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第三十八話~混沌の落とし児~


第三十八話~混沌の落とし児~



 夢なのか追憶なのか、それとも回想なのか。

 全てが正解の様でもあり、同時に違うとも思える何とも判別できない思いを抱きつつも俺は浮遊感を認識する。 その途端、目の前が光に溢れた。 そんな光の海の中、どんどん上昇していく自分。 そして時と共に、どんどんど光が強くなる。 やがて光に融けたかと思えた瞬間、瞼が持ち上がった。


「…………知ってる天井だ……」


 じっくりと見つめたまなこに写ったもの、それは以前に幾度となく見た天井である。 何という事はない、その天井は長年過ごした自身の部屋の天井なのだ。

 思わずじっと見つめてしまったのだが、程なくして何故に自分の部屋の見慣れた天井が目に写っているのかが分からなくなる。 既に旅に出てしまったのだから、そもそも見える筈がない。 それであるにも拘わらず見慣れた自分の部屋の天井が見える事を、訝しんだ。

 もしかしたら偶々とてもよく似ているだけかそれとも今までの旅が夢だったのかと思い、ゆっくりと起き上がる。 しかして、寝かされていたベットは慣れ親しんだものである。 続いて周囲を見回せば、そこはやはり見慣れた部屋だった。

 具体的に言えば、旅立った時と何ら変わらない状態である。 いや、厳密に言えば違う。 床にも机にも、誇りが積もっている。 つまり、暫く使われていなかった証であろう。 そしてその事が旅立った事も、そしてミリア達と出会った旅も夢でないかった事への証左であると思えた。

 しばらくボケッとしつつ部屋を眺めていたのだが、ふと部屋の窓が見える。 窓の鎧戸は開いているので、外の景色がよく見えた。 何とはなしにベットから降りてゆっくりと立ち上がると、窓のところまで行く。 そして外を見ると、そこにはうっそとした森が見えた。

 更に視界の隅には、見覚えのある石がある。 今は亡き爺ちゃんを埋葬した後、建てた墓だ。 ただ、以前と違うのは少し色褪せており、墓と森までの距離が僅かだけ近づいているかの様にも見える。 それだけみても、やはり時間は経っているんだなと実感できた。

 それから部屋へ視線を戻すと、床に積もった埃に足跡がかなり残っているのが見える。 自身の物もあるが、その他にも様々な大きさの足跡が確認できた。 そこから考えれば、部屋に残った足跡は複数のモノだと推察できる。 同時に足跡がはっきりと残っている以上、それがつい最近だと言う事に間違いはない筈だった。

 果たして俺は、その足跡群が誰らのモノなかを大体想像しながら部屋の扉を開く。 すると部屋の外は、よく言えばリビングとなる。 リビングの中央付近にはテーブルが据えられており、そのテーブルには椅子が四つある。 そしてそこは生前の爺ちゃんと二人、時には客の爺さんも交えて食事をとる場所でもあった。

 そんなテーブルには、ミリアとウォルスとアローナとディアナが座っている。 彼女達は、一様に俺を見た後で立ち上がると全員、足早に近寄ってきた。

 ウォルスは、笑みを浮かべながら背中を叩いてくる。 あまり加減はしてない様で少し痛いが、表情から無事を喜んでいてくれる事が分かり気にならない。 そしてアローナも兄ほどでもないが、やはり笑みを浮かべながら俺を叩いてくる。 ただ兄のウォルスとは違い、痛いとは思わない。 そして、ディアナも安堵の表情を浮かべながら、自身が仕える神に祈りを言葉をささげていた。

 そのうちに叩かれなくなると、一人静かだったミリアが俺の目の前に立つ。 俯き加減だったが、やがて顔を上げる。 その顔は、泣き笑いの表情を浮かべていた。


「……漸く、起きた様ね。 このお寝坊さん。 それで、体調はどうかしら?」

「あー。 まぁ少し怠いが、それくらいだな」

「そうでしょうね。 数日も寝てれば、致し方ないわ」


 そんなに寝てたのかと、思わず驚く。 するとその時、ミリアはすっと両手を伸ばしてきた。 驚いていた事もあって、とっさに反応できないでいると彼女はそのまま俺の首の後ろに回す。 つまり、正面から抱き締められてしまった。

 これは完全に予想外であり、どうしていいか分からない。 抱き返した方がいいのか、それとも離れた方がいいのか判断できずおろおろしてしまう。 それを証明する様に両手を所在なさげに動かしていたのだが、やがて小さく嗚咽が聞こえてくる。 それは、ミリアが漏らしたものであった。

 それを間近で感じた俺は、先程までのおろおろした感じがなくなる。 そして自然とそうした方がいいと感じ、所在なさげにしていた両腕をミリアの背に回して抱き締め返していた。


