第三十七話～決着と過去～
第三十七話～決着と過去～
ローブの男のにじられたガーディアンは、忠実に従いブロード・ソードを振り下ろした。
その剣速はかなりのものであったが、避けられない程でもない。 ガーディアンとの軸線上から外側に踏み出す形でその攻撃を避けると、足元で何かしらのか音がした。
どうやら、つま先で何かを蹴ったらしい。 だが、敢えて無視をしてそのまま避ける。 すると、俺と言う目標をなくした事で、むなしくブロード・ソードが床を叩く。 その剣の腹を狙って、拳を叩きつけた。
するとそこから、「ボッ」と言う音と共に剣が折れる。 いや、殴ったところが消えたのが正確な表現なのだろう。 しかしながら俺には当然の事と映り、そのまま踏み込んだ足を軸にして回転すると、バックブロー気味にガーディアンの頭を殴り付ける。 拳が当たった瞬間、先ほどと同じく「ボッ」と言う音と共に殴った頭はなくなっていた。
最もガーディアンのコアではなかったらしく、動きそのものは止まらない。 そのまま横薙ぎに、剣半ばまでとなったブロード・ソードが振るわれた。 しかし、そこで大きくジャンプして剣を躱すと、そのまま足を振り上げてから振り下ろす。 丁度踵落としの様に振るわれた足は嘗て頭があった場所に当たると、そのまままるで途中に何もないかの様に真っすぐ股間まで振り抜かれた。
俺の蹴りを喰らい、重騎士然とした姿のガーディアンが真っ二つに分かれ床に倒れ伏す。 ローブの男を意識の隅に捕らえつつも残身をしていたが、真っ二つになったガーディアンは最早ピクリとも動かない。 恐らくガーディアンのコアとやらを破壊したのだろうと判断し、改めてローブの男に対して身構えた。
しかしながら、警戒は杞憂であった様である。 何と男は、呆けた様に倒れているガーディアンを見ているだけだったからだ。
好機と判断した俺は、一気に踏み込むと殴り付けた。
すると、男に張り巡らされている障壁の様な物が一瞬赤く輝く。 そこで漸く気付いたローブの男だったが、その顔からは呆けた様な表情は消え、代わりにやや引きつっていたが嘲笑が浮かんでいた。
「ふ、ふははっ！ 無駄よ。 この障壁は破れぬ」
「それは、やって見ねばわからん」
「ふ。 出来ぬ事は出来ぬと理解する頭もないのか。 つくづく愚か……何っ！？」
余裕をかましていたローブの男から、再び驚愕の声が出る。 それはそうだろう。 俺が続けて殴る度に抵抗するかの如く輝いていた障壁が、パリンと言う音と共に破壊されたからだ。 此方の攻撃を阻んでいた障壁が壊れた確かな感触を拳に感じつつそのまま男を殴ろうとしたが、そうは問屋がおろしてくれなかった。
何とローブの男が、半ば反射的に手にしていた炎の剣「ヴァルン」の腹で拳を受け止めていたからである。 流石は炎の悪魔であるブロルトが渡した剣、ガーディアンを破壊した様に壊れる事はなかった。
「チッ！ こなくそっ！」
「どああぁぁ」
俺は勢いを殺さずに、そのまま拳を振りぬき剣ごと吹き飛ばす。 俺の手で強引に床と平行に飛ばされた男は、壁目掛けて飛んでいく。 しかし寸でのところで障壁を展開したらしく、壁に直撃とはならなかった。
間もなく、ローブの男は頭を振るいながら立ち上がる。 それから俺を指さしたかと思うと、喚く様に誰何してきた。
「な、何をした！ どうして、あの方の障壁を破ることが出来た。 答えろっ！」
「お前に答えてやる謂れはないな」
そう言いつつも、本音で言えば答えられないが。
何故か可能だと、思えてしまったのだ。 だが、その様な事を言う必要はないので、先ほどの様な挑発じみた返答をしたのだ。
そしてその言葉は、功を奏したらしい。 怒りを露わにした表情を浮かべつつ、ローブの男はわめきちらしたのだった。
