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第十四話~馬車はお高い?~


第十四話~馬車はお高い?~



 コルセ鹿の住む森を出て二日、特に問題なくガアルの町へと到着する。氷漬けとなっているコルセ鹿の肉を乗せた荷車を引きながら町へと入ると、先ず肉屋へ向かう。コルセ鹿の肉を引き取って貰い、少しでも身軽にする為だ。

 店を覗くと、なぜか店頭に人がいない。そこで奥に向かって声を掛けると、間もなく人影が現れた。年の頃なら四十才位と思われる、中々に体の引き締ったおじさんだった。

 

「店の人、だよね」

「当たり前だろう、一応店長だ。それで、何の用だ?」

「この肉を引き取って貰いたいんだけど」

「ん?……ほう、これはコルセ鹿の肉か。そうだな……これぐらいでどうだ?」 


 店長が提示した金額は中々の物で、決して悪い金額だとは思えない。一応、他の面子にも目配せしてみたが、取り分けて不満があるようには見えなかった。どうやら不満もないようなので、提示された値段でコルセ鹿の肉を引き取ってもらう。店長のおじさんは店の人を呼ぶと、荷車に載せてあるコルセ鹿の肉を店の奥へと運び込ませた。

 そして本人はと言うと、やはり一度店に入ると大して間を開けずに奥から出てくる。その手には、コルセ鹿を売り払った代金が握られていて、その金をこちらへ渡しながら、おじさんは声を掛けて来た。


「あれだけ状態のいい肉なら、また買い取らせて貰うよ」

「また手に入れたら、ね」


 肉屋でコルセ鹿の肉を引き取って貰った俺たちは、ギルドへと向かう。そこで依頼の品であり、同時に依頼をこなした証明の部位でもあるコルセ鹿の角を、カウンターに座るイェルダの前に置いた。

 するとイェルダは、カウンターの奥に向かって声を掛ける。間もなく男が出て来て、コルセ鹿の角を持って奥に引っ込んでいった。


「一応確認しますので、暫くお待ち下さい」

「分かった……そうだ。荷車はどこに置けばいい?」

「ああ、貸していましたね。少しお待ち下さい」


 イェルダはそう言うと、他のギルドスタッフに声を掛ける。それからカウンターを出ると、近寄ってきた。

 因みにイェルダがさっき声を掛けていたスタッフは、イェルダが座っていた隣に腰掛けている。そのスタッフの前に依頼が終わったらしいメンバーが証明部位と思われる物を出しているので、そのスタッフがイェルダの代りなのが想像できた。

 そのイェルダのあとに着いて一度ギルドの建物を出ると、彼女からの指示通り荷車をひいて裏手に回る。そこに荷車を置くと、イェルダが他のギルドスタッフを一人連れて来た。彼女が連れて来たスタッフは、返却した荷車をめつすがめつ見ている。やがて確認が終わったのか、男はイェルダに何か言っていた。

 そのスタッフと二言三言ふたことみこと言葉を交わしたあと、イェルダが近寄ってきた。


「特に問題はないようですね」

「手荒には扱ってないからな。それに、戦闘にも巻き込まれなかったし」

「それはありがたいですね。では、これを」


 イェルダは台車を借りる時に払った金を、渡してくる。その金額は、渡した時より僅かだが少ない。多分レンタル代みたいなものが引かれたのだろうと推察したが、それでも一応は確認の為に尋ねてみた。


「若干少ないけど、貸出料金とか引かれた?」

「ええ。正しく貸出料金です」


 やはりただということはないようだ。「ただより高い物はない!」なんて言葉を、聞いたことがある……気がする。もしその言葉が本当ならば、ただで貸してくれるよりよっぽど気が楽という物だ。


「そっか。ならいいや。ああ。それと、一つ聞いていいかな」

「何ですか?」

「馬車は、どこで買えるのか分かるか?」

「店自体は、東地区にあります。通り沿いに店はありますし、看板に馬蹄ばていが描かれているのですぐに分かると思いますよ」


 そういえば商店街でもある東地区の店に、馬蹄の看板があったような……気がする。まぁ、通り沿いにあるらしいから行けば分かるだろう。ただ一つ、疑問がある。町中に、それなりの数の馬を置いているのだろうか。その割には、通りを通ってそれらしい匂いを嗅いだことはないのだ。


「なぁ、イェルダさん。町中に馬の放牧地なんかあるのか?」

「え? そんなものはありませんよ」

「じゃあ、どうやって馬を用意している?」

「……ああ、そう言う意味ですか。お店が通り沿いにあるだけで、馬とかは町の外周のさらに外側にあるのですよ。無論、柵で囲んでいるし、町に隣接していますので野生生物とかにも襲われません」

