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第四十六話～攻防～

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第四十六話～攻防～

　ヒヒイロカネ製の籠手と炎の魔剣がぶつかり合った瞬間、周囲に衝撃の様な何かが広がる。　物理的な影響力すら孕（はら）んだ何かを持って広がったそれは、舞台や観客席の様な建物にぶつかり霧散した。

　しかしながら、それはどうやら仲間にも向かっていた様である。　よくよく考えるまでもなく、当然と言えば当然だ。　周囲に広がったのだから、仲間も晒（さら）されている事になる。　それを証明する様に、ミリアたちはたたらを踏んでいた。　即ちそれは、彼らが踏み込めなかった事を指している。　内心で舌打ちしつつも、隙を生み出すべく拳を繰り出した。

　一発や二発程度で相手が止まるとも思えないので、此処（ここ）は連撃である。　避ける暇なく叩き込めば、足を止められると判断したからだ。　事実、ブロルトは足を止めて俺の攻撃をさばいている。　しかしそれが限界なのか、反撃はない。　そして仲間が、その隙を見逃す事はなかった。

　ミリアやアローナ、そしてディアナから支援の術を受けたウォルスが、ブロルトへと切り掛る。　しかしそこは腐っても、嘗ては魔神と呼ばれていた悪魔である。　ブロルトは、俺の連撃をさばきつつ術を構築していた。

　本の刹那の間に完成させた術を、ウォルスへ叩き込むべく開放する。　しかし、寸でで気付くと手にしたアダマンタイト製のバスタードソードを振り下ろていた。

　そもそもが堅い上に、切れ味を上げる様な術をバスタードソードには掛けられている。　実際、剣自体がほんのりと光っているので間違いはない。　そして本人も術により強化されている事もあって、ウォルスはその術の迎撃に成功していた。

　術そのものはどうにか消し止められたが、足を止めた為にそれ以上は踏み込むことができないらしい。　その場から動かないので、それは間違いないのだろう。　しかし僅かでもブロルドの意識が反れたことも間違いなく、俺にとってはそれで十分だった。

　ほんの一瞬だけ、動きの鈍（にぶ）ったブロルトの懐に潜り込むと抉る様に拳を放つ。　しかし、その攻撃は捉える事ができなかった。　正確に言えば、ちゃんと当たっている。　しかし、何が作用したのか効いてはいないようなのだ。

　その事を証明する様に、ブロルトは痛がる素振りを見せるどころか不敵な笑みすら浮かべている。　手応えとその態度から効果がなかったと判断し、俺は咄嗟に距離を取っていた。

　再び身構えつつも、今の感触に違和感を覚える。　正体は判別できないが、何か膜と言うか壁と言うかそう言った類（たぐい）の物に殴りつけた威力と、それと同時に叩き込んだ≪混沌の力≫が消されたと言うか抵抗されたように感じたからだ。

【また、厄介で不可思議な力を身に着けておる。　まさか、障壁を相殺されるとはな】

「障壁だと？」

【うむ。　そうだ、自慢してもよいぞ。　まさか人の身で、我の……魔神の障壁を打ち消したのだからな】

　障壁と言う事は……恐らくだが、あのローブの男も纏っていたものと同じであろう。　しかし、桁が違うのは間違いない。　何せ力はあの当時よりはるかに上がっているはずの俺が殴ったにもかかわらず、突き破れずに相殺しかできないのだ。　そう言えばあのローブの男も、ブロルトから力を借りていたとか何とか言っていた記憶がある。　と言う事は、今の障壁が本家本元という訳だ。　

「なるほど。　これが、本当の障壁という訳か。　そっち方が厄介だろう」

【馬鹿を抜かすではないわ。　魔神の障壁を、ただの人間が破る方が異常であろが】

「ただの人間……ね」

　本当そうに思っているのか、それともそう思わせたいだけなのか。

　確かに前回相見えた時は、封印を受けた状態だったし、何より俺自体がそう言う意味での本体ではなかった。　何せ「混沌の落とし児」の残滓と呼べるような存在だったのだ。　しかも神術と魔術と精霊術、そして竜術の四種類からなる術により封印がなされていたらしい。　大した時間ではなかった事もあって、気付かなかったとしてもあり得ない話ではない。

　だが、ブロルトは魔神であった頃、上級とされていたと聞いている。　ならば。気付いていてもおかしくはない。　となれば、言葉に反応するよりは己のやるべきことに全力を注ぐべきだ。　そう結論付け、俺はそれ以上は何も言わず改めて身構えた。

