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第二十八話~俺の腕輪と魔道具屋~


第二十八話~俺の腕輪と魔道具屋~



 ダンジョン近くに建つギルドの出張所を出てアアクの町へと戻ると、そのままキープしている宿屋へと向かった。

 今日のところは宿屋でゆっくりと寛ぎ、明日に町へと繰り出す予定である。 宿のカウンターで鍵を貰い部屋へ入ると、そこで漸く武装を解く。 甲猪の皮鎧を脱ぎ、籠手を外して部屋に供えられた小さい机の上に軽く息を吐きながら置いた。


「ふう。 何度も利用しているせいか、何か落ち着けるなぁ」

「武装を解いた事を差し引いても、それには同意するわ」


 軽く息を吐きながら何となく呟いた言葉に、ウォルスが相槌を打つ。 どうやら気持ちは、同じらしかった。


「だよなぁ。 さて、と。 俺はひと眠りする。 ウォルスはどうする?」

「そうだな……俺も休むか」


 そう言うと、既にベットに寝転がっている俺と同じ様にウォルスも寝転んだ。

 しかしまだ日も暮れていないのに、男二人が部屋の一室で昼寝とは色気も何もない話である。 最も、日が暮れていたら色気がある話になる訳でもない。

 はっきり言って、男同士など御免だ。

 俺はノーマルなのだから!

 と、話が逸れた。

 何であれ、俺とウォルスはさっさと寝てしまう。 そして次に目を覚ましたのは、夜飯の少し前だった。 もっと早く起きるつもりだったのだが、随分と寝ていた物である。 もしかしたら、自分でも気付かないうちに疲れが溜まっていたのかもしれない。

 目が覚めたので起き上があると、ウォルスと一緒に部屋を出て食堂へ向かう。 「後で風呂にでも入るか」など座って適当に喋っていると、ミリア達が降りて来た。

 彼女達は、視線を巡らせたかと思うと此方を見付けたらしく寄って来る。 各々が椅子に座って暫くすると、ウェイトレスが注文を取りに来た。

 彼女に食事を注文すると、今度は全員で話し始める。 やがて注文した料理が並び、俺達は舌鼓を打った。

 因みにウェイトレスだが、宿屋の娘である。



 さて食事を終え一服した後、宿屋の主人に風呂を用意して貰う。 別料金が発生するが、何時もの事なので気にしない。 そもそも部屋に風呂付の宿屋など、よほどの高級宿でしか無い。 少なくとも一般人には、そんな宿に縁もゆかりも無いのだ。

 なおミリア達だが、既に風呂へ入っているらしい。 宿屋に荷物を置いてから、すぐに用意して貰ったそうだ。

 彼女達曰く「汗臭いなど言語道断」であるのだそうだ。

 ミリア達の事は一先ず置いておくとして、食事前に話した通り俺とウォルスは風呂へと向かった。


「あれ? エムシン。 お前、そんな腕輪付けていたか?」

「ああ、これか。 前から付けてるぞ。 最も、他人には見えないらしいが」


 この腕輪は、物心つく前から身に付けている。 亡くなった爺ちゃんが付けてくれた物……らしい。 今となっては、形見みたいになってしまっている。 そんな理由も相まって、先ず外さなくなっているのだ。

 流石に、風呂に入る時は外しているがな。


「え? 見えないって……」

「何でも、術が掛かってるんだと。 それで、身に付けている限りは他人からは見えないのだそうだ。 最も俺には常に見えるから、他人からどう見えているか何て分からないけどな」

「へー」


 興味深げに、ウォルスが腕輪を見た。

 俺の腕輪は、そんなに派手では無いシンプルな物である。 特徴と言えば、それぞれに違う色の石が十字を書く様に配置されているぐらいであろう。  

 また飾り気は殆どないので、取り立てて高そうにも見えない腕輪でもあった。 


「ウォルス、もういいか? いい加減、風呂に入りたいんだが」

「あ? ああ。 そうだな、風呂に入るか」

「おう」


 その後は暫くゆったりと風呂で寛ぎ、存分に体の疲れと心を癒してから風呂より上がる。 そのまま部屋へと戻り明日へ備えてベットに潜りこむと、程なく眠気が襲って来る。 すると眠気に対抗などせず、そのまま眠りへと入ったのであった。



