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第二十九話~腕輪の意味~


第二十九話~腕輪の意味~



 さてアローナと店主だが、相も変わらず談義を行っている。 その談義は、術談義と言えば良いのだろうか。 兎に角、彼女達は此方が全く理解できない様な話し合いを行っていた。


「……なぁ、もういい加減にしてくれないか?」


 俺の腕から外した腕輪を見ながら、彼女達は真剣な表情であーでもないこーでもないと言っている。 専門用語と思わしき言葉がバンバン飛び交い、いやがうえでも耳に入って来る此方としては苦痛、いや拷問に近かった。

 そこでアローナと女店主は漸く今の状況に思いが至ったのか、はっとした表情で此方を見る。 その時、二人の表情が酷く真剣な事に一瞬眉を寄せたが、すぐに彼女達からそんな表情が消えたのでそれ以上は気にしない事にした。


「あー。 その……ごめんエムシン」

「あ、ああっ! そう言えばお客さんだったのよね。 そ、それで、お求めの物は決まったのかしら」

「この状況で決まったと、本気で思っているのか?」


 じと目で店主とアローナを見ると、彼女達は申し訳なさそうな表情をする。 そんな二人を見ながら大きく溜息をつくと、視線をミリアとディアナに向けた。

 すると二人は同時に頷き、ミリアは買う品の物色を再開する。 また、ディアナもミリアと共に選び始める。 それから間もなく、アローナも漸く買う物の品定めを始めた。


「やれやれ。 とんだ酷い目にあったぜ」

「はははは。 ご愁傷さまだな」


 頭の上にある耳をピコピコと動かしながら、さも楽しげな笑みをウォルスは浮かべている。 そんなウォルスに対して、怨みがましい視線を向けた。


「助けろよ」

「ジョーダン。 あんな専門用語の嵐に首を突っ込むほど、勇者じゃない」

「だよなー」


 その言葉には激しく同意するが、それでも助けてほしかったぞ俺としては。



 その後は暫く、ウォルスと時間潰しを兼ねて駄弁っていた。

 その間にアローナとミリアとディアナの選択が終わった様で、既に会計を済ませている。 そんな彼女達が見せてくれたのは、ネックレス然としたアミュレットだった。

 中央に石が置かれており、その石を囲む様に模様が誂えてある。 シンプルではあるが、ちょっとしたアクセサリーと言っても過言では無い作りとなっていた。

 いわゆるお洒落な一品なのかもしれないが、その辺りの知識も疎いので分からない。 と言うか、元から興味もないから分からないのが正直なところだった。

 

「これでいいのか?」

「ええ。 私の精霊術と合わせれば、これで十分の筈よ」

「ふーん。 ミリア達が大丈夫と言うなら、取り分けて異論はない。 だよな、ウォルス」

「そうだな」


 どうせダンジョンに戻れば使う事になるので、ミリア達からアミュレットを渡して貰った。

 ミリアから手ずから貰ったアミュレットを何とはなしに眺めていると、視界の端にアローナと店主がまたしても話しているのが見て取れる。 その時、アローナと店主の視線が俺に向けられた様な気がして内心首を傾げたが、視線はすぐに外れた様に思えたので気にしない事にした。


「毎度ありがとうございます」


 店の扉を開いて外に出る際に声を掛けられたが、来訪した時より少し固いかなと思えので思わず振り返る。 しかし丁度扉が閉じたので、店主の様子を窺い知る事は出来なかった。

 閉じた扉を見ながら首を傾げたが、ミリアから声が掛かったので取り敢えず踵を返す。 そして、少し離れてしまった仲間の元へと駆け寄った。


「どうしたの?」

「いや、ちょっと……うん、やっぱ気のせいだ」

「何が?」

「何でも無いよミリア。  それより、飯でも食おうぜ」

「そうね。 お腹も減ってるし」


 その時、腹の虫が小さく鳴く。  一瞬ミリアかと思い視線を向けるが、彼女は慌てて首を振っていた。 


「わ、私じゃないわ」

「え? でもさぁ」

「……あ、そのごめんね」


 少し間を置いてから、腹の虫の主が自主的に名乗り出る。 その正体は、アローナだった。 彼女は、腹の虫が小さく悲鳴を上げた事に恥じ入っている。 そんな様子の彼女を見て、苦笑を浮かべた。


