第四十二話~相対す~
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第四十二話~相対す~
≪混沌≫が溢れる中心、そこで座禅を組んで意識を集中する。 そこは嘗て、この世界に現れた本来の「混沌の落とし児」が不本意ながらも生物の体に宿り、そして直後に喰い殺された場所でもある。 そして本来ならば「混沌の落とし児」たる存在が受ける筈もないあり得ない出来事に襲われた結果、≪混沌の力≫が解放された場所でもある。 ともすれば意識が飲まれそうにもなるその場所で意識を集中し、≪混沌の力≫の奔流に身を委ねた。
「混沌の落とし児」の根源たる≪混沌≫はずっと己の中にあり、共に育んでいた力である。 例え俺自身が意識していなかったとしても、常に身近に存在していたのだ。 その力の流れに身を浸す事は、決して不快ではない。 ただ力の大きさから、ともすれば吹き飛ばされそうな感じはするがそうはならないと言う安堵感が何処かにあった。
そんな不思議な感じに包まれたまま座禅を組んでいた俺であったが、暫くすると解放感と浮遊感を得る。 何かと思い瞑っていた眼を開くと、そこで思いもよらない存在と会合を果たす。 それは全くの想定外であり、完全に虚を突かれた形であった。
「ほう。 まさかそちらから赴くとは。 無謀であるな。 それとも、力に酔いしれたか」
「な! 何で、居る!!」
「不思議か? この地は、僅かであっても≪混沌≫の揺蕩う場所。 ありとあらゆる現象と法則が否定され、肯定される場所に他ならない」
俺自身の前に現れた存在、それは初めて会った相手である。 だが同時に、よく見知った存在であるとも言える。 俺の前に透明とも邪悪とも取れる笑みを浮かべてだだ其処にあるのは、「混沌の落とし児」そのモノであったからだ。
「だからと言って、存在するなら何ゆえに今まで……」
「動かなかったか? 正確には動けなかったのよ。 理由は推察できるが、な。 それよりも大事は、その方よ」
「お、俺が大事?」
「そうだ。 その方が……否! その方の体が大事よ。 数少ない、≪混沌の力≫を宿しても壊れないその体がな」
そう「混沌の落とし児」に言われ、俺も思い出した。
最も、本来ならば俺が持ち得る記憶などではない。 俺の先代とも言える「混沌の落とし児」、即ち目の前にいる存在が喰い殺されると言う普通ならばあり得ない死に遭遇した際に残したものだ。
その記憶によれば、「混沌の落とし児」は大抵生まれると対して間を開けずに死を迎える。 これはあまりにも膨大な力が宿らされた結果、制御できずに精神と肉体双方の死を迎えてしまうと言う理由だった。 実際、数名程しか生き残っているのはいないそうだ……記憶では。
その意味では、確かに俺と言う存在は貴重なのかもしれない。 例え宿っている≪混沌≫が少なくなっていたとは言え、間違いなく制御しているのだからだ。
なお「混沌の落とし児」が宿す≪混沌≫だが、生み出すあのお方の力と比べれば対比するのが馬鹿らしくなるほど小さい。 それであるにも拘らず制御できずに暴走してしまうのだから、如何にあのお方が凄まじい存在なの分かると言う物だ。
最も、比べるのもおこがましいのだが。
「それで、俺の体をよこせと」
「そうだ。 我の残滓とは言え、その方も「混沌の落とし児」。 その体を我が使ってやると言うのだ、喜んで差し出すがいい」
「…………因みに確認だが、その場合俺はどうなる」
「当然、我に吸収されるだろう。 そもそも、我こそが本来の存在なのだから」
予想はした。
予想はしたが、当たり前だが受け入れる事など出来はしない。 この地まで足を運んだのは、まだ残されていた≪混沌の力≫を自分のモノとして、炎の悪魔であるブロルトに対抗して倒す為だ。 それなのに、今更になって現れた本体たる「混沌の落とし児」に吸収、同化などされたら意味がなくなってしまう。
何よりそれではミリア……いや仲間と会えなくなる。 そんなのは、願い下げだ。 俺はこれからも、「混沌の落とし児」と知っても、悪魔ブロルトと再度対峙すると言っても一緒に行動してくれると皆と旅を冒険を続けたいのだから。
「では、断る! 俺は俺として、これからも存在する!」
「ほう。 我の搾りかす如きが、偉そうに抜かしよる。 これは、吸収前に教育してやらねばなるまいな」
「何が教育だ! 俺は本体を越え、今こそアザーティとなる!!」
