第二十話~ダンジョンへ~
第二十話~ダンジョンへ~
翌日、朝食後に宿屋へ追加料金を払い、取りあえず部屋を一週間分確保する。 本当ならば昨日の時点で行っておけばよかったのだが、うっかりしていたのだ。 それも、揃いも揃って全員が。
間抜けな話だが、部屋自体は確保できたので良しとしよう。 うん、これでこの話題は終わりだ。
兎にも角にも部屋を確保した俺達は、アアクの町へと繰り出す。 そこで、ダンジョン(地下迷宮)探索に必要と思われる物品を購入するのだ。
因みに俺は、完全な荷物持ちだ。
何しろダンジョンなど、物心ついてからこの方一度も行った事など無い。 そんな俺が口出したところで、見当違いな事を言ってしまうだろう。 むしろミリア達の買う物を見て、後学の糧とした方が良いに決まっているのだ。
町の商店街を歩く事暫し、店の入り口に道具屋の看板を出している店を見付けると中に入る。 どうせ初めての町(ミリア達もそうであるらしい)だし、どの店が良いかなど皆目見当がつかないのだ。
店の中は、取り分け他の町の道具屋と変わり映えがする訳ではない。 旅に必要な道具や、回復薬や治癒薬などが並んでいる。 店の品揃えを何とはなしに眺めながら仲間の後について行くと、そこのは他の町には無いコーナーがあった。
普通店には、其々の品物が別々に陳列されている。 違いがあるとすれば、陳列の場所が大きな台か棚かぐらいでしか無い。 しかしそこには、複数の品物が纏めて売られていたのだ。
その名も、「迷宮探索セット!!」。
「……えーっと……ナニコレ」
その商品名には、態々びっくりマークが付いている。 それも、二つだ。
まじまじとその商品を見て俺は、思わず言葉を漏らす。 そんな俺の態度に「さもあらん」といった感じでウォルスが口を開いた。
「だよなぁ。 間違ってはないんだけど、このセンスはどうかと思うよな」
「でもさ兄貴。 端的に表してるんだよね、この商品名。 嘘は全然入ってないし」
「まぁなぁ」
妹と会話をしているウォルスの言葉を耳に入れながらも、視線だけは商品に目を向けていた。
「兎に角、見てみたら?」
「あ? あ、ああ。 そうか……そうだな」
何となく微妙な気持であったが、それでもミリアの勧めに従って陳列されている商品を手に取った。
それらの道具はいわゆる背負うタイプの袋に入っており、バックパックやリュックサックと呼ばれるものだ。 俺を含めて皆も持っている、ありふれたものである。 袋の中には、水袋やロープや松明など探索に必要とされる最低限の物が揃って入っていた。
なお旅に出る時にも、応用は可能だと思われる。 少なくともこれ一つあれば、最低限の道具は揃う。 迷宮探索や旅に慣れた者では足りないと思うかもしれないが、初めてであれば先ず問題は起きないだけの品揃えだった。
「うーん。 確かに必要なセットだと思うんだが、この何とも言えない感じは何なんだろう」
「ま、まぁ。 気持ちは分からなくも無いんだけど、でも買う物を迷う必要はないでしょ」
選ぶ時間が短縮できるし、無駄どころか凄く効率はいい。 良いんだけど、どうしてもすっきりしない。 もやもやという訳ではないが、何かこうスッキリとしないのだ。
そんな俺の言葉に、ミリアだけではなくウォルスやアローナやディアナも揃って苦笑していた。
「そうなんだけどさ。 何か釈然としないかなぁ……ま、いいか! 考えったてどうにかなる物でもないし」
「そ、そうそう」
何か取って付けた様な返事に聞こえたが、追及しても仕方ないので考えない事に決めた。
それはそれとして、迷宮探索に必要と思われる物を揃えた後は、ミリア達が買う物を見ている。 彼女達が購入する物を見て、俺が手にしている「迷宮探索セット」に入っていない道具を買おうとしたが、ウォルスに止められた。
「エムシンの分は、俺達が買う」
「……いいのか?」
「最初だからな。 気にするな」
「そうか? じゃ、甘える事にするわ」
