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光と闇の少年  作者: リグレッド
2.闇は太陽のもとで
12/23

かっこいい看護婦さん

なんか、長くなりました。

シルヴァは西区域でも有名な病院の個室にいた。その姿は制服で、カバンなどの荷物は無く手ぶらな状態だ。


個室は冷房のおかげで温度、湿度共にしっかりと管理されており、壁も天井も白一色であることから清潔感が感じられた。


騒音もなく、ただただ穏やかな室内。


しかし。


彼女は怒りに満ちていた。


顔には特に目立った変化はない。動作も問題なし。だが、この室内にはベッドで寝ている人間と彼女しかいないので非常に残念だが、他の第3者が見れば分かるだろう。


その雰囲気に。


物音を立てようものなら押しつぶされてしまいそうな、その威圧感に。


「呆れて物も言えないわ………」


押し殺すような声で、彼女はそうつぶやいた。それは決して、目の前で寝ている(気絶している)少年を起こさないために(つぶや)いているのではない。なんとか自分の声を、他の部屋で寝ている患者の迷惑にならないようにそうしているだけである。




シルヴァが病院に来たのは、交差点に面したビルに取り付けられた大型テレビのニュースで、今はベッドで気絶している少年、エドを見つけたからだ。


映し出されていた映像は、どうやらその現場を目撃した一般人が携帯で録画したものらしく、画像の編集なども行われていなかった。そのため赤々とした血や、逃げ惑う人々、悲鳴などが垂れ流しになっていたのだが、そんな中、壊れた店の中から運ばれてくるエドを見つけたのだ。


エドが救急車に運ばれていくのを画面で確認したシルヴァは調べに調べて、今いる病院を突き止めていた。




目の前の少年のために、彼女は道路を走り回ったわけだが、怒りはそこから来ているわけではない。




「うっ……」


突然、エドの眉間にしわがより、まぶたが重そうに開いた。突然の事に、シルヴァは腰かけていた椅子を倒しながら立ち上がる。


「……………」


エドは無言だった。どうやら焦点が合っておらず、ここがどこか分かっていないらしい。


「おはよう、エド」


そんな彼へ、シルヴァは冷たく言い放つ。


「ここは病院。目が覚めたんなら、どうしてこうなったのか説明して」


一方的に問いかけるシルヴァ。その言葉には、いら立ち以外の何もこもってはいない。だが、先ほど彼女から放たれていた押しつぶされるような威圧感は、キレイさっぱりなくなっていた。




