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第五話~遭遇~


第五話~遭遇~



 到着した森は、かなりの広さを持っていた。

 見える範囲、森、森、森である。ただ鬱蒼と茂っている程ではなく、木々は適度に隙間が存在していた。


「思ったより、余裕があるなぁ。動き易いから、いいけど」

「そうね」

「ところでミリア。随分楽しそうだけど、何かあった?」

「何かあったという訳ではないわ。ただ自然が力強いから、嬉しいの」


 本当に機嫌がいいようで、ハミングすらしている。恐らく無意識なのだろう、意図的にしているようには見えなかった。

 聞いている俺としても不快という訳ではなく、むしろ心地いいぐらいである。そんなハミングをしているミリアに声を掛けるのは、少し残念だった。


「気分がいいところで悪いけど、本当に先導を頼んでいいのか?」

「任せて」


 ポンと自分の胸を叩いて、ミリアが了承した。皮の胸当てを付けているのが少し残念に思えたのは、ただの余談である。

 それは兎も角、普通ならば森へ入る場合には目印などをして入る。だが、それでも迷うこともある。実際、俺も子供の頃に森で迷ってしまい、危うく森の住人の食事となりそうになりかけたこともあったぐらいだ。幸い爺ちゃんのお陰で事なきを得たが、もしあと少し遅かったら今の俺はなかっただろう。

 そんな幼き体験はおいておくとして、エルフの場合だと森などで迷うことは殆どないらしい。生粋の方向音痴だったりした場合は、その限りではないそうだが。


「でさ。何でエルフは問題ないんだ?」

「私達は、自然の中において方角を把握する力が飛躍的に向上するの」

「へー。いわゆる、種族特性みたいなものか?」

「生来のものだから、そういってもいいかもしれないわ」

「冗談、とかじゃなくて?」


 俺の問いに、ミリアは苦笑を浮かべながら頷いた。


「私一人ならまだしも、一緒に行動している人がいるのにそんな馬鹿なことはいわないわよ」

「まぁ、それもそうか」


 嘘をいって見栄を張った挙句、迷ってしまいましたでは洒落にならないだろう。もしそんな奴が仲間にいたら、問答無用で殴る。それこそ本気で、だ。

 それはそれとして、そこまでいうのならばミリアに先導を任せることにした。



 それから数時間、彼女の言葉が嘘ではないことが実践されている。彼女は迷う素振りなど見せず、当然のように森の中を進んでいたのである。それこそスムーズに、だ。

 そんな彼女の後を、気配を探りながら追随ついずいしていたのだが、ふとミリアが立ち止まる。するとやや遅れて、ミリアが止まった理由を察知した。

 それは、俺達がいる場所から少し離れた場所に理由がある。木々の間から、見え隠れする生物がいるのだ。気配からして、恐らく普通の野生生物だろうと思われる。そしてそれは、目的である甲猪ではない。ならば、態々相手をする必要はなかった。

 それから暫く森を探索していたのだが、やがて俺達は森の中に出来た大きくはないがぽっかりと開けた空間に出る。そこには朽ちた木が倒れていたことから、それが理由だと思われた。


「何だろう……落雷か?」

「あり得そうね。倒れている木を見てみたけど、誰かが斧など使って倒したというものじゃないもの」


 切株というか根元は存在するのだが、その面は綺麗ではない。木を強引に折り、その折口がささくれ立っているといった感じで存在しているのだ。 


「とはいえ、考えて分かるものでもないな。それにこの場所だけど、野営するのにいいんじゃないか? でさ、ここを中心にして甲猪の探索をするっていうのはどうだろう」

「そうねぇ……いいわ。そうしましょう」


 そうと決まれば話は早い。何時いつもの通り、野営の準備を始めた。

 倒木があり、しかも乾燥しているので焚火の材料にはこと欠かない。だが気を付けないと類焼しかねないので、念入りに焚火の周りは綺麗に掃除をした。


「じゃ、ちょっと行ってくる」

「行ってらっしゃい」


 ミリアに見送られながら野営地を離れると、周囲の警戒を始めた。

 別に役割分担を決めた訳ではないが、何となくこんな感じとなってしまったのである。異論もないし、俺自身必要と感じているのでこの役割の振り分けに文句などなかった。

 暫く周囲を警戒し、やがて取り分けて問題がないことを確認してから野営地に戻る。そこでは、既に焚火の炎が揺らめいていた。


「どうだった? エムシン」

「特に危険そうな野生生物や、魔物などの存在は感じられないな」

「そう。じゃあ、今夜もお願い」


 いつもの様に、ミリアへ体捌きなどの指導などを軽く行う。その後、時間をおいてから夜食を準備して食べた。食料等はそれなりに用意してきたので、ある程度はこの森にいても問題はない。このことを忠告してくれたギルドスタッフに感謝しながらの食事だった。


