フルーゼを見つけて
ようやく登場、闇の少年。
少年は絶対防御壁から飛び降りた後、人の多い通りを中心にフルーゼを探していたが一向に見つからないため、路地裏に足を向けたところ帝夜学園の制服を着た学生を見つけた。
フルーゼが帝夜学園に通っているという情報は頭の中に記録されていたため、尋ねてみたのだ。
すると、
「お前もフルーゼを探してるのか!?俺もなんだ!!」
見つけた学生は最初こそ緊張していたが、少年の問いかけにすっかり警戒心を解いたようだった。
「なあ、一緒に探さないか?一人より二人の方が絶対にいいからさ!」
学生は顔を明るくしていった。向こうにもフルーゼにつながる重要な手掛かりはつかめていないらしい。
(でもまあ、『外』に詳しい人間がいた方がいいのは確かか……)
少年はうなずいた。
「俺はディー。オマエは?」
「エド。フルーゼとは同じクラスなんだけどさ。今日の朝、携帯電話が不自然に切れたんで心配して捜してたんだ」
(携帯電話?)
すぐにピンときた。ディーは今日の朝、ここと同じような路地裏で携帯電話を拾い、それを握りつぶしていたのだ。
(つーことは、こいつ電話に出てた男の方か……)
目の前の学生がそれを早く言っていたら一緒に探すなど絶対に考えなかったが、うなずいてしまった以上一緒に探すしかない。
向こうは心配して捜している。
こっちは……ある意味正反対の理由で探している。
まったく、なんという偶然。
向こうは、フルーゼの携帯電話を握りつぶしたのがまさか目の前にいる奴だとは微塵も思わずに、これから探すというのか。
ディーは心の中で歪んだ笑みを浮かべた。
(面白れぇ、こいつがどんな反応をするのか楽しみだ)
◇◆◇◆◇◆◇
ディーとエドは、ほとんどディーの案内で路地裏を出た。日陰から大通りに出た瞬間、じりじりとした夏の日差しが二人に降り注ぐ。
エドは手を上げ、顔に影が落ちるようにしながら言った。
「暑いな……。7月ってこんなに暑かったか?」
「…………………」
エドとしては、今さっき知り合ったディーという少年に話しかけたつもりだったのだが、相手は全く聞いていなかった。目を細め、これからどこを探そうか迷っているような顔つきをしている。
「あの……ディーさん?俺の話聞いてる?」
「…………あぁ?」
駄目だこりゃ。
エドはディーとの会話を諦めようとした。が、ふと、ディーがいつまでたっても目を細めていることに気付いた。最初はエドも日の光の眩しさに目を細めていたが、そろそろ慣れてもおかしくはないはずだ。
「お前、そんなに眩しいのか?」
「普段はこんな真昼間から活動しないんでな。目をふさぎたいくらいだ」
「真昼間って……学校はどうしてんだ」
ディーはエドの問いには答えず、大通りを左に歩き始めた。エドもあわててその後を追う。
どうやらディーには込み入った事情があって、人には知られたくないらしい。エドは勝手にそう判断して、あまり詳しいことは聞かないようにした。
エドはこういうのにだけは敏感だ。それとなく雰囲気でわかる。
が、それでも気になることはある。
「なあディー。二つ聞いていいか?」
「なんだ」
「お前、『いかにも俺チンピラです』っていう格好の男に会わなかったか?」
いろいろとツッコミどころのある聞き方だが、ディーはそれらすべてを無視した。
「そいつなら適当に気絶させたが。そいつがどうしたんだ」
「いや、液体の飛び散る音が聞こえたから警戒しただけなんだ。気絶させたならいい、どうせ相手はチンピラだしな」
(こいつ、だから俺の事警戒してたのか……。にしても、壁に飛び散ったあの血の音が『聞こえた』?)
