聞こえなかった。


「そう思うなら、笑うな」

「今度からは、気を付けるわ。多分ね」


 ウインクしながら言われても、説得力など感じない。俺は最後にミリアを軽く睨んでから、肉を焼くのに集中した。やがて焼き上がった肉を食べると、確かに珍味といわれるのは分かる味である。その美味さに、不機嫌など吹き飛んでしまった。


「ミリアを食べろよ。美味いぜ」

「じゃ、少しね」


 ミリアは、本当に小さく肉片を数個切り取るってから食べる。味には満足らしく、ミリアは微笑みを浮かべる。だがそれ以上、肉を手にしなかった。


「何だ、もういいのか?」

「美味しいのは認めるけど、肉自体をあまり食べたいとは思わないから」

「そういや、そんなことを言っていたな。悪い」

「気にしないで」


 そう言うとミリアは、自分の用意した食事を始めた。

 悪いことをしたなと思いつつも、甲猪の肉の誘惑には勝てない。ミリアに少し後ろめたい気持ちを持ちながらも、甲猪の焼き肉を食べていた。



 翌日、俺達は剥ぎ取った甲猪の皮を持って帰路につく。荷物がある為、行きよりも時間はかかったが道中で大きな問題などは発生せず、どうにかガアルの町に辿り着けた。町の入り口で手続きを済ませて町に入ると、ズリズリとそりを引きずりながらギルドに向かう。ギルドに付くと回収した素材を持って、俺達はギルド内に入った。


「これは……物凄く状態が宜しいです。このような状態の物など、まず見かけませんわ」

「そうなのか?」

「ええ。甲猪を狩る場合、先ず無傷というのは難しい。しかしあなた方が持ちこんだ甲猪の皮には、殆ど傷がありません。これだけの状態の物なら、依頼者も喜びます」

「なぁ。報酬の一部で、甲猪の皮を使ってミリアの胸当てを作ってもらえる様に頼めないかな?」


 ガアルの町に戻る最中、ミリアと話しあって決めたことだった。

 折角の素材であるし、ミリアの防御を高める意味でも彼女の鎧が欲しい。そこで少しでも安く仕入れる為に考えたのが、報酬の一部を現物支給という形にすることだった。


「鎧ですか……素材を依頼者に渡す時に聞いてみます」

「お願いします」


 明日、もう一度顔を出す約束をした。

 報酬はその時、貰う事で話を付ける。 鎧を作ってもらえるかで報酬が変わるのでそうしたのだ。それから、ギルドの裏手に回る。その場所で、甲猪の皮を運んだ手製のそりを壊し始めた。


「何かもったいないわね」

「所詮、急ごしらえの代物だしな。結構、ガタがきている」

「そうなの?」

「ああ。やっぱり、馬車とかには叶わない」

「それはそうよ。あっちはプロが作る物、エムシンはプロじゃないでしょ」

「そりゃそうだ」


 会話をしながら完全に壊すと、俺とミリアはギルドから離れて宿を取りに向かう。 俺とミリアが向かったのは、例の宿屋だった。


「ちわー」

「はーい……ってお客さん、無事に戻ってきたの?」

「ええ。おばちゃんも元気そうで」

「それがあたしの取り柄だからね。で、部屋は取るのかい?」

「ああ、約束したからね」


 宿屋で泊る手続きを済ませると、俺とミリアは部屋に向かう。 渡された鍵では入れる部屋は以前とは別だったので、それはそれで少し残念に思えた。それから夜食を食べたあと、別料金を払って風呂に入る。旅の垢を落としてから、眠りについた。明けて翌日、今日は仕事を受ける気があまりないのでやや遅くにギルドに向かう。ギルド内は、朝の喧騒など既にはなりをひそめており、多少は五月蠅いぐらいでしかなかった。

 俺とミリアは、昨日話をしたギルドスタッフを探す。程なくして見つかったので、そのスタッフに声を掛けた。


「何です?……って、ああ、昨日の」

「どうも。それで、鎧を作って貰う事は可能?」

「ええ。実は依頼者の方が素材の状態の良さに気分をよくしたみたいで、追加の報酬という形で現物を支給すると」

「マジですかっ」

「ええ」


 これは、望外の喜びだ。

 話の感じから、既定の報酬は貰えると考えて問題ないだろう。その上、鎧を一つ手に入れられるというのだから。早速、依頼者のところに向かう。何とそこは、防具屋だった。


「いらっしゃい」


 愛想も感じないが、嫌悪も感じ無い。そんな声に迎えられて、防具屋に入る。 そこで、ギルドの出してくれた証明書の様な物を渡した。


「あなた方が、あの皮を取って来たのですか!」

「ええ、まぁ」


 先ほどとはうって変わって、喜びがあふれている。そんな状態に、防具屋の男はいきなり変わっていた。


「いや、あれは実にいいです。思わず嬉しくなりましたよ。ところで、鎧を御所望とのことですか、どなたの物です?」

「彼女が着用する胸当てです」


 先ほどまでにこやかに俺と会話をしていた男は、観察するようにミリアを上から下まで見やる。やがて店の奥に入ると、暫くしてから戻ってきた彼の手には、革製の胸当てがあった。


「あった、あった。多分合うと思いますよ」


 そう言って持って来たのは、見た感じ俺が着用している甲猪の皮鎧と同じ印象を持つ胸当てである。ミリアは防具屋の男から胸当てを受け取ると、着用した。


「うーん。少し合わないなぁ」

「どのあたりです?」

「こことか、こことかね」


 ミリアは、具合が悪いと感じる部分を教えている。すると防具屋は、すぐに調整して見せた。


「どうです?」

「そうねぇ……うん大丈夫」


 こうして無事にミリアの胸当てを手に入れた俺達は、再びギルドに向かう。 そこで無事に鎧を渡されたことを報告したあと、ギルドから報酬を受け取っていた。


ご一読いただき、ありがとうございました。

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