第三十五話~障壁~
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第三十五話~障壁~
ローブ姿の男が構えた剣を見つつ、重装備の騎士と言った風情のガーディアンも視界に収める。 仮に同時に来られると、正直に言えば厄介だなと思っていた。
しかし、それは懸念であった。 騎士風のガーディアンは、俺になど目もくれずにウォルスへと向かったからである。 別行動を取ってくれた事に、内心感謝する。 あのヴァルンとかいう、炎を吹き出す剣でも十分厄介なのだ。 恐らくだが、あの剣を直に触れる事は出来ない。 いや触れる事は触れられるだろう、触れた途端にそこから発火なんて事もあり得そうだからだ。
実際、炎の剣「ヴァルン」は少し輪郭が揺らいでいるようにも見える。 街の図書館で読み漁った本の中に、温度が異常に高い物が存在するとそんな現象が起きるとか書かれていたのだ。 陽炎とか蜃気楼だとかいうらしいのだが、そんな現象が発生する理由はよく分かっていない……らしい。 色々な説みたいなのが書かれていたが、はっきり言って俺の稚拙な頭では理解できなかったのだ。 ただ理解は出来なくても、そんな現象があると言う事だけを知っていれば問題はないと考えたのでのでそのまま流してしまったが。
それは兎も角、実際に確認した訳ではないが、剣の刀身に触れない方がいいと言う事は間違いないだろう。 俺自身の勘も、あの剣は危険だと告げているぐらいなのだ。 そうなると、対処は回避だけとなる。 もしかしたら気などで拳などを覆えば剣の軌道を逸らすぐらいはできるかも知れないが、ぶっつけ本番で確かめてみようとは思わない。 何より俺などとは比べ物にならないぐらい知識の豊富なアローナが、炎に触れるなと警告したぐらいである。 その炎を吹き出す剣を甘く見るなど、出来る訳がなかった。
【何だ? ただ見合っているだけか。 あちらの方がまだましだな】
退屈そうな、それでいてどこか面白そうな声を悪魔ブロルトが上げた。
その意味が気になり、顔を上げる。 すると視線の先で悪魔ブロルトは、後方に目をやっていた。 何となく気になり、少しだけ視線をそちらに向けてみる。 するとそこでは、予想外の事が起きていた。
何と重騎士風のガーディアンに、ミリアたちが抑えられていたのである。 なぜにと思ったが、それはガーディアンの動きで分かった。 件のガーディアンは、重装備風であったくせに素早いのである。 ならばただの見かけだけなのかと思えば、そうでもない様子である。 戦士であるウォルスの剣を盾で受け止めているのだから、少なくとも手にしている盾は間違いなく見かけ通りのものであった。
事実、ウォルスの剣と楯が当たると小さいながらも火花を散らしている。 その時点で、盾が金属である事は間違いない。 最低でも盾の表面は、金属で覆われているのであろう。 であるならば、ガーディアンの体を覆っている鎧も偽物とは考えずらい。 しかしながら、それはそれで嫌な事でもあった。
とどのつまり、ガーディアンは見た目通りの重装備と言う事になる。 それであるにも拘らず動きが速いのだから、生半可な攻撃は通用しないと言う事となる。 そうなると、ミリアやアローナの精霊術や魔術が攻め手となるのだが、それも上手くはいっていないようだ。
二人が術の詠唱に入るとガーディアンは、とりもなおさず攻勢を仕掛けている。 その為か、術が発動できないみたいだ。 本来であればウォルスが抑えなければならないのだろうが、そちらも上手くはいっていないらしい。 結果、先述のように術の邪魔をされていると言うのが実情の用だった。
「よそ見とは、余裕だな」
「そうでもっ、ないさっ!」
ローブの男が炎の剣で切りかかって来たが、咄嗟に避けた。
やはり、以前対峙した時よりはスピードはあると思われる。 だが、対応できないほどではない。 そして同時に、俺は炎の剣に抱いていた予想が一つ確信に変わった事に僅かだけ眉を顰めた。
炎の悪魔であるブロルトが齎したと言う剣は、本来の持ち主の持つ名前の通り炎の力を宿しているらしい。 事実、炎の剣が近くを通ると熱気を感じる。 そして、僅かに髪が焦げる様な匂いもした。 多分だが、俺の髪の毛が一部焼けたのだろう。 近くを通っただけにも拘らず髪の毛が焦げた事に、いやが上にも戦慄を覚えた。
