第二十三話~帰還~
第二十三話~帰還~
活動を停止したと思われるガーディアンゴーレムの様子を暫く警戒していたが、再度稼働する風には見えない。 ほぼ間違いなく停止したと思われる様子に、息を大きく一つ吐くと構えを解いた。
「倒せたか……」
「そうですね。 ところで、怪我はしていますか?」
「んー、大きいのは無い……けど、小さな傷はあるみたいだ」
ディアナからの問い掛けに自分の体をざっと確認すると、腕に血が付いていた。
既に血は乾いているので、多分戦闘中に何かの破片でも当たったのだと思う。 多分、放っておいても勝手に治るだろうと思えるぐらいい小さな傷だし、何よりガーディアンゴーレムからの攻撃で避け損なった物が無かったからだ。
少なくとも俺自身は。
「治療をしましょう」
「いいよこれぐらい」
「駄目です! まだ余裕もありますし、治療はしておくべきです」
「あ、ああ。 わ、分かった」
何時もは控えめでお淑やかといった感じのディアナの語勢に驚きつつ、頷く。 半ばディアナの勢いに押された感はあるが、了承した以上は素直に従う事にした。
差し出した腕を見たディアナは少し監察するかの様に傷を見た後、神術の詠唱を始める。 すると即座に効力を発揮して傷が塞がり、やがて腕に残ったのは血の跡だけだった。
「流石は神術師、回復はお家芸ってところだな」
「他にはありますか?」
「……いんや。 ないと思う」
そう言うとディアナは、ウォルスのところに行く。 様子を見る限りでは、彼にも同じ事を聞いている様だ。
因みに怪我を負っていたのは、俺だけだった。 ウォルスはラメラー・アーマーを着こんでいた事もあり、怪我らしい怪我は負わなかったらしい。
治療を終えると、ガーディアンゴーレムを調べてみた。 すると、ダンジョンに潜ってから今まで見つかった中で一番大きい魔石を見付けることが出来た。
「ガーディアンからは、まず間違いなく魔石を見付ける事が出来る筈よ。 但し、大きさは別にしてね」
「へー、そうなのか」
「少なくとも、私が聞いた話ではそうだったわよ」
ミリアの言葉に思わず感心すると、彼女はウインクしながら言葉を付けくわえた。
それはそれとして続けてガーディアンゴーレムを探ったが、魔石の他には見付からない。 周りを見回しても特に目につく物は無いので、皆を促して先に進む事にした。
見ると、部屋の反対側には入って来た扉とは別に一つ扉がある。 恐らく、そこがこの場所からの出口だと思われた。
扉は取っ手があるだけの、至ってシンプルなデザインだ。 また鍵などは掛かっておらず、鍵穴も見当たらない。
全員へ頷いてから取ってに手を掛けると、扉は簡単に開いた。
そのまま扉を潜ると、そこは小ぶりの部屋になっている。 そして正面には下へ降りる階段が見え、左手にはもう一つ扉が存在していた。
「此処に来て扉か。 正直に言って、予想外だったな」
扉を開ければ下への階段があるだけだろうと踏んでいただけに、下へ向かう以外の別ルートが存在するとは考えていなかったのだ。
「どうする?」
「勿論向かうわ、扉にね。 と言うか、ここは扉へ向かった方が絶対いいのよ」
「何でだ? ミリア」
「行けば分かるわ」
そう言うと、ミリアは躊躇いもなく扉を押し開く。 するとそこは、短めだが直線的な通路がある。 そして通路の先には、扉が一つ鎮座していた。
短い直線通路の先にある扉に付くと、ミリアはまたしてもあっさりと扉を開く。 そこは、あまり大きくない部屋となっている。 そして部屋の中央には、碑の様な物が立っていた。
大きさとしては、成人男性のみぞおちぐらいの高さであろう。 見た感じ、材質についてはよく分からない。 ただ何処となく神秘的な雰囲気を漂わせている……様な気がする碑だった。
「何だこれ」
「多分、帰還の碑よ」
「帰還の碑? なんだそりゃ」
全く聞き及んだ事のないミリアの言葉に、俺は説明を求めた。
「帰還の碑は、文字通り帰還できるのよ」
「え? マジ!?」
「ええ。 一説には「ガーディアンが守っているのはこの帰還の碑だ!」何て言うのもあるくらいなのよ。 確かにどんなに深く潜っても一瞬で地上に戻れるのだから、そう考えても不思議はないわ。 私は違うと思うけどね」
「ほーう。 ウォルス達は知っていたのか?」
「ああ。 一応な」
ウォルスの言葉に、アローナとディアナも頷いている。 どうやら知らぬは俺ばかりなり、だったらしい。 「それならそうと、教えてくれればいい物を」と思ってしまうのは、しょうがない事だろう。
うん。 間違いない。
「ねぇ、エムシン。 何一人で頷いているのよ?」
「いんや。 何でも無い」
「そお? なら、いいけどね」
「それはそれとして、置いておけ。 ところでこの帰還の碑って、やっぱり地上に帰るだけなんだよな」
取りあえず、一番知ってそうなミリアに碑の効果と言うか機能と言うかその様な物を尋ねてみた。
彼女の答えによると、この碑は地上と言うかダンジョン一階にある見た目は似ている碑まで戻れるらしい。 また帰るだけでなく、再度この場所まで戻って来る事も出来るらしかった。
「へー。 便利な物だな」
「そうね。 そしてこの碑があるお陰で、ダンジョンへ籠りっぱなし何て事態にもならないで済むわ」
