第四十話~魔の森~
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第四十話~魔の森~
移動の開始と言っても、わざわざてくてくと道を歩いて行く訳ではない。 始めはそのつもりだったのだが、そんな事をする必要などないのだそうだ。 ぶっちゃけ言ってしまうと、裏技があるらしい。 その裏技と言うのが、クレア爺さんが使用できると言う転移術だった。
そもそもの問題として、何ゆえにパーティーの面々が俺の家に居たのかと言う疑問がある。 彼らにはどこの出身だとまでは話したが、俺の家がある正確な場所までは話していないのである。 これは他のパーティーメンバーも同じで、誰がどこの出身なのかまでしか聞いていなかった。
それであるにも拘らず、こうして我が家に居るのか。 その理由が、転移術だったのだ。 と言っても、パーティの面子にそんな術が使える者など居ない事など承知済みである。 何せこの術はロストマジックと言われる類の物であり、今となっては使い手など先ず存在しないだろうと文献にも乗っていた。
そんな希少な術だが、少なくともこの場に一人だけ使える者が居る。 それが誰かと言えば、言うまでもなくクレア爺さんだった。
通常、使用できる術と言うのは種族によるところが大きい。 割合は兎も角として、エルフやドワーフならば精霊術と神術と気術となる。 そして人間だが、竜魔術を除いた神術と魔術と精霊術と気術となる。 この様に、種族によって使える術に偏りが出るのが普通だった。
例外はハーフ、いわゆる混血であり、彼らの場合は稀に混血種族両方の特性が出る事がある。 とは言え、その様な者は殆ど存在せず、通常はハーフとは言え偏りが出るのだ。
翻ってクレア爺さんに戻るのだが、そもそも彼はエルダードラゴンロードである。 その時点で、普通の括りなど無駄でしかない。 「混沌の落とし児」が言うなと言われそうだが、それはそれである。 気にしなければ、関係ないのだ。
それはそれとして、クレア爺さんからの話によると転移術を覚えたの理由は暇潰し……要は戯れに覚えたものであるらしい。 元々ドラゴンの様な竜族は、この術が使用できる種族的制約を受けないのだそうだ。 ただ、そもそも生物として図抜けた存在である竜であるから術を覚えると言った事はあまり行わない。 しかしクレア爺さんが例え暇潰しであったとしても、結果論だが今となっては数少ない転移術を覚え使用できる者となっている。 本来の使い手が殆ど存在せず、代わりにたわむれに覚えた者が使い手だと言う「実に皮肉が効いた状態である!」と言えた状況になっていたのだ。
「なるほど……だがそうなると、やっぱり分からん。 クレア爺さんは別にして、何で俺やお前達がこの家に居るんだ? あのダンジョンからだと、それなりに離れているだろうが」
「それも、クラレンスさんのお陰なの」
「え? クレア爺さんの? どういう事だ?」
「理由は、お前が付けていた腕輪なのだがな」
クレア爺さんの言葉に、ますます意味が分からなくなる。 眉を顰めつつ首を傾げると、一つ咳払いの後に説明をしてくれた。
先ず腕輪だが、以前に耐火の為の魔具を買った際に見つかり見せの店主で錬金術師と話し込んだアローナ曰く封印の基点、若しくは鍵と言う物らしい。 そしてその術を施したのが、何とクレア爺さんだった。 しかし、爺さんが一人で行ったものではない。 神術と魔術と精霊術、そして竜術の使い手であるクレア爺さんが合同で作り上げた腕輪なのだそうだ。
その目的は、俺が宿していた≪混沌≫の封印である。 本来の存在である「混沌の落とし児」の残滓でしかない力であったとしても≪混沌≫には違いがなくやはり影響は出てしまう。 それを抑える為に作成されたのが、俺が嵌めていた腕輪だった。
作成過程としては、クレア爺さんが中心となっている。 特殊な金属であるミスリルを加工して腕輪を造り上げると同時に、高ランクの術者三人に神術と魔術と精霊術を腕輪に埋め込む石に施させた。
神術はサファイアに、魔術はカルセドニーに。 そして精霊術はダイヤモンド、最期に竜術はルビー。 それぞれの宝石に術を籠めた後で、腕輪にはめ込み封印の腕輪は完成したのだそうだ。