「何だとっ！ 私はっ、あの方に選ばれた存在ぞ。 その私に対して、何だその不遜は態度はっ！！」
「ただの操り人形が、何をほざく。 寝言は寝てから言え」
「おのれっ！ これでも喰らうがいいっ！！」
男が構えた炎の剣より、青白い色をした炎の塊が飛び出す。 しかし俺は素早く動き、多少大袈裟にその塊を避ける。 下手にぎりぎりで避けると、火傷しかねないからだ。 すると炎の塊はダンジョンの壁に当たり、着弾地点を溶かしながら消えて行く。 一度は見た情景だが、あの炎はどれだけ高温なのかと思ってしまう。 とは言え、当たらなければ問題ない。 俺は、ローブの男が連続的に発射する炎の塊を避け続けていた。
しかし反撃しなければ、何れは追い詰められかねない。 俺とて。無傷と言う訳ではないのだ。 そこで何とか避けつつも徐々に近づいていたのだが、およそ三分の二まで近づいた頃にローブの男に虚を突かれてしまう。 何と炎の塊を、連続で発射して来たのだ。
その様な事とは露知らず先程までと同じ様に炎の塊を俺は避けたのだが、そこには後を追う様にたて続けに発射された炎の塊が向かってきている。 もはや避けるだけの時間はないと判断すると、そのまま踏み込むと炎の塊に対して拳を突き出した。
まさか直撃を避ける為に殴り付けるなどとは思っていなかった様で、ローブの男は驚いた表情を一瞬浮かべる。 しかし、直後には愉悦と言っていい顔になっていた。 恐らく物理的な力で殴ったところで意味がないと思っての事だろうが、俺にとっては正しいと何故か判断している。 しかもその解に対して、疑問を全く感じていなかった。
やがて口角を上げながら突き出した俺の拳と、炎の剣から解き放たれた炎の塊と突き出した拳が触れるが、当たる端から炎の形が変わっていく。 丁度、拳に触れる寸前に俺の体を避けるかの如くにだ。 その情景を見て、ローブの男の顔が愉悦の表情のままに固まる。 そして直後には、恐れの表情を浮かべていた。
程なくして完全に炎の塊を全て打ち払ったのだが、視界の先には表情と体を硬直させた男が佇んでいる。 そんな男に対して、ニヤリと笑い掛けながら振り払うかの様に腕を振るう。 そんな俺の腕の動きに従い、この空間に残滓の様に残っていた小さな炎が消えて行った。
「な、何だ！ 何が起きた！！ どうして炎が消えたのだ！」
「……まさか、相殺？ 炎を相殺したの！？」
疑問をだれともなしに問いかけているローブの男に応えるかのごとく、アローナの声が聞こえた。
どうやら、魔術の直撃を受けて飛ばしていた意識を取り戻したらしい。 俺が少しだけアローナに視線を向けると、何とか膝立ちでも己が体を支えつつ顔を向けている彼女の姿が見えた。
その近くには、ディアナに肩を貸しているウォルスの姿も見える。 そのディアナだが、己が負った傷など全く無視して魔術の一撃を喰らったアローナに回復の神術を掛け続けていた。
アローナが喋れるまでに回復したのは、正にディアナのお陰であるう。 何であれ三人の無事を確認できた事に安堵すると、視線をローブの男に戻す。 しかしながら男は、俺達の事など見ずにアローナを見ながら喚き散らていた。
「……今、相殺とそう言ったのか……ば、馬鹿な！！ あり得ん！ そんな荒唐無稽な話は、あり得ん！！ 否、あり得てはいかんのだ！！！」
まるで混乱の極みにでも達したかの様に「あり得ん」と連呼していたが、最後に炎の剣を振りかざす。 その表情は常軌を逸しており、狂っているとも取れた。
「……そうだ。 その様な事実など、あってはならない。 あのお方の剣から生み出された炎を相殺したなど……あってはいかんのだー！！」
まるで思いの丈を込めたかの様な絶叫と共に、ローブの男は炎の剣を突き上げていた。
