第一話~ガアルの町~
第一話~ガアルの町~
森を出た俺の目の前には、そう大きくはない草原が広がっていた。
俺が爺ちゃんと住んでいた森の周りには、この草原が広がっている。但し、そこに町はない。その理由は、正に森にあった。
この森は、中央に近づけば近づくほど強い魔物や魔獣が存在している。そして森の辺境部には、ゴブリンなどといった弱い魔物が多数存在しているのだ。
「しっかし……爺ちゃんも、何であんなところに家建てて住んでいたのだろうなぁ」
過去に何度か訪ねたが、答えは貰えなかったこの問い。今となっては爺ちゃんも死んだ為、誰も分からなくなってしまった。その問いを俺は今さらのように呟きながら、森からそれなりに離れたところに存在する街道を目指していた。
俺が目指している街道は、辺境の町ガアルに続いている。ガアルの町がある方向と逆に進めば、王都にも続いている街道だ。さらにいえば、この街道はガアルの町を抜けており、そのまま進めば今いるルデア国から隣国のアラル王国へと抜けられる街道でもある。いってしまえば、ルデア国の中心を成す街道の一つなのだ。
やがてその街道へと到着した俺は、王都方面ではなくガアルの町を目指す。なぜかというと、ガアルの町はこの辺りでは大きい部類に入る街だからだ。
「久しぶりだな、この街にくるのも」
俺は街の入り口で、何とはなしに呟いてみる。 俺が住んでいた場所から四日ほど掛かる距離である為、ちょくちょくは来られないでいた。
そんなガアルの町の入り口でお決まりの手続きを済ませてから、入り口の門を潜った。
このガアルの町だが、大まかにいって四つの地区に分かれている。今、俺がいるのが町の入り口であり、方角的には東に存在していた。
そして入口から西に向かって、メインストリートが伸びている。 この通り沿いには、商店などが多かった。そのメインストリートを西に向かうと、街の中央にある広場に出る。ここは街の住人の憩いの場になっているのと同時に、露天市場でもあった。
この露天商が立ち並ぶ広場から道は西と南に向かって伸びているのだが、実はもう一つ北へとも伸びている。 しかし、北に向かう道は広場から直接は伸びてはいない。これは防衛上の理由だと、爺ちゃんがいっていた。
というのも、町の北側となる地区には、領主の館とその家臣達の家が存在しているらしい。要は最悪敵に攻め込まれても、真っ直ぐ領主の館に向かうことが出できないようにする配慮なのだそうだ。
次に広場から見て南川だが、ここら一帯は住宅街となっている。そして最後に残った西側の地区だが、ここには公的機関やら何やらが纏めて存在していた。
そしてこの西側の地区に、ギルドが存在している。ギルドとは、いわば仕事の仲介をする組合だ。各国からも信用は得ているので、所属している者にギルドが発行するギルドカードと呼ばれる物は一種の身元証明の様な役割も果たしている。その為、旅をする者は大抵ギルドに所属していた。
因みに商人や職人は、普通商人ギルドや職人ギルドに所属する。よって彼らがギルドに所属することは、まずなかった。
それはそれとして、俺は広場で買った串肉を頬張りながらギルドがある西地区へ向かう。久し振りということもあり少し時間が掛ったが、ギルドに辿り着いた俺は入口の扉を潜り中に入って行った。
そこはホール状の形をしていて、おまけに結構広い。そのホールに視線を巡らすと、壁の一部には紙が何枚も貼りついている。そんな紙の前に、何人かが立っていた。
「えっと受け付けは……奥か」
紙が何のかは気になったが、まずここに来た理由を解消しようとホールを突っ切りカウンターの前に立つ。するとカウンター内に居たギルドスタッフと思われる女性が、声を掛けて来た。
「何か御用でしょうか」
「ギルドに所属したい」
「少しお待ち下さい」
俺を対応した女性スタッフが、カウンターの下で何かごそごそやっている。やがて、俺の前に書類を何枚か置いた。
「これに記入して下さい。あ、共通言語のコモン語でお願いしますね。もし分からなければ、私が代筆しますが」
「大丈夫だ」
そういうと、渡された書類を持って移動する。カウンターで書かれると邪魔なので、専用の記入台がある。その台に記入する紙を置くと、俺は爺ちゃんから教わったコモン語を書類に記入していった。
因みにコモン語とは人間、エルフ、ドワーフ、ホルビー、ドラゴニュート(竜人)の種族間で取り決めた言語だ。なぜそんなことをしたのかというと、言葉が種族ごとに違うからだった。
基本的にそれぞれの種族は、種族ごとに言語を持っている。人間族なら人間語、エルフならエルフ語というようにだ。しかし言葉が通じないと、あらぬ誤解によって種族間対立が起きる可能性がある。そこで先に述べたこの五種族は、他種族でも話せるようにと共通となる言語を取り決めたのであった。
なお、この取り決めには、後に獣人も加わった。
幸い、爺ちゃんから教わっているので何も問題なく読めるし書ける。勿論喋れるので、コミュニケーションに問題は起きない……筈だ。まだ人間以外と実践した事が無いから、分からないが。
それは兎も角、記入し終わった俺は書類を持ってカウンターに向かった。
「……はい、問題ありません」
どうやら、俺のコモン語は問題ないようだ。爺ちゃん様々である。
感謝するぜ、爺ちゃん。
「では、これからギルドカードを発行しますが少し時間がかかりますのでお待ち下さい」
「どれくらい?」
「一時間と掛かりません。今からお渡しするギルドの規則が書かれた物を読むもよし、町を散策するもよし、あちらにある依頼を見ていても構いません」