　と同時に、≪混沌の力≫を拳に込める。　障壁によって相殺され力と一撃が無効とされるのならば、障壁に触れなければいい。　そして俺には、それを可能にする技があった。

　するとブロルトは、俺へ向かって踏むこんでくる。　しかし振りかぶった炎の魔剣が、当たる事はない。　俺の少し前に割り込んだウォルスによって、炎の魔剣が受け止められたからだ。

　その事に、ブロルトは微かだが眉を寄せる。　幾ら堅いことが代名詞のアダマンタイト製のバスタードソードだからと言って、真っ向から炎の魔剣と打ち合えば負ける。　しかし負けずに受け止められているのは、元から剣の材質が他の剣に比べて一線を画すほど良いのと、剣に掛けられた強化の術によるものだった。

【アダマンタイト……と言うだけでもないな。　余程、いい物を手に入れたか。　はてさて、誰が手を貸したのだ？】

「悪魔に、答える、理由、などない」

　何とか返答したウォルスだが、言葉が切れ切れだった。　どうやら、全力で耐えているらしい。　それに引き換え、ブロルドの表情に変化はない。　それは即ち、相手は全力ではないと言う事になる。　ともすれば、何（いず）れウォルスは押し切られてしまうかもしれない。　その前に、一撃を入れておく必要があった。

　何とか耐えていると思われるウォルスを回り込む様に移動しようとし数歩踏み出すと、その動きに合わせる様に術が解放された。　最もそれは、ブロルトの術ではない。　ミリアの精霊術とアローナの魔術、そしてディアナの神術だった。

　立て続けにそれぞれの魔術がブロルトに叩き込まれたが、全て展開している障壁で受け切っているらしい。　どうやら防ぎきれると判断したから、敢えて動かなかったようだ。

　しかし、意識を反らすには十分だ。　俺は術が障壁に当たった事で反れた意識の隙をつく様に肉薄すると、障壁に添わせるように拳を近づける。　一見には分からない障壁だが、≪混沌の力≫もっているからかどうかは分からないが俺には分かる。　確かにブロルトの体のすぐ近くに、壁と言うか何かが存在していると感じられる。　その壁のように存在する障壁に触れた瞬間、拳に溜めた≪混沌の力≫と共に技を放った。

「徹振撃（てっしんげき）！」

【なっ！？　ガハッ！！】

　ブロルトの障壁を相殺する事無く、そのまますり抜けた≪混沌の力≫を直接叩き込む。　普通ならこれで終わる筈だが、そうではなかった。　一撃の威力によって吹き飛んだブロルトだったが、やがてゆっくりと立ち上がる。　その口からは、一筋の赤い血が流れている。　悪魔、いや魔神か？　何でもいいが、そんな存在でも血は赤いのかと場違いな事を考えていた。

【こ、この力……まさか≪混沌≫、≪混沌≫なのかっ！　馬鹿なっ！　人が、いや人でなくても≪混沌≫を操れる筈がない！！　貴様、何者だっ！？】

　始めて見せた、ブロルトの慌てた様な表情である。　しかし、俺がその問い掛けに答えてやる理由はない。　にやりと笑みを浮かべると、先程撤振撃を放った拳とは反対側の拳に≪混沌の力≫を籠めた。　すると、ウォルスが手にしているバスタードソードで一撃を仕掛ける。　それに合わせる様に、後方からミリアとアローナ、そしてディアナの術が発動していた。

　俺からの一撃を受ける前ならば、その攻撃の全てを障壁で受け止めていたのかもしれない。しかし、真面（まとも）に一撃貰った事でその余裕はなくなったようである。　ブロルトは炎の剣から炎を発生させつつ、真一文字に振り抜いていた。

【小賢（こざか）しい！！】

『なっ！』

　どうやら炎の剣から発生させた炎と己自身の持つ力を合わせ、斬撃として飛ばしたようだ。　それは見た目こそ違うが、俺の扱う技の一つである飛衝拳と同じである。　それだけに他の仲間に比べて、反応が早くできた。

　咄嗟に≪混沌≫を前面に展開して、相殺を試みる。　残念だが、ウォルスを完全に範囲に入れる事はできない。　接近しすぎていて、そこまで展開が間に合わないのだ。

　足りない分は、クレア爺さんが渡してくれた装備を信じるしかない。　そのことに内心で謝りながら俺は、短い時間でできるだけ≪混沌≫を広げて行く。　ウォルスは無理だが、せめて後衛のミリアたちぐらいはカバーできればと考えたからだった。

