ジオパーク四国
足摺岬灯台の隣には、白山洞門がある。この時点まで白山洞門の予備知識がなく、見学するつもりはなかった。ミッションである足摺岬を押さえたので、フルスロットルでスピード上げ始めたのだが、直ぐに停車する。「白山洞門ーこの階段下りる」の看板を見たから。僕のスーパーカブの急停車に、後続の軽トラが慌ててハンドルを切りクラクションを鳴らした。パッパー。
――ゴメンナサイ。
時間は無かったが、折角ここまで来たのだから白山洞門も見てみるか……。そんな思い付きだった。足摺岬にある建物の多くは高台にある。周辺は切り立った崖ばかりで、浜辺にアクセスするためには、その急斜面を降りなければならない。階段の降り口に立ってみると、その落差が分かった。
――やめようかな。
一瞬、そのように思ってしまう。それでも引き返すのは癪なので、階段を下りていった。行きはヨイヨイ、帰りは辛い。
階段を下りきった先は、ゴロタの石の海岸だった。砂浜ではない。目の前にお皿に載せたプッチンプリンのような小さな島があり、その真ん中に大きな穴が開いていた。穴の向こうに太平洋が見える。島の高さは目測で40mほどあり、穴の大きさは高さが16mで幅は17m。波の浸食により岩盤に穴が開いたものを海蝕洞というそうだが、この白山洞門は日本最大規模の海蝕洞になる。
――スゲー!
来て良かった。素直にそう思った。この穴が形成されるのに、どれだけの時間がかかったのだろうか? 5,000年まえの縄文時代は海面の水位が上昇していたので、まだ水没していたはずだ。3,000年まえの弥生時代初期になると寒冷により水位が大幅に下がる。ということは、弥生時代くらいから波に打たれながら洞門が形成されていったのだろう。この壮大な芸術作品を生み出すのに数千年は必要だったのだ。太平洋から送られてくる緩やかな波が、繰り返し繰り返し洞門を洗っている。一定のリズムが心地良かった。まだ作品の制作過程の途中。現在進行形。白山洞門を眺めながら、長遠な時間の長さに酔いしれた。
停めてあるスーパーカブまでの帰り道。登り階段は案の定辛かった。僕は登山をしているが、だからといって階段を登るのが好きなわけではない。「面倒くさいな~」と思いながら登る。急な階段を登る時は、上を見ない。登ることが嫌になるから。足元を見つめながら、一定のリズムでゆっくりと登る。無心で登る。どこか瞑想に近い感覚だ。足元に野路菊が咲いていた。12月の大晦日というこの寒い時期に、白い小さな花弁を精一杯に広げて笑っていた。足を止める。ジッと見入ったしまった。スマホを取り出して、写真を撮る。パチリ。
荒々しい威容を誇る白山洞門も素晴らしかったが、野路菊もそれに劣らず素晴らしい。両者に共通するのは、誰に見られていなくても、常に笑っているということ。過去も未来も関係ない。今というこの瞬間をあるがままに生きている。僕もそうありたいと思った。
太平洋が眺める四国の海岸線は、ジオパークに認定されていた。ジオパークとは、地球(Geo)の壮大な歴史や地質遺産を保全し、教育や観光に活用しながら、地域の持続可能な発展を目指す「大地の公園」のことになる。室戸岬が特に有名だが、足摺岬周辺の荒々しい海岸線も息を呑むような美しさだった。時間が押していたので国道のトンネルを使って先を急げばよかったのだが、少し寄り道をして曲がりくねった海岸線をひた走る。
細い道の所々に車が停まっていた。釣り人だろう。室戸岬の周辺もそうだったが、足場の悪い岩場を下りて、釣りを楽しんでいるようだ。場所によっては命がけ。スーパーカブを停めて下を覗いてみたが、どのようなルートを使って降りたのかが分からない。地元民だけが知っている穴場があるのだろう。釣りの魅力は分かる。とても分かるが、釣りを趣味にするつもりはない。一度はまってしまったら、きっと沼。ただでさえ多趣味な僕なのに、これ以上守備範囲を広げたら、時間がどれだけあっても足りなくなる。雰囲気だけを感じて、その場から立ち去った。
