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第十九話~夜のアアク~


第十九話~夜のアアク~



 翌日の朝食後 少し早目に宿屋を出て町へ繰り出した。

 そこで食料など、必要な物を買い込む。 何と言ってもトナルの町へ来るまで、手持ちの物で消費したのは食糧ぐらいしか無いのだ。

 次の目的地であるダンジョンに最も近い町、そこはアアクと言う名前の町である。 このアアクの町までの間、そこには村などは無い。 ウォルスは二日は掛かると言っていたのだから、途中で一回は野宿をする事になるのはほぼ確定だろう。


「さて、と。 取りあえず、買う物はもうないよな」

「無いわね。 ダンジョンに潜る時に必要な物は、アアクの町で買えばいいだけだしね」

「そうだな」 


 必要な物を少し余裕を持って買い終えると、早速町から出る。 すると思いの外、街道を利用する人達が居た。

 アアクの町へ続く街道は町で行き止まりでらしいので、彼らは俺達と同じ様にダンジョンへ向かう者達だろうと想像出来た。


「つまりは、同じ穴の狢という事だよな」

「言葉が悪いけど、その通りね」


 何となく零れた俺の言葉に、ミリアが反応する。 すると彼女の言葉を聞いた、アローナが続いて口を開いた。


「かっこよく言えば、ライバルって事だよね」

「本当によく言えばな」


 実際には、金の荒稼ぎが主だと思う。 ただそれに伴い危険度も跳ね上がるので、ハイリスク・ハイリターンなのだがそれは今更である。

 てくてくと歩いているうちに、やがて陽は暮れていく。 丁度その頃、街道沿いに馬車も駐車出来る野営用の場所が見えて来たので野営の準備へと入った。

 基本、ダンジョンに用がある者が多いと言っても、町がある以上は物資の往来は間違いなく発生する。 なので、この街道でも馬車が駐車できる野営用の場所が存在ているのだ。

 最もアアクの町とトナルの町は二日あれば付く距離なので、途中には一か所しか存在しない。 それが、今目の前にある場所なのだ。

 その野営場所に首尾よく到着した俺達は、早速焚火を起こすと食事の準備を始める。 ミリアもディアナも、そして意外な事にアローナも料理が出来るのだ。 

 なお料理の腕は、ディアナが一番上手いらしい。 アローナは料理のレシピ通り作る分には、先ず問題は出ないのだそうだ。 ただアレンジを咥えようとすると、失敗の確率が飛躍的に向上するらしい。 これはウォルスも、そしてディアナも肯定していたので間違いは無いだろうと思われた。

 しかし当のアローナは「そんな事は無いよっ!」と頬を膨らませながら二人に抗議していたが、この二人が口を揃えて言うのだ。 恐らく、その通りなのだろう。


「……ねぇ、エムシン。 その、生温かい目で見るのやめて。 いたたまれなくなるから」

「頑張れ」

「そこ、うっさいよ」


 料理失敗フラグが立った様な気はしたが、幸いな事に料理は誰も失敗せずに済んだので有り難く頂戴する。 密かに味でも失敗しているかもと心配していたが、特に失敗もなく美味しくいただく事が出来た。

 食事が終わると、この野営場所の周囲を確認する。 野営地からある程度離れたところに複数の気配を感じたが、特に警戒するほどの気配では無かった。

 恐らく野生生物が、遠巻きに此方を警戒しているのだろう。


「お帰り~、どうだった?」

「気配はあるけど、襲って来るという雰囲気じゃない」

「野生生物かしら」

「ミリア、恐らくな」



 さて野営の順番は何時もの通り最初がミリア達なので、荷物を枕に毛布を被って眠りに入る。 どれくらい暫く後ミリア達に起こされて見張りを変わった。

 周りに武装した者達が居る事もあってか、何も問題なく夜が明ける。 程なくしてミリアとディアナ、そしてディアナに起こされたアローナ起きて来る。 すると彼女達は、朝食の準備を始めた。

 間もなく出来上がった朝食を食べてから、野営の後片付けを行う。 それが終わると野営地を出発、丸一日掛けて街道を進みやがてアアクの町へと到着した。

 入り口で町へと入る受け付けを済ませながら、宿屋の場所を兵士に尋ねる。 その兵士の話によると、町の中には幾つか宿屋があるらしい。 そこで兵士に、多少値段が高くても安心して泊れる宿屋を教えて貰った。

 やがて問題なく手続きも終了して町へと入れたので、早速その宿屋へと向かう。 そこは町の中心より少し離れている場所に立っていた宿屋で、外見は結構重厚な作りをしていた。

