第十三話~コルセ鹿入手~
第十三話~コルセ鹿入手~
水辺から少し離れた場所に、野営の場所を確保する。それからコルセ鹿を捉える可能性を高める為に、そこらにある蔦などを使って罠を設置しておく。あとは、コルセ鹿を待つだけとなった。
「……流石に、すぐ捕まえるって訳にはならないか」
「そりゃあねぇ」
ウォルスが思わずといった感じで漏らしていた言葉に、アローナが反応した。
この森に野営地を作成して二日、未だにコルセ鹿は表れていない。木が鬱蒼としている森という訳ではないが、広さとしてそれなりにある。それはつまり、ここ以外にもコルセ鹿が出没するような場所が森の中にあることを示していた。
もっとも、これも考慮の内ではある。相手は生物だし、此方の意図通りに行動してくれる訳がないのだ。
「荷車もあるから多めに買っておいたし、この森自体に棲む生物は食べられる奴が多い。まぁ、問題はないだろう。な、ウォルス」
「それもそうか」
俺の言葉にウォルスは納得したようで、あっさりと引き下がる。どうも、暇だから出た軽い愚痴だったらしい。
「ま、気長に待とうぜ」
「ああ、そうだな」
それから暫く経ち、夕暮れが近づいてくる。この辺りで切り上げるかと声を掛けようとしたその時、ミリアの雰囲気が変わった。その変化に「どうした」と声を掛けようとしたが、ミリアは自分の口を人差し指で塞いでいた。
そして空いている方の手で、向かって右手の水辺を指さす。するとそこに見えたのは、槍の様な尖った角を持った鹿の群れだった。その群れの数は、十を少し越えるぐらいである。成長した鹿が七頭ほどに、残りは小鹿のようだった。
「うーん……依頼のコルセ鹿だと思うなぁ。兄貴はどう見る?」
「少し距離があるからはっきりとは言えないけど、間違いないんじゃないか?」
ウォルスとアローナの兄妹が、自信な下げに首を傾げている。その二人の肩に、軽く手を置いた。
「エムシン?」
「間違いない、コルセ鹿だ」
視力には自信がある。多分、常人より優れているだろう。日が暮れてしまえば流石に厳しい……と言うか無理だが、まだ太陽が出ているのならば問題はない。そんな俺が視線を向ける先で水を飲んでいる鹿の角は、正にコルセルカと言っていい形をしていた。
「もしかして見えているの?」
「はっきりと。なぁ、ミリア。間違いないよな」
エルフは感覚が鋭い。その為なのか、視力もはるかに人より上である。実際、一緒に行動するに当たって、ミリアの視力の良さは時々驚くぐらいだ。だが、流石に真っ暗では見る事は出来ないらしい。ミリアに聞いたところ、暗視能力では無く僅かな明かりがあれば見えるのだそうだ。
そして見える距離だが、光が弱ければ弱いほど近くしか見えなくなるらしい。それでも人と比べれば、遥かに遠くが見えるとのことだった。
「間違いないわ。過去に見た姿と、殆ど変らないもの」
「え? ミリアってコルセ鹿を見たことがあるの?」
「ええ。私もギルドに所属してそれなりに経っているから、見たことはあるわよ」
「そう何だ。だったら、言って欲しかったな」
「あら、アローナ。私、コルセ鹿が大きいと言ったわよね」
「あれ? そう言えば……言っていた気が……」
「おーい。日が暮れる前に依頼こなそうぜ、場所的に罠を張らなかったところみたいだし」
途中でミリアとアローナの話に割り込んだ。
そう大して時間を掛けないうちに、太陽は地平線のかなたに沈む。それより森の木々があるので、見えなくなる時間はそれよりも早くなるだろう。そうなってしまえば、ミリアにしか頼れなくなる。
依頼では、大人のコルセ鹿が二頭となっている。折角、二日も張りこんで見付けた獲物。 早々に、依頼はこなしておきたいのだ。
「あ、ごめんなさいエムシン」
「ごめんね」
流石に悪いと思ったのか、ミリアとウォルスが頭を下げる。だが頭を下げるなら、俺では無くウォルスだろう。彼は弓矢を出して、待っているのだから。
