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大角鼻岬

 日本列島の国土は、7割が山岳地帯で3割が平野部になる。その割合は四国においては少し変わり、本州よりも平野部が少なかった。最も平野部が多いのが香川県で讃岐平野が広がっている。徳島県も高知県も愛媛県も平野部が極端に少ない。


 日本における米の栽培は弥生時代に北九州から始まり、東へと広がっていった。古墳時代になると、奈良盆地に誕生したヤマト王権を中心にして近畿の平野部や濃尾平野で米作りが盛んになる。その勢いは、弥生時代に60万人だった人口が、古墳時代になると9倍の540万人にまで膨れ上がった。地図を見れば分かるが、近畿地方は平野部が多い。ヤマト王権を始めとして近畿地方に様々な豪族が出現した背景に、この平野部の存在はかなり大きい。


 そうした近畿地方と比べて、愛媛県は平野部が少ない。県庁がおかれている松山平野は重信川と石手川の流れによって形づくられている。この平野はかつては砂丘だったようで、米の栽培よりも野菜の生産に適していた。愛媛県といえば柑橘の栽培が有名だが、柑橘栽培の歴史は新しい。江戸時代の末期に宇和島でみかんの栽培が始まったが、本格的に取り組まれたのは太平洋戦争が終わってからのことだった。


 松山市と今治市を繋ぐ国道196号線を北に向かって走る。賑やかだったのは道後温泉の付近だけで、大晦日のこの日は多くの商店はシャッターを下ろしていた。まだ営業している店といえば、大手のスーパーマーケットくらい。スーパーカブを走らせるごとに、人も車も減っていった。


 今晩の予定について考えてみる。当初の計画では、しまなみ海道の瀬戸内に浮かぶ無人島「見近島」のキャンプ場に行くつもりだった。その後、帰阪のルートは本州を走るのだが、このエンジンの状態で長距離を走るのは難しいかもしれない。いや、やめた方が良いだろう。計画を変更しなければならない。


 ――高松から、またフェリーに乗ろうか。


 四国一周の旅は高松から始まった。高松まで走ると、四国一周が完結する。不完全な一周よりも、完全に一周した方が気持ち良い。それにフェリーに乗る分だけ走る距離を短縮することが出来た。どちらにせよ、オイルを入手しなければならない問題があったが、これで気持ちが固まった。


 しまなみ海道を走らないとなると、今晩の宿泊地を変更しなければならない。それについてはアテがあった。愛媛県北側の高縄半島の先端には、大角海浜公園キャンプ場がある。瀬戸内に面しており、ここからはしまなみ海道を遠望することが出来た。計画段階で宿泊地の一つとして考えていた場所になる。四国一周を完成させるのなら、岬の一つとして押さえておきたい。何よりここは無料なのだ。


 宿泊地が決まったので、次は今晩の食事だ。残っている食材は自宅から持て来たものばかりで、シャウエッセンとカットキャベツ、カマンベールチーズとマルタイラーメン。ビールと日本酒も残っている。大晦日なので店は営業していないし、買い物をしなくても何とかなる。天気予報によれば、今晩は冷え込みが強くなり0度まで下がるそうだ。そんな夜は、鍋をつついて体の芯から暖まりたい。シャウエッセンは美味しいけれど、出来れば魚を食べたい。そんな気持ちで走っていると、国道沿いにイオン系の「ザ・ビック」というスーパーマーケットを見つけた。まだ営業をしている。吸い寄せられるようにしてハンドルを切った。


 買い物かごを持って、魚売り場に直行する。時間が遅いこともあって、多くの商品に値引きシールが貼られていた。素直に嬉しい。タラでも良かったけれど、鍋用のサバフグを見つけた。迷わずに手に取る。キャンプ用の調味料は充実していて、塩や醤油だけでなく、酢や味噌も携帯していた。サバフグを使った味噌鍋を調理することにする。