 早速、扉を開けて中へと入ると、カウンター越しに奥へ声を掛ける。 すると、年の頃なら四十半ばぐらいだと思われる男性が出て来た。


「いらっしゃいませ。 お泊まりでしょうか」

「ああ。 二人部屋と三人部屋を一つづつで頼む」

「承知致しました。 どうぞこちらへ」


 該当の部屋が空いていた様で、すぐに案内される。 部屋に入って荷物を置くと、俺はウォルスに話し掛けた。


「そういやさ。 ダンジョンて町から近いのか?」

「近いと言えば近いんじゃないか? 徒歩で一時間ぐらいらしい」

「もっと深山幽谷にあるとか思っていたんだが……案外近いんだな」

「ダンジョンの場所なんて、千差万別らしいぞ。 エムシンが想像した様なところにあるダンジョンもあるらしいし、町のすぐ近くにあるダンジョンもある」

「でも、町の住人は恐くは無いのか? 近くにダンジョンなんかがあって」

「前にも言ったが、ダンジョンから魔物などのモンスターが溢れ出た何て事は今まで一度もない。 ダンジョンから魔物は出ないというのが、一般的だな」  





 宿屋の脇、そこには木箱やらが積み上げられている。 そんな場所に、俺は佇んでいた。 こんな場所に居る理由、実は大したものでは無い。 はっきり言って、ただの偶然だ。

 事の発端は、夜食を済ませ風呂に入った後の事である。 風呂からあがり部屋へと戻って来た俺は、涼む意味も兼ねて鎧戸を開けた。

 心地よい夜風が、火照った体から熱を奪っていく。 そんな気持ちよさに委ねながら空を見上げると、そこには綺麗な月が輝いていた。 満月は過ぎていたが、それでもやや青味……いや蒼味がかった月が光をアアクの町へと落としている。 すると町は昼と違い、少し神秘的な雰囲気を醸し出している様に見えたその時、視界の隅に何かの影を見た様な気がしたのだ。

 そちらを見ると、そこには木箱などが積み上がられている。 始めは気のせいかと考えたが、何となく気になるのもまた事実。 そこで部屋を出た俺は、宿の人に木箱などが置かれている場所について尋ねてみる。 その返答が、いわゆる大きめの荷物を置く場所だったのだ。  


「うーん。 やっぱり気のせいか……何か見た様な気はするんだがな」


 荷置き場の入り口に立ちながら見ているのだが、何も気配は感じ無い。 そこで、荷置き場に入る事にする。 どうせこの場所では、ただの気のせいだったのかそれとも違うのか分からないのだ。

 荷置き場に入ると、そこには道が出来ているというか荷が置かれているので、結果として道が出来ているといった感じだ。 そんな荷と荷の間の道を、縫うように進んでいく。 幾つかの曲がり角を曲がった時、微弱だが気配を感じて思わず立ち止った。

 いや。 正確には、気配の残滓といったところか。

 そしてそれは同時に、どこかで感じた気がする気配である。 それもそんな遠い事では無い、ここ一、二カ月の間に感じた気配だ。 はたして俺は、記憶からその初めての様なそうでない様な気配を思い出してみるが……


「お、思い出せん」


 思い出せなかった。


「うーん……記憶がある……様な気がする気配といい、見失ったと思う影といい、思いすごし……上っ!」


 思わず眉を寄せながら考えていたが、その時僅かに気配を感じた気がして視線を上に向ける。 すると月光の中に、何かの影が一瞬だけ見えた様な気がした。

 思わず目を擦って見直してみたが、既にそこには何もない。 月光が、降り注がれているだけだ。


「きのせい……いや、何かいた。 それに、笑ってなかったか?」


 目鼻立ちなどは、月光の影であった為に分からない。 だが、口元だと思われる場所が功を描いていた様に見えたのだ。

 ただ、これもまた気のせいなのかもしれないが。


「だめだ。 全く持って、わからん」


 暫く考えたが、これ以上この場に居ても何も分からないそんな気がする。 そこで取りあえず、その場を後にして部屋へと戻ってみる。 部屋に入ると、ウォルスが話し掛けて来た。


「エムシン。 何処に行っていた? 先に部屋へ戻った筈のお前がいなくて、何かあったのかと思ったぞ」

「んあ? あ、ああ。 それは済まない。 涼みがてら、ちょっと外に出ていただけだ」


 荷置き場での事は確証無いし、気のせいである可能性も高い。 感じた気配や影らしき存在の心配が無い訳ではないが、そちらも最早分からなくなっている。 下手な事を言って、余計な心配に煩わせる事もないだろう。


「あー、なるほどな。 確かに月も綺麗だし、外に出るのもいいよな……と言いたいところだが、やはり何かあったんじゃないのか? 少しおかしいぞ。 気になる事がったのなら話せ、仲間だろう?」