「じゃ、早速宿に戻ろうか」

「そうね。 どうせ、このアアクの町には詳しくないし」


 ミリアの言う通り町へは寝泊まりに戻って来ているだけなので、アアク町の中のどの店がおいしいのかといった情報は手に入れていない。 ならば割と食べ慣れ、味も十分な宿で食べるのが無難と言う物だった。


「そだな。 買い物も終わったし、後は宿へ戻るだけだ。 ならもう一晩泊って、心身共にリフレッシュした方がいいか」

「そうですね。 私もその方が良いか、と思います」


 ミリアと同様に、ディアナも一晩泊るのは賛成らしい。 ならばこれ以上、悩む理由もない。 早々に宿屋へと戻ったのであった。



途中何事もなく宿へと戻ると、めいめいが好きに行動する。 部屋で寛いだり風呂に入ったしているが、俺は裏庭で鍛錬を行っていた。


「……で、アローナ。 何の用だ?」

「気付いていたんだ」

「そんな近くで気配があれば、気付く」

「見えてないのに、凄いね」

「目で見てる訳じゃないからな。 そこで改めて尋ねるんだけど、用件は何だよ」


 すると、アローナの視線が宙をさ迷う。 始め後ろめたい事でもあるのかと思ったが、どうやら違う様だ。

 なんとなくなのだが、後ろめたいと言うより話ずらいと言う感じがする。 頭の上にある耳がせわしなく動き、強いて言えば躊躇っているという感じが、一番しっくり出来るの雰囲気をアローナは纏っている。 そんな彼女の様子に、訝しげに眉を寄せた。

 せわしなく耳を動かしながら躊躇い視線を彷徨わせるアローナと、眉を寄せる俺と言う奇妙な光景が宿の裏庭に広がっている。 だが漸く決断したらしく、アローナは口を開いた。


「ねぇ、エムシン。 その腕輪は、どんな由来があるの?」

「あれ? 言わなかったか? 「亡くなった爺ちゃんの形見で、遺言みたいなものだから」ってさ」

「それはさっきの魔具の店主さんからも聞いた聞いたよ。 でも、そう言う謂われじゃなくて、どういう効果があるとか由来がどうとかそんな意味だよ」

「……そう言われてもなぁ……」


 頭をかきながら、困惑する。 謂われと言っても、全く知らないからだ。

 知っている事は多くない。 常に身に付ける様にする様にと爺ちゃんから言われた事、そして不可視の術が掛かっていると事の二つぐらいしか知らないのだ。


「ふーん、そう何だ……」

「ああ」


 より厳密に言えば、謂われ何かを聞く前に爺ちゃんが亡くなってしまったのである。 だから今では最早聞くチャンスもないし、何より知り様が無いと言うのが正直なところであった。