ところでウォルスが何故に弓矢を持っているのかと言うと、彼は弓も扱うからだ。ウォルスが主に使うのは剣だが、それでは遠距離に対応出来ない為に弓も扱うらしい。正直に言うと、よほど特殊な武器でもない限り扱う事は出来るそうだ。
流石は武器を選ばない、戦士の面目躍如と言ったところであろう。ただ得手不得手がどうしても出てしまう為、一番扱い易い剣をメインに扱っているのだそうだ。
そして俺だが、黙って見ている訳ではない。遠距離攻撃の技を持っているので、一応構えておく。そしてやや後ろでは、アローナがマギ・ワード(魔術語)を唱え始めていた。
ただ俺とアローナは、あくまで予備に近い。依頼の数が二頭となっているので、必要以上狩る必要はないのだ……荷物になるし。
その時、こちらの気配に気付いたのか、コルセ鹿が辺りを警戒し始める。それとミリアとウォルスが動いたのは、ほぼ同時だった。
「行きなさい!」
「てぃ!」
ミリアの精霊術によって生み出された水の玉が、一頭のコルセ鹿の顔を覆う。そしてウォルスの放った矢は、コルセ鹿の太ももに深く突き刺さっていた。
すると当然の事だが、コルセ鹿は逃げ出す。しかし、太ももに傷を負ったコルセ鹿は上手く走れない。また、顔を水の玉で覆われたコルセ鹿に至っては、その異常事態に驚き慌てているので逃げ出せてもいなかった。
するとウォルスは、逃げ遅れたコルセ鹿に第二の矢を放つ。その矢は首筋に当たり、コルセ鹿は甲高い声を発した後で地面へと倒れ込んだ。
「やったな」
「おう」
軽くウォルスと拳をぶつける。その直後、何とか水の玉を壊そうと暴れていたもう一体のコルセ鹿が倒れる。恐らくだが、呼吸が出来なくなった為だろう。すぐに近づくと、呼吸などを確かめる。だが確認するまでもなく、二頭のコルセ鹿は絶命していた。
「おーい、問題ない。ォルス、手伝ってくれ」
「了解」
二人で協力して、二頭のコルセ鹿を太い枝に逆さずりにする。それから急いで、血抜きや皮剥ぎなどの処置を行った。
「で、コルセ鹿の肉だけど……アローナって氷系の魔術使っていたよな。確か、アイスボ……何とかだっけ」
「……もしかして、アイスボルト?」
「そう! そのアイスボルト。その術で凍らせるってできないか?」
「一応可能だけど……アイスボルトだと、コルセ鹿全部は無理。だから、別の術で行うね」
そう言うと、アローナはマギ・ワードを唱え始める。確かに聞いた感じ、アイスボルトとは違うような気がした。やがて唱え終わったらしく、アローナの口から紡がれていた言葉が途切れる。そして彼女は、皆で夜食べる分は別にしたコルセ鹿の肉に対して術を解き放った。
「フリージングレイン!」
すると、コルセ鹿のすぐ上空に氷で出来た丸い玉が現れる。その直後、氷の球からコルセ鹿目掛けて氷の雨が降り注いでいく。やがて氷の雨が止むと、そこには氷漬けとなった二頭のコルセ鹿があった。
「ひょう。すげぇな」
「アイスボルトよりワンランク上の術だからね」
「そう何だ」
「おーい。それはそれとして、さっさと積み込もう」
感心している俺とは対照的にウォルスは全く興味がないみたいだ。そっけないなと思ったが、言っていることに間違いない。この場には、見張り代りにミリアとディアナを残すと、俺とウォルスとアローナは、野営地に戻って荷車を一台持ってきた。
「兄貴。そっけないよ」
「お前の術を見て、今さら驚けと言われてもな」
野営地に戻る途中で、ウォルスがアローナにそう返す。そんなウォルスとアローナの態度に、今まで共に旅をして来た兄妹だからなのかと納得した。もし過去に見た事があれば、俺の様に感心することはないだろう。そっけない態度だったのも、初めての光景ではなかったからだ。
その証拠に、ウォルスに文句を言ったアローナの態度に不機嫌そうな様子が見られない。もしかしたら、兄妹のスキンシップみたいなものぐらいに考えているのかも知れない。