ディーの驚きを知るよしもなく、エドは話を進める。
「二つ目の質問な。無視するとかなしだぞ」
「いいからさっさと言えよ」
「お前、なんでフルーゼの事探してるんだ」
ディーの体に、わずかに緊張が走った。本当の理由は言えない。こいつは『外』の人間であって、『中』の人間ではない。もちろん、知られれば知られたでこいつはすぐに消されるだろう。
だが、一般人の無用な殺生をディーは望んでいるわけではない。
わずかに沈黙したディーは、頭の中に用意しておいたものをそのまま言葉にして発した。
「ちょっと用事があってな。すぐ終わるってのに、見つからないんじゃどうしようもないだろ?」
まだ何かを含ませた言い方だった。が、エドはそれ以上深入りはしなかった。
「そっか。こんな暑い中、お前も大変だな」
エドはうっすらと汗の浮かぶ額を拭いながら同情するように一言。一方でディーは不思議そうに問いかける。
「……そんなに暑いか?」
エドの動作が思わず止まった。
「いや…だってお前、今日最高気温30度超えて……ええ!!?なんでそんな涼しい顔してんだお前!!」
エドが隣を見てみると、まるで心地いい春の日差しでも浴びているかのように、汗ひとつかいていないディーの顔があった。これぐらい普通だと言わんばかりの顔だ。
「どっかのアスリートでいらっしゃいます?」
「んなわけないだろ」
即刻否定された。日差しは眩しいくせに暑さには強いらしい。なんというミスマッチ。
「じゃあ悪いけど、どこかファーストフード店にでも行って休ませてもらっても構いませんかね?エドさんはもう、暑さでヘロヘロです」
(めんどくせぇ………)
先ほど小さな液体の飛び散る音が聞こえたと言っていたので只者ではないと思っていたが、どうやら勘違いだったらしい。強者がこの程度の暑さに弱いわけがない。
仕方なく、ディーは頭の中に記録されている地図を頼りにファーストフード店を探すことにした。元来た道を少し戻り、大通りからそれて狭い道路を歩いていく。入り組んでいる道を、ディーは迷う素振りなど見せずに突き進んだ。
ここの近くに住んでるのか?とエドは思ったが、自分がただ単に地図に弱いのかもしれないとも思った。
大通りに出ると、そこには無数に行きかう車と人が一定の流れに沿って動いていた。目の前を行く人々で、道路を挟んで向こう側の道はあまり見えない。が、その奥にはちゃんと、世界中で愛されているファーストフード店が見えた。
「お前、ここら辺に詳しいんだな!」
「そりゃどうも」
特に感情のこもっていない声で、ディーは適当に返答した。
平日だが大通りということもあってか、人の出入りが激しい。
エドは席が空いているか心配しながら、向こう側に渡るため横断歩道の前まで歩いて行った。タイミング悪く赤信号だ。
飛び出して行ってもいいが、それだとただの自殺志願者になるのでエドとディーは炎天下の中、赤が青に変わるのをじっと待たなければならなかった。しかし、大通りは変わるまでが長い。
「じれったいな……」
エドは呟いた。
「オマエ、なんでそんなに暑さに弱いんだよ……」
それにディーが呆れたように問う。
「今思うとなんでだろうな。動いてるときとか全然気にならないんだけど」
「帝夜学園って言えば、西区域じゃ名門中学校だろ。レベルも5以上じゃねえと入れないんじゃないのか?」
「まあな。ああ、暑い!!!鍛えてても暑さってどうにもなんねえのか!!?」
一人で暑い暑いと叫ばれてもディーにはどうしようもない。もとよりディーは『他人との会話』など、得意な方ではない。ましてや同い年の子供など、実は今日が初めてだった。
なのでどうにも出来ず、かと言ってどうにかしてあげようなどとは微塵も思っておらず、ただただ信号が変わるのを待っていた。
そんな中、エドはファーストフード店に入っていくお客を見ながら、
「お前、中に入ったら何頼むわけ?」
「あ?何も頼まねえよ」
成長期の男子にしては予想外の言葉がディーから飛び出し、エドは驚いた。
「えっ!!?何も頼まねえの!?いや、それだったら何か待たせてるみたいで悪いから、何か頼んで食べててくれるとこっちは気分的にも助かるんだけど。金が無いってわけじゃないんだろ?」
小食です。って答えが返ってきたらどうしようかと考えていたエドだったが、ディーからは不思議な答えが返ってきた。
「金はあるが、俺は『勝手に何かを摂取する』のは許可されてねえんだよ。一人で勝手に食ってろ」
「摂取?許可?お前、なんか変な言い方をするんだな」
(そのまんまの意味なんだがなぁ……)
深く説明することは出来ないため、ディーはそれ以上会話を続けなかった。エドも無理にお願いすることもなく、二人の間に沈黙が流れる。が、エドは突然声を上げた。
「おい!!あれ……フルーゼじゃないか?」
「!!?」
