第51話:三年間という、途方もない距離
お読みいただきありがとうございます。
第51話は、遠距離という「現実」との対峙です。
時差や物理的な距離が、どれほど残酷に二人の生活を切り裂くか。
準備が進むほどに募る、志保の葛藤を描きました。
ニューヨーク赴任に向けた事務手続きは、私の意思を置き去りにしたまま、無慈悲な速さで進んでいった。
私はタブレットで、東京とニューヨークの時差を何度も確認する。
(……十四時間。私が目覚める時、彼は店を閉めている。彼が眠りにつく時、私は会議の真っ最中……)
これまで「徒歩一分」の距離に救われてきた私たちにとって、その時差は、物理的な距離以上に残酷な断絶だった。画面越しに顔を見ることはできても、彼の淹れるコーヒーの香りを共有することはできない。彼が私の冷えた指先を温めてくれることも、私が彼の疲れを背中から抱きしめることも、三年間、一度も叶わなくなる。
「志保さん、荷物のリスト、作っておきましたよ。向こうは冬が厳しいですから、厚手のコートを新調しましょうか」
リビングでリストを作る瀬尾さんの声は、どこまでも努めて明るかった。
けれど、そのペンを持つ手が時折止まり、彼が深く、深く息を吐き出すのを私は見てしまった。
私がいなくなった後のルミエール。
彼は毎晩、誰もいなくなったこの部屋に一人で戻り、私がいない静寂の中で眠りにつく。
そんな生活を三年間も強いることが、本当に「愛」なのだろうか。
「ねえ、瀬尾さん。やっぱり、私……」
「ダメです。志保さん、その先を言ったら、僕たちはきっと後悔します」
瀬尾さんは顔を上げず、震える声で私の言葉を遮った。
三年間。それは、若くない私たちにとって、ただの「三〇数ヶ月」ではない。
人生の最も大切な時間を、空白にするということだ。
窓の外に広がる東京の夜景。
この光の一つ一つに、誰かの日常がある。
その日常を捨ててまで手に入れる「成功」に、一体どれほどの価値があるのか。
途方もない距離を前にして、私の決意は、砂の城のように脆く崩れ始めていた。
第51話、いかがでしたでしょうか。
時差14時間の壁……。連絡を取り合うことすら困難な状況は、
依存を脱し、自立して歩もうとしていた二人にとって最大の試練です。
この絶望的な予感の先に、二人が見出す光とは。
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