第四十七話~決着~
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第四十七話~決着~
先に間合いに入ったのは、ブロルトだ。 これは当たり前の話で、単純に武器を持つから素手の俺より間合いが広いのだ。 自身の間合いに入ったと判断したブロルトは、横なぎの一撃を放ってくる。 そこで、足場となっている舞台を蹴り、ブロルトごと飛び越えて見せた。
着地と同時に踏み込もうとしたが、できずに足を止める。 それはブロルトが、横なぎの一撃の動きを利用してそのまま回転していたからだ。 動きが読まれたのか、それとも初めから想定していたのか分からないが上手く躱されてしまった事に間違いはなかった。
簡単には正面からでは崩せないと判断し、少し変則的な動きに変えてみる。 相手に飛び込んだところまでは変わりはなかったが、剣の間合いに入る少し手前で完全に動きを止めたのだ。 すると迎撃の為か先程と同じく横なぎに振るわれていた炎の剣が、少し前を通過すると前髪が数本切り飛ばされ、しかもその前髪は一瞬で燃え尽きていた。
その事は少し想定外だったが、何であれ間合いを外せたことに変わりはない。 炎の剣が通過したのとほぼ同じくして、踏み込むと一気に懐へ飛び込んだ。 そのまま、目の前の鳩尾へ拳を叩き込むと、ブロルトは後ろへ飛ばされる。 しかし、上手く足から着地していた。
【中々にやる。 こうも早く、懐へ飛び込まれるとは】
「よく言う。 自分から飛んで、威力を半減させたくせに」
【真面に喰らう気はないのでな。 ましてや、≪混沌の力≫が籠った一撃ならばなお更だ】
やはり、一筋縄ではいかない。 付け込めないとまでは言わないが、容易くはいかないだろう。 やはり、相手の動きを崩す必要があるようだ。 軽く二、三回その場でジャンプしてタイミングを計ると、またしても正面から飛び込む。 今度は反撃を警戒したのか、カウンターを取るような動きは見せていない。 その相手に、蹴りを浴びせてみせた。
すると、足を一歩引くことでブロルトは躱して見せる。 だが、俺の攻撃はそこで終わりはしない。 ニヤリと笑みを浮かべると、そのまま次の蹴りを放ってみせた。
「弧連蹴!」
「何っ!!
今放った蹴りは、元から連続で放つ事を想定している。 最後まで行えば、都合五連撃となる蹴りだ。 一回や二回相手が避けたところで、攻撃自体が終わる訳ではない。 全て避けるか、攻撃の間合い自体から外れるか。 若しくは、受け止めるしかない。 まぁ、あまりにも力量が違う場合、弾かれると言う事態が発生しない訳ではない。 だがそれは、どの攻撃でも同じなので考えても仕様がなかった。
さてブロルトだが、二回目までは避ける。 そして三撃目となると、今度は前に踏み込んできた。 その動きに、間合いを外す事と併せて吹き飛ばす気ではと予想する。 そしてこの動きは、想定した一つの動きだった。 そこで踏み込まれて攻撃を避けられた瞬間、膝を曲げて足をブロルトの首に絡める様にする。 流石に思いが至らなかったのか、奇麗に足が首に絡む。 そのまま反対の足をやはり首に絡めて、ブロルトの首を挟み込む。 丁度、正面から肩車されているような体制に移行すると、そのままのけぞる様に体を振るった。
首と言うか頭を完全に挟み込んでいる状態であり、ブロルトは即座には逃げられない。 故に俺の動きに従い、投げられることになった。 そのまま舞台に頭から突っ込ませるつもりだったが、そうはなってくれない。 寸でのところで、ブロルトは炎の剣を舞台に叩き込むとその余波で舞台を壊してしまう。 その為、目標がずれて中途半端な攻撃となってしまった。
当然飛び散った舞台の破片が飛んでくるが、殆どが着込んでいた武道着に弾かれている。 流石は伝説のヒヒイロカネが編み込まれた武道着だと、感心した。 とは言え、全部が全部弾かれたわけではない。 幾つかの破片で、武道着に覆われていない場所には幾筋かの傷が付いていた。
だが、どの傷も小さく動きに支障をきたす傷じゃない。 その傷自体から流れる血も、直ぐに治まる様な物でしかなかった。