受付嬢が指し示したのは、俺が先ほど視線を向けた場所だ。どうやら、あそこに張ってあったのが依頼らしい。だが俺は取りあえず、規則から見ることにした。
余計な問題を起こすなど、まっぴらごめんだからだ。
「取りあえず、その規則を見て時間を潰しますよ」
「それがいいでしょうね。あ、それとそれは読み終えたら返却して下さい」
「それ?」
「はい、それです」
受付嬢が示したのは、カウンターの上に置かれた規則が書かれた紙であった。
「くれないのか?」
「御冗談を」
にこやかに即答された俺は、そういうものなのかと一応頷く。 ただ内心では「せこっ!」とか思ってはいた。
それはそれとして、俺はギルド内にある椅子に適当に座ると規則を読み始める。書いてある内容はごく普通の事柄である。具体的には他人に迷惑を掛けるようなことはしないとか、犯罪は起こさないとかありふれたものであった。
「ま、問題起こされたらギルドとしても堪らないだろうから当然か。えっと他には……依頼はあくまで個人の裁量の問題であり、ギルドは一切関知しない……か。つまり仕事を受けるのは自由だが、自分の力量は自分で把握しろという訳だな。これも当然と言えば当然か」
一取り読みんだが、取り分け疑問に思うようなことはない。俺は読み終えた規則が書かれた紙をカウンターに返すと、今度は依頼書がはられている場所に向かった。確かにそこには依頼があるが、数は少なめである。また、報酬も様々で高めのものもあるし低めのものもある。
中には、ずば抜けて高い依頼もあったが。
「良く分かんねーけど、こういう物なのか? 後で聞いてみるか。えーっと、何々……こりゃ完全に何でも屋だな」
町からやや離れたところにある森での薬草採取(野生動物や魔物等に襲われる可能性あり)とか、人足の募集とか様々だった。そのようなことをしつつ時間を潰していると、やがてカウンターから呼ばれる。どうやら、ギルドカードが出来たらしい。
すぐにカウンターに向かうと、対応してくれた受付嬢からギルドカードが渡された。
「こちらが、エムシン=アトゥ様のギルドカードとなります」
「へー、これがそうか」
ギルドカードは一見する金属のようにも見えたが、手触りが違う。何ともいえない、不思議なモノで作られている様だ。
俺が物珍しげにカードを眺めていると、受付の女性から声を掛けられた。
「では、そのカードの角にある小さな石の様な部分に血を一滴垂らして下さい」
見てみると、確かに右隅に宝石とも唯の石ともとれるよう何かが埋め込まれている。俺は、その部分を指で触りながら受付へ尋ね返していた。
「血じゃないとだめなのか?」
「いえ、今すぐ出せるならば、涙とかでもかまいませんよ」
流石にそりゃ無理だと内心思いながら、俺はナイフで指先に小さい傷を作った。
そして、石の上に血を垂らす。待つ事、五分ほど。一瞬カードが光ると、ただの黒っぽい金属光沢をしたカードの表面に、俺の名前がくっきりと浮かび上がった。
「はい、終了です」
「え? これで終わり?」
「ええ。それからギルドカードの管理には気を付けて下さい。もし紛失した場合、否なる理由があったとしましても、カードの再発行にはお金が掛かります」
「分かった」
受付嬢に頷くと、俺は依頼書を見て気になったことを尋ねてみる。すると受付嬢は一瞬キョトンとした顔をしたが、やがて合点がいったらしく一つ頷くと説明をしてくれた。
「時間が遅いので、少ないだけです。朝早めに来れば、もっと一杯ありますよ。朝に依頼は張り出しますので」
「ギルドっていつから開いているんだ?」
「基本いつでも」
「え? 一日中?」
「ええ。突発の依頼で早急にとかもあったりしますので、最も数はそうありません」
受け付けが終了した俺は、ギルドの建物を出て宿屋に向かった。宿屋には、心当たりがある。以前、この町に来た時に利用した宿だ。
目的の宿に付いた俺は、扉を潜り中に入る。大体どの街でも宿屋の一階は酒場、もしくは食堂兼酒場になっている。そしてこの宿屋も、御多分漏れず一階は食堂兼酒場になっていた。
「食事かい? それとも宿泊かい?」
すると、カウンターの内側に居た女性から声が掛かる。年の頃なら四十を少し越えた、ふくよかな体型をしたおばちゃんだ。
「宿泊を頼む」
「宿泊は、一晩銀貨二枚だよ」
「じゃあ、取りあえず三日ほど」
以前と変わらない宿泊費に内心安堵しながら頷くと、銀貨を財布から出す。俺から銀貨を受け取ると、おばちゃんは部屋の鍵を差し出した。
「部屋は205号室、二階の一番奥の部屋だよ」
鍵を受け取り、そのまま部屋に向かう。二階の部屋に到着した俺は、渡された鍵で部屋の鍵を開けて中に入る。そしてバックパックを床に下ろすと、部屋に備え付けの簡素な椅子に座った。
「ふうっ。一息付いた」
しばらく寛いでいると、部屋の扉がノックされた。
「何だ」
「お水を持ってきました」
「ちょっと待ってくれ」
扉を開けると、そこには水差しを持って女性が立っていた。
年の頃なら、俺とほぼ同年代か少し下のように思われる。聞くと、宿屋の娘らしい。宿屋の娘は、持っていた水差しをそこが起き場所なのだろうと思われる場所に置いていた。
彼女が出ていくと、取りあえず一杯飲んでみる。井戸から汲みたてらしく、結構冷たかった。
その後は、部屋でゆっくり過ごす。そして夕食を取ったあと宿屋の裏で井戸の水を被り、埃を落としてから眠りに付いたのだった。
ご一読いただき、ありがとうございました。