第58話:三十八歳、二度目の初恋が続く日々
お読みいただきありがとうございます。
第58話は、日常の中に潜む「初恋」のような輝き。
仕事に邁進しながらも、最愛の人からのメッセージ一つで心温まる。
そんな大人の女性の、純粋な心情を描きました。
新規事業の立ち上げという激務の渦中にありながら、私の心は驚くほど穏やかだった。
かつてのように、数字に追いかけられて息を切らすこともない。
深夜、オフィスで一人、翌日のプレゼン資料を確認していた時のことだ。
デスクの隅に置かれたスマートフォンが、短く振動した。
『無理しすぎないでください。志保さんの好きな銘柄の豆、少し多めに挽いて待っています』
瀬尾さんからの、なんてことのないメッセージ。
けれど、それを目にした瞬間、私の胸の奥に形容しがたい甘い痛みが走った。
(……これって、まるきり初恋じゃない)
三十八歳。酸いも甘いも噛み分け、一通のメッセージで一喜一憂するような年齢ではないと思っていた。
かつて二十代で経験した恋は、もっと激しくて、焦燥感に満ちたものだった。
けれど、瀬尾さんとの日々は、まるで静かな湖面に波紋が広がるように、ゆっくりと、けれど確実に私の隅々まで「幸福」という名前の熱を届けてくれる。
仕事が終わって、マンションの一階に降りる。
『Lumière』のドアを開ければ、そこにはメッセージ通り、香ばしいコーヒーの香りと、世界で一番大好きな人の笑顔がある。
「おかえりなさい、志保さん。今日もお疲れ様でした」
「……ただいま、瀬尾さん」
コートを脱ぐ前に、私は彼にそっと寄りかかった。
逞しい肩の厚み、鼻をくすぐる清潔なリネンの匂い。
何千回、何万回と繰り返される日常のひとコマ。
けれど、その一つ一つが私にとっては新雪のように新しく、愛おしい。
三十八歳にして、私は二度目の初恋を、今も更新し続けている。
この恋は、終わりのある季節ではなく、二人で育てていく永遠の日常なのだと、確信しながら。
第58話、いかがでしたでしょうか。
「二度目の初恋」。
年齢を重ねたからこそ、相手の優しさや日々の尊さが、より深く、甘く感じられる……。
そんな二人の空気感をお楽しみいただければ幸いです。
最終回まであと少し!ぜひ評価やブックマークをお願いいたします!