「……ごめん、ミリア。 心配掛けた」

「本当よ…………バカ……」



 どれだけそうしていただろう。

 一瞬か、それとも永遠か。 時間の感覚などなかったのだが、急に咳払いが聞こえてくる。 そこで我に返った俺とミリアは、お互いにまじまじと視線を合わせる。 次の瞬間、まるで申し合わせたかの様に腕を解いて少し距離を取っていた。

 そして離れてみると、自分の顔が赤くなっているのを自覚する。 思わずチラリと横目で見ると、どうやらミリアも同じらしい。 俯いているので顔色は分からないのだが、エルフ特有の長い耳が薄っすらと紅潮しているのだ。

 そんなミリアの様子から、恥ずかしがってはいても嫌悪をされていないと感じられ、安心する。 そして、何で安心したのかと内心で不思議に思ったその時、声を掛けられてそちらを見てみる。 するとそこに居たのは、壁沿いにおいてある予備の椅子に腰を下ろしている一人の年寄だった。


「久しいな、エムシン」

「クレア爺さん!! 何で此処に!!」


 その姿に、そして驚きを隠せなかった。

 其処に居たクレア爺さんは、パーティーを組んでいるミリア達を除けば、親しいと言えるたった一人の存在だったからだ。 

 そのクレアは愛称であり、正式にはクラレンスと言う。 爺ちゃんの知り合いらしく、俺が幼い頃から何度となく家を訪問しては爺ちゃんと酒を酌み交わしたりしていた。

 そしてクレア爺さんは、ある意味でもう一人の師匠と言うべき存在でもある。 と言っても、爺ちゃんの様に師だった訳じゃない。 しかしクレア爺さんの戦闘スタイルは何でもござれと言った感じであり、剣だろうが槍だろうが使いこなしているのだ。 その様な腕を持っているからこそ、クレア爺さんの指導は武器を持った敵と相対する場合を想定した実地によるものだった。

 ただクレア爺さんは、徒手空拳では相手をしてくれなかった。 今考えてみれば、その辺りは爺ちゃんに配慮していたのかもしれない。 なんであれ、手取り足取りと言った訳ではないが、クレア爺さんは間違いなく戦い方を教えてくれた人物なのだ。


「用件は一つ……いや二つか。 一つは、ガライアよ。 まさか、あ奴が天に召されていたとはな」

「あ、うん。 ごめん、クレア爺さん。 連絡はしたかったけど、方法がなかった」

「それは仕方がない。 それに、墓はもう参った」

「うん。 きっと爺ちゃんも喜んでくれると思う。 それで、もう一つとは何?」

「それよ。 そなたが身に付けていた、腕輪だ。 と言っても、もう腕にはないがな」

「え?」


 クレア爺さんに指摘されて、初めて気付く。 慌てて見てみれば、確かに腕輪がなかった。

 だが、どこで落としたのかが皆目見当がつかない。 慌てて周囲を見回したのだが、クレア爺さんに「テーブルの上を見てみろ」と指摘されてしまった。

 急いで視線をテーブルに巡らすと、そこには黒い何かが置いてある。 不思議に思いつつ近づけば、それは俺が嵌めていた腕輪……の様な物だった。 何せ腕は自体が黒く焦げた様になっており、かつ二つに割れている。 そっと手に持って割れた個所を合わせてみれば、確かにそれは腕輪に間違いなかった。

 だが、何で二つに割れている上に黒くなっているのか分からない。 そう思いながらしげしげとみると、黒くなっているのは焦げたからの様だった。


「うーん。 もしかして、あのローブの男の攻撃が当たったのか?」

「違うぞ。 その腕輪はな、エムシン。 そなたの力が抑えきれずに割れ、そして焦げたのだ」


 その言葉に、目を瞬かせた。

 始め、クレア爺さんの言葉が理解できなかった。 だが言葉が持つ意味を考えると、尚更に混乱する。 クレア爺さんは、腕輪が俺の力に耐えられなかったので割れたのだと言う。 しかし、何でこの腕輪が俺の力を押さえているのかがそもそも不思議だった。

 するとその時、俺の脳裏に一つの事柄がよぎる。 それはダンジョン探索時、溶岩が溢れる階層を突破する際に熱に魔具を求めた店で店長に言われた言葉だ。 確かその時に店長は、腕輪に封印の術が掛かっていると言っていた。

 その時は何で封印の術などが腕輪に掛かっているのか皆目見当がつかなかったので放置したのだが、今になってみると理由が分かる様な気がする。 おそらく眠っていたのだろうその時に垣間見たあの出来事を考えれば、封印が施されたとしても不思議ではないかも知れない。

