第二十五話~ケンタウロスゴーレム~
第二十五話~ケンタウロスゴーレム~
ガーディアン(守護者)の部屋の中央に鎮座してしていた何かは、ゆっくりと動き出している。 即座にミリアは、光源であるウィラザウィスプをコントロールして部屋の中を照らした。
すると浮かび上がったのは、光を反射して黒光りするゴーレムだ。 その姿は上半身は人型で、下半身は馬である。 そして手には、騎士が持っている様なランス(騎士槍)を手にしていた。
いわゆるケンタウロスであり、そして体表面の質感はどう見ても金属としか思えない光沢を放っていた。
「ケンタウロス型のゴーレムね。 となると、ゴーレムだけど素早く動くから気を付けて」
「アローナ。 素早くってどれくらいだよ」
「基本、重装備の騎士だと思えばいいわ兄貴。 ただ、騎士と違って体自体が金属だから重装備ゆえの愚鈍さが無いのよ」
動きが早い重装備など、通常の攻撃は通じづらいという事に等しい。 それでも生体なら鎧越しでも攻撃の通る「徹振撃」でも叩き込んでやればいいが、相手はゴーレムではそうもいかない。 つまり純粋な物理的に、相手を止めるしか無いのだ。
この辺りは、ゴーレム共通の面倒くささと言えるのだが。
「ガード・サークル(防御陣)・エリア」
すると、ディアナが神術を唱える。 足元に円陣が出来たかと思うと、円陣から溢れた優しい光に覆われた。
「防御力を上げました。 これで、幾らかは耐えられます」
どうやら今の神術は、味方の防御力を上げる術の様だ。
戦闘になるのは必至であった為、相手を視認後は部屋に入ってある程度は散開している。 その為か俺とウォルスには効果があったが、全員が術の恩恵を得る事は無かった。
正にその時、ケンタウロスゴーレムは眼に赫い光を灯しながら立ち上がる。 その場で四足を数回かいたかと思うと、手にしたランスを構えた……と同時に、此方に向かって突進して来た。
金属の塊が突っ込んで来るのだから、その迫力は中々と言える。 しかしそれぐらいで足がすくんで動けなくなるなどという事は無いし、皆にしてもそんなやわな神経はしていない。 全員が余裕でと言う程でもないが、それでも全員が避けるとその直後にゴーレムが駆け抜けた。
誰も槍の餌食になる事は無かったが、やはり迫力はある。 避け損ねる者が出ないうちに、片付けてしまうのが理想的だろう。
俺は一足飛びでケンタウロスゴーレムに近づくと、馬の足を折るべく蹴り放つ。 機動力さえ奪ってしまえば、幾ら堅くてもさほど怖くは無いと判断したからだ。
しかしゴーレムは巧みに動いてその攻撃をさけると、上から串刺しにせんとばかりにランスを突く。 即座にその場を蹴って距離を取ることで、その攻撃を避けた。
「なるほど、反応が早いな」
「アイススピア!」
「ノーム!」
ケンタウロスゴーレムの速さに感心した直後、魔術と精霊術が放たれる。 氷で出来た槍は俺が攻撃しようとした足へ向かって、間髪置かずにミリアが唱えた土の精霊術により土槍が向かっていく。
『え!? かわされた!!』
しかし、ぎりぎりのところで術を回避してみせると再び距離を取る。 そして手にしているランスを此方に向けると、再度攻撃して来た。
またしても、ランスチャージによる突撃である。 槍の穂先はミリアを捕えていたが、彼女はすぐにステップを踏むとゴーレムの攻撃を何とか避けていた。 その動きは出会った頃よりましと言えるレベルであり、洗練しているとまでは言い難いが以前に比べれば遥かに良い。 奇しくも指導の効果が見れた事で、内心で少し嬉しくなってしまった。
