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風呂に入ったら酒が飲みたい

 転倒してからの僕は冷静だった。現在の状況を頭の中で整理してみる。現在の時刻は12時を回ったくらい。蒲生田岬で休んだとはいえ、夜中の0時に高松を出発してからここ安芸市までおよそ280kmの距離を9時間かけて走ってきた。でも本来の計画では、今頃50km先にある高知県桂浜で坂本龍馬よろしく日本の未来について展望しているはずだった。それなのに転倒後の処理も含めて、何かと時間が削られてしまう。この後の予定は、四万十市にあるひなびた銭湯で汗を流し、足摺岬の周辺にある唐人駄場園地 キャンプ場で宿泊する予定。距離にして、まだ200kmもある。


 ――遠いな。


 無茶な計画だとは思う。そんなに無理に走らなくても、高知市内の名店でカツオのたたきに舌鼓を打った方が、よっぽど有意義かもしれない。ただ、これが僕の旅のスタイルなのだ。ただ走り続けるだけ。特に、全行程で、今日がもっともハードな計画を立てている。一日で480kmも走るつもりだ。予定では、夕方に唐人駄場園地 キャンプ場に到着するつもりだったけれど、現状ではもう間に合わない。少し計画の変更が必要になる。


 少し思案した。高知市は通過する。予定していた桂浜には立ち寄らない。日本の未来については、またどこかで思案することにしよう。それと、どんなに遅くなっても、唐人駄場園地 キャンプ場までは走る。別に遅くなって真っ暗になっても構わない。真っ暗な中でテントを張ったことなんて、これまでに何度もあった。そんなことよりも、計画した距離を走らないことの方が、僕にとってはよほど問題だった。気持ちが固まった。グングンと走り続ける。高知市からは、国道56号線に乗り換える。


 ――56?


 56というという数字が、心の中で妙に引っ掛かった。「ゴンロク」と口遊んでみる。僕には、とても親近感がある言葉だ。それなのに、「ゴンロク」が何を意味するのかが思い出せない。走りながら、「ゴンロク、ゴンロク」と呪文のように唱えてみる。走りながら国道沿いの果物屋さんの看板が目に入った。土佐文旦と書いてある。


 ――あっ!


 思い出した。林檎の大きさの規格だ。僕は中央卸売市場で果実を扱う仕事をしている。産地から送られてくる林檎は10kg単位で梱包されているのだが、それぞれ大きさで分けられている。林檎が56個入っていると56玉、28個だと28玉と表示した。沢山入っている方が小さく、少ないと林檎が大きい。56玉というサイズはかなり小さく、小売屋では袋詰めにして販売するのが一般的だった。この56玉のことを、僕たちの業界では「ゴンロク」と呼んでいた。


 業界人の僕にとって、高知県は果実王国。土佐文旦、山北みかん、春野や夜須のアールスメロン、宿毛も文旦が有名で、名前しか知らなかった産地を実際にスーパーカブで走っている。明日は愛媛県を走るけれど、愛媛も果実において有名な産地が目白押し。僕にとって、そんな些細なことが楽しかった。


 高知市までは海岸線を走ることが多かったけれど、高知市以降は山間部を走ることが多くなった。土佐市、須崎市を経て、四万十に向かう。予定では夕方の16時ごろに到着して、夕焼けに染まる四万十川の清流を鑑賞できるはずだったけれど、結局は17時半を過ぎていた。もう真っ暗。四万十川が真っ黒で分からない。この四万十川には増水時に水没する沈下橋があるそうで、是非ともスーパーカブで走ってみたいと考えていたが、時間も時間なので仕方なく却下。


 ただ、風呂には入りたかった。ここ四万十には温泉ではなく、普通の銭湯がある。しかも、一軒だけ。高級な温泉も良いけれど、寂れた銭湯も旅情がある。これまでのスーパーカブの旅行でも、あえて温泉ではなく銭湯に入ってきた。そこには、現地で生活する人たちの生の空気感がある。それが良かった。


 グーグルマップを使って、中村温泉に到着した。温泉と表示してあるが、表に大量の薪が積み上げられている。かなり生活感の強い入り口で、表に看板が無ければ誰かの家の裏口と間違えてしまいそうだ。脱衣場にはロッカーがなく、籠が用意されているだけ。貴重品の扱いについて少し心配になったが、気にしない。裸になって風呂場に入った。紋々の入ったお爺ちゃんがいたけれど、これも気にしない。湯を体に浴びせた後、一番熱そうな風呂に入る。


 ――フー。


 熱い。熱いけれど、気持ちが良い。一日の疲れが溶けていくようだ。体を沈め、足を伸ばす。クラゲのようにプカプカと浮いた。目を瞑る。まだ今日の予定は消化しきれていないけれど、長い一日だった。スーパーカブに乗って走っているだけの一日だったけれど、色々なことがあった。風呂を出たら、また走り出す。足摺岬の近くにある唐人駄場園地 キャンプ場までは、まだ45kmほどの道のりがあった。時間にして、まだ一時間半は掛かるだろう。でも、到着したら、酒を飲む。そのことを考えるだけで、僕のテンションは上がった。


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