 そしてそれは、真実だった。

 黙って割れた腕輪をじっと見ていた俺を見てどう感じたのか知らないが、クレア爺さんがぽつぽつと口を開いたからである。 その言葉によれば、どうやら腕輪に術を施したのは爺さんらしい。 正確に言えば、爺さん達らしいのだが。

 何であれクレア爺さんが集めた三人と共に、腕輪に封印の術を施したのだそうだ。 その対象は、もちろん持ち主である俺である。 そしてその理由も、やはり想像した通りだった。

 クレア爺さん曰く、俺の中には≪混沌の力≫がある。 その異端と言える力を封じる為、腕輪に封印の術を施したとの事だった。

 すると、皆が一様に首を傾げている。 もし、先程まで見ていた判別できない何かがなければ俺も同じ反応をしただろう。 しかし、見てしまったが為に首を傾げる様な事とはならなかった。

 そもそも≪混沌≫とは、全てを内包している力である。 生と死、善と悪、正と邪、光と闇、火と水と地と風、正と負などと言ったありとあらゆるモノ。 それこそ矛盾すらも内包して存在しているナニか、それが≪混沌≫である。 全てのモノは混沌より生じ、そして何れは≪混沌≫へと帰す。 有体に言えばそれこそが世界に存在しうる唯一絶対無二の流れ、若しくは法則だと言えた。

 だからこそ俺は、ローブの男が炎の剣から放った炎を完全に消滅させる事が出来たと言う訳である。 炎の剣より放たれた炎、その炎の法則を相殺ではなく消滅させる事で、炎が存在すると言う事実をなきものとしたのだ。

 とは言え、問題もある。 所詮、俺は「混沌の落とし児」の残滓に過ぎない。 つまるところ、エムシンと言う名を持つ人間の赤子に偶々宿ったに過ぎない存在なのだ。

 それこそ人や亜人、また魔物などならばまだしも神や魔神、邪神や悪魔に通用するかと言われれば首を傾げざるを得ないだろう。

 最も、今の状態では全く通用しないのか言われればそうではない。 ある程度は通用するので、下位の神や魔神相手ならば可能だと思う。 しかし隠れた言われている創世神や、その後に神と魔神を率いたされる神王と魔神王。 その神王と魔神王の二柱が生み出したと言われる上級神や上級魔神を相手にした場合、通用する保証はない。  はっきりと言ってしまえば、上級神や上級魔神と相対するには≪混沌の力≫そのものが足りないのだ。

 そして悪魔ブロルトだが、元は上級魔神らしい。 本当かどうかは分からないが、図書館で調べた文献やディアナの話によれば間違いがないとの事だった。 


「……なぁ、クレア爺さん。 一つ、教えて欲しい」

「何だ」

「この地上で、唯一≪混沌の力≫が溢れる森の場所をだ」

『なっ!』

 

 俺の言葉に、全員が驚きの声を上げた。

 特にクレア爺さんの驚きは、相当なものである。 何ゆえに、その事を知っているのかと言う態度がありありと見えるぐらいなのだから推して知るべしと言えた。 だが、今の俺にとっては当たり前の情報である。 この地上で唯一、≪混沌の力≫が溢れる森とは、嘗て一度死んだ場所だからだ。

 偶々その場にいた生物に宿り、その直後に殺されると言う稀有な経験をしたばかりか、更には生存本能から≪混沌の力≫を暴走させた。 一体全体、どれだけの奇跡的な確率が続けばそうなるのか。 それこそ思わず調べたくなる様な森なのである。

 しかも、そればかりではない。 その森に漂う≪混沌の力≫は、今とは違うとは言え元々俺自身が持っていた力なのだ。 ならば、取り込む事も可能な筈である。 そして力を取り込めれば、悪魔ブロルトにも対抗できるだろう力を得られるのは間違いないのだ。

 何せ今現在で通用しないのは、俺自身が内包する≪混沌の力≫の総量が悪魔ブロルトに比べて絶対的に少ないからなのだ。


「その場所を答える前にエムシン、此方の問いに答えよ。 何故に、そなたがそこの場所について知っている? もしかして、ガライアに聞いたのか?」


 クレア爺さんに対して、首を振って否定した。

 爺ちゃんは、ただの一度もそんな事を言った事もない。 だが、多分回想なのだろう嘗ての知識を取り戻した事で知ったに過ぎないのだ。


「いや。 爺ちゃんは何も言っていない。 だけど、今の俺・・・なら分かるんだよクレア爺さ……いやエルダードラゴンロード クラレンス」 

『…………はぁ!!! え、えるだぁどらごんろぅどぉ!!」


 俺の言ったクレア爺さんへの言葉に、ミリアとアローナとウォレスが異口同音に驚きの声を上げたのだった。


ご一読いただき、ありがとうございました。

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