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灯台

 唐人駄場遺跡から足摺岬まで距離にして10kmもない。鬱蒼と生い茂る深い森に囲まれた坂道を下っていくと、目の前の道が開ける。青い太平洋が広がった。途端に、辺りは南国情緒溢れる観光地に様変わりする。そこかしこに観光ホテルが立っており、日の出の太陽に照らされて白く輝いていた。海岸線の道を進んでいくと、足摺岬灯台の駐車場に到着する。朝の7時が過ぎたばかりだというのに、駐車場は満車だった。日の出を見に来たのだろう。


 駐車場の隅っこに、僕もスーパーカブを停める。駐車場の周辺には、石畳を敷き詰めた広場があり、ジョン万次郎の銅像が立っていた。トイレが設置されていて、ちょっとした公園になっている。その芝生の広場に、人が三人倒れていた。


 ――ゲッ!!


 いや、良く見ると寝袋に包まって寝ていた。近くにはロードレーサーが三台並べられている。凄い。凄すぎる。僕の旅は野宿が基本だが、それでもテントは使用している。でも彼らは、この年末の寒い夜を寝袋だけで過ごしたのだ。ロードレーサーでの宿泊を伴ったツーリングの場合、荷物の量は大きな問題だと思う。少なければ少ないほど、速く走ることは出来るだろう。その究極の形が、寝袋だけ。恐れ入った。自炊的な荷物が見当たらないので、食事も外食と割り切っていると考えられる。この大胆なサイクリストにかなりの衝撃を受けた。


 駐車場から灯台までは、歩きやすいように道が整備されている。日の出が終わった後だからか、これから灯台まで足を運ぶ人がいない。ゆっくりと見学することが出来た。足摺岬灯台は、1914年(大正3年)に設置された白亜の灯台で、日本の灯台50選に選ばれている。背すじを伸ばして凛と立っている姿が貴婦人のようで美しかった。


 ところで、僕はスーパーカブで旅をしているが、ツーリングあるあるとして、岬に行きがちというのがある。岬の多くは灯台があり、これまでにも色々な灯台を見学してきた。紀伊半島一周の旅では、串本にある潮岬灯台に訪れる。この灯台は、幕末に日本が開国したことによって建てられた八基の灯台の一つで、美しさもさることながら、歴史を感じさせる佇まいに感銘を受けた。京都の丹後半島の先端には、経ヶ岬灯台がある。明治晩年に設置された灯台で、潮岬灯台ほどではないがこれも古い。この灯台も日本の灯台50選に選ばれている美しい灯台だった。


 灯台の技術というのはどれも西欧の技術なので、和風的な趣はない。鹿鳴館もそうだが、明治という時代は、西欧的な思想や技術を貪欲に日本に取り込んだ時代だった。当時の灯台は、船舶を護る道標として最先端の技術になる。しかし、現代の船舶はGPSや最新の航海技術があるので、灯台は特に必要がない。現代においては歴史的建造物でしかないのだ。


 でも、灯台の造形美は、どこか懐かしい思いにさせられる。岬という辺境で孤独に立っている姿は、孤高の人といった佇まいで、見学に行くだけの価値がある。維持管理費は大変だとは思うが、後世に残して欲しい。ところで、僕の好きな言葉に次のようなものがあった。


 ――人の前に火をともせば、我が前明らかなり。


 鎌倉時代の僧である日蓮の言葉で、「情けは人の為ならず」に近い意味合いになる。暗闇の中、友人の為に進むべき道を照らしたことによって、自分が進むべき道も見えた……といった意味になる。


 先日、知り合いの93歳のおばあちゃんが亡くなった。葬式は行われず直葬になる。僕に連絡はなかったが、斎場に向かい親族と一緒に彼女を見送った。そのおばあちゃんの孫はシンという。シンの母親に久しぶりに出会った。声を掛ける。


「ご愁傷様です」


「今日は来てくれてありがとう」


 シンの母親は73歳だというのに年齢を感じさせない。男勝りの気の強い性格はそのままだった。世間話を繰り返していたが、自然とシンの話題になる。


「昨年、シンの見舞いに行きました」


「あら、そうなの。ありがとう。この年末に体調を崩したこともあって、今はあまり調子が良くないの。ちょっと痩せてきたし……」


 シンは、事故によって体が動かない。話すことも出来ない。病院のベッドで、かれこれ20年も寝たままになっている。体にはチューブが繋がれていて、食事は胃瘻に頼っていた。でも目だけは、動かすことが出来る。