探していた人物の名前が突然上がったのでディーも驚き、エドの視線の先に目を向けた。
人ごみがファーストフード店の周りにできており、どこを見ているのかあまり分からない。しかし、そんな人ごみの中でも、制服は目立った。
エドと同じ夏用の制服を身にまとい、ゆっくりと、辺りを警戒しながら店の中に入ろうとしている。その顔は今朝ディーが見たものと全く同じだった。
(標的発見……)
「ちょうど入るみたいだし、こっちに来て正解だったなディー」
一方エドは、フルーゼの身を心配していたので安心していた。骨折や目立った傷も見当たらないし、歩き方に不自然なところもない。
まだ本人と話してはいないが、とりあえずシルヴァに報告しておこうと思い携帯電話を取り出そうとしたが、
「ありがとよぉ、エド」
意味の分からないディーの言葉と同時に
足元のコンクリートが砕け散った。
ガコッ!!という音が前を通り過ぎる車のエンジン音よりはるかに大きな音で辺りに響き渡る。
悲鳴と、飛び散ったコンクリートの破片が当たりのビルのガラスを砕き、混乱がその場を支配する。
「……何がっ…!!?」
エドは、わけが分からなかった。コンクリートが、まるで重機がそこに落ちたかのように蜘蛛の巣状の亀裂を走らせて崩れている。
そして亀裂の真ん中あたりに立っていたはずのディーの姿が見当たらなかった。
「あいつっ……どこに行って……」
エドが辺りを見回し、連れの少年を探し始めると同時にファーストフード店から轟音が響いた。
「きゃあああああぁっ!!!!」
悲鳴が上がり、辺りが一瞬で静まりかえる。そして次の瞬間、店の中から大勢の人たちが逃げるように飛び出してきた。
見れば、店の壁は壊れガラスは路上に飛び散り、店内が丸見えになっていた。今度は、そこに重機が突っ込んでいったようになっている。
エドはいまだに変わらない信号を無視して店に向かって走り出した。体が勝手に動いていた。
飛び出してくる客の流れに反して突き進み、本来は壁があったであろう場所から店内に入る。
足元でガラスがバリバリと割れた。
店内は椅子もテーブルも床に転がり、ところどころひびが入っていた。よく見ると床にもひびがある。
そして、一瞬でぐちゃぐちゃになってしまった店内の奥で目にしたのは、
血まみれで倒れているフルーゼと、その隣に平然と立っているディーの姿だった。
辺りは時間が止まったかのように静かだった。ピンと張りつめた絃を、誰も弾きたくはないかのようだ。逃げ出したい。今すぐにでもこの殺人鬼となった危険な少年から離れたい。でも、今音をたてたら次は自分が狙われてしまうのではないか。
そんな思いが、店の周りに群衆を立ち止まらせていた。逃げた方がいいに決まっている。だが、それが出来ない。
エドにもその思いが無いわけではない。
しかし、それらは路地裏のケンカの中で幾度となく経験し、全て打ち勝ってきたものだ。今のエドの中では『恐怖』や『混乱』よりも、『怒り』のほうが遥かに勝っていた。
「ディー……」
「……………」
ディーは無言だった。奥から順にフルーゼ、ディー、エドと並んでおりディーはこちらに背を向けているので、その表情は分からない。
「ディー!!!!」
エドは大声で叫ぶとディーの肩を強引につかみ、顔をこちらに向けさせた。そして胸ぐらをつかみあげる。
それでもディーは無言だった。
「お前がやったのか!!?」
「他にどう見える」
エドは奥歯をかみしめた。今は、この怒りを抑えておかなければならない。まだ聞きたいことがある。
「フルーゼを探してた理由って結局何なんだ!!?腹いせか!?それとも、フルーゼに何か恨みでもあるのか!!?」
この場にいた、ディー以外のすべての人間が持っていたであろう質問だった。
そして、問われたディーの方は、その顔に歪んだ笑みを浮かべる。獣のような黄色い瞳に光をともし、彼の口調は今までとは違うものになっていた。まるで、こちらが本物だとでもいうように。
「恨み?んなものはねぇよ。今日が初対面だしなあぁ?フルーゼ」
後ろに倒れていたフルーゼはうめき声をもらした。血まみれの口を動かしていたが、それで精いっぱいだった。
「オレはな、エド。こいつを『殺す』ために探してたんだよ」
そう言ったディーの声の響きに、嘘はみじんも含まれていなかった。『殺す』。その単語を口にするのに、獣の瞳の少年からは何のためらいも感じられなかった。
何か冷たい物が、エドの体を一気に駆け抜ける。
そして、相手が驚きと衝撃で固まってしまっているのを確認してから、ディーはエドの手を素早くどけると、
「だから、オマエは舞台に必要ねぇんだよぉっ!!!」
エドの腹に拳を叩き込んだ。
コンクリートを砕き、建物の壁をいとも簡単にぶち破ったディーの何らかの力が、その拳一つに込められていた。
次回、エドとディーの戦いが始まる!!!