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第三十六話~危機、そして……~

細々と続きです。


第三十六話~危機、そして……~



 ローブの男が持つ剣に触れれば、例えそれが剣戟でなくても間違いなくダメージが残ってしまう。 しかも何か余計な力も籠っているらしく、例え回復の為の術を使っても完治は出来ない。 となれば、残る手立てとしては確実に避けるしかなかった。

 幸いな事に、ローブの男の攻撃は物凄く早いと言う訳ではない。 少なくとも、避けるだけならばたいした問題でもない。 だがそれにしても厄介なのが、悪魔ブロルトが与えたと言った力と言うか能力だ。

 通常の攻撃は先ず無効化する障壁らしきものや、その結界を超えるだけの武術を使っても直ぐに回復してしまう治癒力ともいうべき能力。 しかもパーティーは分断状態なので、一人で対応しないといけなかった。

 更に厄介なのは、このダンジョンのラストガーディアンではないかと思われる存在が異常に強いと感じられる。 それを証明するかの様に、俺以外のメンバーで当たっているにも拘らず五分か若しくはいささか劣勢の様な雰囲気なのだ。

 そうなると、どうしてもそちらが気になってしまう。 集中すれば完全回避も可能な攻撃も、気もそぞろとなった分だけ遅れてしまう。 全部が全部、攻撃を喰らった訳ではない。 しかしながら、攻撃を喰らえば喰らった分だけダメージが蓄積されて行くのは仕方がなかった。

 しかも負った怪我が、完治する訳ではない。 塵も積もれば何とやらとかいう諺があるらしいが、今が正にその状況だった。 その上、その状況は他のメンバーも同じである。 ミリア達が相手にしているのは、スピードと術を使わない一撃ならば俺と対峙ているローブの男より上なのだ。

 はっきり言うと、純粋な戦闘力ならばガーディアンン方が上だろう。 そんな相手が、何で格下のローブの男に従っているのか分からないが、今考えても仕方がない。 重要なのは、如何にこの場を切り抜けるかでしかないからだ。

 この状況では、寧ろ一塊の方がいいかもしれない。 味方同士である程度の距離を取りつつ戦えば、一介の攻撃でまとめてダメージを喰らう事も無いだろう。 本当のことを言えば仕切り直しとして、撤退したいところだ。 だが、あの悪魔ブロルトが居る以上は、それも無理だろう事は想像に難くない。 最も、例え悪魔ブロルトが居なくとも逃げられたかは不明だ。

 何と言っても、ガーディアンの動きが早いのである。 俺だけならば何とかなるかと思えるが、パーティ全員となればそう言う訳には行かない。 装備の重量や本人の身体能力などの関係もあって、戦士のウォルスや魔術師のアローナなどは逃げきれそうにないのだ。

 俺はどうやってこの危機から脱しようかと考えていた訳だが、その時場違いなほどの雰囲気を持った声が聞こえる。 声の持ち主は悪魔ブロルドであり、その表情は、退屈だと言わんばかりであった。


【ふぁ……何ともつまらん展開となって来たな。 もう少し面白いかと思えたが、所詮こんなものか。 僕、後は任せる。 好きにするがいい】

「はっ」


 如何にも飽きましたと言わんばかりの表情をしつつ、ローブの男に命じる。 慌てて返事をした男を一顧だにせず悪魔ブロルトは、視線を俺たちに向けた。


【せいぜい頑張る事だ。 勝てれば、生き残れるぞ。 勝てればな。 ハハハハハ】


 心底馬鹿にする様な笑い声をあげつつ、悪魔ブロルドの姿が消える。 同時に気配も消え、探るでもなく感じていたプレッシャーも雲散霧消した。

 今感じるのは、ローブの男と男が持つ炎の剣ヴァルンから発せられる波動と言うか力と言うかそれだけである。 所詮は作り物でしかないガーディアンは、如何な戦闘力を持とうとも器物でしかない。 それから何かを感じる、と言う事はなかった。

 しかしながら、強い事には変わりはない。 悪魔ブロルトが消えた事で生き残る確率は格段に上がったが、それは最悪から劣勢になっただけである。 此方が不利であると言う状況に、変わりがある訳ではなかった。


「くそがっ! やってやんよ!! いくぜっ!」


 こうして、第二幕が始まった。

 だが劣勢である、と言う事に変わりがある訳ではない。 何とか合流こそ果たしたが、基本疲れを知らないゴーレムである。 中々倒せなかった。 正確に言えば、倒せない訳ではない。 しかしローブの男がフォローするので、決めきれないのだ。

 そしてその男も、新たな力を得たからか疲れを見せない。 いや、疲れているのかもしれないが、此方の疲労度より遥かに軽いのかそうは見えないのだ。

 そんな状況の中、ローブの男の表情が変わる。 苦しくなったとかならば良かったのだが、そうではない。 何とも楽しげな表情となったのである。 しかも抑えきれなかったのか、声に出してまで笑い始めたのであった。