「って! そうだ! みんなは無事か!?」
「……何とか、ね……」
そんなに大きくはなくとも聞こえてきた返答に、安心する。 どうやら、俺とブロルトが対峙している中、移動していたみたいだ。 ただ、あまり動けるようには見えなかったので心配ではある。 特にウォルスは結構ダメージを喰らっていた筈なので、なおさら心配ではあった。
その時、皆の気配が感じられる。 その場所は、舞台の端の様だ。 今のブロルトの炎で吹き飛ばされたのか、それともその前に移動していたのかは分からない。 だけれども、舞台上の端であると言う事は、それほど余波の心配はしなくていいと言う事になる。 するとその時、視界にミリアたちの姿が見えた。
やはり、彼らは舞台の端にいる。 しかし、無傷という訳ではないようだ。 ミリアは片腕を押さえているし、ウォルスはバスタードソードを杖の様に使い漸く立てると言った様子なのだ。 ただ、怪我自体はディアナが治療するだろうし、ミリアも可能と言えば可能だった筈。 だから、そこまで気にする事はないだろうとは思えた。
「無事……ではないようだがそれでも重傷と言う程ではないようだな」
「ウォルスが立ちはだかってくれたおかげでね」
「そうか。 ありがとう、ウォルス」
「仲間だから当然だ」
ディアナの術により、大分痛みも退いているのだろう。 ウォルスは、バスタードソードを杖の様にはしていない。 流石は、ディアナと言ったところだ。 程なく完全に治療が終わったのか、ウォルスが近づいてくる。 その時、馬鹿にしたようなブロルトの声が聞こえてきた。
【中々に麗しい、仲間愛と言うやつか? だが、あの時なぜ消えなかったのかと後悔する事になるぞ!】
その時、まだ薄らと漂う煙の向こうで炎が立ち上がる。 するとその炎の勢いからか、煙が完全に晴れる。 果たしてそこには、自ら噴出させた炎を身に纏わせながら、雄々しく立つブロルトがいる。 その姿は、炎の魔神と言って差し支えなかった。
するとそんな姿に呼応する様に、炎の剣からも炎が吹き上がっている。 それに伴い、徐々にではあるが、周囲が熱くなっている気がした。
いや、実際に熱くなっているのだろう。 その事を証明するかの様に、ブロルトの足元の舞台が溶け出している。 相当な高温なのだと言う事が、簡単に想像できた。
【さて、≪混沌の力≫には驚いたが、全てが炎の攻撃を凌げるかのう?】
「やってみなくちゃ、分からんだろうが」
【おお。 それはその通りではあるな。 では、確かめてみるとしようか】
そう言うと、ブロルトは炎の剣より炎の塊を幾つも飛ばしてくる。 直ぐに≪混沌の力≫を拳に集めると、飛んできた炎の塊を「乱散拳」を放ち全て打ち貫く。 すると、全て炎の塊は相殺されて、空気に溶け込むように消えて行った。
完全に相殺すると同時に、俺はブロルトへ肉薄する。 そのまま前方宙返りをして更に勢いをつけると、浴びせ蹴りを叩き込んだ。 だが、ブロルトが掲げた炎の剣の腹で受け止められる。 そうなれば、普通なら攻撃した足が火傷でもするところだろう。 しかし、全く気にせず、着地した片足で舞台を蹴ると、顎めがけて蹴り上げた。
攻撃を続けたことに多少驚きの色はあるようだが、ブロルトはその蹴りを下がる事で避けてみせる。 そして少し距離を取ると、炎の剣を構えていた。
「くそっ! 読まれたか!?」
【反撃も驚いたが、その身に火傷すら負わぬとは。 やはり、相殺したか】
「ああ、した。 あんたの防御法の真似だけどな」
ブロルトは全身に己の力を纏い、障壁を結界のように守っていた。 それを、真似てみたのだ≪混沌≫で。 多少甘くはなっているようだが、上手く纏っているので一応成功している。 これで、ブロルトの体から出ている炎も気にしなくて済むだろう。
【真に、厄介だ。 本当に厄介だ】
「そう言う割には嬉しそうに見えるがな」
【先の読めぬ戦い程、面白い物はない。 それは、分かるであろうが】
「さあ、な」
短くそう答えると、改めて身構えた。