「あー、そうか。 確か、アローナがマッピングしてたっけ。 もし迷ったり強敵が出てた、ここまで戻ればいいんだ」
だがしかし、その言葉に皆が苦笑を浮かべた。 その様子に、眉を寄せて訝しげな顔になる。 するとミリアが、俺以外の面子が苦笑した意味について教えてくれた。
「エムシン。 マッピングだけど、暫くすれば意味が無くなるわ」
「え? 何でさ」
「ダンジョンってね、暫くすると内部構造が変化するのよ。 一階とガーディアンが居る階は変わらないのだけれど、それ以外の階は変わってしまうの。 構造が変わる迄に掛る期間は、ダンジョンによってまちまちらしいわ」
「構造が変わるだって!?」
ミリアから出たまさかの言葉に、思わず皆の顔を見る。 すると全員が全員、頷いていた。 その様子に、ミリアの言葉が嘘では無い事を実感する。
最も出会ってこの方、ミリアが冗談は兎も角嘘を付くのを聞いた事は無かったが。
「じゃ、じゃあアローナ。 何でマッピング何かしてたんだよ!」
「勿論、二度手間を省く為と迷わないからよ。 いい、エムシン。 逆に言えば、ある一定期間はダンジョン内の構造が変わる事は無いと言う事なのよ。 だからマッピングをしておけば、内部構造が変わるまでダンジョン内で迷う事は無くなるわ。 それに、一度行った場所をもう一回くと言う無駄も省けるからね」
迷う事の防止と無駄を省く為のマッピング……ね。
確かに、あった方が便利と言えば便利か。
「ふーん。 と言う事は、ギルドの出張所で地図を売って無かったのってダンジョンの内部構造が変わるせいか?」
「そうよ。 そしてその事を知っていたから私達は何も言わなかったし、地図を購入しようなんて考えなかったのよ」
「なるほどねぇ」
「最も地図なんて売り出されていたとしても、買えなかったでしょうね」
「何で?」
「べらぼうに高くなるのは、まず間違いないからよ。 例えその地図の示す階が、浅い階でもね」
「……そんなもんか?」
「そんなものよ。 さて、と。 話はこれまでとして、一度戻りましょう」
取り合えず、ミリアの提案に乗り帰還の碑を発動させてみる事にした。
やり方は至極簡単で、ただ触れればいいだけらしい。 内心、わくわくしながら碑に触ってみる。 その途端、奇妙な感覚に襲われた。
思わず目を瞑り掛けたが、何とか堪える。 そして僅かの間に奇妙な感覚は無くなり、俺達は碑に触れた状態で立っていた。
「付いた筈よ。 ダンジョン一階に」
「え? 見た目、変わってないだろう」
あくまで感覚的にだが、今立っている部屋の広さに変わりがある様には思えない。 見た感じ、部屋を構成する材質にも変わりがある様には見えなかった。
「いいえ。 変わっているわ。 扉の場所が違うでしょ、エムシン」
「え?」
思わず正面を見る。 するとそこには、壁しか見えない。 慌てて視線を巡らすと、扉は背中の方に存在していた。
俺が碑を触った時は、正面に扉があったにもかかわらずだ。
「さ、取りあえず出ましょ」
ミリアに促されて、ぞろぞろと扉から出る。 するとそこには、長めの一本道が続いていた。
この構造を見るだけでも、入った部屋とは違う事を認識させられる。 ガーディアンゴーレムを倒した後に入った碑があった部屋は、階段の降り口にあった扉から伸びる短い直線通路だったのだ。
やがて少し行った先には、やはり扉が見える。 ただ今まで見た扉と違い、かなり手が込んでいるように見受けられた。
その扉をグッとミリアが押すと、あっさりと扉が開く。 そこは、ダンジョン一階入り口から少し入った場所だった。
「あれ? 前に通った時は、壁だったよな」
「ええ。 この扉は、使用して初めて見える様になるらしいわ」
どんな力が作用しているのか分からないが、何か術が掛かっているのだろう。 神術なのか魔術なのか、それとも精霊術か気術かまでは分からないが。
その事は置いておき、ダンジョンの入り口に向かう。 到着した入口の外からは、陽の光が差し込んでいる。 その光の色から推察するに、夕刻であろう事が想像出来た。
やがてダンジョンから出ると、やはり夕方である。 まだ赫い夕陽が見えると言う程の時間ではないが、恐らく二時間もすれば陽が暮れるのはまず間違いなかった。
「しっかし、本当に一階に着いたんだな」
「だから言ったでしょ。 一階に帰れるって」
「ああ、そうだな……でも、あの感覚は毎回なのか?」
「何の事?」
「帰還の碑で一階へ移動した時の感覚だよ。 あの襲われた奇妙な感覚の事だ」
「ああ、あれね。 ええ、そうよ」
そんなミリアの言葉を聞いて、肩を竦めた。
あまりいい感覚では無いのだが、ミリアの言葉から推察するにまず間違いなく襲われる物らしい。 ならばそういうものだと、割り切る事にした。
「ただあの感覚、どこかで感じた様な気がするんだよな……うーん、あっそうか。 酒を飲んで酔った様な感じに近いんだ」
自分の口に出してみて、初めて納得出来た様な気がする。 ただ俺は、ぶっ倒れるまで飲んだ事は無いのであくまで「かもしれない」でしかなかった。
「ね。 此処に何時までいてもしょうがないわ。 取りあえず、ギルドまで移動しましょ」
「そうだな。 取りあえず、ギルドに入ろうか」
その言葉に全員が頷いたのを見た後、ギルドのダンジョン出張所の扉を押し開いたのだった。
ご一読いただき、ありがとうございました。