俺には兄妹なんて居ないから、分からんけど。
何はともあれ野営地に着くと、荷車を持ってミリアとディアナの待つ場所へと取って返す。そして、ウォルスと一緒に氷漬けのコルセ鹿を荷車に積んだ。
『よ……こらせっと』
凍った分重くはなっているが、これで間違いなく日持ちする。それに氷漬けだから、血の匂いなどで肉食の動物などを呼び寄せることもないので一石二鳥と言えた。
「こんな場合の為にも、馬車があると便利か……しかし、他のギルドの所属している奴もこんな苦労しているのだろうか」
「大抵はそうだと思う。ただ、金があれば話は別かも知れないが」
「ウォルス。何で、金があると話は別何だ?」
「魔具を購入出来るからだ。 魔具の中には、見た目小さいのに容量はデカイ! なんてものもある」
どうやら魔具の中には、そんな不思議バックがあるらしい。 何時かは、手に入れてみたいものだ。
最も、今は高嶺の花だが。
「ほう。魔具に、そんな物がね。いつかは、手に入れてみたいものだな」
「そうだな」
「ま、それはそれとしてだ。今日はさっさと休んで、明日にはガアルの町へ出発するとしようか」
それから再び野営地に戻った俺達は、早速手に入れたコルセ鹿の肉を食べてみた。
少しくせがあるかも知れないが、それが味のアクセントとなっている。好みは分かれるところだろうが、俺には美味しいと感じられる肉だった。
因みに、ミリアとディアナは口に合わなかったらしい。小さく千切った肉を一口食べたが、それだけだった。
明けて翌日、朝食を済ませると野営地を綺麗にする。それから出発する訳だが、その前に凍らせてあるコルセ鹿の肉を念の為、今一度凍らせておくことにした。
「じゃ、いくよ」
「あ、待ってアローナ」
「何で止めるの? ミリア」
「私がやるわ」
「……え? ミリアって魔術も出来るの!?」
ミリアの言葉にアローナが驚いたが、それは俺も同じだった。
ミリアと一緒に行動する様になってからある程度経ったが、ただの一回もミリアが魔術を使用しているところは見た事が無いのだから。
「まさか。私は、魔術なんて使えないわ」
「だよねぇ。じゃ、どうやるの?」
「コルセ鹿を凍らせている氷を触媒に、氷の精霊を呼ぶわ」
ああ、そう言う意味か。
確かにこれだけの氷があれば、呼び出せるかもしれない。いや、ミリアの技量を考えれば、間違いなく呼び出せる筈だ。
だからこそミリアは、アローナを止めたのだろう。
「ああ、なるほどな。だったら、今回はミリアに頼むか」
「ええ。任せて」
ミリアは精神を集中すると、氷の精霊への呼びかけを始める。やがて唱えていたサイレントスピリット(精霊語)が止むと、ミリアの目の前に唐突と言った感じで何かの気配が現れた。
それが恐らく、氷の精霊なのだろう。だが俺の力では、まだ見る事は叶わない。
やはり要修行、と言ったところだな。
「じゃ、お願いね」
次の瞬間、コルセ鹿の肉だけが綺麗に氷で再度コーティングされる。それでいながら荷車には、全く影響が無い。本当に肉だけが、厚みを増した氷で覆われていた。
「すげぇ。荷車に影響なしかよ」
「ある意味、精霊術の強みかしら。意志ある精霊に頼むから、細かく指示も出せるのよ」
「へー」
感心しているウォルスに、ミリアが説明している。それからミリアは、精霊の気配を禁じる場所に向かって手を差し出していた。
「ありがとう」
ミリアが礼を言った途端、氷の精霊の気配が消える。彼女が精霊の召喚を解いたことは、容易に想像がついた。
「さて、と。これで、ガアルの町へ戻れるな。途中で変なことが起きなければ、だけど」
「……エムシン。嫌な突っ込み、入れるなよ。現実にそうなったら、どうすんだ」
「警戒しないよりはいいだろう?」
「そりゃ、そうだけどな」
少し納得できないという表情を浮かべるも、ウォルスは引き下がったのだった。
ご一読いただき、ありがとうございました。




