第十七話~出発~
第十七話~出発~
翌日の昼過ぎ。
予定通り、ギルドを訪れるとカウンターに向かう。 そこでイェルダに話し掛けると、一室に案内された。
そこは特別な部屋ではなく、普通の部屋である。 そんな彼女に案内された部屋で暫く待っていると、再びイェルダが一人の同行者と共に戻って来た。
「イェルダさん。 そちらの人は?」
「彼はヤーゴッヒと言って、今回の担当者です。 馬車の御者として、貴方達と共にトナルの町まで向かいます」
「ヤーゴッヒです、宜しく」
挨拶と共に握手を求めて来たので、その手を握り返す。 それからヤーゴッヒは、他の面子にも同様に挨拶をして握手を交わしていた。
「ところで、イェルダさん」
「何です?」
「トナルの町へ行くのは、此処にいるメンバーだけか?」
「はい。 その通りです、エムシンさん。 私を除く方々で、行っていただきます」
どうやら、他の同行者は居ないらしい。 イェルダは、この町のギルド支部の職員だから行かないのだろうと思われる。 となるとヤーゴッヒは雇われか、それとも元々トナルの町のギルド職員なのかも知れない。
例えどちらであったとしても、此方に関係は無い。 仕事の内容は、トナルの町へ物品を無事に届ける事なのだから。
程なくして全員へ挨拶を行ったヤーゴッヒと共に、これからについて話し合う。 基本は街道を進むので、道無き道を進むより安全ではある。 だが、襲われないのかと聞かれる必ずそうだと断言できる訳ではないらしい。 その辺りは、恐らく運次第なんだろう。
「基本的には、普通の隊商護衛と変わりはありませんので」
というヤーゴッヒの言葉なのだが、彼は御者を兼ねているので荷物だけを守るという事態になるなどまず無いと思われた。
「それでヤーゴッヒさん。 出発はこれからか?」
「いえ。 明日の朝に出発しますので、このギルドの建物まで来て下さい」
そこで話も終わったので、ギルドの建物から出るとそのまま宿屋に戻る。 そして女将さんに、明日には宿を引き払う旨を伝えた。
「そう。 別の町へ移動するのかい。 ちょっと寂しくなるねぇ」
この宿屋は居心地がよかったので、何だかんだと利用している。 お陰で宿屋を経営する家族と顔見知りにもなっていたので、女将さんの気持ちとは違うかもしれないが寂しいと感じる気持ちは同じだった。
「だけど、仕方無いね。 またこの町に寄ったら、利用しておくれ」
「勿論。 な、皆」
他の面子に問い掛けると、全員頷いている。 利用期間の短いウォルス達も頷いている辺り、この宿屋に俺が感じた居心地のよさは間違いないと確信出来た。
その夜は、ちょっと豪勢な食事にする。 護衛任務の成功の前祝いというか、そんなつもりで行った一種の景気づけだった。
翌日の朝は何時も通りに起きて、何時もの如く鍛錬を行う。 それから宿屋で朝食を取ってから、昨日女将さんに告げた通り宿屋を引き払った。
それから、ギルドに向かう。 仕事を受ける際に来る時間よりも、少し早目にギルドへ到着する様に宿屋を出ているお陰か、仕事を探す時ほど建物内は混んでいなかった。
ギルドのカウンターに座っているイェルダに話し掛けると、建物の裏手に向かう様に言われる。 そこで指示通りに裏手へ向かうと、ヤーゴッヒ立ち会いの元で馬車へ荷物を積み込んでいた。
「お、来ましたね」
「ええ。 それで、あとどれぐらいです?」
「そうは掛かりませんので、その辺り時間を潰していて下さい」
荷の積み込みを行っている場所の片隅にあるベンチに腰掛けて、待つ事にした。
手伝ったところで、邪魔にしかならないだろうし。
やがて荷を運び終えると、ギルドのスタッフか人足か分からない人達が建物の中に消える。 彼らが居なくなると、ヤーゴッヒが此方にやって来た。
「お待たせした様で、申し訳ない」
「いえ。 では出発しますか」
ガアルの町から出ると、馬車を囲む様に周りへ付く。 馬車を引く馬の近くには俺が、馬車の右側にはウォルスが付き、左側にはアローナとディアナが、そして後はミリアがそれぞれ付いた。
幸いにも好天に恵まれ、空には雲ひとつない。 此処暫く天気は崩れないと思う。 基本この時期は、天気がか曇りの日が多いのだ。
だがそれでも数日に一回は天気が崩れるので、目的地に到着するまでに何回かは雨を経験するだろうななどとつらつらと考えながら、街道を進んでいく。 まだ町に近いからであろう、特に問題など起きないうちに夕暮れ近くとなった。
「もう少しで、夜馬車を止めるのに丁度いい場所があります」
そんなヤーゴッヒの言葉に、一同頷いた。
何でも街道沿いには、丁度馬車が一日進んだぐらいの場所ごとに野営用の場所があるらしい。 元からそう言った場所が作られていた訳では無く、昔から街道を進む馬車が野営を行っていた事で半ば自然発生的に出来たのが始まりらしい。 そこは大体、馬車が数台駐車できる広さがあるので場所確保に困る事は先ずないそうだ。
程なく、陽が暮れる少し前にその場所へと到着する。 そこには、俺達の他に二台ほど馬車が停車していた。 後から到着した俺達は、先に到着していた人達へ軽く会釈をしながら広場に入る。 何でもそれが、礼意という物らしい。
その事自体に別に異論は無いし、郷に入れば郷に従う物だと図書館で読んだ何かの本に書いてあった気もするので素直にその礼義とやらに従っておいた。
