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第十二話~コルセ鹿の森へ~


第十二話~コルセ鹿の森へ~



 ガアルの町を出て一日から二日ほど掛かるところに存在する森、ここにコルセ鹿が生息している。もっともこの場所でしか生息していないなどといったことはなく、町から一番近い生息場所がその森であるというだけでしかない。その森まで町の近くには畑が、そして畑と森の間には平原が広がっていた。

 ガアルの町から一日以上離れている森であるから、最低一回は野宿をしなくてはならない。その為の準備として、町で薪を購入しておく。そして、その薪などを運んでいるのは荷車だ。

 狩った得物を運ぶ為に借りた荷車が、意外な場面で活躍している。何が幸いするか、分からないものであった。


「得物を運搬する以外でも、役に立つなぁ。町へ帰ってきたら、購入してみるかな?」

「そうねぇ。私としては、馬車の方がいいと思うけど」


 町の周りに広がる畑と畑の間を進みつつ、俺は何とはなしに呟く。するとその言葉がミリアの耳に届いたらしく、彼女は自分の意見を述べていた。

 確かに、それも選択かもしれない。一人や二人の旅で、大しかも量に運搬する物がないのならば馬車が取り分けて必要だとは思わない。だが人数も増えれば、食料など色々と共通の荷物などが増える。それを考えれば、馬車を買うのもやぶさかではなかった。

 ただ値段を知らないので、どれくらいかかるか分からないが。


「ガアルの町で買えるのかな?」

「さぁ。でもガアルの町は、国境沿いの中核都市でしょう? だったら売っていそてもおかしくはないわね」

「そうだな。ま、どっちにしても町へ帰ってからだ」

「それもそうね」

「女性陣にもその話はしておいてくれ」

「いいわ」


 畑を抜けると、あとは草原が広がる。その草原を、俺たちは進んでいた。

 こういった草原のいいところは、見通しが効くことだろう。そして視界がいいので、遠目に生き物の影が見えたりもする。だがだ、それだけである。こちらに向かってくるような生物は、見当たらなかった。

 そんな割と平穏といえる時間を過ごしながら、森を目指して歩みを進める。途中で昼飯や休憩を挟みながら平原を進んでいたのだが、そのうちに日が暮れはじめる。視界が完全に朱に染まった頃、暗くなる前に野営の準備を始めることにした。

 それには他のメンバーも否はないらしく、粛々と野営の準備を始めていた。そして俺はというと、まず荷車から薪を一束降ろして適当に組んで焚火を起こしていた。それから、荷物の中から魔物避けの香を取り出して焚く。程なくして、周辺にほのかだが香から出ている匂いが漂い始めた。


「これで、よし。ミリア、そろそろやるか?」

「願いね」


 一通りの準備を終えると、ミリアの体術の指導を行う。結構真面目気質のミリアは、基本的にサボろうとは考えない。とはいえ、俺も朝の鍛錬を欠かす気は毛頭ないので、気持ちは分からなくもなかった。

 やがて指導もひと段落すると、少し休んでから食事の用意を始める。適当に薪から串を削り出して、携帯用の干し肉を刺して炙る。別にそのままでも食べられるが、何もせずに干し肉を齧るよりは少しはましだろうと考えたのだ。

 やがて食事を終えると、それぞれが片付けを始める。その後、ウォルスとアローナとディアナは雑談をして暇な時間を過ごしているが、俺はというと食事前とは逆にミリアから指導を受けていた。無論、精霊を見る為の訓練である。その指導が一通り終わると、俺とウォルスが眠りにつく準備を始めた。

 夜の見張りは、先に女性陣三人が行う。その後は、男二人で行う順番になっていた。さて女性陣が見張りを行いつつも続けている雑談を尻目に俺とウォルスは、荷車二台を並べる。但し、隙間を開けてだ。その荷車の間に、雨避けの幕を張る。こうすれば、少しは雨露や朝露などが凌げる。幕を張り終えると、その下に潜り込んだ。