さて駆け抜けたケンタウロスゴーレムだが、勢いを殺さずに回り込むと突撃して来る。 この部屋は障害物は無くただ広い部屋なので、動きを妨げる物など無かった。
唯一あるとすれば、正しく俺達がその存在なのだろう。 そんな邪魔ものを排除するべく走りまわっているゴーレムな訳だが、何度が避けているうちに相手の速度にも慣れた。
「そろそろ、反撃と行くか……ハァッ!」
気を練り、全身に巡らせてから術を発動させた。
術の発動の為に気が全身を覆うが、それもまた一瞬でしかない。 僅かの間、微かに光ったかと思うと何も無かったかの様に光は消えた。
だが、確かに術は効果を表している。 今の術は身体強化の術であり、主に力と体力を向上させる効果が表れるのだ。
その術の感触に笑みを浮かべつつ、思いっきり踏ん張る。 すると駆け抜けてから回り込んだケンタウロスゴーレムだったが、またしても槍を構えて突撃を仕掛けて来た。
近付くまでは標的がはっきり分からないので全員が避けるために動きだす中、俺はどっしりと構える。 そんな面子の中で一人動かない俺に対してゴーレムはターゲットと決めたらしく、ランスを構えつつ迫ってきた。
「エムシン! 避けて!!」
一人動こうとしない俺に対して、悲鳴に近いミリアの声が届く。 そんな声を無視し、少しだけ動いてランスの攻撃軸線上から動く。 そして目の前にまで迫った槍を小脇に抱えると、受け止めた。
だが当然の如く、突撃の勢いのままに押されていく。 しかし気術を使用して上げた身体能力に物を言わせて、勢いを削いでいった。
石か何か分からないが固い床に足を擦る跡を残しながらも、後方に押されていく。 しかし、俺と言う障害物が抑えている事もあり、ケンタウロスゴーレムのスピードは徐々にだが落ちていった。
やがて内心で「ここだ!」と判断した俺は、更に腕に力を入れてゴーレムの槍を斜め下方向に変える。 力のベクトルが変わったと判断した瞬間、更に気合を込めて腕に力を込めた。
「うおおおおおお!!!」
ランスチャージの勢いと底上げした身体能力で一瞬だけゴーレムを持ち上げると、そのまま強引に後ろに向かって放り投げる。 空中へ放り出されたケンタウロスゴーレムは、踏みしめる足場など無い中空で足を動かしながら宙を舞っていた。
「ウォルス!」
「応っ!!」
ランスを受け止めた事で痛めた脇を押さえつつ、ウォルスに声を掛ける。 待ってましたとばかり彼はに駆け出すと、地面に落下してその重さから床を震わせたケンタウロスゴーレムに対してバスタードソードを振り降ろした。
しかし、その攻撃は相手にあと一歩届かない。 ケンタウロスゴーレムは、手にしていた槍でバスタードソードを受け止めていたからだ。
ウォルスが必殺とばかりに放った一撃を受け止められた為か、むきになった様な雰囲気でそのまま押し込もうとしている。 しかし力はゴーレムの方が上らしく、不十分な体勢であるにも拘らずまるで絵の描かれているかの様に両者の動きは完全に拮抗していた。
「ウォルス! 距離を取って!!」
そんなウォルスに対して、ディアナが鋭く声を掛ける。 即座に反応したウォルスは、力一杯床を蹴るとゴーレムから距離を取る。 その直後、まるでさっきのリプレイを見ているかの様に、二つの術がケンタウロスゴーレムに襲い掛かった。
「ノーム!」
「アイススピア!」
流石に体勢不十分では、素早くても避ける事は叶わないらしい。 ケンタウロスゴーレムは、避ける間こそあれまともに術を喰らっていた。
先ず襲ったのは固められた土で出来た槍であったが、材質のお陰か貫かれてはいない。 しかし、再び空中へと浮かされている。 そこに、アローナの放ったショートスピア状の氷が何本も向かっていった。
