殺人メモリー 3 〈複数魔法使用者〉
本当は交互にしようと思ったんですけど、無理でした。
立て続けに『殺メモ』ですみません。
【11月28日 午前3時47分 実験番号796番】
ディーは50メートル四方の白い実験室にやってきた。実験内容の書かれた資料に、場所がここだと書いてあったからだ。
「で、今日は誰を殺せばいいんだ?」
もう800回近く言っている言葉を、ディーはこの前妙なことを話した男に問いかけた。すると、男は研究者にしては珍しく陽気に笑って、
「とりあえず、私のことはデフォルトと読んでいただけませんかね?」
と言った。
普通、研究者はたかが実験体の暗部に自身の名前など紹介しない。暗部では、ほとんど一方的に研究者が話すので名乗る必要がないからだ。
ディーは無言でデフォルトの事を見つめたが、数秒後にため息をついた。
「変な名前だな。言葉の意味を考えるとなおさら」
「本名じゃないですからね。それに、『D』という名前も、それなりに変だと思いますよ」
「そぉーかい。オレのも本名じゃないんでな。勝手につけられただけだ」
「ほう、誰にです?」
「研究者」
それを聞いてデフォルトはふきだした。
「それはそれは! 確かにそうでしたね!! 暗部の人間は全て、私たち研究者が名づけているのでした!! いや~すみませんね、妙なことを聞いて。私下っ端で、名前なんか付けさせてもらえたことないもんですから、あはははは」
「……研究者に陽気に話されると、いら立ちを通り越して気持ち悪りぃぞ」
「ああ、それも失敬失敬。ですが、これから実験の内容を報告するのは私になりましたので、慣れてもらわないと困りますかね?」
ディーは短く舌打ちをした。
「放送で流れてくる男の話し方の方がよっぽどよかったぜ。人間味が全くない機械みたいだったからなぁ」
それを聞くとデフォルトはまた、研究者らしからぬ表情で笑った。
「はははっ!! それじゃあ、今度は私の方をマシになるよう、お願いしたいですね!! 君は人間というものとあまり話したことがないでしょうから、私との会話はいい経験になると思いますよ」
ディーは人を殺す前に、そのターゲットとなる人間とまともに会話をしたことがない。相手が恐怖で気がふれているか、殺意の目でこちらに罵声を浴びせてくることがほとんどだからだ。
「それじゃあ、今回の実験内容をお伝えしますね」
「…………」
無言でディーは男から新しい資料を受け取った。
そこには一人の少年の顔とプロフィールが乗っていた。魔法の種類は、やはり闇魔法だ。
「この子の名前はジス。歳は君と同じ14歳で……おっ、誕生月も同じ12月ですね!!」
「いいからさっさと説明を続けろ」
低い声でディーがうながした。
「えーっと、今日はこの少年を殺してもらいます。レベルは7ですが、記されている闇魔法の他に火炎魔法も使えます。そちらのレベルは5だそうですが」
「なっ……魔法を二つ!?」
ディーが驚きの声を上げた。それに対し、デフォルトは落ち着き払った様子で説明を続ける。
「ええ。私たち研究者は『複数魔法使用者』と呼んでいますがね」
「そんなやつを殺しちまってもいいのかぁ? 研究材料には持って来いだろうが」
あっさりと、デフォルトはうなずいた。やはり、人間をただの材料だと思っている辺りは研究者だ。
「ですが、数の少ない複数魔法使用者よりも、『闇魔法が使える』ということの方を重要視したのですよ、私たち研究者は。それだけ、君が行っているこの実験が大切だということです」
「あの『計画』ってやつのためだろ?」
ディーが呆れた調子で聞くと、そうですね、とデフォルトは笑った。
「私も『計画』については何も知りませんが、相当大事なのでしょう」
「ちっ……ムカつくことばかりだぜ。上は何考えてんだぁ?」
「さあ。下っ端の私にはわかりません。ですが、今やるべきことぐらいは分かりますよ?」
そう言って、デフォルトは実験室の扉を開けた。
「ジス君がお待ちです。一応、目標時間を伝えていいことになっていますが……聞きますか?」
ディーはその問いに答えず、さっさと実験室に入ってしまった。
その様子を見たデフォルトは拍子抜けだとでもいうようにため息をついて、
「では、私は外で待っていますので頑張ってください」
そう言って扉を閉めた。ガシャン!! という鍵のかけた音が白い実験室に不気味に響く。