「やってみろ。 身の程知らずが!!」
その言葉を皮切りに、俺達は動き出した。
と言っても、言わばここは精神世界とも言い換えられる様な場所となっている。 肉体が相打つ。 ただただ、己の存在を掛けて相手を飲み込むかそれとも飲み込まれるかそれだけだ。
そこに、派手さなどは一切ない。 あるのは、意志と意志がうねり揺蕩い相手を喰らい吸収しようとするだけである。 つまり、「己の存在意義を示しえた方が勝ちを得る!」そんな戦いなのだ。
俺は必死に戦っていた。
相手に取り込まれない様に、そして逆に取り込む様にと。
だが相手は「混沌の落とし児」そのモノであり、本体と言っていい存在である。 ≪混沌≫の行使も、そして運用もあからさまに違っていた。 それでも何とかまだ保っていられるのは、相手が一旦死んだ存在だからなのかも知れない。 それくらい、彼我は隔絶していた。
だからと言って、負けるなどもっての外である。 此処で「混沌の落とし児」に打ち勝たなければ、俺自身にも先などないのだ。 とは言いつつも、押される事に変わりはない。 押された分だけ負担は増えるし、押し返そうとすればそれだけ消耗の度合いが上がって行く。 俺は奥歯を噛みしめる彼の如く力を籠め、必死に抵抗を続けていた。
「中々に粘る。 これ程、搾りかすにてこずらされるとは思いもよらなかった」
「搾りかす、搾りかすとうるせぇ! 俺はエムシンだ!!」
「ふむ。 ならばせめてその名で呼んでやろう、エムシン。 それを光栄に思い、胸に抱きながら果てるがいい!!」
自身とうり二つな顔をした「混沌の落とし児」がそう言った途端、更なる力が溢れ出す。 俺の全てを塗り潰そうなぐらいに、濃密で圧倒的な≪混沌の力≫だ。 もしこの力に対抗できなければ、俺の全ては「混沌の落とし児」に飲み込まれてしまうのが本能的に分かる。 今までも全力だったが、それすらも超えるつもりで力を放出した。
この世界で「混沌の落とし児」が放つ≪混沌≫と俺が放つ≪混沌≫が、時には反発しまたある場所では融合していく。 しかして力の差からか、俺の放つ≪混沌≫は、徐々に「混沌の落とし児」の≪混沌≫に侵食されていく。 時が経てば経つほどその度合いは増していき、俺の≪混沌≫は僅かに残るだけとなってしまう。 それに伴い、俺自身の意識も半ば希薄な状態となっていた。
「せいぜい、安心しろ。 その方、いやエムシン。 そなたの懸念も、我が救ってやるであろう」
「…………す、すく……う?」
「そう。 救ってやろう。 そなたの仲間も、そして特に気に掛けている存在もな」
その言葉を聞いた瞬間、俺は「それならばいいかな」などと思ってしまう。 それぐらい、存在と意志は希薄となり僅かに形成しているだけに過ぎなくなっていたのだ。
そんな俺の胸のうちに、奇妙な安堵感と言うか安らぎにも似た何かが満たされる。 その何かに全てを委ねてしまおうと考えてしまったその時、僅かに残った意識が「混沌の落とし児」の発した言葉を聞きつける。 それは、決して見逃せない聞き逃せない言葉であった。
「……今、何……と言った! 何と言ったーー!!」
「まだ、保っていたのか。 何とも、しつこい。 まぁ、最後の手土産代わりに聞かせてやろう。 こう言ったのだ、「全てをあのお方の元へ返すのだ」とな。 すべてはあのお方の生み出す≪混沌≫より出でて、そしてまた≪混沌≫へと帰って行く。 なのだから、エムシンが気にする仲間も、そして特に気に掛けている者も返すのが当然と言う物だ。 何を今更言うておるのか」
呆れ返るかの様な雰囲気が感じられたが、そんな事はどうでもよかった。
今重要なのは、ウォルスとアローナの兄妹が、あのディアナが。 そして何より、ミリアが消えるという事に他ならない。 そんな事態など、許す訳には行かない。
そもそも俺は、何を考えていたのだ。
例えエルダードラゴンロードのクレア爺さ……いやクレランスの力を借りたとは言え、大陸の南端まできた理由は何だったのか。 他でもない、仲間とミリアと共に降りかかる火の粉を払い旅を続ける為だ。 それであるにも拘らず、本来の存在とは言え今では間違いなく他者だと認識している相手に全てを委ねて消える。 そんな本末転倒な事を受け入れ様としていたなど、馬鹿以外何者でもなかった。
「そ……」
「ん? 何だ?……おお、そういえばひとの世界には遺言などと言う物がるのだそうだな。 ここまで手を煩わせた褒美として、聞くだけ聞いてやろう。 言うてみるがいい」