 ここ松山市から大角海浜公園キャンプ場までは、50kmほどの距離。ゆっくり走っても2時間もあれば到着するだろう。現在の時刻が20時を回ったくらいだから、到着は22時ごろになる。都市部を後にすると平野部を抜けた。国道196号線が海岸線を走るようになる。左手に海が見えるはずだが、真っ黒で様子が分からない。海の向こうに、幾つもの明かりが見えた。方向的に、中島で生活する人々の明かりに違いない。


 中島は、美味しいみかんの産地として有名な島だ。まだ僕が若い頃、職場で中島産のみかんを食べた時の感動を今も憶えている。また、中島ではトライアスロンの大会も開催されているそうだ。中高の頃は水泳部で、大学生の頃は自転車で日本を半周した。30代の後半からマラソンをするようになったので、いつかはトライアスロンを……と考えていたことがある。ただ、シューズがあれば参加できるマラソンと違って、トライアスロンは道具も練習もお金がかかる。30代の頃に商売を失敗してしまい、僕は借金を沢山作ってしまった。40代の頃は借金の返済と三人の息子の養育費が必要だったので、余裕がない。トライアスロンに対して思いはありつつも挑戦することはなかった。50代になった今、少しは余裕が出来たけれど、文章を書くことや登山が趣味になる。もうトライアスロンに挑戦することはないと思うけれど、憧れだけはあった。そんな想いを中島に投影しながら、スーパーカブを走らせる。


 相も変わらず、真っ暗な海岸線だった。繰り返すようだが、スーパーカブのライトでは前が見えない。トロトロと走っていく。大晦日のこんな夜に走っている車は少ないが、時々後ろから車がやってきて僕を追い越していく。その時だけ前方が明るく照らされて、よく見えた。ヘッドライトの照明をもっと明るいものに変えようかなと……思う。


 交差点を左に曲がった。道が細くなる。左手にあった海岸線が見えなくなり、山の中に入ったのかと思うと、その先に海が見えた。前方には島の明かりが点々と光っていて、ライトアップされた大きな橋が見える。あれがしまなみ海道だ。やっと目的地に到着した。食事ができると思うと、元気になってきた。先ずはビールを飲みたい。目的のキャンプ場は直ぐそこだ。


 ――ん?


 キャンプ場は直ぐに見つかった。ところが、狭い空間にテントが張り巡らされている。無理をすれば、僕の小さなテントなら張ることが出来るかもしれない。ただ、ちょっと賑やかすぎるのだ。これは落ち着かない。一瞥した後、そのキャンプ場を後にした。実は、直ぐ近くにもう一つキャンプ場がある。西岸にあるのでしまなみ海道は見えないけれど、テントが張れるのなら僕は構わない。


 ――ん?


 ここも満員。僕の想定外だった。大晦日ならガラガラだろうと考えていたのに、大晦日こそ人気のスポットだったのだ。この分だと、しまなみ海道に浮かぶ見近島のキャンプ場も満員に違いない。二つ目のキャンプ場も後にした。


 さて行くところがない。この大角鼻岬の先端は小高い丘になっていて見晴らし台があった。その見晴らし台の下にちょっとしたスペースがある。スーパーカブを停めて、足場を確認した。スペースは狭いが起伏は少なく、テントを張ることは出来る。一つ目のキャンプ場を見下ろせる場所にあり、前方にはしまなみ海道のライトアップされた橋が見えた。街灯はなく真っ暗な場所だが、見晴らしの良さが最高だ。


 ――ここにしよう。


 即決。頭にヘッドライトを付けて、テントの設置に取り掛かった。ドーム型のテントなので、設置に時間はかからない。七輪に火を熾して、ガスバーナーで湯を沸かす。その作業の合間に、ビールを飲んだ。


 ――美味い。


 この日の晩は、フグ鍋をしつつ、七輪で焼いたシャウエッセンを口にした。瀬戸内のしまなみ海道を見下ろしながら、ビールや日本酒を飲み干してしまう。まだ飲みたかったので、ウィスキーも口にした。カマンベールチーズも食いつくす。スマホを見ると、2026年1月1日になっていた。


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