「あ、そういうことなのか」

「そうですよ。流石に、町の中心通り沿いに牧場とかはありませんから」


 少し考えたあとで、朗らかな笑みを浮かべながら答えをくれたイェルダに対して「変な事を聞いたんだろうなー」とか考えながらうしろ頭をかく。その時、ギルドの建物からイェルダに対して女性のスタッフが声を掛けてきた。


「イェルダ。鑑定が終わったって。問題ないそうよ」

「ありがとー」


 イェルダの返答に、女性スタッフは頷くと建物内に戻っていく。するとイェルダは視線を女性スタッフからこちらに戻すとギルド内に戻ろうと促している。そんなイェルダとギルドの建物内に戻ると、依頼を果たした報酬を渡された。

 一応、報酬の金額を確認する。全く問題なこと事を確認すると、ギルドの建物から通りに出ていった。


「さて、と。馬車屋に向かおうと思うが、いいよな」

「あ、ちょっと待って。先ずは宿を取りましょう。荷物も置きたいし」

「それもそうだな。じゃ、先に宿屋に行こう」


 毎度おなじみの宿屋に向かう。値段も味も、そして雰囲気も慣れてしまったので、今さら他の宿屋で部屋を取る気にならないのだ。既に顔も覚えられている宿屋のおばちゃん……女将おかみさんでいいか。その女将さんに、片手を上げながら挨拶をした。


「ども」

「いらっしゃい、お客さん。部屋は幾つ?」

「二つでいいわ。二人部屋を一つと、三人部屋を一つで」

「はいよ。部屋は、三〇二号室と三〇三号室ね。それと、三〇二号室が二人部屋だよ」

 

 その後、女将さんから、部屋の鍵を貰う。ミリアが言った人数構成から考えるに、男部屋と女部屋に分かれるようだった。それから宿屋の娘であるメイに先導されて、三階の部屋に向かった。

 何気に三階は、初めてだな。

 部屋に着くとメイが、さっと準備を整える。借りた部屋の構造は、二階の部屋と変わらない。間取りも同じなので、勝手知ったる何とやらであった。

 部屋の用意を終えると、メイはミリアたちを隣の部屋に案内している。三〇二に残った俺とウォルスは、荷物を置いて一息ついた。


「ところでウォルス。馬車って幾らぐらい何だろうな」

「さぁ。そんなものは、店で聞けばいいだろう」

「それもそうか」


 それからウォルスと雑談しながら時間を潰していると、扉がノックされる。扉越しに感じる気配は、ミリアとアローナとディアナだ。ゆえに、特に警戒することなく、扉を開ける。すると案の定、三人がそこにいた。


「どう? 出られる?」

「問題なく」


 所詮は男なので、女性のように着飾るなどあまりしない。中にはする男もいるのだろうが、少なくとも俺はそこまで気に掛けていないのだ。ゆえに、そんなおしゃれ? な服など持ってはいない。森で生活するのに、そんな服など必要ないのだ。

 まぁ、パーティーや貴族に呼ばれたなどということでもあれば別だろうが、そんな予定もないので、やはり気にする必要もなかった。


「じゃあ、行きましょう」

「ああ」


 部屋に鍵を掛けて一階に降りると、フロントで鍵を預けると宿屋を出た。その後は、気楽にぷらぷらと通りを歩いていく。やがて、馬蹄が描かれた看板を掲げる店が目に入ってきた。内心で「ここかぁ」などと考えながら、店の中に入ってみる。そこで声を掛けると、店の奥から一人出て来た。

 ぱっと見、三十半ばぐらいだろうか。美人という訳ではないが、健康そうな女性であった。


「いらっしゃいませ、お客さん。修理ですか? それとも購入ですか?」

「一応、購入を考えているんだけど、相場が分からなくて」

「ああ。そういうことですか。では、こちらへ」


 彼女が示した場所は、窓の近くで日当たりのいい場所だった。どうやら、簡易的な応接スペースらしい。ソファーもあるし数脚の椅子もあるので、全員越し掛けられそうだった。


「それでは……と申し遅れました。私、店長のアリアです」

「あ、どうも」

「では改めまして、先ずご希望をお聞かせ下さい。その内容によっては、値段が変わりますので」


 オーダーメイドなのだろうか。

 俺としては、利用する人の数によって幾つかの種類があるのかと思っていたのだが。


「その、店長さん。馬車ってオーダーメイドなのか? てっきり、使用人数で幾つかの種類があるのかと思っていたのだが」 

「勿論、その通りですよ。ですが、希望内容によって改造したりするのでその辺りを確認し様かと思っていたのですが……何か不味いんのでしょうか」


 あー、そう言う意味か。

 一から全て作りあげていくのかと、勘違いしたよ。


「あ、御免。勘違いだ」

「あら、そうですか。因みにオーダーメイドが希望でしたら、そちらでも構いませんが」

『いい! いい!』

「あら、残念」


 間違いなく値段が高いだろう。そのことが予測できてしまうので、全員で首振って断る。すると、微笑みながら店長さんが答えてきた。その様子から冗談なのは分かるが、本当にオーダーメイドで馬車を作ったら、金額が幾らになるのかが気になると言えば気になる。