「ふふふふ……はははは。 実に愉快だ」

「何がだ」

「今の状況が、だ。 前の時は、私が散々に負かされた。 しかし今はどうだ、逆ではないか。 これが愉快でなくて何だと言うのだ」

「くっ」


 心底楽し気に言うローブの男に対して、有効な反論が出来ない。 事実、追い込まれているのだから仕方がなかった。 撤退しようとすれば牽制され、そこにガーディアンが来るので立ち止まらざるを得ない。 そこで動きを阻害すれば、やはり炎の剣から生み出される炎や、自身が唱える術で邪魔をされてしまうのだ。

 その隙にガーディアンが、だれかれ構わず攻撃対象とする。 そこで味方を守って……の繰り返しで有効な反撃が出来ない。 隙を作ることが出来なければ逃げる事は叶わず、やはり踏みとどまるしかなかった。 このままでは、間違いなくじり貧である。 怪我は直せても完治はせず、しかも怪我した際に流れ出た血が直ぐに補充される訳ではない。 これでは、どう考えても味方の方がダメージも疲労も大きいのだ。 


「きゃあ!」

「がああぁっ!」

「きゃん!!」


 その時、恐れていた事態となる。 僅かな隙が生まれてしまったのかウォルスとディアナがほぼ同時にダメージを受けたのだ。 ディアナはガーディアンの、ウォルスは炎の剣より生じた炎によってある。 しかもそれは、更なる隙を生み出してしまった。

 俺はウォルスと同様に炎の剣より生み出された炎によってその身を焼かれ、そしてもう一人ミリアがガーディアンの剣を自身の武器を犠牲にして避けた直後にショルダータックルを喰らい吹き飛ばされたのだ。

 そこに、更なる攻撃が行われる。 一気に崩された事で茫然自失となったアローナに対して、ローブの男が術を使ったのである。 詠唱に気付き意識を取り戻した彼女であったが、そこまでが限界である。 アローナは術を真面に喰らい、ダンジョンの壁にまで吹き飛ばされてしまった。 

 その間にも俺達は何とか体を起こそうとしたが、焦る気持ちとは裏腹に上手くいかない。 炎の剣の力もガーディアンの実力も相当なものであった事もあり、立ち上がるのが精一杯だったのだ。

 しかも、全員が動けた訳ではない。 ガーディアンからダックルを喰らったミリアは床に倒れ込んだ際に何処かを打ったらしく、そのままである。 そして壁に吹き飛ばされたアローナはと言うと、意識はあるがかろうじて体が動くだけであるらしい。 どうにも衝撃が大きかったらしく、足腰に力が全く入らないようだ。

 だがそれは、俺達とて同じである。 立ち上がりこそしたが、思いの外ダメージが大きい。 何とかディアナが回復の神術を行使したが、相手の力の特性もあってか完治していない。 これでは、敵の攻撃に対応するのに難しかった。


「やれ! ガーディアンよ! 但し、殺すな」


 ローブの男に頷いたガーディアンが、突撃を掛けて来る。 ダメージが抜けていないところにきた攻撃であり、やはり対応は出来なかった。 俺、ウォルス、ディアナの順に吹き飛ばされ、全員が壁にしこたま打ち付けられてしまったのだ。

 それでも立ち上がろうとしたが、膝立の態勢を取るのが精一杯でしかない。 あと少し時間があればどうにか動ける様になるかもしれないが、そこまで敵が待ってくれるとは思えなかった。 しかも見れば、ディアナはピクリとも動けていない。 体が微かに上下しているから、恐らく気絶したのだろう。 そしてウォルスだが、完全に足にきているらしい。 何とか上半身を起こす、それが精一杯の様子であった。

 有り体に言えば、俺自身も含めて真面に動ける感じではない。 そんな此方の様子が分かったのか、ローブの男は嫌らしいぐらいの笑みを浮かべていた。


「ふふふふ……どうだ? 何もできない気分は」

「くっ!」

「いいぞ、その顔。 悔しいか? 悔しいだろう。 これで、いささかでも溜飲が下がると言う物だ…………さて、何時までも遊んではいられぬ。 我が神へ捧げられなかったものを、今度こそ捧げねばな」


 そう言うと、ローブの男が近づいてくる。 当然の様に、ガーディアンが従っていた。 未だに体を真面に動かす事が出来ない俺達の間を縫う様に進むと、ディアナの前に立つ。 しかし彼女は未だに意識が戻ってはいないらしく、身動ぎ一つしない。 その代わりと言う訳でもないのだろうが、意識はあるウォルスが叫んでいた。


「止めろ! 止めてくれ! やるなら俺を代わりに!」

「ハンッ! 馬鹿を言うな。 貴様の様な下賤な混ぜ物を捧げろだと! 己惚れるなっ!!」


 ローブの男はウォルスに近づくと、上半身を起こしている両腕を足で払う。 それから、背中を思いっきり踏みしめた。 二度、三度と踏み込むと、気が晴れたのかウォルスから離れる。 そしてディアナのところに戻ろうとしたのだが、気が変わったのかそこで止まる。 それから視線を俺に向けたかと思うと、如何にも邪悪そうな笑みを浮かべた。