実に、厄介ない代物である。 幾ら小手で拳を覆っているとは言え素手である以上、絶対に触れてはならい事が確定したのだから当然だ。 しかも例え剣などの武器を持っていたとしても、受ける事は難しいだろう。 何と言っても炎の剣が生み出した火球は、ダンジョンの壁を消滅させたほどの熱量を持っている。 ならば炎の剣自体も、同程度とまでは言わなくても相応の熱が生み出せたとしても何ら不思議ではないのだ。
となれば、俺に残された戦い方は出来うるだけ炎の剣を避けながらカウンター気味にローブの男を攻撃するしかないのである。 ある意味当初考えた予定通りなのだが、やはりプレッシャーが掛かる事に違いはない。 絶対に避け続けなければならないと言うのと、剣の軌道を逸らす言った防御方法を使えないと言う事なのだからだ。
するとそんな俺の様子を感じたっとのか、ローブの男がまたしても炎の剣で切り掛かって来る。 少し大きめに避けつつ、カウンターの形で拳を繰り出した。 しかし完全に顔面を捕らえた俺の拳であったが、感触として伝わって来たのは堅い何かを殴った様な物であった。
「……えっ!?」
「隙ありっ」
一瞬だけ動きの止まった俺に対し、ローブの男が返す刀で炎の剣を振るう。 だがぎりぎりで避けると、間合いを取った。 そして距離を取りつつ、己の拳に伝わった感触に眉を寄せる。 仮面や兜をなどを被っているのならばまだしも、相手は間違いなく素顔を晒している。 つまりは、顔を何も覆っていないのだ。
「くくく。 驚いたか。 これも我が神からの恩恵よ」
「恩恵だ?」
「私の体は、障壁に覆われている。 言わば物理にも術にも有効な鎧を纏っている様な物だ。 しかも重さなど全くと言っていい程ないので、動きが阻害される事も無い。 正に完璧な鎧だ! はーはっはっはっは!! 驚いたか」
障壁と言う物がどういう存在かは分からないが、何かによって覆われていると言うのは間違いはない様だ。 しかも拳の感触から、かなり堅いと言う事だけは理解できる。 こうなるとカウンターの攻撃が、ローブの男にダメージを与えるのかも未知数となってしまうのは何となく理解できた。
以前に遺跡で対峙し時の通りであればその様なことはないのだが、今は何か障壁の様な物で守られている。 しかもその障壁に当てた拳の感触から推察して、今与えたダメージが障壁を抜けたとは到底思えなかったのだ。
詰まるところ、どれほどの攻撃を加えれば障壁を破る事が出来るのか分からない。 試せばいいかもしれないが、それでもし自身が怪我を負ってしまっては意味がない。 そこで取り敢えず、俺は一つの技を試してみる事にした。
「ならばっ!! これでどうだっ! 徹振撃!」
「ぐはっ!!」
【ほう……なるほどな】
すると、障壁越しにローブの男を捕らえていた。
この徹振撃は、攻撃した事で生じるダメージを波として相手に伝える特性を持つ。 障壁越し通じるのかが不安だったのだが、杞憂であったらしい。 障壁が言わば鎧の様にローブの男を覆っているので、結果としてダメージが相手へ到達した様だった。
そしてその事が意外だったのか、悪魔ブロルトはほんの少しだけ驚いたような声を上げている。 最も言葉には、驚きよりも楽しいといった感情の方が多く含まれていた。
「くそっ! やってくれたな、下種がっ!」
「……何っ!」
確かにダメージが抜けた筈であるにも拘らず、ローブの男が立ち上がって来た。
幾ら障壁があろうと、確実にダメージを与えたのは感触で掴めていた。 しかし、男は頭を振りつつ立ち上がって来たのだ。
これは以前の事を考えれば、どう考えてもあり得ない。 相手が術師ならば、最低でも意識を刈り取れるぐらいの手応えはあったのだ。 それだけのダメージを受けながら立ち上がってくるなど、肉弾戦闘を専門にする様な戦士などでなければあり得ないのだ。
そうなると、障壁が異常にまで硬いのかと考えつつ構える。 するとまるで俺の考えた事を見透かしたかの様に、悪魔ブロルトが口を開いた。
【そやつは、我のお陰である程度のダメージならすぐに回復するぞ】
「ちっ! 面倒な!」
【だからな、そやつを一撃で殺すぐらいの攻撃でなければ意味ないぞ】
「……ご忠告感謝するよ! 外道!!」
揶揄する様な声で、態々今の状態を教えてくれた。
その声色から、間違いなく楽しんでだろうと言う事が見て取れる。 完全に遊んでいるのだと言うのが分かる事に、尚更腹が立つ。 しかし、目の前の男を排除しない限り手を出すなどまず無理だろう事も分かった。
もしそんなことをすれば、ローブの男は俺を攻撃する。 紛いなりにも嘗ては神とまで言われた存在の分け身を相手にしながらとんでもない攻撃力を持つだろう剣を持つ男を相手にするなど、自殺行為以外何物でもないからだ。 だからこそ取り敢えずは目の前に立ち塞がる男を排除しようと、拳に力と気を込める。 俺の攻撃が障壁を抜ける事は分かったのだ、しかも相手の攻撃は自身より遅い。 後は相手が立ち上がれなくなるまで、殴り続ければいいのだ。