俺も格闘を志している以上、強者との闘いはある意味で望んでいるところがあるのは否定しない。 最も、ブロルトの様に楽しみの為にはどんな手段も厭わないとは考えもしないが。
【否定したところで、貴様も私も変わらぬ。 私は、享楽。 その方は格闘、ただそれだけの事であろうが】
「…………」
「ふざけるな! こいつは、お前とは違う。 ただ楽しみたいが為に、戦乱をまき散らすような外道と一緒にするな」
『その通りよ』
「ウォルス、みんな……ありがとうな」
彼らが仲間がそう思ってくれる、それだけで十分だった。
相手がどう思おうが、関係ない。 ミリアたちと言う、かけがえのない仲間がいてくれる。 他に何を望もうと言うのだ、俺は。
【ふん! 語るに及ばずか? ならば、これで分からせてやる】
そう言うと、ブロルトは炎の剣を掲げる。 今度も炎の塊を飛ばすのかと思えば、違う。 一歩踏み出すと、そこを足場に飛び込んできた。 すかさず、拳で迎撃する。 炎の剣の一撃を紙一重で避けつつ、剣の腹を拳で殴った。 それが功を奏したか、少しブロルトがよれる。 その直後、ウォルスが切り掛かった。
その剣は薄らと魔力と思われる光で輝いているので、アローナが付与した術はまだ有効らしい。 若しくは、掛け直したのかも知れない。 何であれ、有効なのは間違いなかった。
するとブロルトは、眉を寄せつつ炎の剣で受け止めている。 どうやら、身の回りに纏わせた障壁では今の状態のバスタードソードは防ぎきれないようだ。 クレア爺さんから貰った剣がすごいのか、それとも術がすごいのか。 はたまた両方なのかは、分からないが。 何であれ、ウォルスでもダメージを与えられるのは有難かった。
「アイス・スピア!」
「エレメンツ・ジャベリン!」
一瞬だけ動きを止めたブロルトに対いて、アローナとミリアの術が放たれる。 すると炎を噴出させ、その余波でウォルスを幾らか飛ばして距離を作ると、炎の剣を一閃する。 それにより、二人が放った術はかき消されていた。
【うっとおしいわ!】
「させません! ガード・サークル・エリア!」
ブロルトが、またしても剣を振るう。 すると、その軌跡をなぞる様に炎による線ができたかと思うとそのまま放たれた。 しかし、直後にディアナを中心として光の領域が生まれる。 その上、三人は光の輪に一瞬だけ覆われた。 次の瞬間、光の領域とブロルトの放った炎の斬撃とがぶつかる。 一瞬だけ明滅したその領域は、妙に甲高い音を立てて崩壊する。 しかし、ブロルトの炎もまた掻き消えていた。
【くそっ!】
「いいのか。 俺たちを放っておいて」
そう言うと、ウォルスが飛び込んでいく。 するとブロルトは、片手で炎の塊をミリアたちへ放ち牽制する。 ただ、それは牽制と言えるような生易しい物ではない。 直撃すれば全身が黒焦げになるのは、間違いないだろう。 しかしディアナが、さっきの術をまたしても行使する。 その傍らでは、ミリアも何かの術を、多分火に耐える為であろう術を使っていた。
その上でブロルトは、炎の剣を構えウォルスを迎え撃つ。 その時、アローナが術を放った。 但しそれはブロルトに対してではない、足元に対してだ。 ウォルスを迎え撃つ為に態勢を整えていたブロルトの足元に、いきなり段差が生じたのである。 当然態勢を崩した訳だが、そこは腐ってもかつては魔神と呼ばれた存在である。その態勢でも、ウォルスの剣を受け止めていた。
【まさか、こんな手を使うとはな】
「お蔭で、俺を止めるだけで精いっぱいだっただろう」
【何! それはどう言うい「鷹襲脚!」う……ぐぼっ!】
実は俺とウォルスは、前後で連なる様にしてブロルトへ飛び込んでいたのである。 そしてウォルスの剣が止められたと同時に彼を足場に跳びあがり、≪混沌≫を纏わせた鷹襲脚をブロルトの脳天へ一撃を浴びせたのだ。 流石に効いたのか、数歩たたらを踏んでいた。
そんな隙を。ウォルスが見流す筈もない。 彼はバスタードソードを構えると、そのままぶつかる様にして突きを放つ。 いや実際に体ごと、ぶつかっていた。 すると剣は障壁を破り、体に刺さる。 しかし、貫けるほどでもない。 だが痛みはあったようで、顔を歪めている。 だがブロルトは、倒れる事なく腕を振り回してウォルスを吹き飛ばしていた。
