第二十一話~ダンジョン突入~
第二十一話~ダンジョン突入~
ダンジョン(地下迷宮)の入り口、それは崖に穿かれた穴であった。
一見すると洞窟の様にも見えるのだが、それはまずあり得ない。 その理由として先ず床が滑らかで平である事、また洞窟にならよくある様なつらら石が全く見当たらない為だ。
洞窟につらら石がある事は、爺ちゃんから教えられて知っている。 嘗て住んでいた森の家近くには洞窟があったので、爺ちゃんに現地で現物を見ながら教えてもらったからまず間違いはない。
因みにその時、地面も凹凸無く平らになるなどまずあり得ないとも教えられていた。
「さて、では記念すべき第一歩と参りますか」
「あ、ちょっと待って」
初めてのダンジョンに足を踏み入れようとした俺を、ミリアが止めた。
何となく気が削がれたので、彼女に非難めいた視線を向ける。 すると、ミリアが何かを呟いていた。
それがサイレントスピリッツ(精霊語)であったので、何も言わずに待つ事にする。 やがて程なくして、彼女の術は完成した。
「ウィラザウィスプ(光の精霊)よ」
その直後、アローナの掌に拳大ほどの光の塊りが現れる。 その塊は青白い光を発しながら、俺達五人の中で身長が一番高いウォルスの頭の更にやや上ぐらいの高さを浮遊し始めたのだった。
「何だ? その術」
「光の精霊から力を借りる精霊術よ」
「へー」
なるほど。
それで一瞬だけ、気配を感じたのか。 だけどやっぱり、精霊の姿は見えなかったな。
「じゃ、行きましょ」
「おうっ!」
今度こそ俺達は、ダンジョンへの第一歩を踏み出すのだった。
ダンジョンの中に入ると、此処が洞窟では無い事をまざまざと見せつけられた。
前述した様に床は滑らかだし、つらら石もない。 何と言っても、壁が全く違う。 洞窟の様な雰囲気ではなく、加工された石を積み上げたとしか見えない壁なのだ。
それに触ってみると、石とは全く違う手触りである。 はっきり言えば、よく分からない代物なのだ。
なお、床の手触りも壁と同じである事から、同じ材質だろうと推測できた。
「しっかし、何なんだろうな。 石の手触りじゃないし……かと言って金属でもない」
「噂には聞いていたけんだけど、これがダンジョンの材質なんだね」
アローナが感心した様に、床や壁を触っていた。
俺としても興味が無い訳ではないが、何時までも立ち止まっている訳にもいかない。 取りあえず、皆を促して先に進む事にした。
ダンジョンを進むに当たり、並び順は事前に決めている。 先頭は暗くてもある程度が見渡せるミリアが務め、そのやや後ろに気配を読むのが一番長けているという理由から俺となっている。 その後ろにアローナとディアナが並び、最後尾はウォルスが付いていた。
なおディアナは、松明を手に持っている。 その為、後が薄暗いという事も無かった。
さて、その順番で通路を進んでいるわけだが、入口から続く通路は曲がる事なく真っ直ぐに伸びている。 実は迷宮と言うぐらいだから複雑な構造をしているかと予想していたのだが、思ったよりシンプルで肩透かしを食らった気分だった。
「もっと、曲がりくねったりしているのかと思ってたよ」
「そんなダンジョンもあるらしいけど、大抵の場合一階は結構シンプルらしいよ」
「そうなのか? アローナ」
「うん。 と言っても、聞いた話ではだけどね」
「ふーん、なるほどねぇ」
「ストップ。 十字路よ」
アローナに相槌を打ったその時、先頭のミリアから待ての声が掛かる。 彼女の言葉に従って止まりながら改めて前に視線を向けると、確かに十字路がそこにはあった。
気配を探ってみたが、全く探知は出来ない。 その事を皆に告げると、ゆっくりと十字路に向かって歩み出した。
やがて十字路に差し掛かると、ミリアが明かりを操って分かれた通路の先をそれぞれ照らし始める。 すると正面の通路は、少し行くと行き止まりとなっている。 そして左右の通路は、それぞれ真っ直ぐ伸びているのが分かる。 最もそれほど奥まで明かりを移動させたわけではないので、左右の道が本当にまっすぐ伸びているかは判断できなかった。
「一応、行き止まりを確認する?」
「アローナ、何でだ?」
行き止まりと分かっているにも拘らず確認を提案して来る彼女に、疑問を呈してみる。 するとアローナは、右手の人差し指をピコピコ揺らしながら回答して来た。