 数時間は寝ただろうか。やがて時間になったらしく、誰かが近づく気配がする。目を開けて荷車の間から出ると、起こそうとしたのか近づいていたミリアへ声を掛けた。


「おっす、ミリア」

「相変わらず敏感ね。それに、寝起きもいいし」

「そういううふうにしつけられましたから」

「へー、そうなの。何でかしら」

「少しでも生き残れる確率が上がるから」


 はっきり、そしてきっぱりと言い切るとミリアは、驚いたようなそれでいて呆れたような顔をしていた。

 はて? 俺はまた、何か変なことでも言ったのだろうか。


「……それも、故郷の森のせい?」

「ま、それも理由の一つ。育ての親の方針でもあったかな?」


 確か……常在戦場とか言っていたか。意味を聞いたら、いつでも戦場にいるような気持ちでいろとか何とか。

 但し、あの森で生活していれば、自然とそんな気持ちになれると思う。家の外に出てちょっとでも気を抜くと、襲われるのだ。しかも家の中でも微妙なところもあったので、正直に言えばそのような気持ちにならざるを得なかっただけなのだが。


「はぁ。全く、どれだけ危険なのかしら」

「さぁなぁ。比べたことはないし、何よりそれが普通だったからなぁ」

「そう。貴方の常識は、きっと他人の非常識ね」

「そうなのか?」

「多分ね……さて、と。それはもう今さらだからいいとして、あとはよろしくね。私たちも寝るわ」

「ああ」


 手をひらひらとさせながら、ミリアは俺が今の今まで寝ていた場所で自分の毛布を被って横になる。そんなミリアを挟む様に、アローナとディアナが横になり毛布を被っていた。

 なおウォルスだが、ディアナに起こされている。しかし、半ば寝ぼけ眼であるが。


「おーい、ウォルス。起きてるか?」


 ウォルスの目の前で先ほどのミリアの様に手をひらひらさせながら尋ねると、多少怪しいがそれでもウォルスは言葉を返してきた。


「んぁ。あぁ、大丈夫だ。もう少しで、完全に目が覚める」

「ならいいけど」


 それから、焚火の周りに行くと腰を降ろす。程なくして、まだ少し眠そうな雰囲気のウォルスが同じように腰を降ろした。


「ウォルス。昼間ちょっとミリアと話しをしたんだけど、馬車ってあった方が便利か?」

「まぁ、あった方が移動とか楽だろうな」

「じゃあ、もし購入するとしたら賛成するか?」

「手持ちの金と値段に寄るけど……まぁ、金は貯めればいいか。うん、賛成する」

「ウォルスは基本賛成、と……俺とミリアも賛成だから、残りはアローナとディアナだけだな」

「エムシン、明日にでも聞いてみるか?」

「いや、多分大丈夫じゃね? ミリアに聞いといてくれるように頼んだし」

「じゃ、いいか」


 その後、たまに雑談をしながら、ウォルスと共に見張りを続ける。そんな俺たちに対して遠巻きに、こちらを観察している個体が幾つか察知できる。遠目に見れば、それらは草原に生きる獣たちらしい。しかし反応はそれだけで、実際に近づいてくる存在は皆無だった。



 特に問題なく朝を迎えると、いつものように朝の鍛錬を行った。

 時間が早いこともあり、一緒に見張りをしていたウォルス以外の目はない。見られたところで構いはしないので、特に気にすることもなく鍛錬を続ける。やがて鍛錬の途中でディアナが目を覚まし、終えた頃にはミリアが目を覚ましていた。 


「おはよう。ミリア、ディアナ」

「はい、お早うございます。エムシンさん、ウォルス」


 なぜかディアナは、俺とミリアにはさん付けで呼ぶ。行動を共にする仲間なのだから呼び捨てでいいといったのだが、彼女が呼び捨てにすることはしないのだ。しかしアローナとウォルスは呼び捨てにしているので、彼女の性格からくるものかもしれない。いずれは呼ぶこともあるだろうと、気にしなでいた。


