第二十六話~次の階層は熱地獄?~
第二十六話~次の階層は熱地獄?~
ケンタウロスゴーレムとの戦いの後に感じた何かに首を傾げたが、頭を一つ振って気分を切り替えるとウォルスとアローナ兄妹ところに向かう。 二人に近づくと、ウォルスから何かを投げられた。
受け取って見て見ると、それは魔石だ。 大きさとしては、前に戦ったガーディアンから採取出来た魔石より一回りは大きいだろう。 よく見れば、透明度も前に手に入れたガーディアンの魔石より高い……様な気がした。
魔石は透明度が高くなればなるほど、魔石の持つ力も強くなるらしい。 つまり大きく透明度の高い魔石ほど、より高く売買される物なのだそうだ。
これは以前より高く売れるかななどと考えながら、ディアナに魔石を渡す。 彼女はミリアへ魔石を見せてから、魔石を仕舞っていた。
それから周りをざっと見たが、ガーディアンのケンタウロスゴーレム以外は見当たらない。 ただ、部屋が広がっているだけだった。
「さーて、他に何かあったか?」
「いいえ、全く。 兄貴がエムシンへ投げた魔石だけだよ」
アローナの言葉を聞いて、何とはなしに魔石を渡したディアナに目を向ける。 彼女は少し離れたところで、ウォルスと楽しげに話をしていた。
「なぁ、アローナ」
「なあに?」
「話は全く変わるんだが、あの二人って恋人同士なのか?」
「そうだねぇ。 エムシンはどう見える?」
「恋人同士だと思うんだが……何か違う様な気もする」
するとアローナは、親指を一本立てた。
「良い目をしているね、エムシン。 そう何だよね、あの二人。 さっさと付き合えばいいのに」
「て事は、付き合ってはいないのか」
「お互いを想ってるなんて傍から見れば丸分かりなのに、告白してないんだもん。 もう歯痒くって、歯痒くって」
「あ、やっぱりそうなんだ」
「ミリアも分かるでしょ。 あの二人、見ててもどかしいの。 でも口出すのも、なんかこうねぇ」
なるほど。 そういう物なのか。 異性と付きあった事なんかないから、全く分からなかった。
何せあの森に来る人なんて、殆どいないし。 実際、森での顔見知りなどじいちゃん以外では偶に来てたアデックス爺さんぐらいだった。
「でも仕方無いんじゃない? 男女の事なんて、当人同士以外は放っておくのがいいのよ」
「えー。 でもでもぉ」
「いいから。 放っておきなさいって、決める時は決めるわよ」
「ぶーぶー」
頬を膨らませながら、ミリアに抗議しているがあれは本気じゃないな。 どっちかというと、じゃれている様にも見える。
俺の気のせいかもしれないが。
それはそれとして、この部屋にはほかに目ぼしい物も見当たらない。 ならば、さっさと進んでしまおうとミリア達に声を掛けながら入って来た扉とは真向かいにある扉に向かって歩いていく。
すると、ミリア達も後に続く。 やがて到着した扉には、やはり取っ手が付いている。 しかしそれだけではなく、前の扉と違い装飾も見てとれた。 要するに前のガーディアン部屋の扉より、高級感が漂っているのだ。
「前の扉より凝っているな」
「そうね。 前のガーディアン部屋の扉は、もう少しシンプルだった気がするわ」
「そうだな、ミリア。 それは俺も感じた」
とは言え、先へ進むのに障害になる訳じゃない。 俺は扉の前に立つと、取ってに手を掛けて力を掛ける。 すると扉は、呆気なく開く。 と同時に、想像していなかった何かが襲ってきた。 それは、熱気である。 扉を開けた途端に、熱気が纏わりついて来たのだ。
今まで熱くもなく寒くも無かったダンジョンで、まさか熱気を感じるとは想像していなかった。 思わず後ろを振り向くと、ミリア達も何とも言えない表情をしている。 「俺も似たような表情をしているんだろうな」と思いつつ、取りあえず視線を前に戻した。
