第三十四話~再びの対峙~
第三十四話~再びの対峙~
悪魔ブロルト。
元は、炎の魔神であるそうだ。 その存在は、魔神の陣営において火を司る存在であった……らしい。 少なくとも読んだ文献にはそう書かれていたし、僧侶であるディアナからもそう聞かされていた。
しかし魔神、いやこの場合は悪魔か。 まぁ何でもいいが、よりにもよってとんでもない存在が出てきたものである。
それはそれとして、写し身とは何なのだろうか。 うん、わからない事は聞くべきだな。 幸いと言っていいのだろう、俺とウォルスを除いた女性三人は博識である。 となるとこの場合、誰に聞いた方がいいか……やはり神話関係ならば神官だな。
「なぁ、ディアナ。 写し身って何だ?」
「えっと。 写し身とは、本体から分けた存在です。 あの場所に顕現しているブロプトは、本体たる存在の一部にすぎません」
「……この存在感と、そこから感じるプレッシャー。 それで、一部なのかよ」
完全に邪神や悪魔と言う存在を捕らえ違えていた。 感じる力や存在感が、半端ない。 何せ相手を探るまでもなく力と言う物を感じてしまう、しかもそれが一部でしかないのだ。
どうするべきなんだ、これは。 理想は撤退だろうけど、逃げられるとも思えない。 それに悪魔ブロプトが何を考えているのか分からないけど、放っておく訳にもいかない事は俺でも分かる。 実際、ギルドでも悪魔や邪神の討伐は最優先事項だと聞いている。 最も、成功する確率があるかどうかについては聞いた事はないが。
何はともあれ自称選ばれた存在の男と、一柱……そう表現した方がいいんだろう悪魔ブロプトを視界に捉えつつ対策を考えていると、突然男が笑い声をあげる。 それは得意気であり、ある意味この場の雰囲気に酔っている様にも聞こえた。
「ははははは。 漸く分かったか、愚民ども。 あのお方に逆らおうなどと、思わない事だな。 無論、この俺にもだ」
【僕よ。 高笑いなどしている暇があれば、行けい】
「は、ははっ。 申し訳ありません、我が神よ」
男は仕える存在であるブロプトにそう言ったかと思うと、手にしている炎の剣を構えた。
あの写し身とやらがどう動くのか分からないこの時点で、下手に攻撃されると不味い。 どうしても写し身の存在がが気になってしまい、対応がおろそかになりかねないのだ。
それでなくても以前とは違う雰囲気を男は持っており、間違いなく強くなっていると思われる。 そんな相手に対しておざなりに対応するなど、要らぬ不覚を取りかねない。 だが、写し見を放っておいて対応するなど先ず難しい。 するとそんな内心を読んだかの様に、ブロプトのプレッシャーすらともなった声が頭に響いてきた。
【安心するがいい。 我は、手を出さん。 よって、せいぜい抵抗して見せよ】
「信じられるかっ!」
感じたプレッシャーを振り払う様に、大声で言葉を返す。 そんな対応が面白いのか、ブロプトは意味ありげとも取れる含み笑いをしており、その仕草が癇に障った。
【これでも魔神よ。 矮小な存在に嘘などはつかん】
「矮小だとっ!」
【おお、すまんな。 つい本音が出てしまったわ】
言葉とは裏腹に、明らかに小馬鹿にしたような表情をしている。 だが、嘗ては神を冠していた存在だ。 人や亜人など、己が言う様に矮小だと考えているのだろう。 醸し出す雰囲気から、間違いなくそう思わせる気配だった。
その時、前にディアナ……いやミリアだったかな? 兎に角、から邪神や悪魔は享楽的な性質であると聞いた事を思い出す。 それならばブロプトは、言う通り手を出す気はないのかも知れない。 ただ己の僕とした男との戦いを、娯楽でも見物すかの様に考えているかもしれないのだ。