 明けて翌日、朝の鍛錬の後で朝食を取ってから宿屋を出て町へと繰り出した。

 行き先は道具屋だろうと当たりをつけていたのだが、どうやら違う様である。 ミリア達が向かったのは、以前行った道具屋へ向かう道では無い。 表通りから一本入ったところを走っている道だった。

 程なくして、一件の家の前で立ち止まる。 いや、そこは家では無く店である。 家と見間違うような造りであるのだが、その入り口には看板が風に小さく揺れていたのだ。

 するとアローナは、躊躇いもなく扉を開く。 続いて中に入ると、そこは確かに店だった。 規模としては大きくはないが、壁には棚がいくつもある。 その棚には、素焼の入れ物が幾つも並んでいた。


「何だ此処」


 店の中を物珍しそうに見ながら誰に聞くでもなく、疑問が口に出る。 するとその呟きを聴きとめたのか、アローナが教えてくれた。

 ここは、魔具屋と言うらしい。 いわゆる「魔具を専門的に扱う店」なのだそうだ。 店では他にも回復薬や治癒薬、使用前の薬草なども取り扱うらしい。 また錬金術師なども、よく利用するとの事だった。


「錬金術師か。 確か、回復薬や治癒薬を作成出来るんだっけ」

「そうだよエムシン。 逆に言えば、錬金術師じゃないと作れないんだけどね」


 実は普通の薬師でも、薬は作成できる。 しかし薬師が作成する物は、時間を掛けて効いてくる代物なので戦闘中に飲んだとしてもあまり意味はない。 何せ薬が効く前に、よほどの自体でもない限りは戦闘は終わってしまうのだ。

 つまり、その場ですぐに効果を発揮できる薬は、錬金術師にしか作成する事は出来ないのだ。


「で、此処に来たのはやはり魔具か?」

「そうだよ。 武器屋や防具屋、それに道具屋など他の店でも魔具は扱う。 だけど、魔具を探すのなら魔具屋の方が目的の物が見付かる確率高いから」


 それはそうだろうな。

 武器屋も防具屋も、武具を扱う店であり魔具を扱う店では無い。 道具屋は少し微妙な気もするが、それでもこの店の様に魔具を専門に扱う店に比べれば品揃えは落ちるだろう。

 そして俺達は、最低でも耐火クラスの力を持つ魔具を探しに来ている。 ならば、魔具屋を知っていればそちらに向かうのが道理という物だ。

 とは言え、どんな魔具が良いかだなんてこの俺に答えられる訳が無い。 それこそ錬金術師に聞くかしなければ、分かりはしないだろうと思えた。

 どうするのだろうとアローナを見ていたが、彼女はそのまま店のカウンターへと向かう。 そこには、家の中なのにローブのフードを被っている年齢不詳の女性が居た。

 何せローブをやや深くかぶっているので、顔がよく見えず年齢を判断出来ないのだ。 それから女性と分かったのは、シルエットである。 ローブを着ているにも拘らず、しっかりと双子山が存在を主張していたからだ。