とはいえ、オーダーメイドな馬車など作る気もないので聞くことなんてないだろう。


「取りあえず、五~六人用で頑丈であればなおいいわ。あと、出来ればあまり揺れない仕様でお願いします」


 店長さんの言葉から変なことを考えていた俺の代りに、ミリアが馬車の希望を伝えていた。その仕様なら、不満はない。馬車に乗ったことなどないが、爺ちゃんから「結構揺れるぞ」と聞かされたことがある。どの程度揺れるのか何て分からないが、揺れが小さいのならそれに越したことはないだろう。


「なるほど。では、馬車を引くのはどんな生き物にしますか?」

「え?」


 店長さんの言葉に、思わず聞き返してしまうぐらい意外だった。

 しかし……馬車を引く生き物とはどういう意味何だろう。馬車というぐらいだから、馬に引かせるのが普通ではないのだろうか。


「えっと、店長さん。馬車を引くのは、馬じゃないのか?」

「勿論、馬もいますよ」

「馬もってことは、他にも居るの?」

「ええ。ロバや魔獣や幻獣ですね」

「はぁ?」


 幻獣って……幻獣が馬車を引く? それは馬車じゃないだろう……ってそうじゃない! 幻獣が引くというのはどういうことだ? 全く、意味が分からない。

 因みに幻獣とは、人や亜人と意思の疎通が出来る獣の総称だ。基本的には、魔物や魔獣と違い人や亜人に敵対的ではないと認知されている。だが味方という訳でもないので、下手な対応をすると殺されてしまう。一応警告などをしてからなので、魔物や魔獣よりは人や亜人に近しい存在だ。

 なお、幻獣の最強はドラゴンである。

 だがそれよりもっと意外なのが、魔獣だ。魔獣は基本的に人や亜人の敵、というか魔獣に取って人や亜人は得物? である。それが馬車を引くというのか……駄目だ、頭が混乱して来た。


「えっと、すいません。馬車を引く生物について聞きたいのだが」

「何でしょう」

「まず、魔獣ですけど……何で人に馴れるのさ!」

「ああ、それはですね。特殊な才能を持つ人達のお陰です、テイマーという特殊な才能の持主たちの」


 店長さんの話では、テイマーとは生まれ持った才能を持つ人のことらしい。何でもこの才能は生まれながらにしか身に付かないらしく、後天的には絶対習得など出来ないそうだ。

 またこの才を持つ人は、全てではないが魔獣を手懐ける事が出来る。また魔獣だけではなく、幻獣も可能らしい。

 その魔獣や厳重を手懐ける方法について、知るものは殆どいない。テイマーに伝わる秘術ともいわれているが、それも定かではなく噂の域を出ないというのが店長さんの話だった。


「テイマー……」

「他には動物使い、魔獣使い、幻獣使いとか呼ばれていますけど、そっちの方がメジャーかしら」

『ああ!』


 店長さんの言葉を聞くと、皆が納得したかのように声を上げている。俺は全く知らないのだが、どうやらミリアたちは知っているらしい。


「それなら知っている。あたし、実際に連れているのを見たことあるし。ね、兄貴、ディアナ」

「ああ」

「そうですね」 

「私もあるわ」


 どうやらミリアたちは、全員が見たことがあるみたいだ。 

 しかし、何か毒気を抜かれた気分だな。まさかあの魔獣や、そして何よりプライドが高い幻獣が馬車を引くなんてことがあるとは思いもよらなかった。


「それで、いかがなさいます?」

「馬の場合は、幾らなのかしら」

「お客様達はその風体から、ギルドの方と推察します。危険が隣合わせなので、馬はあまりお勧めしませんが」

「お願い」

「分かりました。そうですねぇ……」 


 ミリアの問いに、店長さんは少し計算してから金額を提示する。その金額は、中々高額だった。全員で出しあっても足りるかどうか……だと思う。流石に自分の持ち金なら兎も角、人の財布の中身までは知らないからだ。

 人の財布に手を突っ込む趣味もないしな。


「どうなさいます? 取りあえずご検討ということでも、こちらとしましては一向に構いませんが」

「じゃ、それでお願いする」

「そうですか。では、またの御来店を」


 店長さんのにこやかな笑顔に見送られて、店の中から通りへと出てきたのであった。


ご一読いただき、ありがとうございました。

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