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第四十一話~混沌の中心へ~

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第四十一話~混沌の中心へ~



 俺達の前に現れたドラゴンの姿は、雄々しくおごそかでありながらもどこかで安心感を得られる様な雰囲気を醸し出していた。

 俺自身、ドラゴンなんぞ見た事はない。 だが、そうであったとしても目の前に居るドラゴンは他のドラゴンと何処どこか違うのだろうと思ってしまうぐらい圧倒的な存在感で鎮座していた。

 そしてその大きさも、かなりの物である。 平均的な大人の男性が縦に優に三十人分はあるこの洞窟にあって決して見劣りしないのだから相当だ。

 今は俺達と話す為に頭を下げているので明確には分からないが、首を伸ばせば優に平均的な大人二十人ぐらいの高さがあると思われる。 そして体長も相応にあり、尾まで入れればかなりの長さだろうと言うのは簡単に想像できるぐらいの大きさだった。

 全ての根源たる混沌その物と言える「あのお方」や、ほぼ同等とも言える「万物の母」からすれば大したことはないのだろう。 だが、今の俺はその存在を知識として知っているに過ぎない。 実体験として感じた訳ではないので、触感的な感覚はないのだ。

 だからか、何処どこか霧の向こうに存在する何かのように感じている節がある。 しかしながら、今こうして目の当たりにすると「あのお方」や「万物の母」に比べれば格下な筈のエルダードラゴンから畏怖の様な物を感じ取ってしまう。 そう思えるぐらい、クレア爺さんの本性たるエルダードラゴンロードは確固たる存在感を辺りに振りまいていた。

 最も、わざとそうしているような雰囲気は感じられない。 よって、これは自然にそうなっているのだろう。 だが、それこそが正に長年を生きたエルダードラゴンの証明なのだろう事も何故なぜか漠然とだが理解出来てしまった。

 そんな圧倒的とも言える存在感を感じつつも俺は、ふと仲間へと目を向ける。 するとミリアもウォレスも、アローナもディアナもぽかんと口を開けて唖然としていた。

 だが、それも仕方がないだろう。

 俺の様に更なる上の存在を例え知識としてだけでもっているならばまだしも、皆からすればクレア爺さんことエルダードラゴンロードなど雲の上の存在と言っていい。 その圧倒的な生命力や存在感にあてられてしまっても不思議はなかった。


「おーい。 帰ってこーい」

『……………………はっ!?』


 俺の呼びかけで、漸く我に返れたのだろう。

 だがそれでもかなりの時間を空けてから、ミリア達仲間がある意味で虚脱に近い状態から生還してくる。 それでもショックはいまだに引きずっているのか、何処か呆けているような感じも受けた。

 そういえば何か皆の口から白くて細長い様な物が見て様な気がしていたが、不覚は突っ込むまい。

 きっと、気のせいなのだから。


「……えっと……クラレンスさんですか?」

如何いかにも」

「そう、ですか。 やっぱり、そうなんですね。 ふふふふ……」


 ミリアが恐る恐ると言った感じで問い掛けたのだが、クレア爺さんは間髪入れずに返答した。

 その体に比べれば大きくはない、だが説得力がある声と言葉を聞いたミリアは何処どこかどこか虚無感を漂わせつつも納得したと言う複雑と言うかなんというか表現しずらい表情をしている。 いや、もしかしたある種の諦観ていかんとか言うやつなのかも知れない。 何であれ、その様な思いを仲間に抱かせるぐらい、クレア爺さんの正体はすさまじいの一言に尽きたのだろう事は想像に難くなかった。

 実際、俺とて自身の事や「あのお方」達などの存在を知らなければ、似た様な雰囲気となっていたのだろう。 やはりエルダードラゴンロードと言う存在が、この地限定とはいえ隔絶している証明だった。

 とは言え、何時いつまでも惚けていても一向に話は進まない。 俺達が……いや俺が此処に来たのは嘗ての力を取り戻す為である。 無論、全ての力を使えるようになるかは分からない。 だが、それでもやらなければならない。 そうしなければ、炎の魔神にして悪魔でもあるブロルトには勝てる要素すら求められないのだ。


「あー、そのクレア爺さん。 そろそろ、いいかな」

「ん? あぁ、そうよな。 それと、そなたらには残って貰うぞ」

『え!?』


 エルダードラゴンロードの存在感と言うか、そんなものに圧倒されていたミリア達だったが、クレア爺さんの残って貰うと言う言葉に一斉に反応する。 その様子から、一緒に行動できると思っていたみたいだ。

 やがて言葉の意味を飲み込んだのか、猛烈と言う程ではないにしろ抗議し始める。 だが、クレア爺さんが首を縦に振る事はなかった。

 実のところ、俺自身もクレア爺さんに賛成である。 この森に現れてよりあまりにも自然に行動できているので気付いていないみたいだが、本来であれば「魔の森」と称されてもいるこの地には「混沌の力」が満ちている筈なのである。