「そうかぁ。 となると、全く知っている人はもう居ないのかなぁ」

「居ないとおも……いや、待てよ…………もしかしたら一人、居るかもしれない」

「それは誰?」

「クレア爺さん。 死んだ爺ちゃんの知り合い何だけど、時々フラッと現れてたんだ」

「その人には、何処に行けば会えるのかな?」

「さぁ……爺ちゃんの知り合いって言う意外、詳しくは知らないからな」


 今更だが、考えてみて気付けたのだ。 クレア爺さんの素性も、良く知らなかった事に。

 最も、知らなくても別に困らなかったと言うのが本音である。 一緒に住んでいる訳でもないし、何より爺ちゃんの知り合いと言う事で十分だったからだ。


「なら、住んでいる場所とかも」

「当然! 知らん!!」


 力一杯、胸を張って答える。 するとアローナは呆気に取られた様な表情を浮かべたが、やがて小さく溜息を一つ付いた。


「胸を張って言う事じゃないよね、それ」

「まあな。 それはそれとして、実際のところ俺が聞きたいくらい何だよ。 伝えたい事あるし」

「伝えたい事?」

「そ。 爺ちゃんが死んだ事を伝えたい。 結構仲が良くて、家に来た時は夜に良く酒盛りしてた」

「そうなの……」

「ああ。 って言うか、それと俺の腕輪にどんな関係があるんだよ」

「ええっと、実は関係があるかどうかは分からないんだよね。 だけど、エムシンが持ってる腕輪の効果が気になるの。 だから、知っている人が居ればなーと思って聞いたんだよ」


 そんなアローナの言葉に、訝しげな顔をする。 効果と言っても、身に付けている限り不可視の術が掛かっていて腕輪が見えないだけという効果しか知らないのだ。


「……あー、それってさぁ……腕輪には不可視の術以外に何かあるとか、そんな感じか?」 

「うん。 そんな感じ」

「マジかよ!」


 まさか今になって、腕輪に別に効果があるとか言われるとは思わなかった。 しかし、どんな効果があると言うんだろうと考えながら思わず腕をさすった。


「で、エムシン。 腕輪の持つ効果だけど……聞きたい?」

「そりゃな。 自分の持ち物だし」


 爺ちゃんの形見みたいなものだから、易々と外す気などは無い。 だが身に付けている以上、効果が知りたいと思うのは当たり前だと思う。


「そうだよね。 じゃ、教えるよ。 と言っても実際に触って調べたりした訳じゃないから、確実にそうだとは言えない。 それだけは了承してよね」

「わーった。 わーった。 それで?」

「その腕輪が持っている効果は、多分封印」

「封印? 何をだよ」


 そう言ってアローナに問い掛けると、彼女は首を振る。 その仕草で、それ以上は分かっていない事が分かった。


「そこまでは分かんない。 術のタイプが、封印に準ずるものだとは分かっただけだもん。 ほら、腕輪に付いている石が十字を描いているでしょ」

「あ、ああ」

「で、その石は全てかなりの力を宿している魔石なの。 その魔石を起点に十字を描く事で、封印としているみたいだよ。 更に驚く事に、それぞれの魔石は別々の術が掛かってる」

「別々の術だぁ?……ああ、そう言えば店で術の複合がどうとか言ってたな」

「そう。 そんな高度な魔具をエムシンが持っている。 だから気になったの。 それで尋ねたんだけど……知らないんだよね。 腕輪の事は勿論、知ってそうな人の居場所の心当たりも」

「悪いが、全く。 まぁ、俺の家に居ればクレア爺さんに何時かは会えると思う。 けど、それが明日なのかそれとも数年後なのか、全然見当つかねえよ」


 本当に不定期なのだ。

 実際、数年全く音沙汰なしなんて事もあったくらいなのである。 流石に十年も間が空いたなんて事は無かったが、だが何時そうなるかなど分からないのだ。

 その上、クレア爺さんは、俺が子供の頃から既に爺さんだった。 会わないうちに亡くなっていた……なんて事も考えられなくもない。

 クレア爺さんもかなり強い爺さんだったが、寿命ってやつには勝てはしないだろうから。 

 

「そっか……なら仕方ないね。 でも、覚えておいて。 エムシンが身に付けている腕輪には、そんな効果があるという事については」

「ああ」


 間髪を入れずに確りと頷くと、アローナも頷き返す。 すると彼女は、踵を返して宿屋へ戻ると建物の中に消えた。 そんなアローナの後ろ姿を見送った後、空を見上げる。 そこには、一番星が輝いていた。

 まるで、腕輪に付いているらしい魔石の様に。


「封印か……何かを封じているのか、それとも何かを抑えているのか……」


 そう漏らしつつ俺は、無意識のまま腕輪に手を添えていたのだった。

 

ご一読いただき、ありがとうございました。

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