「ウォルス!」
「兄貴!」
ディアナとアローナから、心配してか悲痛とも取れる声が聞こえてきた。
だが、千載一遇の好機だろう。 俺は着地と同時に飛び込むと両の拳に≪混沌≫を纏いながら右胸と左胸を同時に貫くべく貫手を繰り出す。 途中にあった障壁すらも貫通させた貫手は、そのままブロルトの体を刺し貫いていた。
するとそのまま、俺は腕自体に≪混沌≫を纏うと、容赦なく踏み込んで更に突き込む。 それから両腕を捻りつつ引き抜いてから、止めとばかりにブロルトの腰の辺りへ≪混沌の力≫を込めた回し蹴りを叩き込み吹き飛ばした。
【ぐあらぁぁぁ!!】
「ど、どうだ!」
流石に一連の連撃は、効いたようだ。
しかし、俺も疲労感が半端ない。 ほぼ制限なしで≪混沌の力≫を使ったせいか、それとも俺自身の許容できる範囲を超えてしまったからかは分からないが。
とは言う物も、油断はできない。 疲労からきているのかは分からないが、少し覚束ない足を叱咤しつつ構える。 そんな俺の隣で、ウォルスもまたバスタードソードを構えていた。
その時、舞台に倒れ伏すブロルトから声が聞こえてくる。 それは小さいが、確かに笑い声のようにも聞こえる。 訝しげに眉を寄せつつも警戒は怠らずに、少しづつ近づいていく。 すると間違いなく、ややとぎれとぎれであるがブロルトが笑い声を挙げていたのだった。
【くはは……はははは……】
「何がおかしい」
【こ、これが……笑わず……にいられ……るか。 幾ら……≪混沌の力≫を身につ、ごほっ、みにつけ……とは言え、我を……倒す……いや、滅ぼ、ごふっ、す……とはな……】
『滅ぼす……』
【そうだ……誇る、がいい。 そなた、らは……初めてか、ぐふっ、神ごろ……しを成し遂げ……たのだ……】
『…………』
【この先、そなたら……がどのようなみ、ふぅふぅ、道をたど……るのか……楽しみだが……それも、ごほっ、ままな……らぬな…………そなた、ら。 行け】
ブロルトそう言うと、舞台の外に此処まで来た時と同じようなゲートが現れる。 その事に、俺たちは訝しんだ。 そんな気持ちを察したのか、それともまったく気にしなかったのか分からないが、ブロルトの言葉が続いた。
【我をた、ふぅ、倒した褒美だ。 くぐれば、もど……ぐぅ、戻れ、よう…………しかし、楽しかったのぅ…………】
「ブロルト?」
意味不明な最期の言葉に、声を掛けたが言葉は返ってこない。 不思議なのは、とても楽し気な顔をしていることだ。 その理由が分からないうちに、ブロルトの体が少しずつ消えていく。 ≪混沌≫によって、消滅させられていくのだ。 幾ら嘗ては魔神であったと言えども、その定めからは逃れられない。 全ての源にして全てが帰結する、それが≪混沌≫なのだ。
「……行くか……」
「信じるの?」
「信じるも何も、どちらにせよ道なんかない。 違うかミリア」
「それは……そうだけど……って何っ!?」
その時、轟音が響いたかと思うと舞台が揺れた。
いや違う。 舞台が、揺れたんじゃない。 この世界と言っていいか分からないが、この場所と言うか此処自体が揺れたんだ。
するとそれを証明するかの様に、舞台どころか地面にひびが入って行く。 後方に建築されている観客席も同様であり、そればかりか空にも割れ目が入って行く。 こんな場所にいれば、幾ら知識の乏しい俺でもどんな結末が待っているのか大体想像できる。 そしてそれを回避する手段が、ブロルトが今わの際に行使したゲートしかない事もだ。
「もう、一か八かだ。 あのゲートにかけるぞ!」
「……そうね。 それしか、ないみたいね」
「そう、みたいだな」
「甚だ不安だけど、仕方ないよね」
「神は我らを見守っています。 きっと、加護が授かるでしょう」
最後のディアナの言葉は賛同できるのか分からないが、そんなことは今更だ。
俺たちは覚悟を決めると、ブロルトの出したゲートへ飛び込む。 それから少し後、此処は崩壊したのであった。
一応、決着です。
ご一読いただき、ありがとうございました。