しかしてその腕輪も、今は俺の腕にはない。 ≪混沌≫の力に目覚めた事で、負荷に耐え切れず壊れてしまったのだ。 俺がダンジョン最深部で、名は忘れたが敵であった男を倒した後で気絶する直前に視界の端で光った金属らしきものがそれとなる。 皆が回収していてくれたらしく、その腕輪を見せてもらったが完全に割れていた。 しかも、封印の為の術を司っていたと言う宝石もない。 クレア爺さんに言わせると、完全に消滅したのだそうだ。
何でそうなったのか理由を尋ねると、封印の術が目覚めた≪混沌≫の力に(こう)しきれなかったらしい。 その事実だけでも、如何に≪混沌≫の力に大きいのか想像できる事象であった。
まぁ、腕輪の話は一先ずおいて置くとして、今の問題は転移術である。 この術は名の通り転移を行う術なのだが、そこには条件がある。 それは術を使用する者が、一度以上行った事がある場所にしか転移はできないと言う物である。 つまり、見た事も行った事もない場所に転移するのは不可能なのだ。
但し、例外が存在する。 それは、例え訪れた事がなくても自身がとても理解している物品等があれば可能らしい。 しかしながら、人やエルフ、ドワーフなどには無理である。 そんなある意味でとてつもない事ができるのは、竜族の長クラスや神や魔神などと言う隔絶した力を持つ存在ぐらいである。 そして此度の事が、まさしくそれに当たった。
つまり封印の腕輪が壊れ、その事を察知したクレア爺さんがその壊れた腕輪を指標にして転移した。
そこで気絶している俺や、周りに居るミリアやウォルスらを見つける。 それから、改めて全員を連れて転移術を使用して俺の家に……と言う流れであった。
その後は、ミリアや僧侶であるディアナの看病を受けていた訳だが、幸いにしてそうは長く気絶していた訳ではない。 それでも数日は、昏々と眠っていたとの事だった。
「そうか……ならクレア爺さんや皆には礼を言わないとな。 ありがとう」
「気にするなって」
「そうね。 兄貴の言う通りだよエムシン」
「ま、そういう事じゃな」
ウォルスの言葉にアローナが相槌を打ち、クレア爺さんが追随する。 そしてミリアやディアナもまた、頷く事で同意の意思を表している。 その態度が何故か嬉しく、そして少し気恥しくもあった。
多少は顔が赤くなってるのかなと何処か冷静に考えつつも、俺は顔が少し火照っているのを感じている。 だがそれは一先ず横に置いておくとして、今は話を戻す事にした。
詰まるところ、移動には何ら問題がなく、大した時間を掛けずに魔の森へ向かえる。 魔の森と言うそれこそかなり離れた場所まで行く事を考えれば、ありがたい。 実際、どうやって移動しようかと考えていたのだ。 道自体は繋がっているが、魔の森がある半島へ行くにはどうやっても山岳地帯を越えねばならない。 中には急峻だと言われている場所も通行せねばならない事を考慮すれば、この時間短縮はありがたいものだった。
「クレア爺さん……いいのか?」
「良いも悪いも、そもそも使う気がなければ言い出さん」
「それは……そうだな。 じゃあ、クレア爺さん。 宜しく頼む」
「うむ。 そちらもいいな」
クレア爺さんが声を掛けると、仲間が頷いた。
しかしその表情は、様々である。 特にアローナからは、ワクワクしていると言った雰囲気がこれでもかとばかりに溢れ出している。 転移術がロストマジックである事を考えれば、それも不思議はないのかもしれない。 ただ、少なくとも俺には理解はできない。 これは、俺が魔術師でないからだろう。 ロストマジックが希少で貴重だという事は理解できても、それだけでしかない。 何せ術の内容を聞いても、使えれば便利だなぐらいにしか思えないのだ。
兎にも角にも、クレア爺さんの術によって家の外から大陸でも一二を争うとされる危険地帯、通称「魔の森」へと転移する事になる。 間もなくクレア爺さんの転移術が発動したと思えた瞬間、目の前の景色が歪んだ様に感じる。 事前に注意を受けていたので指示通り体を動かす事はなかったが、「もしそうでなかったら思わず動いてしまっただろうな」などとつらつらと思いつつ何時の間にか到着していた。
そこは森の中であったが、同時に目の前には大きな穴がある。 いわゆる洞窟だが、その大きさが半端ない。 ざっと見、穴の上部までが通常の男性三十人以上は優に並ぶだろうと推測できるぐらいはある。 横幅に関してはそれぐらいかそれ以上あり、実際に測ればもっとあると思われる。 そんな場所など、正直に言って生まれてから今まで一度の見た事などない。 それぐらい、大きい物であった。