「あー、食べた食べた」

「やっぱり、携帯食ってあまりおいしくないわ」

「一応最低限の味は付いているけど、しょうがないだろう」

「ま、そうよね。むしろ味に拘られたら、どれだけ高くなるのかしら」

「さぁ。もしあったとしても、金に余裕があってかつ一回ぐらいしか試してみたいとは思わないけどな。余ほど上手ければ、別だけど」

「うふふ。確かにね。さてと、じゃあ先に寝ていて」

「ああ。あとで起こしてくれ」


 夜の見張りの順番だが、これも何となく先にミリアが行いそれから俺という順番に自然と決まっている。何より俺は朝の鍛錬もあるので、この順番の方が全然問題はない。どのみち、敵意などをある程度の距離で感じてしまえば起きてしまう。その為、俺に取って順番はあまり関係なかった。

 特に問題なく時は進んだらしく途中で目を覚ますことはなかったのだが、ミリアが起こしに近づいた為に気配を感じて起きてしまった。


「相変わらず、近づいただけで目を覚ますのね」

「すまないな。別に、ミリアを警戒している訳ではないんだ。だが、どうにも気配を感じてしまうとな」


 これもやはり、住んでいた森の影響である。家の中とかであるならばまだそうでもないのだが、野外だとどうしても警戒してしまうのだ。


「仕方がないわね、こればっかりは。警戒という意味ではむしろあり難いのだけれど、実際問題として眠りの時間とかは大丈夫なの?」

「これは、子供の頃からだからなぁ。今さら、感じることはないな」


 そう。

 いわれたとしても、今さらなのだ。

 変だといわれても、これが俺にとっての常態である。今になって変えようとは思わないし、変えたいとも思っていなかった。


「……一体、あなたが住んでいた場所ってどういうところなのかしら」

「どうって、普通の森だと思うが」

「あなたの行動から何処どこをどう判断したら、普通と思えるのかしら。話を聞く限りでは、とてもそうは思えないけど」


 確かに、薬草集めで向かった森は随分と平和で危険が少ないなと思わないでもなかった。となると、俺の故郷の森は異常なのだろうか……ま、考えても仕方がない。何より、今は森にいないので考えてもしょうがない。それに明日もあるので、ミリアにはさっさと寝て貰うようにと促した。


「そんなことよりミリア。さっさと寝ろよ、明日に響く」

「分かっているわ。お休み」

   

 翌朝を迎えた俺たちは、いつもの様に朝を過ごしてから焚火の火を入念に消した。

 探索の準備を整えると、森の探索へ向かう。しかしその日も甲猪は見付からない。そこで、陽が暮れる前に野営地に戻った。


「うーん。方向の問題かしら」

「いや、どうだろうなぁ。まだ、探索が足りないだけなんじゃないか?」

「そういわれればそうかも知れないわね。よしっ! 明日も頑張りましょうか」

「おうっ」


 だが次の日も、空振りだった。

 しかしその翌日、ついに甲猪と遭遇する。もっとも探した訳ではなく、向こうからこちらに現れたのだ。しかも甲猪の体長は、一般的な猪の倍近くはあるのは前述している。しかし甲猪の大きさとしては、それぐらいが標準らしい。そんな甲猪が、細めの木をなぎ倒しつつ此方こちらへ突進してきているのだ。


「見ると聞くとじゃ大違いってことね」

「そうだな」


 確かに迫力はある。だが、それ以上は感じられなかった。

 そんな印象は兎も角、ミリアはミリアで動いており精霊術を唱え始めている。それは全く意味不明なのだが、ミリアいわく精霊言語サイレントスピリットというものらしい。この言語でしか、精霊には呼び掛けられないし、精霊も応じないそうだ。

 その時、ミリアのすぐ近くに何かの気配を感じた様な気がして思わず目を見張る。だが、ミリアの近くには何かいるようには見えない。しかし、間違いなく気配は感じられた。

 俺が甲猪を気にしつつもその姿なき存在を気に掛けていると、ミリアが何ごとかを呟く。するとその見えない気配が移動したように感じ、思わず目で追っていた。そんな俺に全く頓着せずその気配はそのまま進み、甲猪にぶつかった……気がした。


「は? 何だこれは!」


 見えない何かとぶつかったと思う甲猪を見て、思わず声を上げた。

 そこには、半透明な膜のような何かに全身を包まれてもがいている甲猪がいたからである。思わず構えを解いて不思議そうにしていると、ミリアが笑みを浮かべながら今の状態を説明してくれた。