やがて皆が道具を買い揃えると、店を出る。 そのままの足で、俺達はダンジョンへと向かった。
目的のダンジョンがある場所は、町を出てから西へ約一時間ほど進めば見えてくる事は昨夜ウォルスから聞いている。 そのダンジョンへは道が続いているので、その道を辿っていった。
この道は、それなりに治安がいい事で有名らしい。 と言うのも、この道を使う者は殆どがそれなりの強さを持っているギルドメンバーである。 そんな彼らが複数、夜以外であれば往来しているのだ。
そんなところに、魔物や魔獣や盗賊などが出没するなどまずあり得ない。 よほど強い存在であれば話は別だが、この近隣にそんな飛び抜けて強い魔物や魔獣、若しくは幻獣などが出没しているなどと言った話が出ていれば先ずアアルの町で目撃情報なりが聞ける筈である。 しかしそんな話題は、爪の先ほども町では見当たらない。 それは即ち、とても強い個体が近隣に居ないという証左に間違いは無かった。
「のどかだなぁ」
道に程近い草むらから、鳥が飛び立つ。 恐らく雲雀だろうと思われた鳥を何気に目で追い掛けると、綺麗な青空が目に飛び込んで来た。
「そうだねぇ」
「おいおい。 エムシンもアローナもだらけてるなよ、魔物や魔獣が出た何て話はとんとないとは言えさ」
「分かってるよ、兄貴」
「大丈夫。 変な気配は無いから」
ウォルスが注意したが、俺とアローナの返事は全然違っていた。
無論嘘など言っては居ない、ちゃんと気配の探索は行っている。 ただ慣れた作業ではあるので、めいっぱい集中する必要が無いだけだ。
しかしそんな俺の言葉が信じられなかったのだろう、ウォルスが少し冷たい目で見ているのを感じた。
「エムシン。 そんな様子で言っても、信用度無いぞ」
「ふーん。 じゃ、証明してみようか」
「証明? どうやるんだ?」
空に向けていた視線を戻しながらそんな事を言うと、ウォルスは眉を寄せた。
「ウォルスが立っている場所から、右に進んでみな。 少しすると、鳥が飛び出してくるぜ」
「本当かよ」
「いきゃ、分かるって」
訝しげな表情をしたまま、ウォルスが道を外れて歩いていく。 すると間もなく、気配を感じた辺りから鳥が飛びだしてきた。
基本は茶褐色だが、頭から首に掛けて白っぽく見えたので多分ムクドリだろう。
「お、驚いた! 本当に居たよ」
「な。 嘘じゃないだろう?」
「あ、ああ。 だけど気配を探っている様には見えなかったがな」
「極自然に気配を探れないと、生き残るのが難しい生活だったからなぁ」
家の中ですら、本当に稀だが危険に遭遇する森である。 これぐらい出来なければ今頃野生生物か魔物か魔獣かは分からないが、腹の中に収まっていただろう。
「どんだけ厳しいんだよ! その生活環境!!」
「……さあ?」
「いや、さぁって……」
「物心つく前から、そんな風に生活しているんだぞ。 当たり前になった生活を、厳しいって感じるか? 比較する物もないのに」
「…………何気に凄まじかったんだな……」
ぽつりと漏らしたウォルスの言葉に、ミリアとアローナとディアナが何度も頷いている。 そんな皆の姿を見て「そんなに酷かったんだろうか」と俺は今更に考えてしまったのだった。
道での出来事は兎も角として、特に問題なくダンジョンへと到着した。
ダンジョンに向かう途中から、同情する様な目で見られるのが非常に鬱陶しかったが、それは脇に起きておく。
先ず向かったのはダンジョン……では無く、その入り口近くに建てられているギルドの建物だ。
ギルドの建物内の造りは、町にある支部と遜色は無い。 違いがあるとすれば、店が一軒入っているのと治療所と思われる施設だった。
「あれ? なんか少しましじゃないか、宿泊施設」
「ああ。 ダンジョン近くに建てられているギルドの宿泊施設は、宿屋も兼ねているらしいからな。 町のギルドにある様な、緊急避難的な宿泊施設とは違うという話だ」
そう。