「お早う。エムシン、ウォルス。じゃ、食事の用意をするわ」


 そう言うと、ミリアとディアナは二人で朝食の用意を始める。俺は焚火に薪を加えて、火を大きくする。そしてウォルスは、いまだに眠りこけている自分の妹を起こしに行った。


「さっさと起きろ!」

「ひゃあ!!」


 気持ちよく眠っているところに大声で呼ばれたせいか、アローナは驚いて跳ね起きる。だが頭上には雨露避けに幕を張っているので、彼女はその幕へ頭から突っ込んでいた。

 そんな妹の様子に呆れながら、ウォルスはアローナを幕から解放してやる。やがて解放されると、妹が兄へ文句を言い始めた。


「あたしが怒っているのは、兄貴のせいじゃん!」

「普通に起きればいいだけだろう。一人寝ているお前が悪い」

「だからって、起こし方があるでしょうが!」


 頬を膨らませてアローナは、怒りを露わにしている。だが迫力という物はなく、むしろその頬を膨らませている姿はハムスターを連想させた。


「わーった。次からは、別の手段にする」

「……なんか気になる言い方だけど、分かればいい」


 仲のいい兄妹だなと思いつつ、そんなやり取りを見ていると小さい笑い声が聞こえる。そちらを見ると、ミリアとディアナだった。二人して小さく笑った後、食事の準備を再開する。それから間もなく、その二人に漸く起きてきたアローナが加わると、三人で楽しげに朝食を準備し始めた。

 やがて、ミリアとディアナとアローナの三人が準備した朝食を食べ終えると、野営の後片付けをしてからその場を立ち去った。それから数時間ほど歩き、昼前には森へと到着する。その森だが、思ったより深くはない。その為、完全にとは言わないが、森の中にまで太陽の光が届いていた。


「もっと深いかと思ったが、結構浅いか?」

「そうねぇ。あまり深くはなさそうね、お陰で台車も入れるし」

「そうだな。じゃ、ミリア頼む」

「ええ」


 森の中では、エルフの独壇場だ。ガイドがいるというのならば別だが、そうでないのならエルフに任せておけば間違いはない。

 但し、森に特殊な術などが掛かっていなければの話だが。

 何はともあれ、ミリアを先頭にして森の中を進む。探索しながらなので、当然だが歩みは遅い。やがて日が暮れはじめた頃に、少し広めの場所に出た。どうやら複数の木が倒木してしまった為に、少し開けてしまった場所らしい。そのことを証明するかのように、朽ちた木が何本か倒れていた。

 これはちょうどいいと、俺たちは野営に入る。何せ周りが森であるので、薪に事欠きはしない。一応、薪を持ち込んでいるとはいえ使わないに越したことはないので、節約して枯れ枝等を拾ってきたのだ。

 それに帰りでも、何かが起きるかもしれない。ついででもないが周辺の気配を探ってみたが、あまり感じられなかった。

 森に生物が少ないのか、それともこちらを警戒しているのかまでは分からないが。

 やがて野営地に戻ると、すぐに火を起こす。それから魔物避けの香を焚いてから、いつものごとくミリアに体術の指導を行う。そして食事後には、ミリアから精霊に対する指導を受けながら過ごしていた。


「どう。見える?」

「いや。前よりは感じられるけど、見えるまではいかない」

「そっか。まぁ、仕方ないわね。気長に行っていきましょ」

「ああ」


 その後、平穏に時間も過ぎ、やがて朝を迎える。綺麗に夜営の跡を片付けてから、さらに森の奥へと進む。やがて俺たちは、池とも湖とも取れる微妙な大きさのほとりに到着した。


「こりゃ、都合がいい。水場に近ければ、色々な生物が来る。コルセ鹿も、現れるだろう」


 元々コルセ鹿は、森の中に水辺に多く出没するらしい。その意味でもこの場所は、絶好の場所だと言えた。


「そうね。ただ別の生き物も来るだろうから、そちらの警戒をおろそかにはできないわ」

「だけど、当てもなく森をさまようよりはいい。そうだろ? ミリア」

「まぁ、そうね」

「つー訳で、この近辺で野営しつつコルセ鹿を捕えようと思うが……どうだ?」


 ウォルスたちに尋ねると、三人は揃って首をたてに振った。

 なお念の為に水辺を確認したが、複数の生物が来ているのが足跡や存在の有無で分かる。 尚さらこの場所が有望だと思えたので、この水辺の近くに野営してコルセ鹿を待つことを決めたのだった。


ご一読いただき、ありがとうございました。

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