「ふ……」
「ふ?」
「ふっ…………ざけんじゃねー!!」
「な、何っ!?」
俺は文字通り、魂の咆哮をあげる。 その咆哮に従う様に、ほぼなくなりかけていた筈の意識と力は一気に覚醒する。 同時に、相手へ取り込まれていたであろう≪混沌の力≫も一気に跳ね上がり、ついには「混沌の落とし児」の≪混沌≫すらも吹き飛ばしていた。
「何が混沌に返すだ! そんなもの、認められるか! 俺が此処まで来たのは、これからも生きる為。 てめーなんぞに、屈服する為じゃねーんだよ!」
「傲慢なり! 残滓の分際で。 吐き出したものは、飲み込めぬと心得よ」
「じゃかーしぃ! 御託何ぞどうだっていい!! 四の五の言わずに、掛かってこい!!!」
「全てを後悔し、滅びよ! 身の程知らずが!!」
次の瞬間、俺の≪混沌≫と「混沌の落とし児」の≪混沌≫がまたしてもぶつかり合う。 反発し無効化し、そして混ざり合う。 現象こそ変わらないが、先程までとは明らかに違いがある。 それは拮抗し、「混沌の落とし児」に呑まれない事だ。 全てが闇に染まったかの様なこの世界、そのあちこちで現象が引き起こされている。 だがそれだけであり、それ以上は決して侵攻していなかった。
その状態に臨み、今更ながら「混沌の落とし児」の表情に驚愕の色が現れている。 だがそんな事など、最早俺には関係ない。 あいつらは、ミリアとウォルスとアローナとディアナは俺が≪混沌の力≫と言う極めて厄介な権能を身に宿す事を知りながらも共に在ると言ってくれた。
ならば俺は、当初の目的通り混沌を取り込むだけである。 相手が誰であろうと、どんな存在であろうと関係ない。 俺は仲間の言葉を信じ、その完遂に全てを注ぎ込むだけだ。
「貰うぞ! その力!!」
「何を言うかと思えば愚かな…………ば、馬鹿な! 我が押されるだと!? 有り得ぬ、有り得ぬぞ!!」
「有り得様が有り得なかろうが知った事か! 俺はこの地に揺蕩う≪混沌≫を俺の物にする。 その邪魔をすると言うのならば「混沌の落とし児」! お前ごと、喰らってやる!!」
「こ、こんな事が、有り得る筈がない。 そうだ。 有り得る筈がないのだ!」
「やかましい! 黙って俺に喰われろ「混沌の落とし児」!!」
俺の咆哮による宣言と「混沌の落とし児」の絶叫が、奇妙に調和してこの世界に拡がる。 やがて徐々に二つの声が重なり合った音が消えると、そこには一人か肩を大きく上下させながらも佇む存在があった。
それは、言うまでもなく俺である。 本体である「混沌の落とし児」、それからこの地に揺蕩っていた≪混沌≫。 それらを吸収した事で、今までとは比べ物ならないぐらい精密に≪混沌の力≫扱える様に感じられた。
意識をしてみれば、まるで手足を動かす様に≪混沌≫を扱える。 その事を確認する様に俺は、手のひらから≪混沌の力≫放出してその場で維持する。 それから自分の意志に従わせる様に、≪混沌の力≫を作り変える。 自分が思い描いた様に変わるその姿に、完全な成功と「混沌の落とし児」の取り込みに成功した事を実感した。
そこで目を瞑り、顔を上あげる。 思考の中で俺は、ウォルスにアローナにディアナに、そして何よりミリアに感謝の念を捧げた。
「ここでも皆に、助けられたな。 ありがとう」
そう一言零した途端、自身の感覚が肉体とそれへと変わった。
その後、確かめる様に両手を握ったり開いたりする。 暫くその様な繰り返した後で、俺は立ち上がると踵を返す。 完全に≪混沌≫と言う力を手に入れた以上、もうこの場所に用などない。 一刻も早く俺はミリアたちに会うべくその場を離れ様とする。 その時、視界の端に何か白いものが小さく崩れた様な気がしたが気のせいだろうと気にも留めなかった。
何せこの場は今まで俺以外……いや俺と「混沌の落とし児」以外に存在し続けるなど出来る筈もない。 エルダードラゴンロードのクレア爺さんですら僅かな時間だけしか居られないのだから推して知るべしなのだ。
ただ伝説中の伝説、エンシェントドラゴン程の存在ならば分からないのだが。
何であれ、此処にもう用はない。 俺は現実に戻るべく、今度こそこの場を離れたのだった。
…………エムシンが離れた瞬間、何も存在できない筈のこの場所で白き何かが完全に崩れていく。 それは正に、まごうかたなき骨であった…………
漸く、取り込めました。
ご一読いただき、ありがとうございました。