先を見ると、少し先までまっすぐ通路がある。 その先は下に向かっている様であり、そこから熱気が吹いて来る様だ。
また、そのすぐ脇には扉が一つ見える。 ただ扉自体は閉じられているので、その先がどうなっているかは分からなかった。
「えっと……つまりどういう事だこれ」
「ふん、そうだな。 少し待ってろ」
後に問い掛けると、ウォルスはそう言ながら俺を抜き先頭に出る。 そのまま、下に向かうだろう通路を降りている。 少し体が上下して居る様だから、今までと同じ様に階段が続いている事が想像出来た。
それからしばらくして、下に向かったウォルスが戻って来る。 その顔からは汗が滴っているが、冷や汗と言った類の物では無くただ気温による物のようだった。
「で、どうだったの兄貴」
「驚いた。 まさかダンジョンとはいえあんな状態だとは、想像して無かった」
しきりに感心と言うか、純粋に驚いているという雰囲気を感じられる。 それはいい。 それはいいんだが、それじゃ此方は全く分からないのだが。
「だから兄貴。 それじゃわかんないって」
「うーん。 口で説明するより、見た方がいい。 今までと違って階段を下りた先に部屋は無いけど、そこから出ても進まなければ危険は無い……と思う」
「何でそう思うの?」
「少しの間、思わず見入ってしまったんだよ。 階下の光景に。 その間襲われなかったんだから、その場に居る限り危険は少ないと思う」
何とも想像造力を高めてくれるコメントに、ウォルス以外の全員で視線を目くばせした。 どの道、この場に居ても分かる訳が無い。 ウォルスの言う通り確かめて見るとしようか。
お互いに軽く頷き合うと、階下へと向かう。 一歩進む度により強くなる熱気に汗をたらしつつ進むと、やがて階段の先が明るくなっている事に気付く。 それもただ明るいだけではなく、赤い光が見えるのだ。 その光に、ますます眉を顰めながら慎重に階段を下りていく。 やがて間もなくその赤い光の意味を知る事になるが、階段を下りて視界が開けるとそんな赤い光など全て脳裏から消えていた。
「……な、何だこりゃ!」
「これって……溶岩……だよね」
「え、ええ。 多分……ね、アローナ」
視界が開けた先に広がっていた景色、それは溶岩だった。
と言っても、別に階全てが「溶岩の海!」なんて事は無い。 ちゃんとした通路はある。 だが溶岩の川が流れていたり、通路のすぐ近くには溶岩が溜まって池というか湖の様になっている場所があったりしているのだ。
こんな景色、はっきり言って生まれてこのか方見た事など無い。 「ああ、ウォルスが見入ったってこの景色の事なのか」と半ば強制的に納得させられてしまった光景だった。
「…………って、痛っ!」
自分の意思とは無関係にしばし見入ってしまった訳だが、やがて唐突に出たアローナの言葉に呆けていた意識が少しは戻って来る。 少し夢心地のままアローナに視線を向けると、彼女は自分の腕を押さえていた。
そんなミリアの様子をみて急速に意識が回復した俺は、急いで彼女に駆け寄る。 そして抑えている腕を見ると、赤く腫れているのが見て取れる。 訝しげに眉を寄せながらも、俺は回復の効果を持つ気術を彼女の腕に掛けた。
「治癒功」
「ありがと、エムシン」
気術における回復術の効果は、精霊術や神術より落ちる。 だがそれでも十分な効果を発した様で、彼女の腕の腫れが治る。 その事を確認すると、取りあえずはその場から上の階へと戻った。
上の階に戻ると、ディアナがアローナの腕を改めて見る。 神術使いは治療に貢献する事が多い為か、医学的な知識を持っている者が多いらしい。 勿論、本物の医者よりは落ちるのだそうだ。
だが、その差など医学的な知識を持たない物から見ればないに等しいものだよな。