 そう考えれば、初めから扱える嘗ての「混沌の落とし児」だった自分や、その要素と言うか残滓と言うかその様な存在となっている今の俺であるならばまだしも、普通ならばまともに影響を受けている筈だ。

 何せ、ドラゴンの中でもかなり上位の存在でかつ相当な力を擁している筈のエルダードラゴンロードがほぼ全ての力をつぎ込んでも中和と言うか浄化と言うかその様な状況に未だなっていない。 それどころか、エルダードラゴンロードですらそう遠くないうちに叶わなくなるか若しくは力尽きようとしている。 そんな場所に居て、ミリア達が影響を受けないなどあり得ないのだ。

 ならば何故なぜに皆が無事なのかと言うと、クレア爺さんによって守られているからだ。 俺はなまじ混沌の力が扱える様になったので、気付けている。 しかし、あまりにも自然であったからだろうか。 仲間のうちで、生きた年月としつきだけを考えれば最年長となるミリアですら気付いていないのだ。 

 流石はエルダードラゴンロード、と言うところなのだろう。

 良くは分からないが。


「なぁ、みんな。 クレア爺さんを困らせないでくれ。 それに、実は俺も賛成なんだ」

『どうしてよ(だ)!!』

「あーその、気付いていないみたいだけどさ。 クレア爺さんに守られてなかったら、皆どうなってるか分からないぞ」

『……は!?』


 いきなりそんな事を聞かされれば、やはりそういう反応するだろう。 多分そうなるだろうと思った通りであり、知らず知らずのうちに俺は苦笑を浮かべてしまった。

 すると間もなく、意味を察したのかミリアとアローナが集中を始める。 そして暫く後、始めにミリアが表情を変え、その後にやや時間が経ってからアローナも同様に表情を変える。 そんな二人が現した感情を表現すれば、正に驚愕が相応しかった。

 何と言っても、全く認知すらされずに術か何かの影響下に入れられたのである。 これが敵からならば最悪、認識すらするいとまもなく殺されているかもしれない。 ギルドに所属し、危険と隣り合わせの依頼もかなりある俺達にしてみれば、術に気付けるかどうかは命に直結する。 それであるにも拘らず何時いつの間にか術か何かの影響下に居たと言う事態が、驚きそのものだったのだ。


「そう言う訳だから、残ってくれ。 此処ここならば、問題はない筈……だよなクレア爺さん」

「無論だ。 儂がおるのだから。 だが納得は出来ておらぬようだな……仕方ない。 そなたら、しっかり意識を保つのだぞ」

「ちょ! クレア爺さん!! 何するつもりだよっ!」

「エムシンよ。 実際に経験すれば、納得もしよう。 何、ほんの少しだけだ。 影響を残す事はせん、安心しろ」

「いや。 でもさ『いいわ(ぜ)』ぁ……って本気マジかっ!」


 思わず突っ込みを入れた俺に対し、皆が揃って頷き返し同意した。

 それぞれがそれこそ真剣な表情をしており、決意は固い様に見える。 幾ら言い募っても聞き入れてはくれないだろうと言う雰囲気であり、言うべき言葉が出てこない。 何度か口を閉じたり開いたりした後、何とも言えない表情のままクレア爺さんを見やる。 するとクレア爺さんは、深い笑みを浮かべながら頷いていた。

 俺は諦めて、大きく息を吐きながら一つ頷く。 するとクレア爺さんは、もう一回忠告した後に、俺達を包んでいた術か何かの影響を緩める。 その直後、皆は変調をきたし始めた。

 慌てて介抱するが、手立てなど気術を使うしかない。 実際問題として、気術しかできないのだ。 取り敢えず体力が回復する治癒功ちゆこうと、体調の変調を癒す寛解功かんかいこうの術を使用した。 その頃には、クレア爺さんの守りも戻っていたので、皆の様子も普通と変わらなくなった。


「分かったか。 ほんの少しだけ、守りを緩めただけでもそれぐらいになるのだ。 ≪混沌の力≫を甘く見るではない」

『…………』


 流石に反論は出来ないのか、誰も何も言わなかった。

 これでは足手纏いにしかならないのが、明確に分かってしまったからである。 先程も述べた様に、危険と隣り合わせだからこそ、その辺りの判断は厳格なのだ。

 最も、内心では不甲斐ないとでも思っているのかもしれない。 事実、それを証明するかの様に奇妙な沈黙が辺りに流れている。 とは言え何時いつまでもこうしていると言う訳にも行かず、クレア爺さんに目線を向けて一つ頷くとクレア爺さんも頷き返してから一歩を踏み出す。 俺も続こうと一歩を踏み出したその時、ミリアから声を掛けられたので歩みを止めて振り向いた。 