なぜなら。




彼女はエドの事を心配していた。


『なぜ、いつもいつもこんな無茶をするのか』と。


『なぜ、私はいつも大事な時にそばにいないのか』と。


相手にも、自分にも怒りを感じていたのだ。しかし、それらはエドが目を覚ましたことによって一気に吹っ飛んだ。代わりに彼女に押し寄せてきたのは『苛立ち』。


自分は『今の状況をなにも把握していない』という歯がゆい思いが、シルヴァの中を満たしていた。


だから問う。


自分も事の中心に入っていくために。


目の前の少年を、もう、こんなボロボロの姿にしないために。




「何があったの?」


改めて聞いたシルヴァだったが、エドの顔は一向に変わらない。どこか遠くを見ているような目つきをしている。起き上がろうともしないので、また心配になってきた。


医者を呼んだ方がいいのだろうか?とシルヴァが思った頃、エドがようやく口を開く。


「シルヴァ?」


こちらをぼんやりと見つめ、一応問いかけてはいるものの、その問いの内容を本人が認識しているのか怪しいところだった。


そんな幼馴染の様子に一瞬取り乱しそうになったシルヴァだったが、ここで動揺してはエドの回復を余計に遅めてしまうと思い、いたって平然として答える。


それでも、目の前にいる少年が本当にエドなのかと不安になり、どうしても顔が緊張してしまっていた。


「そうよ。ここは病院。病、院。分かる?」


先ほどよりも、やわらかい口調でゆっくりと話す。


「………ああ」


やっと聞こえるぐらいの声だった。


その目はどこか曇っている。体にかなりのダメージを受けたことは容易に想像できた。


「今、医者を呼んでくるから。あんたはここでじっとしてなさいよ。まぁ、言わなくてもじっとしてるとは……」


「今何時だ?」


シルヴァの会話を遮るように、突然エドがしゃべった。その声は、いつも通りのものに戻っている。


変化の速さに少し戸惑いながらも、シルヴァは質問に答えた。


「午後6時よ。あっ、『おはよう』って言ったけど、あれ、冗談だからね」


「6……時?今、6時か?」


「ええ……」


妙に時間にこだわってくる、とシルヴァは思った。


まあ、漫画などでも気絶した者がよく時間を気にしているから、こんなものだろうかとも思ったが……違った。





エドは突然跳ね起きると、自分がまだ制服であることを確認してから、





ぶちり、と。左腕の点滴を強引に引き抜いた。




「ちょっ……え!!?何やってんのよっ!!!!」


「そんなこと言ってる場合じゃねえんだよ!!!!!」


ここが病院だということも気にせず、エドは叫ぶ。


あまりの勢いに、シルヴァはびくっと肩を震わせた。ぎろり、とこちらを睨んだ幼馴染の目には、もはやシルヴァなど映っていなかった。


ただ、何かが燃え上がっていた。


怒りでも、いら立ちでも、憎しみでもない。


何かの感情が、その瞳の奥で燃え盛っていた。


「………どういうこと?」


しばらく経って、エドに睨まれていたシルヴァが小さな声で問いかける。絞り出すようなその声に、エドははっとして燃えるような瞳をふせると、


「……フルーゼを、見つけたんだ。その時、ディーって名前の……多分、俺たちと同じ年の奴が……」


そこで一呼吸おいて、エドは告げた。




「フルーゼを『殺す』って言ったんだよ」




空気が、凍ったかと思った。


背筋を何か冷たい物が走り抜けるような錯覚を感じさせられた。


しかし、そんなシルヴァになど気付かずにエドは話し続ける。


「そいつは俺なんか、まるで相手とも思っていなかった。魔法も使ってないのにこっちはぼろぼろだし、それに、素手の拳で店の壁をぶち壊しちまった」


エドが語気を強める。


「そいつが言ったんだ。今日の午後10時。西区域のどこかにいるから探してみろってな。こっちが見つけられなければ、フルーゼはディーに殺される。だからっ……!!」


「探しに行くんでしょ?そのディーって少年を」


エドが、少し驚いた顔をした。


人を殺すような少年を探しに行くなど、絶対に嫌がると思っていたのだろう。


そんなエドに、シルヴァはわざとそっけなく、


「そりゃ、私も最初は驚いたわよ?背筋が凍る程度にわね。今だって動揺してるし、声の震えを必死に抑えてる。人を殺すような奴となんか会いたいとも思わないし。でも、あんた……」