「……うん、大丈夫ね。 よかった、火傷は残らないわね」
「そうだね」
幾ら神術より回復効果は落ちるとはいえ、そこまで心配されるのは心外だ。
それにダンジョン探索や、ギルドで仕事を受けている時点で怪我をするなど必須の出来事の筈である。 それであるにも拘わらず、本当に嬉しそうにしているディアナに首を傾げた。
「なんか納得できないが、まぁいいか。 それでアローナは、何で急に怪我をしたんだ?」
「急に怪我って……エムシン、ディアナが火傷って今言ったじゃない」
「え? そうだっけ?」
アローナの言葉に、思わず眉を寄せる。 すると、ディアナがアローナの言葉を肯定した。
「そうです、エムシンさん。 それからアローナが火傷をした理由ですけど、あの場所のせいだと思います」
「あの場所って、溶岩が流れていたり、溶岩の池なんかが出来ていた階下の事……だよな」
「はい。 その認識で合っています」
ディアナの話によると、溶岩のせいで空気が焼けているらしい。 その為、長時間いると火傷と同じ様な症状が体に現れるのだそうだ。
「つまり、アローナの腕が赤く腫れたのは火脹れ?」
「エムシンさん、その通りです」
「それで対処法は?」
「極短時間で抜ける事が可能ならば、術を掛けて治療すれば大丈夫だと思います。 幸い、三人も治せるみたいですので。 しかし、どれくらい続くのか先が見せませんので別の方法を考えた方がいいと思います」
「それって、耐火のアイテムか何かを手に入れろって事だよね」
最後に尋ねたアローナの言葉に、ディアナは確り頷いた。
となると、一度町へ戻った方がいいだろう。 それに、すぐそこにある扉も気になる。 と言う訳で、扉に手を掛けて押し開く。 抵抗などなく開き、そこには通路が続いている。 だが何よりよかったのは、扉の中の空気が熱を帯びていない事だ。
しかし、このまま扉を開けたままでいると通路の空気を熱を帯びかねない。 急いでパーティメンバーを通路の中に入れると、扉を閉めた。
「うわー。 極楽、極楽ぅ」
言葉尻に音符でも見えるんじゃないかと思えるぐらい、アローナの機嫌がいい。 まぁ、気持ちは分からなくもない。 我慢できない訳では無かったが、相当に熱かったからな階下の空気は。
取りあえずそのまま進むと、やはり扉へと突きあたる。 取ってに手を掛けて力を入れると、音もなく扉は開く。 その中は、然程広くは無い。 そして部屋の中央には、前にガーディアンを倒した後に入った部屋と同じ様な碑が建っていた。
「……これも帰還の碑だね。 機能は少し追加されているみたいだけど」
「追加って、どんな物が追加されているんだアローナ」
「一つは、地上へと帰れる機能。 これに関しては、前の碑と同じ。 そして追加されているのは、碑と碑を行き来する機能だね」
「それって、地下五階にも行けるって事か」
「うん。 ただ、今更地下五階に行ってもしょうがないけどね。 ダンジョンの構造が変化した後なら行く理由にはなるけど……」
「なるけど?」
「敵の強さや構成が変わるって話は聞いた事ないから、目的が無い限り行っても無駄だよね」
あー、なるほど。
目的の魔物とかが居れば別だけど、基本弱い相手しか居ないのなら行く意味は無いわなそりゃ。
「さて、機能については分かった。 取りあえずは、地上へそして戻ろうか」
「そうだね兄貴」
話が一段落したと感じたのか、ウォルスが地上へ戻ることを提案して来る。 するとアローナが即座に同意し、此方としても特に異論は無いので皆が追随して頷いた。
「じゃ、戻るとしますか」
そんな俺の言葉を皮切りにして、全員が碑に触る。 すると間もなく、帰還の碑は発動。 全員が、あの奇妙な感覚に襲われたのであった。
ご一読いただき、ありがとうございました。