「そうなんですか。僕が会った時は、まだ元気そうだったから……。ただ、僕を見て目を逸らしました。ほとんど見舞に行けていないし……」


「私もそうよ」


 シンに初めて出会ったのは、23歳の時。会社の寮で生活を初めて間もない頃だった。そんな折に、寮母さんに彼の面倒を頼まれる。シンは僕よりも一つ年下で、木造の文化住宅で母親と住んでいた。頼まれたことなので会いに行ってみる。表にはボロボロのスクーターが停まっていて、ラッカー系のシンナーの臭いが漂っていた。玄関は、板ガラスがはめ込まれた木製の引き戸で、呼び鈴が見当たらない。ノックをすると、引き戸のガラス窓が、ガシャガシャと鳴った。部屋の奥からシンが出てくる。初対面のシンは、シンナーでラリッていた。真っ直ぐに歩けない。


「なんや~」


 正直、引いた。僕とは生きる世界が違う住人だと感じた。しかし、不思議なことにシンと仲良くなってしまう。というか、懐かれる。シンは、若い頃は暴走族を率いていたそうで、10代は少年院の世話にもなっていた。実刑判決は受けているし、その後も、彼と面会する為に拘置所に行くこともあった。


 そんなシンだが、性格はとても面倒見が良い。僕と出会った時は、一度離婚を経験していたが、二人目の奥さんが出来る。娘も生まれた。彼の家に呼ばれて一緒に食事をすることは度々だったし、シンは自分の仲間を僕に紹介してくれる。そんな一人がイサオだ。


 イサオもシンナー中毒者だった。しかし、結婚を機に仕事を始めて父親になろうとしていたシンは、そんなイサオを助けたいと僕に説明する。家賃が払えなくて部屋を追い出されたイサオは住むところがない。寮を出て一人暮らしを始めた僕の部屋に転がり込んできた。しばらくイサオとの同居生活が始まる。


 イサオが出ていったと思ったら、今度はコウ君を紹介してくれた。彼はヤクザだった。仕事は借金の取り立て。そんなヤクザな世界から足を洗うために小指を詰めたコウ君が、彼女を連れて僕の部屋にやってきた。同じように同居生活が始まる。僕の20代の青春は、シンとの関係性抜きでは語れない。面倒事を持ち込んでは来るが、どこか憎めない奴だった。


 30代になり僕も結婚した。子供も出来る。商売を始めた。そんな僕のことをシンは喜んでくれたが、反対にシンの家庭は破綻する。彼女と娘が家を出ていき、彼は自暴自棄になった。久しぶりに会った時は、またシンナーの臭いにまみれていた。ラリったままバイクに乗り、事故を起こしてしまった。


「この間、イサオに会いましたよ」


「あらそうなの。元気にしてた?」


「アイツ、結婚して子供が出来たんです」


「そうなんだ。良かったね」


「この間、コウ君にも会ったんですよ」


「コウ君……どんな子だったかな?」


「ヤクザだった……」


「う~ん。あまり憶えていないけど、シンの友達だからね……」


「向こうから声をかけてくれたんです。僕に向かって、丁寧にお辞儀をして、『その節はお世話になりました。もうバカはやってません』って言うんですよ」


「へー、面白い」


「……何て言っていいか分からないけれど、今のシンにも意味はあると思うんです」


「私も、そう思うよ」


 幸せって、失ってから気づくことが多いのではないだろうか。特に葬式の場はそのことを考えさせられる。両親にしても、妻にしても、子供にしても、自分にとって大切な人のことを四六時中考えていることはない。どちらかというと気を許しているからこそ、甘えてしまったり、無理を強要したり、時には感情をぶつけて喧嘩をしたりする。そんな相手が居なくなったときに、始めてその存在の大きさに気がついたりする。これは人間関係だけではない。若さを失ったら、その若さを取り戻そうとするし、病気になったら、健康だったころの幸せを思い返す。


 これはとても皮肉なことだ。幸せだった頃はその価値に気がつかないで、失ったときに始めて自分が幸せだったことに気がつく。悟るとは、もしかすると、不幸だと感じていた自分が、実は幸せだったと気がつくことかもしれない。幸せを求めてつい何かと比較してしまいがちになるけれど、幸せとは既に自分の中にあるのだ。幸福感とは、かなり主観的なものだと感じる。


 シンは灯台のような人だ。友達の前に光を灯しておきながら、自分は動けないまま。このような状態で本当に幸せなのか……と思いたくはなる。でも、方程式に従えばそれでも幸せを見つけることが出来るはずだ。そう思いたい。僕はシンの幸せを祈ることしか出来ない。足摺岬灯台を後にした。


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