そこで、シルヴァは思わず苦笑した。


「点滴引き抜いてまで躊躇(ちゅうちょ)なかったんでしょ?その、ディーって奴を探すことに」


「ああ。フルーゼの命がかかってる」


「なら、私もためらうことなんか何もない。一緒に行くわ」


最後の一言に、エドは突然ベッドからものすごい勢いで降りた。そのまま、目の前のシルヴァを見下ろす。


「それはダメだ!あいつは強い。俺でも傷一つつけられなかったんだ!!」


「だから私じゃ、絶対に勝てないと?」


突っかかるようにシルヴァは言い返す。正直、否定されたことに不満を抱いたからだ。


「そうじゃない……」


「じゃあ何?確かに私はレベルがあんたより低いけど…でも、一人でダメなら二人で戦うのが普通でしょ?」


「そうじゃないんだ」


だんだん、じれったくなってきた。


なぜだめなのか、はっきりと言ってくれればいいものを……。


「だったら何な……」


「………てほしくない」


「えっ!?」





「お前に傷ついてほしくないんだ、シルヴァ」





シルヴァより背が大きいエドは、こちらを見下ろして力強く言い放った。まっすぐに、眼だけを見て。


そこには、しっかりとシルヴァの姿が映っていた。先ほどの燃えるような何かは今もくすぶってはいるものの、恐ろしさを感じさせるようなものはない。



シルヴァは、エドの放った言葉にドキリとした。


こんなに、幼馴染に見つめられたことは今までに一度もない。逆も同じだ。



こんなにも、エドの顔を、オレンジ色の綺麗な瞳を、見つめたことは無かった。エドの顔が整っていて、どこかさわやかな印象を感じさせることを今になって初めて知った。


その瞳に、吸い寄せられそうになる……。



そこでシルヴァは我に返り、動揺していることを知られまいと、すかさず言い返した。


「傷ついてほしくないって、何よそれ!?私だって、あんたに傷ついてほしくなんかないわよ!!!」


「………え、ああ…悪い……」


シルヴァがなぜ突然叫んだのか全く分からないエドは、そんなに怒らなくてもよくないですかね?と首をかしげる。


「一緒に探す。そこは絶対よ?」


「あ、ああ。そうしてくれるとすごく助かる」


「そして……」


「戦うのは俺だけだ。そこだけは(ゆず)れない」


シルヴァがエドをキッと睨む。


「私もそこは譲れないわ。一緒に戦う。フルーゼの命がかかってるんだから、あんたのやりたいようにさせるわけにはいかないわよ」


「どうしても、だめなのか?」


「絶対に、ね」


「そうか………」


エドはいくらか声のトーンを落として呟く。そして、次に顔を上げたときには何かを決意したようだった。


「なら、仕方ないな……。ホントはこんな事したくなかったんだけど」


「何よ?」


シルヴァの問いかけに対し、エドは右手だけをシルヴァの方に向けて拳を握った。


瞬間、殴られるかとも思ったがそうではないらしい。ぱっ、と手をシルヴァの目の前で開いたエドは、笑顔でこう言った。



「じゃんけんだ。正々堂々と」


「あああぁぁぁっ!!?」


少女とは思えない驚きの声がシルヴァから飛び出す。


「じゃんけんなら、文句はないだろ?」


「そういう問題じゃないわよ!!し、ん、け、ん、に!!事の次第を考えなさいよ馬鹿エドがああぁっ!!!!」


「俺は至って真剣だ!!真剣にじゃんけんをしようとしてるだろ!!」


「そういう事じゃないわよ!!そんなお遊びのじゃんけんで、人様の命をもて遊ぶなって言ってんの!!」


「遊んでねえよ!こっちはもう時間がないんだ!!かなりの広さを探さなくちゃいけない。一発勝負で行くぞ、じゃんけんっ……」


「ちょっ……うそ……!」


「ぽん!!」


リズムにのせられ、シルヴァはそのまま拳を前へ突き出してしまった。つまり、グー。


一方エドは、掌を開いている。つまり……


「パー!オレの勝ち!!てなわけで、戦うのは俺一人で決定な!!!」


「あああ!!!今の反則でしょ!!?あんな無理やりに初めてっ…もう一回よ!!」


焦るシルヴァに対し、エドはにやにやと笑う。


「お前ちゃんと出してたじゃないか、グー。一発勝負って言っただろ?」


「はあああぁぁっ!!?卑怯者!!男のくせに何…を……………」


シルヴァの言葉が途中で途切れる。


彼女は視界の端に何かをとらえていた。




それは。




個室の部屋の唯一の扉が大きく開け放たれ、そこには般若(はんにゃ)を思わせる看護婦さんが仁王立ちをかましていた姿だった。20代であろう若々しい顔は、怒り以外の何もあらわしてはいない。


二人の背筋が凍る。


エドもシルヴァも、『ディー』という殺人鬼の話をしていた時よりもはるかに冷たく。


「ねえぇぇえ?あなたたち?」


妙に音の伸びた言葉が、部屋の空気を完全に支配する。


「は……はい……。何でしょう?」


耐え切れず、シルヴァは苦笑いをしながら問いかける。が、そんなことで般若が満面笑みになるはずもなく…。


「こ、こ、が。どこだか知っててあんな大声出したのかしらあぁぁあ?ちょっと非常識なんじゃない?」


「あの……す、すみません」


「すみませんですまないって分かってないのかしら?心臓が弱い人にとっては、大きな音、声は命を(おびや)かすことになるのだけどおぉ?」


「ホント……すみません………」


エドもシルヴァに続いて謝るが、その声は聞き取れるかどうかの小さなものだった。それくらい、目の前の人間は怖かった。この人は人間だろうかと疑いたくなる程度には、看護婦さんは恐ろしい威圧感をはなっていた。


「その制服、帝夜学園の生徒さんよね?」


「はい…」


「学生が、病院に運ばれるほどの怪我なんかするなとは言わないわ。でも、ここで暴れるのはやめてちょうだい」


「はい……」


そこで看護婦さんは、エドの左腕に打ってあるはずの点滴が落ちているのを見て問いかけた。


「何か大事なようでもあるの?」


「はい。とても大事な用事です」


看護婦さんは、エドの強い眼差しを正面からしっかりと受け止めた。


「……。これからは大きな声を出さないと約束してくれるわね?」


「はい!!ホントに、申し訳ありませんでした!!」


エドが軽く頭を下げてお詫びをすると、看護婦さんは般若ではなく本来の顔に戻り、フッと笑った。


「よし!それなら、行ってきなさい!!点滴の事は私が何とかしてあげるから!!!」


「えっ!?」


「良いんですか?」


二人が驚きをあらわにする。そんな二人に看護婦さんは笑って、


「青春は今しか味わえないものよ。思う存分楽しんでらっしゃい!!」


ジーンと、エドとシルヴァの胸に熱いものが流れた。


「はい!!!」


二人は声をそろえて返事をすると、迷うことなく窓から飛び降りた。シルヴァの天空魔法を使って、無事に着地する。


看護婦さんは突然の事に驚き窓辺に駆け寄ったが、二人が無事に走り出すのを見ると、小さく笑った。


「さっすが、帝夜学園ね。私がいた頃よりも、魔法のレベルは上がってるわ」


感心したようにつぶやくと、看護婦さんは微笑んだまま、点滴の処理と医院長への言い訳について考え始める。彼女は帝夜学園を卒業した、立派な大人だったのだ。



………そんな彼女のお話は、また次の機会にでも。





一方、エドとシルヴァは走りながら、


「なあ、俺思うんだけどさ」


「何?」


「あの看護婦さん、常識人だな。そして何かかっこいい」


「同感」


看護婦さんがまさか同じ学校に通っていたなど夢にも思わず、こんな会話をしていた。





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