世界で一番好きなひと
今あたしの髪の毛はそこらへんのチャラチャラした男の子より、ずっと短い。
真っ黒で短い髪にスカートは似合わないから、ジーンズしかはかない。
髪の毛をセットするのがめんどくさいからいつもキャップをかぶってる。
『お前は女ちゃう』
『お前とおると気使わんですむからええわ』
もうとっくの昔に慣れっこになった言葉。
それでも。
『なぁ明日お前暇??』
好きな人にこんなコト言われたらドキドキだってするし。
『んー多分暇。何で?』
そっけなく答えても、内心結構期待したりもする。
『一緒に勉強せぇへん?デニーズで』
そんな些細な誘いがすごくすごく嬉しくて。
なのに。
『なんかさぁ、坂井サンに一緒に勉強しよって言われてさぁ。二人てやっぱちょい気まずいやん。』
…それはヒドくないかい?
『お前おってくれたら気ィ楽やからなぁって。俺、女と喋るん苦手やから』
『何なん、自分坂井サン狙いなん?』
あたし今ちゃんと笑いながら言えてるかな。
『ハァ?そんなんちゃうわっっ』
顔赤くなってますけど。
『…そぉなんやぁ。なんや、そやったらあたしおらんほうがええやんか』
てかそんな場所にいるのはあたしが辛い。
『違うてゆうとるやろ-がぁぁぁ!!!』
顔を真っ赤にしてあたしが座っている椅子をゲシゲシ蹴るのはやめてくれませんか?
『なんかなぁ、あの子は俺ん中でアイドル的存在やねん!
なんか女の子らしくて、可愛くて、守ってやりたなんねん。手出そうなんて思えへん』
そんなまっすぐな目をして、そんなまっすぐなことを言わないで。
『はいはい。まあ明日は二人でお勉強頑張ってくださぁい。
あー、あたしもう帰るわ』
目に浮かんだ涙を見られたくなくてあたしはそのまま席をたった。
背中のほうからなんだか慌てた声が追ってきたけれど、あたしは振り返らなかった。
どこをどう歩いたか、気づけば家についている。
ドアをあけると、殺風景な私の部屋が主を包み込んでくれた。
可愛い置物もないし、ポスターなんかも貼ってない。
全くもって女の子らしくなんかナイ部屋だけど。その中に不釣り合いに置いてある、くまのぬいぐるみは、あいつがくれた。
なんとなくブーたれたような顔がお前そっくりだ、と笑いながらUFOキャッチャーでとったそいつを渡してくれたのだった。
どうゆう意味よ、とむくれてみせながらも嬉しさは隠せなくて。
ブーちゃんと密かに命名して、部屋の一番目立つ場所に置いていることを、あいつはきっと知らない。
だってあいつは最悪の鈍感バカ男だから。
そんなバカ男をもうどうしようもなく好きになってしまったあたしはその上をゆく奇跡のバカ女なんだろう。
無性に腹がたって、何故だかお腹がすいて、冷蔵庫をみたけどあるのは酒のあてばかりで。
まったくもって女の子らしくなくて我ながら呆れてしまった。
もういっそのことやけ酒だーと思ったら、ビール一缶すらもなかった。
何がなんだかわからないけどとにかく悲しくて悲しくて。
私は声をあげて泣いた。
子供のように大きな声をあげて。
その時、玄関のチャイムがなった。
煩いんだよ、バカヤロ―。無視し続けていたけれど、チャイムは鳴り止まない。
鈍感馬鹿男は諦めをしらない馬鹿だから。
もう30分は鳴り続いている。
根負けしてあたしはドアをあけた。
『やっと開いたぁ…ちょ、お前顔やばいで』
開けたドアを思いっきり閉めてやろうとしたら、左腕一本で止められた。
いくら力を込めても閉まらない。
『男の力にかなうわけないやろ。』
笑いながらいって部屋の中に入ってくる。
『出ていけアホ』
かまわず部屋に侵入して、勝手にソファに座っている。
『出ていくかアホ。んま機嫌なおして』
言いながらコンビニの袋を差し出してきた。
中をみると
『なぁ…ビール持ってくる意味がわからん』
普通こうゆうときは可愛くケーキとかじゃないんだろうか。
まあ甘いのそんなに好きじゃないけど。
『いや、こーゆうときは飲まなな。んでお前ん家いつきてもアテはあるのに酒ねぇし』
笑いながらビールのフタを開けてわたしてくれた。
あんまり癪だったから奪い取って一息に飲んでやった。
『馬鹿、んな飲み方すんな女のくせに』
その言葉が悲しく胸に刺さって、あたしはもう何も言えなくなった。
『…そんな顔すんなや馬鹿』
『馬鹿やもん。知ってるもん。いっつも、男みたいや、可愛げなさすぎやゆうのに、なんで女のくせになんてゆうん?
あたしやったら何ゆうても傷つかへんとでも思ってるん?
あたしだって女やで。
あたしのことちゃんと女として見てよ』
こんなこと言うつもりじゃなかったのに。
もう友達にも戻れないかも。
あぁそんな困った顔をしないでほしい。
『…知ってるよ。お前が女なことぐらい。
俺のこと好いてくれとることぐらい。
ゲーセンでとったようなぬいぐるみに名前つけて飾ってるんお前くらいや』
もう私は馬鹿以外のなにものでもないのかもしれない。
とてつもない脱力感に襲われながら尋ねた。
『…何で知ってるんよ?』
『この前飲んだ時、酔ってゆうてた。
ぶーちゃんに触るなぁーとかなんとか。
酒弱いくせに飲んべえやからたち悪いわ』
笑いながらいうあいつの顔をみてるとなんだかとても切なくなってしまう。
『今もお前顔真っ赤。ビールで酔ったん?』
お酒のせいなんかじゃない。
自分の気持ちにきづかれてたのが照れくさくて、顔がものすごくあつい。
この人は鈍感でも馬鹿でもなかったんだ。
それどころかものすごく他人の心に敏感で優しい人だ。
あたしの気持ちにずっと気づかないふりをしてくれていたんだ。
『お前はほんまええ奴やで。ほんまに。んま大切な親友や。絶対ええ人みつけろよ』
涙がとまらない。
目の前には泣きそうな顔をした男がひとり。
あなたには笑っていてほしいから。
『あんた、何か、勘違い、してへん?』
しゃくりあげながらあたしはいった。
『あたしにはなぁ、めっちゃ素敵な彼氏がおってなぁ、今アメリカやねん。帰ってきたら結婚するねん』
もう涙はでてこない。
笑顔すら浮かべて言い放つ。
『しゃあなし式には呼んでやってもいいで…親友』
胸がキリキリ痛いけど。
あたしの何倍もきっと目の前のこいつは心が痛いんだろうから。
もう泣くわけにはいかないんだ。
困ったように笑いながらあいつは言った。
『…もう俺帰るな。なあ、何があってもお前見捨てたりせんから。だから無理すんな』
あいつは帰っていった。
張り付けた笑顔のままあたしは涙をながした。
世界中で一番近くて遠いひと。
大好きだよ、親友。ずっとずっと大好きだよ。