それならば、まだ何とかなるかも知れない。 戦いが終わった後に、ブロプトがどう行動するかなど分からない。 しかしそこに活路を見出すしかない事も、何となくだか判断できてしまっていた。
それにどの道、炎の剣を持っている男は己の神と定義しているブロプトの命に従うのは考えるまでもない。 どちらにせよ俺たちには、男を倒す以外の道などこの時点では存在していないのだ。
「やるぞ! 先ずはあの男を倒す。 その後の事は、その時考える」
「そうね。 それしかないわ」
声を掛けると、ミリアが返答してくる。 その言葉にウォルスもアローナも、そしてディアナも頷いていた。 皆に頷き返すと、俺は構える。 それが合図であったかの様に、男は炎の剣を振りかざしていた。
その行動に、疑問符が浮かぶ。 前に相対した時は、確か術を使っていたはずだ。 いわゆる魔術師であった筈の男が、剣を持っている事が先ず不自然だ。
その剣が護身用であるならば、手にしている理由もまだ分かる。 しかし男が手にしている剣は、両手持ちの大検なのだ。 何より如何にも術師と言う男が両手持ちの大剣を持っている、それがそもそも分からない。 それに、距離がある時点で剣を振りかざすなど意味がよく分からないのだ。
俺は何となく眉を寄せて、訝し気な顔をする。 その時、確かにニヤリと笑みを浮かべる。 その直後、男は手にした剣を振り下ろしていた。 掛け声とともに。
「行けぃ! 炎よ」
『なっ!!』
思わず、俺とウォルスの声が驚きのあまり重なった。
男の掛け声とともに手にした炎の剣から、塊が飛び出してきたからである。 何だかわからないが、男が「行けぃ! 炎よ」と言ったのだから炎の塊なのであろう。 だがそうだとしても、色が変だ。
普通であれば、炎は赤い色をしている。 だがその塊は、何故であるかは分からないが、青白い色をしていた。 その様な存在を見て、何となく背筋に嫌な予感が走り抜ける。 その感覚に従い、少し慌てたが自称炎の塊とやらを避けておく。 そしてそれはウォルスも同じであったらしく、その炎の塊は誰にも当たる事無くそのままダンジョン(迷宮)の壁に当たった……かと思った瞬間、あり得ない音が聞こえて来た。
青白い炎の塊は、ダンジョンの壁に当たった瞬間に「ジュッワッ!」と言う音を出す。 そこで炎の塊は消えたが、代わりに煙の様な物が壁から結構な量立ち上った。
その変化に思わず、ウォルスと顔を見合わせてしまう。 間もなく煙が消えると、そこにはありえない現象が壁に発生していた。 何と、青白い炎が当たった場所がその形のままに抉れていたのである。 いや、見るとどうやらそうではないらしい。 抉れた場所はつやつやと、まるで鏡の様にきれいな光沢となっている。 そんな現象など、俺は初めて目にしていた。
「な、なんだこれ」
「……まさか……壁が溶けて蒸発した? それも、ダンジョンの壁が!? そんな、馬鹿な事って」
『えっ!?』
アローナの言葉に、またしても俺とウォルス声が重なる。 そして視界にはミリアとディアナが写っているが、二人の顔も驚きに溢れていた。
だが、それもよく分かる。 岩が消えるなんて、普通はあり得ないのだ。 それに、アローナの言葉の意味も分からない。 蒸発って、何だ?
「ほう。 流石は魔術師だ。 一瞬で見抜いたか」
「それじゃ! やっぱり!!」
「その通り。 壁が溶けて、蒸発したのだ。 せいぜい気を付ける事だ、 当たれば人など、あっという間で消え去るぞ」
「そ、そんなっ!」
えーっと……全然、話についていけない。 溶けると言う意味は分かるが、蒸発って何なんだ?