 その表情を見た途端、何とも嫌な予感に捕らわれたのだが、体は思う様に動かない。 ローブの男は、満足そうに頷くと再び歩み始める。 だが、向かった先はディアナではなくミリアであった。

 彼女もまたディアナと同様に意識を失っているのは、間違いがない。 床に倒れ込んで以来、動けていないのだ。 そんなミリアの髪を掴むと、男は引き上げる。 彼女は小さく呻いたが、それだけであった。


「その、薄汚い手を離せ!」

「ふん。 威勢だけは大したものだ。 文句があるなら、止めてみろ」


 小馬鹿にした様な言葉に激昂するが、体が思う様に動かない事に変わりはない。 それでも何とか立ち上がったが、足元がおぼつかなかった。


「大したものだ。 それ程大事か、こ奴が」

「てめーには関係ない! いいから……離しやがれ!!」

「そうはいかんな。 こ奴もあのお方に捧げるのだ。 これだけ力を有するエルフなど、そうは会えん。 折角だからな、この機会を逃さぬよ」

「ふざけんな! 生贄ごっこがしたいなら、てめーの命でも捧げてろ!!」


 そう言うと、一歩踏み出す。 更に一歩踏み出したが、そこで邪魔が入った。 俺は思いっきり床へと頭から叩き付けられた……らしい。 あまりの一撃と衝撃に、意識が半ばとんでいる様だ。 お陰で痛みはないのだが、視界がぼやけている。 それでも俺は顔を上げると、ミリアの方を向く。 その途端、ぼやけた視界が紅くなった。


「それだけ血を流しながらも、顔だけは向けるか。 ならば、貴様の見ている前であの方にこのエルフを捧げるとしよう。 連れてこい」


 頭を掴まれた感触は分かるが、それだけでしかない。 ローブの男が何かを言っていた様だが、意識がはっきりしないからかよく聞き取れない。 ただ、視界は変わらずに紅い。 その印象だけが、残っていた。

 やがて紅くぼやけている視界の中に、ミリアが朧気ながらも見えて来る。 だが意識は未だはっきりせず、体もほとんど動かせなかった。

 そんな意識の中で強引に立たされている俺の目の前で、炎の剣がゆっくりと振りあげられている。 このままではミリアが死んでしまう、森を出たばかりで殆どものと言う物を知らなかった俺の面倒を見てくれた稀有な存在。 そんな彼女が居なくなってしまう……「そんなのは許せない!」 混濁した意識の中で、それだけが明確な思いとなっていた。


「……ヤ……メ……ロ……」


 無意識に手を伸ばしつつ声を紡ぐ、すると炎の剣を振り上げた体勢のままローブの男が視線を向けた。 顔には、すがすがしいまでの笑みを張り付けたまま。


「ふん。 どう喚こうが、このエルフの命がささげられる事は決定事項よ。 せいぜい、無力を嘆き悲しむがいい」

「ヤ……メローーー!!」


 その時、己の奥底で何かが脈動した様に感じる。 始めは小さく一つ脈動した感じであったが、次の瞬間には大きな奔流となった何とも形容しがたい力の様なものがこみ上げてきた。 すると、すぐ近くで何か金属音がする。 ひびでも入ったかの様な音だったが、全く気にならない。 今はミリアを助ける、それしか頭に無かったからだ。


「火事場の馬鹿力と言うやつか? それはそれで大したものだが、今更だ。 やれっ!」


 頭を掴んでいたのだろう、ガーディアンの手の感触がより明確になる。 だが今の俺には、鬱陶しいとしか感じない。 それこそ虫でも払うかの様に、腕で払っていた。

 その途端、「ボッ」と言う音と共に手の感触がなくなる。 完全に自由となった事が「何故か」分かると、一気に踏み込む。 その途中で横たわっていたミリアを抱えると、ローブの男から距離を取った。 

 そこで俺は、ミリアを優しく床に横たえる。 それからゆっくりと立ち上がると、既に紅く染まっていない視界をローブの男へと向けた。


「な、何だ今のは!! 何で、ガーディアンの腕が消えたのだ!?」


 言われてよく見れば、確かにガ-ディアンの片腕がない。 正確には、前腕ぜんわんの途中から無くなっているのである。 更には腕に付けていたのだろう、盾も半ばから無くなっていた。

 不思議と俺には、それが当然の事であると思えてしまう。 何の疑問すら沸かず、ただ敵となるであろうガーディアンとローブの男に対して身構えていた。


「ええい! やれ、ガーディアンよ!!」


 その言葉に従い、ガーディアンが突貫してくる。 そして俺はと言うと、静かに迎撃の態勢を取ったのであった。


ご一読いただき、ありがとうございました。

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