かなりショック
目が覚めた。真っ暗な中、慌ててスマホを探す。時刻を確認した。朝の6時を回っている。ホッと一安心した。日の出には十分に間に合う。寝袋のジッパーを下ろして、上半身を起こす。それにしても、かなり冷え込んだ朝だった。靴を履きテントから出てみる。吐く息が白い。海岸からは、ザッパーン、ザッパーンと寄せ返す波の音が聞こえていて、しょっぱい海の匂いがした。
手早くテントを片付けて、パッキングを済ませる。それらの荷物を、スーパーカブの荷台にゴム紐で固定した。ナップザックに棒ラーメンとその調理に必要な道具だけを詰め込んで、歩き始める。相棒とは暫しの別れだ。
蒲生田岬の海岸は、砂浜ではなくて岩がゴロゴロと敷き詰められた岩石海岸だった。人が歩けるように道は整備されており、岬の先っぽが小山のように盛り上がっている。その小山の頂上に白い灯台がチョコンと乗っかっていた。そこそこに長い階段を登って、小山の頂上に辿り着く。灯台を見上げた。いや、見上げるほどの大きさではない。小さな灯台だった。ビョォ―ビョォーと風が吹いていて、眼下の岩場では、波が岩を叩いている。四国最東端にしては、とても寂れた景色だった。
東の空が赤く染まり始めている。太陽が昇るには、もう少し時間が掛かるだろう。太平洋を見下ろせるベンチに座って、朝食の準備を始める。ガスバーナーに火を付けると、その周りだけ暖かい。手を翳した。とても暖かい。やっと、湯が沸いた。棒ラーメンが長すぎるので、コッヘルに入らない。両手でボキッと、半分に折った。グツグツと麺を茹でる。
ラーメンを食べ終えて、体の中から暖まった。荷物を片付ける。ベンチに座って東の空を眺めた。空は青くて、海も青くて、水平線の先に紀伊半島の黒い山並みが薄く横たわっている。その上空だけがオレンジ色の帯のように染まっていた。もう直ぐ太陽が昇る。その瞬間を心待ちにした。
――出た!
ダウンジャケットに手を突っ込んだまま、太陽を眺める。思い出したようにスマホを取り出して、写真を撮った。太陽は毎日毎日昇っているはずなのに、普段の生活ではそんなことすらも忘れている。太陽が無ければ僕たちは生活が出来ない。いや、太陽だけじゃない。月も星も、この海も山も、嫁さんや息子たち、それに僕を支えてくれる仲間たち、更には僕にとっては苦手な相手であっても、そうした関係性の中で僕はいま存在している。そんなことをふと感じた。何となく首を垂れたくなる。
日の出を拝めたので、蒲生田岬を後にした。スーパーカブを走らせる。次なる目的地は、室戸岬。途中、美波町と牟岐町を通過するが、その間に「南阿波サンライン」という太平洋にせり出した海岸線を走る道があった。海面から100mくらいの高さがあり、空を飛んでいる様な愉快さがある。綺麗に整備されていてとても走りやすい。眼下に広がる太平洋が、渺茫としていた。ただ、海があるだけ。それ以外は何もない。その海の底には、水深5,000mもの深さの南海トラフが横たわっているそうだ。
――5,000m。
富士山を放り込んでみても浮かび上がらない深さって、想像もできない。近い将来、この静かな海が大きく揺れるそうだ。大地のエネルギーの大きさに圧倒されてしまう。
朝が早いので、「南阿波サンライン」は誰も居ないだろうと思っていたら、サイクリストが走っていた。若い頃は、僕も自転車野郎だったけれど、今から自転車に乗るつもりはない。このアップダウンを自分の足だけで走破する。そのことに頭が下がった。これ以降、四国一周では、多くのサイクリストを見かけたが、もしかするとバイクでツーリングする人よりも多いのではないのかと感じるほどに、沢山いた。
そうしたサイクリストよりも凄いのが、お遍路さん。「南阿波サンライン」を走り終えて、国道55号線に復帰すると、すげ笠に白衣を着たお遍路さんが歩く姿を見かけるようになった。国道には、お遍路さんが休めるような休憩所があちこちに設置されている。お遍路さんの凄さもさることながら、彼らをバックアップする体制を整えていることに驚いた。
お遍路さんは、弘法大師ゆかりの八十八ヶ所の霊場を巡る修行の旅だが、現在の形にまとめられたのは江戸時代に出版されたガイドブックの影響が大きいそうだ。一生に一度は……という意味では、お伊勢参りとよく似ているが、お遍路さんは観光よりも修行的な要素が強い。伝承では、現在の香川県で誕生した弘法大師は、若かりし頃に室戸岬にある洞窟で修行をして、悟りを得たそうだ。その時、「空」と「海」だけしか見えなかったことから「空海」と名乗るようになったとのこと。予備知識もないまま、国道55号線を南下して室戸岬に到着する。実際に、「御厨人窟」という洞窟があった。年末だというのに、僕も含めて観光客が次々と参拝にきていた。
ところで、このお遍路さんという風習は、修験道とよく似ていると感じた。修験道は山に登る山岳信仰だが、思想的には仏教が混ざり合っている。共に修行をすることで、自身を高めようとする思想だ。宗派は違うが、禅宗にしても修行するという側面がある。インドの上座部仏教にしても出家して修行に専念するのだが、ここで問いたい。
――なぜ、修行をするの?