それに、炎の剣より炎の塊が打ち出されて、それに触れると人が消え去るって言う意味も良く分からない。 ただ、炎の塊と分かっていれば触れる気など始めからない。 触れなければ、取りあえず問題にはならないだろう多分……
「皆、ぜってい炎の塊に触れないで。 あっという間に死んじゃう……ううん、ロスト(消滅)しちゃうから」
「はいっ!?」
アローナの口から出た驚愕の言葉に、俺は素っ頓狂な声を上げてしまう。 幾ら炎でも、焼けるだけである。 完全に消えるなど、あり得ない。 いい例が、木だ。 炎に包まれて消えた後に、全てが無くなっているなどあり得ない。 まず間違いなく、燃えカスが残っているものだ。
しかしアローナは、炎に触れれば消えると言う。 それが嘘か本当かなど判断できないが、得体が知れないのは事実だ。 此処は彼女の言う通り、全て避けるつもりで戦う事にしておこう。
幸いな事に、炎の塊の速度はものすごく速いと言う訳ではない。 重装備な戦士や騎士ならば分からないが、基本軽装の俺は問題にならない。 そして重装備とまでは言えないウォルスであれば、他に気を取られなければ避けるのは難しくはないと思われた。
それに男と比べて、スピードは優っている筈だ。 強くはなっているみたいだが、そう簡単に機敏に成れるとは思えない。 速度で攪乱して攻撃をすれば、簡単とは言わなくても勝てないとは思えないからだ。 どんなに強い一撃も、当たらなければ脅威とは成り得ないのだ。
だからこそ、機先を制す。 一瞬だけ為を作ると、弾ける様に踏み込む。 完全に埒外であったらしく、男は反応できていない。 上手くいった事に内心で気分を良くしつつ、そのまま拳を振り上げて顔面へ殴り付けた。
しかし、手に残ったのは生物を殴り付けた感触ではない。 変わりに感じたものは、まるで堅い……そう金属か何かを殴ったかの様な干渉であった。 驚いて目を凝らすと、そこには男の顔ではなく黒い何かがある。 どうやらそれは、四角いシルエットをした盾の様であった。
頭に疑問符を浮かべながらであったが、兎に角距離を取る。 先制攻撃が成功しなかった以上、その場に留まるのは危険だからだ。
「流石は、本来のガーディアンよ。 よくぞ、私を守ってくれたな。 では、顕現するとよい」
男がそう言うと、床から炎が噴き出す。 その次の瞬間には、炎は瞬く間に人の形をとっていた。 片手にブロード・ソードを持ち、反対の手には先ほど攻撃を止めて見せた四角形の盾が装着されている。 体にはプレート・アーマーで覆われており、重装備の騎士と言った風情であった。
「ガーディアンだと?」
「そうだ。 此処は、ダンジョンの最深部よ。 であるならば、このダンジョンを守るガーディアンが居るのもまた当然であろうが」
「そのガーディアンが、何でお前に従う!」
「忘れたのか。 このダンジョンは、ブロプト様が創りしもの。 ならば当然、創造主に従う。 そして、力を与えられたものにもなっ!」
「ちっ! 避けろっ!!」
直後、男が騎士の影になる様な場所から炎の剣を振り下ろす。 だが会話をしながらも注視していたので、男の行動にはいち早く気が付けた。 咄嗟に、仲間へ向かって炎の剣より打ち出された炎の塊を避ける用に警告する。 その甲斐もあって、全員が炎の塊を避ける事に成功した。
仲間の誰にも当たらなかった炎の塊は、そのままダンジョンの壁に当たる。 すると先程と同じく「ジュワッ!」という音と共に、ダンジョンの壁を溶かしていた。
やはり何度見ても、ぞっとする。 その辺りの壁が岩なのかそれとも違う何かからできているのかは分からない。 だが堅いのは事実であり、その壁を……えっと……蒸発だっけか? にしてしまうと言うのは尋常ではなかった。
「ほう。 この様な陳腐な攻撃、喰らわんか……では、改めて始めるとしようか!」
仕切り直して俺たちは、目の前の名を知らない男と改めて対峙したのであった。
ご一読いただき、ありがとうございました。




