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光と闇の少年  作者: リグレッド
1.光は日々を過ごす
3/23

帝夜学園の朝休み

 7月17日金曜日。明日から夏休みということで普通なら盛り上がるところだが、俺たちは『帝夜学園中等部』となっているが受験はあるわけで、3年のクラス全体で暗い雰囲気が感じられた。


キーンコーン、とお決まりのチャイムが校内に鳴り響く。


他の学校では、多分、この後に朝礼があるだろう。だがここでは、このチャイムが朝休み開始の合図だった。


 帝夜学園は午前7時から開いており、このチャイムは午前8時になる。それから30分間の朝休みという、もはや休み時間のとりすぎのような気がするのだが、ほとんどの学生は『朝の長い休み時間は宿題の時間にもってこいだから無くなると困る』とのことだった。


本来『宿題』というのは家庭学習として家や寮でするのでは?と思うのだが、学生自身終わればいいわけで、やる場所や内容はあまり重視していないのが現状である。


俺のいるクラスは、そんな宿題に追われている生徒は一人もいなかった。


別に成績優秀だとか、真面目な人間の集まりなどではなく、ただ単にここが『その他組』というのが一番の原因だ。



 帝夜学園では中等部3年になると、自身の扱う魔法ごとにクラスが分けられる。



1組は『火炎魔法(かえんまほう)』、2組は『流水魔法(りゅうすいまほう)』、3組は『氷雪魔法(ひょうせつまほう)』、4組は『雷電魔法(らいでんまほう)』……そして5組が『その他魔法』ということになっている。


火炎、流水、氷雪、雷電は全体的に見てもメジャーな魔法で、使う者が非常に多いため、専属の教師をつけて互いに意識し合いながら頑張ろうということだったが、当然それ以外の魔法を使う生徒もいるわけで、そんな生徒たちは『比べられないから、とりあえず集まっとけ』ということになっている。


あまりものらしく、他のクラスに比べて生徒数が少ない(約40人学級に対し、俺たちのクラスはたった18人)。そして、専属教師という者がいないため、宿題が極端に少ないのだ。


というわけで、『その他組』では朝休みはただの長~い休み時間でしかない。


 そして、育ち盛り、遊び盛りの少年少女たちにとって『長~い休み時間』とは、つまり『寝る時間』ということになるのだが………




「ねぇ、エド。今日の戦闘訓練、私と組んでよ」


机に突っ伏して寝ようとしていたエドに声をかけたのは、黒髪を二つに結び、残りが背中の真ん中あたりまで伸びている美少女……シルヴァだった。


エドがそのまま無言でいると、


「こぅらああぁぁぁっ!! あんたみたいな別にハンサムじゃない奴の狸寝入りなんか見ててもこっちはちっともときめかないのよおおぉぉぉっ!!」


という鋭い罵声(ばせい)と共に、エドの頭めがけて筆箱を振り下ろした。ちなみに筆箱は金属製だ。


鈍い音が、ざわついている教室全体に響き渡る。


「痛ってぇなあ!! なんだよ、ときめかないって!? 俺がかっこよかったらときめくのかよ!!!」


「もちろんよ、当たり前でしょうが」


シルヴァの即答がエドの心に突き刺さる。会話からも分かるとおり、エドはかっこいい顔つきではない。いたって普通……誰に聞いても『平凡じゃないか?』という顔つきだ。


「それより、返事はオーケーってことでいいの?」


「ん、あぁ、戦闘訓練のペアだろ? いいよ、ほとんどシルヴァと組んでるしな」


ジンジンと痛む頭を押さえながら、エドは軽い調子で同意する。


「あんたみたいなレベル9と組めるのなんて、このクラスじゃあ私くらいだもんね」




 シルヴァは、空を飛んだり空気を操るのが得意の『天空魔法(てんくうまほう)』を使う、帝夜学園中等部でも4人しかいないレベル8だ。武器はナイフで、エドは見たことがないが本人が言うには槍も使えるらしい。


「戦闘訓練って何時限目だったっけ?」


「今日の授業は戦闘訓練だけよ!! あんた……今日の授業内容ぐらい把握(はあく)しときなさいよ。…………今日の給食は?」


「ごはん、ジャガイモの味噌汁に鮭、後デザートにプリン」


なんで給食は頭に入ってんのよこの給食バカがああぁぁ!!!、健全な男子にとって自分で作らずに済む飯がどれだけありがたいかお前にわかるかああぁぁっ!! と朝っぱらから仲がいいのかケンカをしているのかわからない会話をしているエドとシルヴァだったが、二人はこれでも幼馴染(おさななじみ)だ。


「はいはい、今日も元気で結構だが、長~い休み時間はもうすぐ終わるぞ――席につけ」


 そう言って教室に入ってきたのは『その他組』の担任、アラバス先生。引き締まった腕にすらっとした体形、胸もそこそこ大きく顔も美人。男子生徒にとってはこれ以上ない理想の担任なのだが、口調が男っぽいことと肉弾戦ならほとんどの男子に勝ってしまうことから、メイド服を着せてみようなどの妄想対象(もうそうたいしょう)からは外されている。