何かと思った瞬間、炎の剣から幾つもの炎の塊が生れる。 その場で僅かな時間たゆたったかと思うと、一斉に俺へと襲い掛かって来た。 しかもそれらは割と広がっているので、少し不意を突かれた形となったいる此方は避けられそうにない。 ならばと身構えると、迎撃するべく乱散拳を放っていた。
弾幕の様に張った拳による乱撃で、片っ端から炎を相殺させていく。 完全に手数で押した状態であり、例え一撃では完全に相殺できなくても、第二第三の拳で完全に消していく状況にある。 やがて全ての炎を消すと、間髪入れずにローブの男へと肉薄した。
しかしながら、男は反応しない。 今の一撃に全てを込めていたからなのか、それとも全て迎撃された事に驚いての事なのだがは判別できない。 しかし、チャンスには違いないのだ。
俺は右手を引きつつ手を手刀の形に構えると、五指に”何か”を込める。 本来ならば気を込めるのだが、今は体の奥底より湧き上がる力の方が扱いやすい。 そして一瞬の間の後、そのまま腕を突き出していた。
手刀に形作られた俺の手は、ローブの男の左胸を狙い違わずに貫いていく。 普通ならば血が噴き出すところだが、その気配はなかった。 しかも俺の腕からは、人の体を貫いているにも拘らず抵抗らしい抵抗が感じられない。 だがそれすらも、違和感なく当然と認識していたた。
何はともあれすんなりとローブの男の体を穿ちながら進む俺の手刀は、途中にあった筈のローブの男の心臓すらも貫いていく。 そのまま男の背面まで腕を貫き通すと、視線の定まっていなかった目を自分の胸に落とした。
しかしそこは、当然ながら俺の腕が貫いている。 信じられないと言った顔をしながら俺の顔を見てから、そのままゆっくりと視線を背中に回していた。
「……あ……腕が……見える？」
先程までの威勢はどこに行ったのか、そう呟くローブの男の姿と声は酷く弱弱しい。
その態度にいささか拍子抜けとなったが、俺には関係がない。 むしろつまらない因縁となってしまっていたこの男との縁を此処で断ち切れた事に、内心でいささかながらも喜びを覚えていた。
その後、自分の腕をゆっくりと引き抜く。 見れば男の胸に、丁度俺の腕の大きさと同じ穴が作られていた。 血が出ていないので凄惨さはないが、異常な状態に間違いなかい。 しかも血などが出ていないので、多分腕が貫いた胸の傷を覗けば向こうが見えるだろう事が想像できるぐらい見事な傷口だった。
とは言え、間違いなく致命傷である。 己が傷がどれだけの物かを理解した途端、男の顔から血の気が引く。 次の瞬間、白目を剥くともたれ掛かって来た。 うっとおしいとばかりに振り解くと、音を立ててローブの男の体が倒れる。 それから手にしていた炎の剣は、倒れた勢いからか男の手から離れ床に転がっていた。
「……と。 ミリアはっ！？」
慌てて視線を巡らすと、相変わらず床に倒れ伏している。 だがすぐそばにはディアナが近づいており、神術を掛けているのが見えて安心した。
するとその途端、張り詰めていた気が音を立てて切れたのか信じられないくらい凄まじいまでの疲労感が襲ってくる。 それはとても抗える様なものではなく、一気に意識が闇に沈み込む様な感じであった。 それでも何とか意識を保とうとしたが、とても自分の事ながら思い通りとはならない。 襲い来る疲労感に逆らえないまま、瞼が下りて来るのを感じる。 やがて目が閉じる寸前にきらりと光る金属の様な物を視界に収めたのが、限界であった。
上とも下とも分からない、不思議な場所を浮遊している。 四肢に力を入れるが、ピクリとも動かなかった。 これでは、動きようが無い。 しかもこの場所自体が、凄く心地いい。 その気持ちの良さに誘われるまま目をつむろうとしたが、突然目の前が光に溢れた。