「ならば死ぬまで、殴り続けてやる」
「フフフ、やってみるがいい」
「喰らえっ!」
手加減などしない完全に全力の一撃を叩きこむべく、一気に踏み込んだ。
それが予想外だったのか、ローブの男は一瞬だけ驚いている様に見える。 しかしそれも一瞬の事であり、次には何かを込めるかの様な仕草をしていた。 それが気になったが、躊躇っている暇などない。 そのまま接近し、徹振撃を叩きこんだ。
すると先程と同様に、ローブの男が吹き飛ぶ。 だが先程とは違い、吹き飛びはしなかった。 いや正確には、力を込めた体勢のまま床の上を滑ったのである。 吹き飛んだと言えば吹き飛んだのだが、そのままの態勢と言う事に訝しげに眉を寄せた。
ほぼ全力とも言える攻撃を、ローブの男に叩き込んだのだ。 幾ら障壁があったとしても、先ほどの感触ならば壁までノーバウンドで吹き飛ぶぐらいであっても良い筈だ。 しかし現実には、ある程度床の上を滑ったぐらいである。 しかも、相手の態勢は崩れていない。 どう考えても、おかしかった。
「……クククク……まさかほぼ全力で強めたにも拘らずダメージが抜けるとはな」
少し間をあけてからそう言ったローブ男の頬は、赤く腫れていた。
そして、ツーと一筋だけ鼻血が垂れている。 つい先程の言葉とのギャップに、何とはなしに力が抜けた。 その仕草に違和感を感じたのか、ローブ男が訝しげな顔をする。 そこで、己の指で自分の鼻をつついて見せた。 初めは意味が分からなかった様だが、感触を感じたのだろう。 ローブの男は、鼻の辺りに手の甲を押しつける。 それから手に着いた血で理由が分かったのだろう、慌てて拭っていた。
だがそれで血が止まるなどあり得ず、また一筋程鼻血が流れる。 そこでもう一度拭ったが、今度は何故か血が流れて来なかった。
「あ? 何でだ?」
「これも我が神の恩恵! 先程我が神がおっしゃられた様に、怪我など直ぐ治る」
「……あー、そう言えば、さっきそんなことを言っていたな」
「そう言う事だ」
どうだと言わんばかりに得意気な表情をしたローブの男を見つつ、何とはなしに加護を与えたと言う悪魔ブロルトを見る。 すると、無表情であった。 いや、僅かに引きつっている様な気もするが、よく分からないと言うのが正直なところだった。
「きゃあぁぁぁ!」
『アローナ!』
突如聞こえたアローナの悲鳴と、ミリアとウォルスとディアナの声に思わずと言った感じで後ろを振り向く。 するとそこには、地面に倒れ伏すアローナと倒れているアローナに神術を唱えているディアナの姿が見えた。 しかも術を唱えているにも拘らず、血が流れている。 その様子に、かなりの重傷なのが予想できた。
それはミリアも同じように思ったらしく、精霊術による回復も試みている。 そのお陰もあってか、アローナから流れ出る血は増えてはいないように見えた。 そしてウォルスだが、何とかガーディアンを押さえている。 そのお陰で、ミリアも回復にまで回れたようであった。
「油断大敵だ! 喰らえっ!」
「ちっ!」
完全に、相手から視線を外していたところを突かれてしまった。
炎の剣を手に、ローブの男が切りかかって来る。 虚を突かれてしまい避ける暇がないと判断すると、手に気を込めると炎の剣を横から殴り付けて剣の軌道を逸らした。 お陰で直撃を避けられたが、ある意味予想通りの結果が降りかかる。 その直後、俺の手が炎に包まれたのだ。
自身の手が燃えると言う痛みを堪えつつ、思いっきり拳を振るう。 そのお陰で、何とか手を燃やす炎を消す事には成功した。 急いで自分の手に、回復の気術である治癒功を掛ける。 するとある程度は回復したが、それ以上には回復しなかった。
その事に内心で訝しんだが、表情には出さず拳を構える。 しかし治りきらない拳から生み出される痛みに、微かに眉を寄せていた。
「残念だったな。 その炎は、我が神の力の一部。 気術程度では、決して完治などはせん」
「何だと? どういうことだ」
「我が神に敵対した報いよ。 神は僕には祝福を、敵には呪いを与えると言う事だ」
ローブの男が言っている意味はよく分からないが、炎によって負わされた火傷が治りきらないのにはちゃんと理由があるらしい。 何とも厄介だなと思いつつ、腕の俺は痛みを無視して改めて身構えたのであった。
ご一読いただき、ありがとうございました。