「何だ? ミリア」

「あ、その……必ず帰ってくる……のよね」

「当たり前だ。 帰ってこなけりゃ、ブロルトとの決着は付けられない」

「そう……よね。 そうだよね。 帰って……くる……んだよね……………その、待って……るから」 

 

 喋っている内に彼女の中で何か期するものでもあったのか、涙を流し始める。 その為、言葉が途切れ途切れとなってしまっていた。 それでも言葉を紡いでいる彼女の姿に、何とも言えない感情が心のうちより沸き立ってくる。 俺は無意識のまま近づくと、華奢なイメージのあるエルフにしてはかなりスタイルがいいミリアを抱きしめていた。

 その瞬間、彼女の体が一瞬だけだが「ビクッ」と震える。 だが俺はそのまま抱きしめながら、ミリアの耳にささやく様に言葉を返した。


「必ず! 必ず、お前……ミリアと……そして皆のところに戻る!!」

「…………うん……待ってるよ」

「ああ。 待っててくれ」


 小さいながらも自身の気持ち全てを籠め、最後に力強く言ってからミリアを解放する。 そこで彼女の顔を見ると、宝石の様なあおい瞳から涙が流れているのが分かった。

 不謹慎かも知れないが、俺はその姿を見て純粋に美しいと思えてしまう。 同時に絶対に戻ると言う意志と共に、自身の気持ちに初めて気付く。 俺は彼女が、ミリアが好きなんだと言う自身の感情にだ。

 その認識した感情を何か嬉しく思いながら、握りこぶしから親指だけを一つ立てる。 そのまま片目を瞑りながら口元に小さく笑みを作ると、踵を返してクレア爺さんの分身体を追う。 すると気配で、ミリアが手を伸ばした様に感じられる。 だがもう振り向く事なくそのままクレア爺さんに追い付いた。


「隅に置けんな」

「からかわないでくれ」

「からかってなどいないわい。 ガライアが亡くなっている以上、わしがお前の保護者代わり。 せいぜい見届けねばな」


 ニヤリと人の悪そうな笑みを浮かべながらそうのたまうクレア爺さんを見て「それがからかってるんだよ」と内心で突っ込んでおく。 言葉にすると、更にからかわれそうだったからだ。


「それゆえ、お前も戻るのだ。 必ずだ、いいな」

「……ああ。 勿論、ミリアのところに……皆のところに戻る。 必ずだ!」


 つい先ほどまでの表情から一転してひどく真面目な表情を浮かべながらも忠告とも励ましともとれる言葉をくれたクレア爺さんに対して、俺も今持つ全ての想いを込めて言葉を返した。

 その後は喋る事なく、静かに森の中を進む。 「魔の森」とまで称されるこの森だが、流石に分身体とは言えエルダードラゴンロードがが同行しているこの状況で襲ってくる存在などいない。 遠巻きに気配を感じても、それだけでしかなかった。 だがそれも、森の中を進むうちに気にならなくなる。 いや正確には、気にする余裕がなくなったのだ。

 その理由は、徐々に強くなる≪混沌≫の気配によるものであり、一歩ずつ着実に強くなっていくその気配に自然と緊張感が増してくる。 そして隣を進むクレア爺さんからも、分身体でありながら緊張感の様な物が醸し出されていた。


「エムシン。 止まれ、此処ここだ」

「…………なるほど……ね」


 一見すれば、森のただ一角に過ぎない。 だが少し先には、かなり濃密とも言える≪混沌≫が揺蕩たゆたっているのが分かる。 その力をこうして目の当たりにすると、知らず知らずのうちに生唾を飲み込んでしまう。 これでも最盛期に比べれば力が減っていると言うか中和されていると言うのだから、如何に≪混沌の力≫が凄まじいのかが理解できた。

 

「さて、儂は少し離れる。 エムシンは、あの力と向き合い己が物とせよ。 周囲に関しては、儂がおるので気にするな」

「うん。 信じる。 頼むよ、クレア爺さん」


 そう言うと、≪混沌の力≫が揺蕩うその中心へと向かう。 己が身に着けた≪混沌≫を操る術をも使いながら歩みを進め、やがてその中心に立つ。 そこには≪混沌≫が奔流ほんりゅうとして溢れており、ともすれば意識が飛びそうになる。 俺は両頬を張って己自身に活を入れると、そこで座禅を組む。 そのまま同調する様に、そして受け入れる様に≪混沌≫の奔流に身を浸したのだった。


ついに、嘗ての死亡した場所に到着しました。

次回は……どうなるだろう。


ご一読いただき、ありがとうございました。


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