その明るさに思わず目を閉じたが、やがて瞼越しに感じる光も弱くなる。 ゆっくりと目を開くと、目の前には不可思議な光景が現れた。 しかしその景色を見た瞬間、これが夢だと何故か認識する。 確か明……何とかと言うのだったかなどと考えながらも、俺はその情景を眺めていた。
と言っても、見る努力をする必要などない。 視界一杯に、様々な姿をした何かが手にした楽器を吹き鳴らしつつ踊り狂っているからだ。 普通なら不快と感じるその異形な姿を目にしつつ、何故か嫌悪感を感じていない。 そしてその様な踊り子たちの中央には、玉座の様な物に収まりながらも不定形で、凄まじいまでの存在感を醸しつつも何処か儚げと言う的確な表現が出来ない存在がそこにたゆたっていた。
この景色、何処かで覚えがあるななどと思っていた矢先、突然弾かれたかの様に距離が離れて行く。 あっという間に見えなくなり、そのまま何もない虚空をおのれの意思とは無関係に突き進んでいた。 否、何もない訳ではない。 様々な星があるのは分かるが、凄まじい速度で近づきそして離れて行くので確りとは認識できていないだけだった。
どれぐらい進んだだろう、やがてオレは一つの星に到着する。 殆ど勢いを殺さずに地面寸前にまで近づくが、地面に到達はしなかった。 そこには丁度、生物が居たからだ。
まるで吸い込まれる様に入り込んだのだが、どうしてだか思う様に動かせない。 己が持つ力も殆ど行使できず、どうしようもなかった。 それでも諦めずに動こうともがいていると、直ぐ近くで木の葉がこすれる様な音がする。 偶々視線の先だったのでそちらを見れば、今のオレより遥かに体つきの大きい生き物が居た。
その目を見た瞬間、怖気が全身を駆け巡る。 それは生物的な意味での本能が危機を報せたモノであり、何とかしようとするがやはり体は思った通りに動いてはくれない。 あっという間に組み伏せられたかと思うと、目の前あったのは大きく開かれた口と牙だ。
喰われると半ば反射的に思い、殆ど力が使えないこの状況でも必死にもがく。 しかし現実は厳しく、牙が突き立てられていた。 その瞬間、宿った肉体の本能が暴走する。 殆ど制御できていなかった力を、生存本能のままに開放したのだ。
これにより襲った生き物は無論の事、己自身の肉体も意図せず滅ぼしてしまう。 しかしそれでも暴走した力は収まらず、辺り一帯に水が浸み込むように浸潤していく。 その為か、辺りの生態系は完全に狂ってしまう。 もはや、常識など通用しない土地となってしまったようだった。
それからどれぐらい、経ったのだろう。 半ば希薄な意識体の様になってしまっていたオレは、意識も途切れがちとなっているらしい。 そんな中、何かに引かれる様にオレの意識体は流れて行く。 森との境辺りをさ迷うと、森のすぐ近くでおくるみに包まれた赤ん坊の姿が見える。 しかし意識体の上、その意識も途切れがちな状態では何もできはしなかった。
しかしそこで、思いもよらない事態となる。 己が意志とは無関係に、赤ん坊へと吸い寄せられたのだ。 そして理解が追いつかないまま、赤ん坊へ取り込まれ再びこの地に生を受けたのだ。
【そうか。 俺は「 」の残滓だったのか】
しかも赤ん坊に赤ん坊取り込まれ新たな生を得た代償からか、その直前までの記憶を忘れてしまっていたのだ。 その為、あの力は兎も角として殆ど無垢な赤子と変わらない状態になってしまった。
それから間もなく、他の生物に襲われる前に運よく爺ちゃんに拾われたのである。 その後は爺ちゃんの子か孫として、そして弟子として厳しくも優しく文字通りのサバイバルを駆使しつつ育てられたのだ。
やがて爺ちゃんが亡くなったのを機に、森を出る決断をして離れる。 それからミリアと会い、彼女を助け現在へと至ったと言うのであった。
エムシンが見ている夢は、明晰夢です。
ご一読いただき、ありがとうございました。