ディーは中央に立っている少年を見た。恐怖で放心状態にでも陥っているのか、入ってきたディーを見ようともしない。
ジスの身長は140程度で、年の割には小さかった。髪は黒で、前髪が長いが後ろ髪は短く、はねている。服もどこかの中学校のものなのだろう。白いワイシャツにブレザーを羽織っていた。
ディーは少年の3メートル前に立った。
相手が1人の時はいつもこうしている。前に立って表情を観察すれば、相手が恐怖しているかこちらに殺意を向けているか分かるからだ。が、ジスの顔はうつむいているせいで見えなかった。目も長い前髪に遮られてよく見えない。
それに、こちらが入ってきてから全く動いていない。
「おい」
ディーは声をかけた。立ったまま気絶していたりすることは無いだろうが、相手が戦闘のために何らかのモーションを起こしてくれなければ、実験の意味はないからだ。突っ立っている少年を殺しても、魔法の種類など全く意味をなさなくなる。
ディーが声をかけて、ようやくジスは顔を上げた。
「………っ!?」
その顔を見て、ディーは驚きを隠せなかった。長い黒髪からのぞかせた両目が、赤く光っていたからだ。
「オマエ、その目はどうしたんだぁ!?」
警戒しつつ、ディーはジスに問いかける。目が光るなど、暗部以外ありえない。
暗部は皆、10歳の時に目を入れ替えられる。人間の目は光のない暗闇だと何も見えないが、それを見えるようにするためだ。入れ替えられた目は瞳孔が小さく、猫のように不気味に光る。
ジスは来ている服からわかるとおり、暗部ではない表の人間だ。
普通の目が光るなど絶対にありえない。何か、仕掛けがあるはずだった。
「この目……」
ジスが初めて口を開いた。
「何か、おかしいか?」
次の瞬間、ジスの体から赤黒いオーラが噴き出した。前髪が下から巻き起こる風で上へと上がる。色白いその顔には、恐怖ではなく殺意が深く刻まれていた。
その表情を見て、ディーは平常心を取り戻す。
いつもと変わらない、殺意。
慣れた雰囲気に驚きはどこかへ行き、ディーは口の端を薄く広げた。
「おかしいっちゃあおかしいけどよぉ、本人が気づいてねぇんなら聞いても無駄だろうなぁ?」
「俺は……あんたに殺されるために来たんじゃない。殺されるなら、逆に俺があんたを殺す!!」
「……は」
その言葉で、ディーの中を完全に狂気が満たす。
「はははははははっ、殺す!? やれるもんならやってみろよ、ハーフ野郎!!」
ディーの両耳につけられていたイヤリングがはじけ飛んだ。パンッ!! という拳銃を発砲したような音が二つひびく。
ディーは滑らかな動作で右手をジスの方へ向けた。それだけで、ドッ!! とジスの周りの重力が倍増する。
本来ならここで相手は死ぬか、相当な重傷を負う。が、ジスは体が沈むどころか何も起こっていないとでもいうように平然とそこに立っていた。
それが出来るのはディーと同じレベル15か、それ以上の者だけだ。しかし、レベル15以上の闇魔法使いはディー以外存在しない。もし存在していれば、確実に『レベル15越え』の仲間入りをしているだろう。
ディーが不思議に思っていると、ジスがオーラの量を一気に増やした。レベル7とは到底思えないような赤黒い不気味なオーラが、どこか炎のようなものに変質する。
瞬間、ジスの姿が消えた。
すぐ後ろから声が聞こえてくる。
「あんた……『覚醒』って言葉を知ってるか?」
ディーが振り返るよりも早くズドンッ!!!! と、白い実験室が揺れた。
デフォルトは目の前の扉の隙間からものすごい勢いで衝撃波が出てきたことを突風として確認すると、廊下に置かれているベンチに腰掛けた。
クッションなどは無い、公園に置かれているような簡素なものだ。
背もたれが壁のため座り心地は悪かったが、デフォルトは大して気にする様子も無く左の手首にはめられている腕時計で時間を確認した。そして目の前で何度も揺れる扉を見ながらため息をつく。
「覚醒とはレベルを一気に引き上げ、その変化に耐え切れず体から出るオーラが炎に変わるもの……いやー、上は恐ろしいことをするね」
デフォルトは持ってきていた缶コーヒーのふたをゆっくりと開けた。
「ディー、今回の目標時間は3時間だ。それが、無理やり覚醒させたジス君の体のタイムリミットでもあり、君が負けると想定した時の生きている時間でもあるからね」
何度も何度も揺れるドアを、デフォルトは何の感情もあらわさない眼で見つめていた。