「それはね、壁に見せ掛けているだけとか隠し通路や部屋があったりする事があるからだよ。 ただ……」
「ただ?」
「まだ一階だからそんな仕掛けなんて無いとは思うけど、一応念の為ってやつ」
「なるほど。 ところで壁に見せかけるって、そんな事が可能なのか?」
「うん。 だから行ってみよ」
そう言う事ならと全員で真っ直ぐ進んでみた結果、何もありませんでした。 その壁にも、取り分けて何か仕掛けの様なものがあるという訳ではない。 本当に行き止まりなのだ。
「やっぱりな。 ダンジョンへ入ったばかりで、いきなり大そうな仕掛けなどある訳無いとは思ったが」
「そういう物なのか? ウォルス」
「ああエムシン、そういうもんだ」
「ふうん」
兎にも角にも何もないと事が分かった以上、行き止まりに何時までも留まる必要などない。 先ほどの十字路まで戻って、左右のどちらに進めばいいだけだ。
早速十字路まで戻り、どちらに進もうか考える。 だが考えたところで、答えなど出る訳が無い。 何せ「どちらに進むと有利か?」などと言う情報を持っている訳ではないのだ。
「左右のどっちに進んでも、先が分からない以上は危険度も同じだ。 ならば、シンプルに決めるか。 表なら右、裏なら左だ」
そう言いながら懐から硬貨を一枚取り出すと、指で弾く。 「キンッ」と言う音を残して弾かれたコインは、やがて掌の上に落ちてくる。
「面だ。 と言う事で、右に行くぞ」
通路を暫く進むと、通路は左に折れている。 そのまま進んでいくと、通路の先に気配を感じた。
その数は二つ。 しかし、光が照らす範囲に入っていないのでどの様な姿をしているのか皆目見当がつかない。 程なくして明かりの範囲内に現れた姿は、コボルトだった。
そのコボルトだが、一応魔物扱いとなる。 最も強くは無い魔物で、ギルド入会したての駆け出しであったとしても一対一ならばまず負けはしないだろう。
何せ魔物のくせに臆病で、相手に気付くとそれが子供でもない限りまず逃げ出す。 同等数以上の味方が居ないのであれば、戦闘は行わない。 そんな魔物なのだ。
だが二体のコボルトは、そんなある意味常識を覆してくれた。 何と憶する事なく、奇声を上げて向かって来たのだ。
「逃げずに向かってきたよ」
森に居るコボルトとは全然違う行動にいささか面を喰らうが、それでも迎撃の準備は整える。 それはミリアも、同じであった。
彼女は幾つかの炎の塊りを生み出すと、全てが一体のコボルトに向かっていく。 避ける間もなく直撃を受けたコボルトは、全身を炎に包まれながら絶命した。
火の精霊であるサラマンダーに力を借りたのだろう。 恐らく、ディアナが手にしている松明の炎を依り代にしたのだろうと思われた。
そして残りの一体だが、俺のところに向かって来た。
此方に来たコボルトは手にした刀身が錆びたショートソードで切りつけて来たので、半身になって避ける。 と同時に、裏拳で鼻面を殴ってやる。 するとコボルトは、その痛みにショートソード落として顔をおさえていた。
「隙ありっと」
腹に膝を叩き込み体をくの字にさせると、コボルトの頭を持つ。 そのまま顔面を床に叩きつけ、追い打ちとばかりに後頭部に足を振り降ろした。
その一撃にコボルトは、くぐもった声と共に体を一瞬だけ振るわせる。 多分止めの筈だが、念の為に残心をしておいた。
だが、コボルトに動く気配は無い。 それは、ミリアの精霊術で焼かれたコボルトも同じである。 そこで警戒を解くと、大きく息を吐いた。
「さて、魔石はあるのかな?」
「さぁ。 ダンジョンを深く潜れば潜るほど、魔石は出やすいらしいよ。 あと、質も深いほどいいみたい」
「ふーん。 ま、取りあえず探ってみるか」
見付かったのは、コボルトが身に付けていた錆びたショートソードと質の悪い皮鎧だけである。 要約すれば、何も持っていなかったのだ。
「魔石は無いみたいだよ」
一緒になって魔石を探っていたアローナが、少し残念そうに言う。 それも致し方ない、図書館で見た文献によると必ず手に入るという代物ではないのだから。
「じゃ、しょうがない。 ところで、この死体ってどうするんだ?」
「放っておけばいいみたいよ。 いつの間にか消えているらしいわ」