その開いているスペースに馬車を止めると、野営の準備に入る。 夜は何時もの様に、二回に分けて見張りを行うつもりだ。 今日は他にも見張る人達がいるので、先ずは安心だろう。
最も、それで油断して襲われたら目も当てられないので、気だけは引き締めておくつもりだ。
「見張りの順番は、何時も通りで行うので」
「その辺りはお願いします。 一応武器を持って戦えますが、貴方達には遠く及びませんから」
雰囲気と身のこなしから察するに、護身がやっとと思われる。 紛いなりにもこちらは、戦闘の専門家だ。 それであるにも拘らずヤーゴッヒを頼りにしなければならない様なら、ギルドメンバーある事を廃業しなければならない。
「お任せ下さい」
「勿論です」
それから暫くして、俺は食事後に見回りを兼ねて広場の周りを歩いてみる。 広場の周りには草原が広がっているので、見通しはいい。 満月に近い月明かりもあるので、夜であるにも拘らずそれなりに先の方まで見えるのだ。
「特に問題なし。 特に敵対的な気配も感じ無い、か。 最もこれだけいれば、野生動物なら襲って来る訳無いか」
これでけ人がいて、馬車の護衛が集っているのだ。 普通の野生生物なら、先ず襲ってはこない。 魔物や魔獣はその限りではないので、油断できない要素でもあるがそれは今更という物だ。
「どうだった?」
馬車まで戻ると、ミリアに声を掛けられる。 俺は軽く肩を竦めると、何となくミリアの隣に座りながら答えた。
「別に異常無し。 襲って来そうな生物の気配なんて、皆無」
そうミリアに答えると、焚火を挟んで対面に座っていたアローナが苦笑を浮かべつつ周りを見ながら口を開いた。
「そりゃ、そうだろうね。 あたしやエムシンが単独でこの場に居たら「喰いもんだー」って襲ってくるかもしれないけど、これだけ人がいればまず来ないよね。 魔獣や魔物は分からないけど……その気配もないんでしょ?」
「さっきミリアへ言った通り、全く持って皆無だな。 護衛の任務としては、一番理想なんだろうからそれはそれでいい」
「全くだよね」
それから暫くの間は雑談などをしていたがやがて夜も更けて来たので、先に見張りを行う女性陣任せて俺とウォルス、そしてヤーゴッヒは毛布を持って馬車に入りこむと眠りにつく。 数人程度なら眠れる場所があるといわれていたので、これ幸いに馬車の中で眠る事にしたのだ。
やはり地面に直接眠るよりは、馬車の中の方が遥かにましである。 寝心地では勿論ベットに劣るが、旅先でベットの寝心地を求めるなど贅沢窮まりないのだ。
どっかのお貴族様や金持ちなら、それぐらいやるかもしれないけどなっ!
幸いにも途中で起こされる事も無く、無事に見張り交代の時間を迎える。 俺とウォルスは馬車から下り、代わりに女性陣が馬車へと入っていった。
「おっす。 エムシン。 よく寝れたか?」
「ああ。 全く問題なし」
「やっぱり、馬車あるといいよな」
「大分楽なのは違いない。 頑張って金貯めて、買えばいいさ」
「そうだな」
当番の間、取り分け何事も起きない。 極稀に野生生物だと思える様な気配があった様な気もしないでもないが、それとて気のせいだと言われればそれまでだと思えてしまうぐらいだった。
結局のところ、問題は無かったと言える。 それぐらい、平穏な見張りの時間だった。
そのうちに太陽が昇り始め、夜の闇が陽の光にかき消されていく。 その頃になると、女性陣の眠っている馬車の中は勿論、周りの馬車辺りからも人が起き出す気配が感じられた。
ミリアとディアナは、問題なく目が覚めているみたいだ。 やがて間もなく、ミリアとディアナが馬車から下りて来る。 二人に引き続いてヤーゴッヒが降りて来て、更に暫くすると眠そうな目をこすりながらアローナが降りて来た。
「お。 今日はおきれたな、アローナ」
「兄貴。 随分じゃない? その言い方」
「仕方無いだろう。 故郷にいた頃のお前を知っている身としては。 小さい頃、おふくろに言われて何度お前を起こした事か。 それでも、中々起きないし」
「な! ちょっと!! 止めてよ!」
顔を赤く染めながら、アローナがウォルスに喰って掛かる。 何とか口を抑えようとしているが、元々の身長さと力の差は歴然で上手く抑えられていない。 最も傍から見れば、仲のいい兄妹がじゃれ合っている様にしか見えないのだが、それは言わぬが花という奴なのだろう。
暫くじゃれ合っていたウォルスとアローナだったが、そのじゃれあいもいつの間にか終わっていた。
「仲、いいのね」
「兄妹だからな」
「ふん!」
ミリアの言葉に、宥める様にアローナの頭を軽くポンポンと叩いているウォルス。 まだ少し赤い顔をしながらもアローナは兄のウォルスを睨んでいるが、頭おかれた手は払い除け様とはしない。 そんな兄妹の姿は、とても微笑ましく同時にどこか羨ましかった。
「どうかされましたか? エムシンさん。 少し寂しげですが」
「え? そうか?」
全く自覚が無いので、思わず自分の顔をを撫でてみる。 しかしそんな事で、自分の表情が分かる筈もない。 しかしディアナは、俺の行動で何か納得したのか一つ頷いていた。
「いえ、ごめんなさい。 どうやら、気のせいだったみたいです」
「あ、ああ」
何と言って答えていいか分からず、俺としては言葉を返すしか無かったのだった。
ご一読いただき、ありがとうございました。