　しかしその試みは、中途半端に終わる。　≪混沌≫をある程度展開できたことで、ブロルトの放った多分だが術と思わしき何かはある程度弱めることができている。　だが、完全に相殺するのは不可能だった。

　俺自身は、多少の損耗（そんもう）で済んだが、ウォルスは完全ではないにしろ相応に喰らったらしく、大きく吹き飛ばされている。　そして後衛のミリアたちだが、やはりある程度は受けてしまったらしい。　ウォルス程ではないが、此方（こちら）も飛ばされている。　その結果、ミリアやウォルス、アローナやディアナは立ち上がれないようだった。

　意識ははっきりしているらしく、何とか体を動かそうとはしている。　しかし顔を上げるぐらいならばまだしも、それ以外の行動をするまではできていなかった。

【くそっ！　思ったよりダメージが大きかったか】

　見た目的にグレードソートと言っていい炎の剣を片手で持ちつつ、ブロルドはそんなことを言う。　そして空いている片手を、撤振撃が当たった個所に当てていた。　しかし俺がいなしたと言うか攻撃を相殺したのが分かると、ブロルトはすかさず距離を取ろうとしたがそうはさせないとばかりに踏み込んだ。

　舞台にひび割れさえも作り一気に踏み込んだのだが、流石は相手もかつては魔神とまで呼ばれていた存在だからだろう。　あろうことか、反応して見せたのだ。

　それこそ攻撃へ合わせる様に、炎の剣を振り下ろしてくる。　いわばカウンターのような態勢となってしまい、このままでは不味いと判断すると咄嗟に片手で炎の剣を殴りつける。　その為、剣筋が反れてぎりぎりでところで躱す事に成功した。　しかし、それで炎の剣が止まる訳ではない。　そのまま舞台へと切り下された炎の剣は、容易く切り裂いて見せていた。

「危ない、危ない」

【よきタイミングかと思った、のであるがな】

「バッサリ何て、ごめんさ」

　後ろに跳んで距離を取りつつ軽口を叩いているが、内心ではひやひやだった。

　判断が一瞬でも遅ければ、恐らく切られていただろう。　それこそ、致命傷にでもなった可能性がある。　少なくとも、相当なダメージを喰らう事になるのは間違いなかった。

　あっさりと硬そうな雰囲気を持っている舞台を、それこそ熱で柔らかくなった飴でも切ったかのような切れ味で切り裂いた炎の剣である。　そんな剣で切られれば、幾ら≪混沌≫を宿しているからと言っても致命傷すらあり得る。　これは気が抜けないと、改めて気を引き締めた。

　そんな雰囲気を感じ建ったのか、それともたまたなのかブロルトとは小さく不敵な笑みを浮かべる。　そのまま軽々と炎の剣を舞台から引き上げると、剣をゆらゆらとゆらせてみせる。　それはからかうようでもあり、挑発しているようにも見えた。

　一瞬、馬鹿にしているのかと血が昇り掛けたが、その時、呻（うめ）くようなミリアの声が聞こえる。　すると不思議な事に、頭に昇った血が下がる様に感じられた。

　そうだ。

　此処（ここ）で血気に逸る訳にはいかない。　ダメージを受けたミリアたちの為にも、激昂して付け入らせるわけにはいかないのだ。　俺は視線をブロルトに向けたまま、何度か息を吸いて吐くを繰り返して気を落ち受けつる。　その傍らで確（しっか）りと身構えることで、牽制した。

【なるほど。　これにも乗らぬか。　何処（どこ）か知らんが身に着けている≪混沌≫と言い、ほとほと忌（い）まわしきことよ。　だが……】

　そこまで言うと、真一文字にブロルトは炎の剣を振るう。　俺も反応し、飛んできている斬撃に対して飛衝拳（ひしょうけん）に≪混沌の力≫を乗せて放つ。　先に攻撃を放った分だけ近かったが、それでも俺とブロルトの間で攻撃がぶつかると相殺した。

　その結果を見て、ブロルトは笑みを浮かべる。　それは邪悪さのような物は感じられず、むしろ子供の浮かべる笑みのような純粋さすら感じられる笑いだった。

【……だからこそ面白い！　久々に心躍る！　征（ゆ）くぞ、人間……いや、エムシンとやら】

「往くぞっ！　ブロルト」

　ほぼ同時に踏み込むと、お互い一気に間合いを詰めたのであった。

ブロルトとバトってます。

決着、付きませんでした。

ご一読いただき、ありがとうございました。