空中で避けるなど、普通は先ず出来ない。 そしてケンタウロスゴーレムも例外ではなかったらしく、まともに術を喰らい下半身を凍らせていた。
「今度こそ! 喰らえっ!! 鉄クズっ」
そこに再度距離を詰めたウォルスが、裂帛の気合と共に剣を振るう。 術を喰らったせいかそれとも時間による劣化によって耐久性が落ちていたのか、若しくはウォルスの一撃が素晴らしかったのかケンタウロスゴーレムは体を歪ませていた。
「エムシン」
「任せろ! 弧連蹴」
俺は痛む脇を堪えながら踏み込むと、回し蹴りの要領でランスを蹴り飛ばす。 そのまま、蹴りの四連撃を喰らわせる。 都合五回の連続蹴りを喰らったゴーレムは、大きく吹き飛んだ。
「行きなさい。 ライトアロー(光の矢)!」
「え?」
体を歪ませながらも立ち上がろうとするゴーレムに、新たな術が飛んでいく。 術を唱えたのは、ディアナ。 まさか神術に敵を攻撃する様な術があるとは全く知らなかったので、思わずディアナを見てしまう。 しかし、見ていたのは俺だけだった様だ。
「フレアランス!」
「ノーム!」
アローナの放つ術の種類は変わっていたが、魔術と精霊術が連続してゴーレムを襲っている事に変わりは無い。 その直後、そして間髪入れずにウォルスが駆け寄ると力一杯バスタードソードを頭に振り降ろした。
すると、その一撃が止めであったらしい。 動き始めると同時光っていた目の部分の光が消えたかと思うと、「ガシャン」と言う音と共にケンタウロスゴーレムの体は横たわっていた。
「大丈夫ですか?」
「あ、ああ。 何とか」
声と共に近寄って来たディアナに返答する。 彼女は鎧を脱がせて俺が負った傷を確認したかと思うと、セイクリッドランゲージ(神聖語)による詠唱と行った。
「ハイ・ヒール」
やがて神術が発動すると、傷が塞がっていく感じがある。 ランスを受け止めた名残として残ったのは、擦れた跡の付いた鎧にだけだ。
体から痛みが無くなった事に、安心しつつ立ち上がる。 軽く体を動かしてみるが、特に違和感などは感じられなかった。
「どうですか?」
「ああ。 大丈夫だ。 でも流石は神術、よく効くな」
俺の言葉に、ディアナは笑顔で答える。 そこに、ミリアが近寄って来た。 ウォルスとアローナが居ないのでゴーレムの方を見ると、兄妹はケンタウロスゴーレムを調べているらしかった。
「エムシン。 無茶するわね」
「いや。 行けると思えたからな」
これは強がりでも何でもない。 確信があった訳ではないが、恐らく行けるだろうと思えたから実行したのだ。 そうでなければ、別の方法を考えていただろう。
「それでもよ。 結構重さあったでしょう」
「無理はしないさ。 それより、あっちはどうなんだ?」
「さあ。 行けば分かるわよ」
「それもそうだな」
ミリアの言葉に頷くと、彼女とディアナを伴ってウォルスとアローナのところに向かっていく……が、その途中で奇妙な感じがして思わず立ち止った。
「どうしたのです?」
そんな俺の様子を見て、ディアナが声を掛けて来る。 また、言葉こそなかったが、ミリアもまた不思議そうな顔をしていた。
「……いや、なんか妙な感じがした様なそうでない様な……ミリアは感じ無かったか?」
「え? 感じ無かったけど……」
「そうか……じゃ、俺の気のせいだな。 行こうか」
『え、ええ』
ミリアとディアナに声を掛けてから、歩き始める。 最後に軽く後ろを見るが、広めの部屋の壁と入り口の扉が視界に入っただけだった。
「過敏になり過ぎだな、これは」
ご一読いただき、ありがとうございました。