ミリアの返事に、驚いた。
しかし、ダンジョンの由来については、諸説ある上に結局よく分かっていない。 ならば、そんな不思議な事もありうるのだろう
「で、武器と防具は?」
「質の悪い皮鎧と錆びた剣なんて荷物になるだけだろ。 放っていこう」
「それもそうだな」
ウォルスに同意すると、コボルトの死体も含めて放っておく事にしてそのまま通路を進む。 やがて向かって右側の壁に、扉が見えて来た。 特別豪華などと言う事もなく、ごく普通の木製扉だ。
「さて、鬼が出るか蛇が出るか」
「その言葉ってよく聞くと、どっちが出てもあまりいい気分じゃないよねディアナ」
「そうね、アローナ」
扉を開こうとしたにも拘らず後ろで交わされるアローナとディアナの会話に、何とも言えない気分になった。
「……あのさ、気を削がれるから止めてくれるか二人とも」
『ごめんね(なさい)』
再度、気を入れて扉の向こうにあるかもしれない気配を探る。 しかし何も感じられないので、ゆっくりと扉を開けてみる。 するとそこは、部屋だった。
決して狭いという事もない、五人全員が入っても息苦しさなどは感じ無い部屋であった。
「……しっかし、殺風景な部屋だな」
「そうね。 おまけに何もないわ」
「つまりただの部屋?」
「そう言う事ね」
ミリアがそう言うと、アローナが何かに書き付けている。 何を書いているのか不思議に思い、尋ねてみた。
「何してるんだ?」
「マッピングよ、マッピング」
「マッピング?」
「そ。 マッピング。 何が起こるか分からないから、簡単な構造を描いておくの。 一応ね」
「ふーん。 結構時間掛かるか?」
「もうちょっとで終わるから、もう少し待っててよ」
やがてアローナの言葉通り、十分も待たずに作業が終了したので部屋を後にする。 通路に戻り先に進むと、道はT字路となり左右に分かれていた。
一瞬、コインで決めようかと思ったが、道が分かれているところでそんな事を繰り返していたら時間が掛かってしょうがない。 よって、感で進む事にした。
T字路を、迷うそぶりを見せずに右へ向かう。 暫く進むと、先に気配を感じる。 今度は此方と同じで、五つほどの気配だ。
「ストップ、気配が五つ。 此方に近づいて来る」
「本当か?」
「嘘言ってどうする」
「それもそうだな」
ウォルスに答えてから、身構える。 やがて、明かりの中に五つの姿が現れた。 大きさとしては、十才位の子供と同じぐらいである。 その魔物の顔は、はっきり言って、憎々しいの一言に尽きた。 その時、後ろのアローナからマギ・ワード(魔術語)が聞こえてくる。 それも、聞いた事のある言葉だった。
「それは確か……眠りの呪文だったっけ?」
「ヒュプノディック・クラウド(眠りを誘う雲)」
問い掛ける間もあればこそ、術が完成する。 薄い靄の様な物に包まれた魔物は、雄叫びを上げる暇すらなくパタパタと倒れ伏していく。 倒れた衝撃で目を覚ますのではないかと思ったが、そんな事は無かった。
「取りあえず今のうちに止めを刺しておくとして……これは何なんだ?」
「何って魔物よ」
「いや、そうじゃなくてミリア。 名前は何なのかと聞いているんだよ」
「ああ。 ボガードよ」
「ふーん。 ボガードって言うのか、初めてみたよ」
「あら。 見た事なかったの?」
「少なくとも、森には居なかった。 森を出てからも、見てないし」
「じゃ、一つ勉強になった訳ね」
「そう言うこったな。 さて、魔石はあるのかな?」
探ってみたが、出て来ない。 やはり階層が浅いと、魔石を入手できる確率は悪い様だ。 それにボガードは、装備品もない。 実入りは全く無かったが、戦闘らしい戦闘をした訳では無いので不満が募るほどでは無かった。
「じゃ、先行こうか」
「おう」
その場を離れ、そのまま奥にと進む。 やがて通路の壁に、またしても扉が見えて来た。 先ほどの部屋と同じ様に、中の気配を探ってから扉を開ける。 そこは前に入った部屋とほぼ同じ大きさだったが、さきほどの部屋とは違う点があった。
それは、階段の存在である。 部屋の奥の壁がぽっかりと開いており、そこには下へ向かう階段があったのだ。
「地下への階段か……行くぞ」
『ええ(おう)』
ご一読いただき、ありがとうございました。