 いがみ合っていた二人だが、先生に頭をたたかれしぶしぶ席に座る。


「全員いるな……ん、フルーゼが休みか? あいつ昨日は元気にしてたのにな……何か聞いている人は?」


先生の質問に教室が静まり返る。フルーゼは闇魔法を使うレベル6の男子生徒だ。


「まあいいか、きっとどこかの病院で足でもつるしてるんだろう」


言葉だけならなんて冷たい人なんだとなるかもしれないが、帝夜学園では、終礼時に『気をつけて帰りなさい』の代わりに『思う存分ケンカして来い』と言われる。エドとしては学校がそんなことを言っていいのかよ、と疑問に思うのだが、病欠よりもけがで休む生徒の方が多いので仕方ないのかとも思っていたりする。


「夏休み前日ならちょっとのけがでも学校、来たらよかったのに」


左隣のシルヴァがつぶやいた。


「歩けないようなけがでもしたんじゃないか?」


「それなら、どこかの病院で手当てを受けたってことでしょ? 病院から学校側へ連絡が行くはずなんだけど」


「確かにな……けがじゃなくてただのサボりとかじゃねえの? 可能性としてはあるだろ」


エドの言葉にシルヴァはまだ納得がいかない様子だったが、先生が今日の戦闘訓練の内容を話し始めたのでこの話はひとまずお預けとなった。


 「今日は昨日言った通り『二人』で戦ってもらう。まあテストとかじゃないから気楽にやってもらえばいいんだが、夏休み明けに『計測』があるからそれを意識して戦ってもいい」


『計測』とは、個人のレベルを計ることで『身体測定』と一緒に行われる。ここで出た『レベル』だったり『攻撃力』、『守備力』なんかが高等部を受験するうえで大切になってくるのだ。


「ペアを組んでいない奴はいるか?」


アラバス先生が問いかけると、半分ほどの生徒が手をあげた。そして、その人数を数えていた先生の手が途中で止まる。


「あれ、一人余る……ああ、フルーゼがいないんだったな。どこか三人のチームを作ってくれ。何か質問のある人は?」


誰も手をあげないところを確認すると、アラバス先生は満足げにうなずく。


そして場所と時間を黒板に書くと、そのまま教室を出て行った。




 先生が教室から出ていった瞬間、半分の生徒たちはペアづくり、残り半分の生徒は余った時間をつぶすために会話を始めた。また教室がざわつき始める。


「ねえ、エド。私フルーゼに電話してみるね」


「お前、電話番号知ってるのか?」


「知らなかったら電話しようがないでしょうが」


またもや鋭い突っ込みを入れられ、エドも負けじと言い返す。


「電話するほどの事でもないだろ、一日休んだだけじゃねえか。もしかしてフルーゼのこと好きな……ガフッ!!」


言い終わる前に、シルヴァのパンチがエドの右頬(みぎほほ)にヒットした。


「そんなんじゃないわよ。ただ、何かが引っかかるだけ」


「引っかかるって……何が?」


「ああもうしつこいわね! 女の勘ってやつよ。その引っかかる何かを知るために、今から電話するんじゃない」


スカートのポケットから取り出した携帯電話のボタンを軽快に押し、シルヴァはフルーゼに電話をかけた。プルルルルルという電子音の後、ブツッという音が鳴る。どうやら電話に出たらしい。


「あっ、フルーゼ? 今どこにいるの」


返事を聞こうと、エドも携帯電話に耳を近づける。



「……………………………………」



「フルーゼ?」


携帯電話からは、何の音も聞こえてこない。不思議に思い、エドも声をかけてみた。


「おい、フルーゼ。どうしたんだ? どっか悪いとこでもあるのか?」


「……………………………………」


やはり無言だ。本当にどうしたんだろうか。


 本気で心配になってきたエドとシルヴァだったが、次に声をかけようとする前に、バギィッ!! という短い雑音が聞こえ、そのまま通じなくなってしまった。


携帯電話を閉じたシルヴァが、心配そうな顔つきでこちらを見る。


「……私の勘、当たったってことでいいのよね?」


「あれで当たっていない方がびっくりだ。どうする、先生にでも報告しとくか?」


「そうね……私言っておくわ。今日の授業が終わったら、様子を見に行ってみる」


「分かった。じゃあとりあえずフルーゼの事は忘れて、戦闘に集中しようぜ。ただ答えたくなくて一方的に切ったかも知れねえからな」


エドの明るい声にシルヴァは少しだけ微笑むと、移動を始めた生徒と一緒に教室を後にした。







     ◆◇◆◇◆◇◆







 朝にもかかわらず、暗い路地裏で携帯電話が鳴り響いた。地面に落ちているそれを、一人の少年が拾い上げる。


拾った少年は携帯電話の持ち主ではなかったが、構わず電話に出た。


 聞こえてきたのは少女の声。


持ち主のクラスメイトか、それとも彼女かは分からないが、何やら持ち主のことを心配しているようだ。


少年が無言でいると、少女の代わりに少年の声が聞こえてきた。


雑音がかすかに混ざっているため、向こうは人の多い場所……学校にでもいるのだろうか。


どちらでもいい、と少年は思った。


口を開き何かを言おうとしたが途中でやめ、代わりに(ゆが)んだ笑みを浮かべると、少年はそのまま携帯電話を握りつぶした。


残骸(ざんがい)を適当に放り投げ、路地裏を後にする。





 金属を紙のように握りつぶした少年の手には、傷一つ付いていなかった。




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