足摺半島を後にして、国道321号線に合流する。早朝からかなりの時間を消費してしまった。次の目的地は、愛媛県の佐田岬になる。距離にしてあと200kmくらい。当初の計画から1時間半も遅れていた。急がなければならない。といっても、スーパーカブなのでスピードは出ない。途中に見学するつもりだった史跡は寄らないことにした。走ることだけに集中する。
文旦で有名な宿毛市から国道56号線に変わった。しばらく走ると愛媛県に入る。宇和島までの海岸線も素晴らしかったが、先を急いだ。ところが、宇和島市に入った途端に、渋滞に巻き込まれてしまう。海岸線の道は広くて走りやすかったのに、市街地の道は総じて狭かった。すり抜けが出来ない。国道なのに真っすぐの一本の道になっていなくて、市街地では四つ辻を右に左にと曲がらなければならなかった。少しイライラする。現在の時刻は、11時半。計画から2時間以上も遅れていた。
何とか宇和島を脱出する。先を急いだ。海岸線を離れ内陸の山間部を走るようになる。周辺の景色が変化した。太陽の日が当たる山の南斜面が一様にみかん畑になっていた。山の斜面は、水はけの良さ、日当たりの良さ、風通しの良さといった利点を活かすことで、甘くて美味しいみかんを育てることが出来た。ただ、この畑での作業はとても大変そう。場所によっては斜面の角度が45度を超えていて、転げ落ちてしまいそうなのだ。愛媛県の柑橘は、みかんだけではない。伊予柑、デコポン、紅マドンナ、甘平、せとか、ポンカン等色々とある。どれも美味しいけれど、その美味しさには秘密があったのだ。スーパーカブを走らせながら一人頷く。特徴的なみかん畑の景観を堪能した。
愛媛の景観の特徴はまだある。山の上に立つ風車だ。1基や2基ではない。ゴレンジャーさながら、山の尾根に横一列に並んで、ポーズをとっていた。クルクルクル……。これまでのスーパーカブの旅では、このような風車の景色は他にもあった。初めて見たのは和歌山県の山の上。鳥取県の海岸線にも立っていた。でも、愛媛県は設置されている風車の数が違う。特に、八幡浜市を抜けて佐田岬半島に至ると、そこは風車王国だった。
佐田岬半島は、長さが50kmにもおよぶ細長い半島になる。先っぽの佐田岬から九州大分県の関崎までは直線距離にして16kmしかない。岬からは海の向こうに九州が見える四国最西端の場所になる。佐田岬というからには、海が見える海岸線を走るのかなと想像していたが全く違った。海は見えるのだが、道は山の上を走っている。佐田岬半島は、標高395mの見晴山を頂点にして、300m級の山の尾根が細長く海に浮かんでいる半島なのだ。その山の尾根には数えきれないくらいの風車が回っていて、その足元を国道197号線、通称メロディーラインが走っている。
メロディーラインはとても走りやすくてツーリングには最適な道だったが、完成したのは2011年と意外と最近だった。佐田岬の先には、三崎港という漁港がある。大分と愛媛に挟まれた豊後水道は、好漁場で関サバが有名だ。ところがこの三崎港まで道が開通したのは1960年代になってから。また国道でありながら道がかなり細く、国道197号線の名前をもじって「イクナ酷道」と呼ばれていたそうだ。それ以前になると、船を使わないと三崎港には行けない。つまり完全な陸の孤島だったのだ。
佐田岬を目指してメロディーラインをひた走る。時刻は14時を回っていた。今晩の予定は、道後温泉で汗を流し、瀬戸内のしまなみ海道に浮かぶ無人島「見近島」のキャンプ場で宿泊するつもりだった。太陽が沈むのは17時。今日は12月31日の大晦日。
――成るようにしかならない。
半ば観念して、先を急いだ。