ウォルスが答えた様に、この宿泊施設というのは実のところ大抵のギルドの建物に存在している。 だが本当に眠れるだけの場所であり、宿屋の様なサービスは全く存在しない。 唯一あるとすれば、汚れが目立って来ると布団等を変えるぐらいだろう。
そしてこんな施設が存在する理由は、ギルドメンバーが駆け出しの頃を助成する為らしい。 俺は爺ちゃんが残してくれた金があったので利用する事が無かったが、駆け出しの頃は怪我の治療費や報酬の安さで宿屋に泊れないなんて事もあるそうなのだ。
だが金が無いからと言って、路上に放り出しておく訳にもいかない。 治安は悪化するし、町のイメージも悪くなってしまう。 そこでギルドが、眠れるだけの宿泊施設を用意しているという事なのだそうだ。
因みにギルドの紹介があると、治療所で行う怪我の治療も少しは安くなる。 また治療費が高額だったりすると、ギルドが相場に比べれば低金利で金を貸してくれるそうだ。
だがこれは、あくまで借金である。 返済が終了するまでは仕事の報酬の一部を強制的にギルドへ払わされるし、返済が終了するまでは金を借りたギルドの支部がある町から移動する事は出来なくなるのだそうだ。
閑話休題。
ギルド建物内に入った俺達は、そのままカウンターに向かう。
何でもダンジョンに入る場合で近くにギルドの建物がある場合は、必ず申請を行うらしい。 難しい手続きがある訳ではなく、どんな面子がダンジョン内に入っているのかを大雑把に把握する為なのだそうだ。
「おーい。 エムシン」
「何だ、ウォルス」
「此処にサイン宜しく」
「俺が? 何で?」
正直意外だった。
と言うのも、サインを指定された場所が代表者の名を書くからである。
「何でって、お前リーダーじゃん」
「へ?……えーっと、何時の間にそんな事に?」
「おいおい。 俺もアローナもディアナも、エムシンに誘われたから一緒に行動してるんだぞ。 そしてアローナから聞いた話じゃ、ミリアもエムシンに誘われたそうだな」
「あ、ああ」
「つまり皆、お前に誘われたから行動を共にしているんだ。 だったら、リーダーはお前しか居ないだろう」
あー、なるほど。 そんな事になってたのか。
確かに全員、俺が誘っている。 なので皆は、俺がリーダーだと認識してたのか。
「しかし、いいのか?」
「何が」
「自分で言うのも何だが、一般常識には疎い自信はある。 そんな俺をリーダーに据えて。 サバイバルとかなら自信はあるけど、交渉事とか全くと言っていいぐらい出来ないぞ」
「問題ないわよ。 リーダーって言っても、貴方が全部やる必要はないもの」
そんなミリアの言葉に、ウォルス達は頷いている。 皆が納得しているのなら、特に言う事は無い。 皆、俺が誘ったんだ。 ならばその責任を、果たすとしよう。
「分かった。 じゃ早速、その役目を果たすとするか。 えっと、此処でいいんだな」
「そうです」
受付に座っている恐らくギルドスタッフと思われる男に確認すると、肯定して来る。 そんなスタッフに頷き返すと、書類にサインを施した。
因みに余談だが、此処のギルドに居るスタッフは見える範囲では男ばかりである。 潤いが無い事、この上無かった。
「エムシン=アトゥさんと……確かに」
「じゃ、これで入れるんだな」
「はい。 わがギルドアルト支部ダンジョン出張所は、新たな探索者である貴方方を歓迎します」
「し、出張所……ねぇ」
「何か?」
「い、いや。 何でもない」
適当に話を切ると、カウンターから離れてダンジョンへと向かう。 その途中で、アローナから話し掛けられた。
「どうしたのエムシン。 出張所って言葉に反応したみたいだけど」
「いや、大した事じゃないんだ。 その、出張所って締まらないなぁと思ってな」
「あー。 それは、あるかもねぇ。 どうでもいい事だけど」
「まあな」
そんな、どうでもいい会話をしつつもダンジョンの入り口に到着する。
「本当に締まらねぇ」と内心思いながらであったのは、忘却の彼方に放り投げたのだった。
ご一読いただき、ありがとうございました。