「えっと……クレア爺さん。 此処は?」
「わしの家じゃな。 わしぐらい長く生きたドラゴンが、そのままの姿で入れるとなればこれぐらいの大きさが必要なのでな」
「そ、そうなんだ……」
何とも言えない表情のまま、クレア爺さんの言葉を聞いていた。
とは言え、例え目の前の洞窟の大きさがあったとしても正直言って実感が持てない。 そもそも、そんな大きさの物など見た事がないのだ。 ただ、記憶の中だけなら目の前の洞窟など比べ物にならないぐらい大きいものが存在する事など知っている。 しかし知っているだけだし、何より俺が……つまりエムシンがその目で見た事がないので感覚的に把握できないのだ。
「図書館とかで文献とか見た時に、ドラゴンの大きさなんかも記されていたけど……それ以上何だな」
「若造に比べれば、そうなるのう」
『わ、若造ですか……』
ドラゴンを若造扱いするクレア爺さんに、ミリア達の後頭部にでっかい汗がある様に見えた。
この辺りのセリフは、長い時を生きているエルダードラゴンだからこそなのだろう。 そして俺も今となっては「混沌の落とし児」の記憶があるので、長く生きるという事に対する認識は十分にある。 ≪混沌≫そのものと言える「あのお方」や、「あのお方が」生み出したとされる「万物の母」などは想像を絶するぐらいに存在しているのだ。
そんな存在からすれば、エルダードラゴンであるクレア爺さんであっても若造どころか赤ん坊と言ってもいい。 その様な存在を記憶だけとは言え知っているからこそ、俺はミリア達の様にならなかった。
一方でドラゴンの生態などは、殆ど分かっていない。 だからこの洞窟にも、驚いたと言うか呆れてしまったのだ。 何せこの洞窟、凡そ天然とは思えない。 その理由は、床にあった。 殆ど平らであり、洞窟にあるとされているつらら石の反対側、つまり地面から筍の様に生えている石の柱が殆ど存在していないのだ。
その様な場所など、先ずありえないらしい。 そして文献からもミリアからも、見聞きしたことがない。 だとすればこの洞窟は天然の物ではなく、誰かの手によって作られた物だと言えた。
「えっと。 この洞窟って、クレア爺さんが作ったのか?」
「いや。 元は天然の洞窟だな。 成長に従い手狭となったから、拡張したがな」
「ああ、それでなのね。 床が殆ど平らなのは」
「そういう事だな。 魔術師のお嬢ちゃん」
「お嬢ちゃんて……成人後にそんな言われ方するとは、思わなかったなぁ」
「ん? おお。 わしから見れば、子供の様な物でしかなくてのう」
「そりゃあ、まぁそうでしょうね」
「すまんのう。 さて、取り敢えずは入ってくれ」
そう言いながらクレア爺さんは、洞窟の中に入って行く。 此方も、慌てて追い掛けた。
クレア爺さんから遅れる事少し、暫く進むと唐突に視界が開ける。 と同時に目に映ったのは、とてつもない量の財宝だった。 金貨は恐ろしいぐらいに存在し照ばかりではなく、普通に生きていればまずお目に掛る事など無い白金貨もこれでもかと言うぐらいある。 他にも多分魔具だろうなと思われるもの多数存在していた。
その数は完全に想定外であり、そもそもこんな財宝があるなど考えてもいなかったので俺たちは度肝を抜かれていた。 もうただただすごいとしか言いようがなく、不意を突かれた事もあって間抜けにも口を開けてうず高く積まれた金貨や財宝を見上げていた。
だが、その驚きも次の瞬間に吹き飛ぶ。 そんな財宝など消し飛ぶくらいのある物が、存在していたからだ。 見事な鱗に、剣ぐらいはある爪。 更には、爪の大きさに納得してしまう堂々たる体躯。 そして雄々しくも気高い、何より一般人なら思わず平伏してしまうかの様な気配がこの空間には満ちていた。
ミリア達も幾度となく冒険を重ね、終いには元魔神の悪魔とも直接対峙している。 なので流石に、たじろいだとしても臆するする事はなかった。 そして俺はと言えば、「あのお方」や「万物の母」などの存在を知っている。 実体験ではないにしろ知っているので、ミリア達の様にその気配や存在自体に対してたじろぐなどという事はなかった。
「では、改めて。 ようこそ我が家へ、冒険者達よ」
いっそ厳かと言っていい雰囲気をも纏ったクレア爺さんが、その本体とも言えるエルダードラゴンの姿て現れたのであった。
作中に出ている宝石は、それぞれの術を象徴する宝石とお思い下さい。
ご一読いただき、ありがとうございます。