 どうやら俺の態度は、不自然さが表れていたらしい。 ウォルスが訝しげな表情をしながら、更に尋ねて来た。


「仲間……か。 そうだよな」


 ウォルスの言葉を聞いて、一つ目を瞑る。 それから少ししてから目を開くと、宿屋の荷置き場となっている場所で起きた出来事について話した。

 そんなある意味荒唐無稽な俺の話を、ウォルスは最後まで身動ぎする事なく黙って聞いていた。


「どこかで覚えがある気配、それによく分からない影か……確かに不気味だが、それだけじゃ手は打てないよな」

「まぁな。 だから最初、何も言わなかったんだ。 速攻で、ウォルスにはばれたけど」


 小さく苦笑を浮かべながら、肩をすぼめてみる。 そんな仕草を見て、ウォルスも人を喰った様な笑みを小さく浮かべていた。


「演技の才能は無いってことだろう?」

「確かにそんなもんを俺が持ってるなんて露ほども思っちゃいないが……少しは何かに包めよウォルス」

「いやあ。 仲間だから。 歯に衣着せないってのもいいだろ?」

「それは、気が置けるやつより気が置けない方がいいけどな。 ま、いいか。 それは兎も角、この話この場だけに留めるか?」

「いや。 多分答えは俺と同じになるだろうが、話さない訳にはいかんだろ。 ディアナやアローナ、そしてミリアも仲間なんだし」

「それもそうか。 じゃ、早速」


 ウォルスと連れだって部屋を出ると、ミリア達が居る三人部屋へと向かう。 部屋の前でウォルスがノックをするが、反応は全く無かった。


「あれ?」

「……ウォルス、どうやら居ないみたいたぞ」


 ノックの後に全く反応が無いので探ってみたが、部屋の中に三人の気配を感じ無い。 一瞬先ほどの事で「何かあったのか?」と勘繰ったが、普通に考えればただ居ないと考える方が自然である。

 ただ部屋に居ない理由は、分からないのだが。


「もしかして風呂から戻ってないのか? 女性は風呂が長いからな」

「そう言えば、ミリアもそうだな」


 ミリアの方が先に入ったのに、出て来るのは俺の方が先なんて事はよくある。 そこで初めて、女性には風呂が長い人いるらしい事を知ったぐらいだ。

 森での生活は、大抵爺ちゃんと二人だったからそんな事があるなんて全く知らなかったからな……そう言えば偶に森へ来る事があったあの爺さんは元気何だろうか。 連絡の付け様が無くて、爺ちゃんが死んだ事を伝えられなかったんだよな。

 

「ほう、ミリアもそうなのか。 ディアナとアローナも長いんだよな」

「ふーん。 ミリアが特別なのかと思ってた」

「いや。 大抵女性は男に比べると長い事が多いぞ」

「へー、そうなのか。 って、そんな事はどうでもいい。 取りあえず出直そうぜ。 流石に暫く経てば、帰って来るだろうしさ」

「暫く、な」


 それから部屋に戻って少ししてから再度女性陣の部屋へと向かう。 先ほどと同じく、ウォルスが部屋の扉をノックしている。 その傍らで部屋の気配を探ってみると、今度は部屋の中に居る気配を三つ感じる事が出来た。

 間もなく、部屋の中からアローナの声が家掛かる。 ウォルスが答えると部屋の扉が空いたので、そこから部屋の中へと入った。

 部屋の中には少し肌が火照っている女性が三人、当然だが居る。 そんな彼女達から見え隠れする色っぽさに、思わず部屋に来た用件も忘れて呆けてしまった。


「あれ? ミリア気を付けた方がいいよ~。 エムシンが、じーーっと見してるよ」

「え? あ、アローナ! 何に言ってんだ!!」

「隠さない隠さない。 しょうがないよねぇ、三人とも魅力的だしぃ」


 科を作る?様な仕草をしながら、アローナが言葉を続ける。 そんなアローナに聊か呆れながらも、ウォルスがアローナを窘めていた。

 するとディアナも、ウォルスに続いてアローナに対して口を開いた。


「おいおい、アローナ。 あまりエムシンをからかうなって。 それよりも話があるんだが、いいか?」

「そうですよ。 ウォルスの言う通りです。 お陰でミリアさんも、何とも言えない雰囲気になっています」

「あははははー。 ごめんねぇ、ミリア」

「……ふう。 もういいわよ、アローナ。 それでウォルス、話って何?」

「ああ。 それはエムシンから説明して貰う。 実際に体験したのは、エムシンだけだからな」

「体験? エムシンさん、何かあったのですか?」


 ディアナの言葉に一つ頷くと、先ほどの荷置き場での事を再度話す。 続いて二度目の説明だったので、ウォルスの時より上手く説明出来た……と思う。

 実際彼女達からも何も言われなかったので、問題は無い筈だ。


「気配と影、ね。 確かに気にはなるけど、心に留めておくぐらいしか無いわね」

「実際、ミリアの言う通りだと思う。 対策なんて立てようが無いんだが、一応知らせてはおこうとなってな」

「そうね。 一応、気を付けるとするわ。 勿論、アローナとディアナもね」


 ミリアの言葉に、ディアなとアローナは頷いていた。


「ああ。 それでいい」


 最後にそう締めくくると、俺とウォルスは部屋へ戻ったのだった。


ご一読いただき、ありがとうございました。

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