「ねえ。 耐火以上の効果を持つアイテムってある?」


 カウンター越しに、アローナが店員へ尋ねる。 アローナの隣には、ミリアが立っていた。


「なあ、ウォルス。 アローナは雰囲気的に何となく分かる様な気もするが、何でミリアが一緒なんだ?」

「さぁ」


 肩を竦め「如何にも分かりません」というポーズをしながらウォルスが返答した。


「それもそうか。 後で、ミリア本人に尋ねた方がより分かるか」


 因みに後で尋ねたところ、どれだけ効果があればミリアの精霊術と合わせて先のエリアで行動に問題ないのかを尋ねる為だったらしい。 

 何であれアローナとミリアは、彼女が取り出した魔具を色々と見比べながら効果の程を確認している。 そんな彼女達の様子を、俺とウォルスとディアナは眺めていた。

 その時、カウンターに座る店主であろう女性が手招きをしているのが見える。 訝しげにしつつも、遣る事もなく暇なのでウォルスと共に女店主へと近づいた。


「何だ?」

「あなた。 何か魔具を持っているでしょう」

『え?』


 女性から指摘され、俺とウォルスは声を上げた。

 しかし話の流れから該当しているのは俺だとは思うが、正直言って思い当たる節が無い。 何となくウォルスの方を見ると、何か思い当たることがあるのか手を打っていた。


「ああ。 ウォルス、あれじゃね?」

「アレ?」

「腕輪だよ、腕輪」

「あ? ああ、これか」


 ウォルスの言葉で意味が分かった俺は、腕輪を外すとカウンターの上に置いた。


「あら。 不可視の術ね。 見せて貰ってもいいかしら」

「触らないならいいけど」

「何で触ったらだめなのかしら」

「亡くなった爺ちゃんの形見で、遺言みたいなものだから」


 正確には形見でもないし、俺宛てに遺言があった訳でもない。 勝手にそう思っているだけだ。

 何せ爺ちゃんが生前の頃より、出来るだけ常備身に付けていろと言われていた物である。 信用できる者ならまだしも、今日初めて会った他人へ渡すなど更々なかった。


「そ、そう……それでは仕方ないわね。 じゃあ、見るだけならいいかしら。 少し気になるのよ」

「俺の掌に置いた腕輪を見るだけなら」

「ええ。 それでいいわ」


 見たところ彼女に、武術の心得などある様に見えない。 よほど油断をした上で更に不意を突かれでもしない限り、出し抜かれる事はない様に思える。

 それに俺自身、この腕輪に何の意味があるのか気にならないと言えば嘘になる。 何せ詳しく知っていただろう爺ちゃんが既に亡くなっている以上、つまびらかに聞くなど出来ない。 彼女に見せたところで知りたい答えが得られるとは思えないが、せめて爺ちゃんが出来るだけ外すなと言った意味ぐらいは知っておきたいものである。

 兎にも角にも、外した腕輪を掌に乗せる。 その途端、店主が食い入る様に矯めつ眇めつ腕輪を見始めた。


「……術の複合なんて可能なのね、知らなかったわ」

『術の複合って何だ?』


 俺とウォルスは、声を揃えて店主に尋ねていた。


「言葉通り、そのままの意味よ。 その四色の魔石には、それぞれ術が掛かってるわ。 神術と魔術、精霊術と竜術がね」


 竜術とは、竜族にしか使用できない術だ。

 そして竜族とは、ドラゴンやドラゴニュートといった竜の血を引く者の総称である。 この竜の血を引く者しか使用できない術、それが竜術なのだ!


「ちょ、ちょっと! 術の複合!?」

「うぉ!! アローナ、いきなり何だ」

「いいから! その腕輪、見せなさい! さあ、早く! harry。 harry! harry!!」


 今の今まで耐火の魔具を物色していた筈のアローナが、突然話に割り込んで来る。 それだけではなく、執拗に求め始めた。 その態度に俺も女店主も、そしてアローナと一緒に魔具を物色していたミリアもどん引きしてしまった。


「はぁ……ったくっ。 落ち着けアローナ」

「アタッ」


 チョップを喰らったアローナが、上目遣いにウォルスを見る。 他人が見たらどぎまぎするかもしれない仕草だが、兄妹相手には全く効果が無いらしい。 ウォルスは全く頓着せず、ただ肩を竦めていた。


「全く。 興味を刺激する物があると、これだからな」

「何よ! 兄貴、悪い?!」

「悪くはないが、仲間とはいえいきなり詰め寄るな。 エムシン達は、完全にどん引きしているぞ」

「え?」


 そこで漸くアローナは俺と女店主、ついでにミリアが一歩どころか二、三歩引いている事に気付いたらしい。 頭をかきながら、愛想笑いを始めていた。


「あははは。 その、ごめんね」


 ウィンクしながら謝るアローナ。

 客観的に見れば、可愛いと思える仕草である。 たださっきの彼女の態度が後を引いているので、とてもではないがそんな風に思えなかった。


「あー。 まぁ、いいよ。 気にすんな。 俺も忘れるから」

「本当にごめんねぇ。 それでぇ、見せて」


 片目を瞑り、両手を合わせて拝むように頼んで来る。 そんなアローナを暫く見てから、一つ溜め息を付くと掌に乗せたまま腕輪を差し出した。

 するとその途端、彼女も店主の女性同様に腕輪を眺める。 暫く腕輪を見ていたアローナだったが、やがて呆けた様に一言漏らした。


「…………本当だ……こんな事が、可能なのね……」


 驚きとも感心ともつかない表情のアローナと女性店主、そんな二人の反応を見てやはり驚きの表情を浮かべながら俺達は見ている。 この、何とも言えない空気が店の中に流れる中、俺は訳が分からないままに隣に居るウォルスに尋ねた。


「……なぁ。 一体全体、何なんだこれは?」

「俺が知るか」


ご一読いただき、ありがとうございました。

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