「ウィンディーネに頼んで、水で包んで貰ったの」

「はぁ」


 ウィンディーネとは、水の精霊のことらしい。その水の精霊に頼み、甲猪の周囲を水で覆ったというのだ。今一よく分からなかったので首を傾げると、少し考えてからミリアが追加の説明をしてくれた。


「そうね。泳げなくして、それなりに深い池に放り込んだと思ってくれればいいわ」

「うーん……つまり水死させようとしているのか」


 確かにこれなら、近付かないから危険はない。しかも、甲猪は水に包まれている上に自身の持つ硬さゆえに傷が付くこともない。つまり、ほぼ完璧な状態で、素材を確保できるということであった。


「はー。流石に俺では、傷が全くない状態での確保なんてのは無理だな」

「あら。そのいい方だと、相手をしても少しの傷で確保ができるのね」

「そうでなきゃ、依頼を受けようなんて思わないぞ」

「それもそうね、愚問だったわ」


 普通に話している俺たちの目の前で甲猪はもがいていたが、足もつかない上に空気を吸えないのであればどうもがいても無駄である。動きが徐々に緩慢になり、やがて甲猪は静かに命の火を消した。

 すると甲猪を包んでいた水がなくなり、地面に落ちる。しかしミリアの前には先ほど感じた気配が存在しており、地面に倒れている甲猪など目もくれずにそちらを見る。するとミリアはそこに誰か居るかのごとく話し掛け、まるで礼でもするかのような仕草をした。するとそこから、優しげな気配が醸し出される。しかし次の瞬間、何ごともなかったかのようにその気配は消えていた。


「やっぱり、精霊って見えないんだな」

「それはね」

「でもミリアが呼び出したせいなのかな、気配は感じたぞ」

「それ本当?」

「ああ。最初ミリアの前に感じたし、それから甲猪が死んだ後でやはりミリアの前に気配を感じた」


 俺の言葉を聞いて、ミリアは少し考えるような素振りをした。 


「……どうやら本当みたいね。でもエムシン、あなた今まで精霊が見えなかったのよね」

「全く」

「となると、自然状態では認識できないけどある程度精霊の存在力が高まると認識できるのかしら」


 その手の知識が全くない俺としては、ミリアの言葉が殆ど理解できない。少し考えたが格闘や気術でもない精霊のことなど分かる筈もないので、素直にミリアへ尋ねることにした。


「……えっと……つまりどういう意味?」

「もしかしたらエムシン、あなた精霊使いの才があるのかも」

「マジッ!」

「ええ。精霊を感じられたということは、精霊に対して親和性があるのよ。ただ、才としては低いと思うけど」

「あうっ」


 思わず喜んだ俺だったが、直後に落胆させられた。

 せっかく、精霊が見えるかな? と思ったのだけど、見えないのか残念だ。


「鍛えれば精霊を見えるぐらいにはなれると思うわ……でも、精霊使いの域までは無理だと思うの」

「そっかー」

「残念?」

「いや。精霊使いになりたいと思っている訳じゃないし、今さらミリアみたいな精霊使いの戦い方を覚えろといわれても困る」


 子供の頃から爺ちゃんに叩き込まれた戦闘方法が、体に染みついている。それを今さら変えるとなると、どれだけ時間が掛かるか分かったものではないのだ。

 もっとも、変える気など更々ないが。


「それはそうね。私も護身術ならまだしも、これからエムシンの戦い方に変えろなんていわれたらお断りするもの」

「だろう? ただ……」

「ただ?」

「精霊を見えるようにはなりたい。気配だけを感じているようでは、戦闘が少しやりづらいからな」


 全く気配を感じないのであるならばまだよかったのだが、見えないのに中途半端に感じると多少は意識をそちらに持っていかれる。実際、さっき甲猪が現れた時も、気になったのだ。要は変なことや気配に気を取られて、その結果敵に敗れるなど正直いって御免被りたいのだ。

 だが、見えていれば始めからその旨を想定した戦い方ができる。俺としてはそちらの方が、遥かに動き易かった。


「そうなの? じゃあ、教えてあげるわ」

「本当? そりゃありが……ちっ!」


 瞬間的に気配を感じた俺は、身構えた。

 俺の行動に、ミリアも警戒を強める。すると、木々の間からもう一体の甲猪が現れたのだ。その体長は、先ほど倒した甲猪を越えている。そして何より、此方に対して明確な敵意を感じた。


「どうやらもう一戦か……今度は俺がやるよ」

「大丈夫なの?」

「万が一の場合、フォローは頼んだ!」


 ミリアにそう声を掛けると、俺は甲猪に向かってゆっくりと歩み始めたのであった。


ご一読いただき、ありがとうございました。

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