修行して、聖人になる。とても分かりやすい方程式に感じるが、そもそも仏教の始まりであるお釈迦さんは、途中で修行をやめた。断食の修行をしていたが、それでは悟れないと感じて、スジャータからミルクを貰うのである。では、修行は必要ないのか……。仏教を概観する僕の個人的な見解になるが、無駄ではないが修行は仏教的思想の本質ではないと考える。
お釈迦さんは、仏に成ることの必要性を説いた。これは人々が幸福になるための方向性を示したことになる。ところが、その方法が難解。仏教の2,500年の歴史とは、その方法について探し回ってきた歴史と捉えても良いだろう。仏教における宗派の違いを、「仏に至る方法論の違い」……と捉えなおせば、それぞれの宗派の個性が見えてきそうだ。
――じゃ、何が本質?
これを語り出すと止まらなくなる。端的に言うと「今という瞬間の心の在りよう」じゃないだろうか? ただ、この話題はこれで終わり。話が終わらない。スーパーカブではあるけれど、僕もお遍路さんみたいなもの。今という瞬間を、楽しんでいる。
室戸岬を越えると、国道55号線は進路を北に変えた。高知に向かう。この辺りはプレートがぶつかり合ったことによって大地が隆起していた。壁のようにせり出した山と海の間の狭い空間を、真っすぐに国道が伸びている。天気は良く、年末だというのに暖かい。アクセルは回しっぱなし。真っすぐ、真っすぐ走った。変化がない。なんだか眠たくなってきた。
ツーリングの途中で眠くなると、僕は大きな声で歌う。憶えている歌といえば、子供の頃に見たアニメの主題歌ばかり。ルパン三世、宇宙戦艦ヤマト、はじめ人間ギャートルズ、エトセトラ。大声で歌い続けたが、眠気は収まらない。安芸市を越えた辺りで、意識が飛んだ。
――ガシャ、ガシャ、ガシャー!
目が覚めた時、僕はスーパーカブと一緒に滑っていた。序に、ヘルメットが縁石の角にぶつかる。
――ガン!
ヘルメットが縁石にぶつかる瞬間を、スローモーションで見ていた。幸いなことに大した怪我はない。直ぐに起き上がることが出来た。自分の怪我よりも、スーパーカブが壊れていないかを心配する。だって、帰れなくなるから。左のミラーを擦ってしまい傷を付けてしまったが、それ以外に大きな傷は見当たらない。エンジンも何事もなかったかのように動く。少し安心した。
スーパーカブに跨り走り出すと、左手の方向に白い綿毛が舞っているのが見えた。不思議に思いスーパーカブを停車する。確認の為に左を向くと、僕の赤いダウンジャケットの左ひじが裂けていて、白いダウンが飛び出していた。
――ゲッ!
これはショック。このダウンジャケットは僕のお気に入りで、雪山の登山でもずっとお世話になっていた。とても軽いのに、とても暖かい。それに何よりもこのジャケットは、登山家だった従兄の遺品だったのだ。それだけに、かなりのショック。このままではダウンが飛び散ってしまう。ロードサイドに百均のダイソーを見つけたので、ピンク色の布テープを購入する。そのテープでダウンの裂け目を、グルグル巻きにして塞いでしまった。当面は、これで何とかなるだろう。しかし、それにしても、かなりのショック。お陰で、眠気が吹き飛んでしまった。




